山口大学大学院医学系研究科眼科学

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研究内容と業績

研究テーマ

オキュラーサーフェス領域
【1】難治性角膜上皮障害の薬物療法の開発

 角膜表面の傷はすみやかに治癒するが,何らかの原因でその傷が治らない状態が続く場合,すなわち遷延性角膜上皮欠損に陥ることがある。通常これらの治療には,油性眼軟膏点入やソフトコンタクトレンズ装用,強制閉瞼などの治療が行われるが,奏功しない場合,角膜融解や角膜穿孔にいたったり,角膜感染症を発症したり,不可逆性の角膜実質混濁を残したりすることがある。山口大学眼科では,これらの難治性の遷延性角膜上皮欠損に対する治療薬を開発し,臨床応用してきた。

①フィブロネクチン点眼:血液に含まれるタンパク質のうち,細胞が接着する時に重要なタンパク質であるフィブロネクチンを抽出し,点眼薬に応用する。

②神経伝達因子サブスタンスP由来ペプチド FGLM-NH2とインスリン様成長因子-1由来ペプチドSSSRの合剤点眼:角膜は非常に鋭敏な組織であるが,その機能が失われ発症するのが神経麻痺性角膜症である。この神経麻痺を伴う遷延性角膜上皮欠損に対し,FGLM-NH2+SSSRの合剤が有効であることを見出し,臨床応用してきた。2013年現在で87例の患者さんの治療に用い,副作用がなく有効な治療法として,遷延性角膜上皮欠損の患者さんの治療に役立てている。

③フィブロネクチン由来ペプチドPHSRN点眼:上述のフィブロネクチンの一部分であるペプチド配列PHSRNを点眼に応用し,副作用のない有効な薬剤として遷延性角膜上皮欠損の治療に用いている。

【2】角膜実質コラーゲン線維束構造解析

 角膜実質は角膜の大部分を占め,ほとんどがコラーゲン線維の整然とした配列によりその透明性を確保している。われわれは,角膜実質コラーゲンから第2次高調波発生信号を発生させ,その構造解析を行ってきた。正常角膜におけるコラーゲン線維束の解剖学的特長を明らかにし,円錐角膜や水疱性角膜症など疾患眼のコラーゲン線維束の構造解析を行ってきた。コラーゲン線維束構造の解析を行うことにより,角膜疾患の病態解明を進めている。
(第二次高調波発生で可視化された正常ヒト角膜実質のコラーゲン線維束立体構造)


【3】 角膜実質の瘢痕形成のメカニズム解明と制御方法の開発

 角膜実質に傷ができると,傷自体はすみやかに修復されることがおおいが,その治癒の仕方により角膜実質に不可逆性の瘢痕を形成し角膜に混濁を残すことがある。瘢痕形成の主役は角膜実質細胞とその変化した細胞である線維芽細胞/筋線維芽細胞であり,それらの動態とコラーゲン線維束構造の治癒の仕方により角膜の混濁が左右されると考えている。上述の第2次高調波発生を用いた解析と種々の方法を組み合わせ,角膜実質の瘢痕形成のメカニズムを解明し,その制御方法を開発使用と試みている。

【4】 角膜ジストロフィの遺伝子診断

 角膜ジストロフィは遺伝性に発症し、両眼性に進行性の角膜混濁をきたす非炎症性の疾患である。1997年のMunierらの報告を皮切りに、多くの角膜ジストロフィについてその責任遺伝子と遺伝子変異が同定されてきた。当院でも、1998年から角膜ジストロフィの遺伝子診断を行い,現在までに200名以上の遺伝子異常を診断してきた。当院での遺伝子検査は先進医療として国内で最初の認可を受おり, K3遺伝子,K12遺伝子,TGFBI遺伝子,CHST6遺伝子,M1S1遺伝子について遺伝子検索を行っている。

