講義ノート1


1 批評雑誌『オクトーバー』とクラウスの位置づけ

  1-1 太田喬夫「現代芸術論と『オクトーバー』」 『芸術学を学ぶ人のために』 太田喬夫編 世界思想社 1999年3月 pp.291-309

   ●批評雑誌『オクトーバー』 pp.292,294

1976年創刊
MIT出版部。季刊誌。表紙に「芸術/理論/批評/政治」を記し、これらの有機的連関を重視する。(2002年春号で100号を迎えた)

タイトルの由来
10月革命10周年を祝って制作されたエイゼンシュテインの同名の映画タイトルに由来。「映画《オクトーバー》が、芸術的実践と批評理論とが社会を構築する企てにおいて結びつく、特別な歴史的瞬間の象徴」を意味したから。(October The First Decade 1976-1986, Introduction)

特徴
・グリーンバーグのフォーマリズムの批判的継承
・具体的な作品記述(フォルムと経験)の重視
・文化・政治における現実的問題への積極的な取り組み
・フランス現代思想(現象学、記号論、構造主義、ポスト構造主義、精神分析)の摂取、紹介
・伝統的な西欧の価値への対決

   ●フォーマリズム批判 pp.295
グリーンバーグはアメリカ抽象表現主義絵画にアヴァンギャルド・モダニズムの頂点を見出した:
(1)視覚の論理に忠実であること
(2)絵画における表現媒体としての性質を純化し、限界を極める
(3)絵画平面のゲシュタルト・秩序の直感的把握
(4)視覚的イリュージョンの把握
(5)作品の造形的特性