(世界で初めての報告した格子状角膜ジストロフィ(TGFBI遺伝子L527R)のホモ接合体の症例(Yamada N, et al. BJO 2005より転載)。

【5】 角膜感染症の網羅的診断

 細菌,真菌,ウイルス,アカントアメーバなどによる感染が角膜に起きた場合には,角膜の透明性が維持出来なくなる。角膜擦過物や前房水からの原因微生物およびウイルス同定には1週間程度を要しており,早期診断が治療予後を左右するといってもよい。角膜擦過物や前房水等の眼内組織からDNA抽出を行い,網羅的にスクリーニングし診断する「マルチレックスPCR法」を用いることで,早期診断・早期治療を試みている(東京医科歯科大学ウイルス治療学・眼科学との共同研究申請中)。


緑内障領域
【1】抗緑内障点眼薬による副作用の抑制

 眼圧下降目的で一生涯に渡って行う緑内障治療薬物治療において、点眼薬のオキュラーサーフェスに対する影響、特に含有される防腐剤による角結膜上皮に及ぼす影響が問題となる。防腐剤による慢性炎症は、結膜下組織の瘢痕化を助長し、結膜に依存する緑内障濾過手術にとってマイナスである。我々は、この防腐剤による副作用のメカニズムを解明し、副作用を抑制して健常な結膜組織の維持に寄与する新薬の開発に取り組んでいる。(図1)

図1:塩化ベンザルコニウム点眼(BAK)によるウサギの角膜上皮障害
図1:塩化ベンザルコニウム点眼(BAK)によるウサギの角膜上皮障害
【2】緑内障手術成績向上に寄与する治療薬の開発

 線維柱帯切除術は、房水を眼外に流出させ、結膜下に房水の濾過胞を形成することで眼圧下降効果を発揮する緑内障濾過手術の代表的な術式である。その手術成績は、術後の結膜下線維組織であるテノン嚢組織の創傷治癒や炎症などの生体反応に影響されるために長期的には60-70%台に低下し、必ずしも良好ではない。マイトマイシンCの術中使用は線維柱帯切除術の成績を向上させたが、一方で脆弱な濾過胞形成に起因する晩期感染症も問題も挙げられる。したがって、我々は緑内障術後の創傷治癒をより積極的にコントロールする術後新規薬剤を開発し、手術成績および安全性を向上させたいと考えている。(図2,3)

図2:線維柱帯切除後の濾過胞
図2:線維柱帯切除後の濾過胞
図3:ラットの緑内障濾過手術モデル(前房内チューブ挿入後)
図3:ラットの緑内障濾過手術モデル
  (前房内チューブ挿入後)
【3】緑内障画像診断に対応する新しい視野測定プログラムや解析方法の開発
図4:緑内障の形態・機能異常の解析(Forum viewer®, Carl Zeiss Meditec)
図4:緑内障の形態・機能異常の解析
  (Forum viewer®, Carl Zeiss Meditec)

 近年、より進化した光干渉断層計(OCT)が、超早期緑内障の症例(preperimetric glaucoma)の画像診断に用いられている。しかしながら、OCTで形態学的異常(視神経乳頭の形状変化や網膜神経線維層の菲薄化)が検出されても、視野検査では異常が検出されないという測定結果の不一致がみられる。形態学的異常は視野変化に先行すると当たり前のように考えられているが、早期視野変化の検出系が追いついていないことが形態と機能の不一致のひとつの原因と考えている。我々は超早期緑内障の画像診断に対応できる新しい視野測定プログラムや解析方法の研究に着手している。画像診断に対応する視野検査が可能になれば、緑内障超早期での確定診断が可能となり、より正確な視野障害進行評価に貢献できると考えている。(図4)





網膜硝子体・ぶどう膜炎領域
【1】新しい加齢黄斑変性治療薬の開発とマクロファージの役割

加齢黄斑変性の病態
Yanai, R, 2012, Current Topics in Immunologyより転載

 加齢黄斑変性は欧米の失明原因の第1位の眼疾患で、本邦では現在第3位であるが、急激な高齢化と生活様式の欧米化によって著しく増加することが予想される眼疾患である。加齢黄斑変性は萎縮型と滲出型に大別され、本邦の加齢黄斑変性の大半を占める滲出型は網膜色素上皮下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に脈絡膜新生血管が侵入する。これらの新生血管は脆弱で血管透過性が亢進しているため、黄斑浮腫を生じたり、網膜内あるいは網膜下に出血を引き起こしたりして急激に視力が悪化する。進行期の加齢黄斑変性の病態には種々の増殖因子が関与していることが解明されているが、発症機序については未だ明らかにされていない。現在行われている血管内皮増殖因子 (VEGF)阻害薬による治療は新生血管を伴う進行症例の血管透過性を抑制したり新生血管を減少させたりするが、完全な新生血管の退縮は難しい。さらに、VEGF阻害薬には反応せず、視力が悪化して失明に至る患者も存在している。このため、加齢黄斑変性を予防できる、あるいは初期から治療できる安全な治療法の開発が急務である。

 加齢黄斑変性の発症機序にマクロファージが非常に重要な働きを担っているにも関わらず、細胞・分子レベルの解析は未だ十分でなく、治療ターゲットとしての方向性も不明瞭なままである。これまで、CNV誘導後の脈絡膜ではマクロファージを遊走するサイトカインや接着分子の発現が亢進し、マクロファージの脈絡膜浸潤が増加することが示されてきた。

マウス加齢黄斑変性モデル
血管新生部位からの造影剤漏出

マウス加齢黄斑変性モデル
血管新生部位(紫)に浸潤したマクロファージ(緑)

 山口大学眼科学教室では、眼局所および全身の免疫・炎症の研究基盤を元に、マクロファージがCNVを誘導するメカニズムにフォーカスを当て、マウスの加齢黄斑変性症モデルを用いて、その病態解明を目指している。この研究により、脈絡膜血管新生を特異的に早期から抑制できる新たな加齢黄斑変性の治療法となることが期待され、その臨床的意義は重要である。

 
【2】難治性網膜硝子体疾患における線維増殖組織形成機序および治療法の開発

 糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、増殖性硝子体網膜症などの難治性網膜硝子体疾患の予後は改善されてきたが、重症例や再発例などでは視機能予後は未だよくない。このようなケースでは網膜下での局所炎症によって、しばしば患者の網膜下に線維増殖膜組織を認める。現行治療にて疾患原因となる眼内新生血管の退縮や網膜虚血、網膜復位などが改善できたとしても、線維増殖膜組織が形成され、網膜視細胞が不可逆的な障害を受けると視機能改善は困難となる。線維増殖膜組織形成には,常在細胞である網膜色素上皮細胞が中心的な役割を果たします。そこで、網膜色素上皮細胞を用いたコラーゲンゲン三次元培養系や網膜下瘢痕形成モデルなどを使用し、難治性網膜硝子体疾患の病態解明および,線維増殖組織形成に対する新規治療法の検索および確立を試みている。

 
【3】眼炎症制御を基軸とした難治性網膜硝子体疾患の病態解明と新たな治療法の開発

 網膜硝子体疾患には必然的に炎症が随伴する。原疾患に局所炎症が加わることで、網膜構造が破壊され、ニューロン・シナプスは機能障害をおこし、線維瘢痕化などの二次的変化が加わり、視機能低下へ進展する。これまで,マクロファージの網膜下線維性増殖組織形成への関与や網膜硝子体疾患で共通に病態に作用するサイトカイン・ケモカイン同定などを明らかにし,網膜硝子体疾患における眼局所内因性炎症の重要な働きを示唆してきた。そこで,網膜硝子体疾患での内因性炎症の分子機序を明らかにし,局所炎症を適正に制御することで,内在性の網膜細胞を活性化し機能再生を行なうことを試みている。


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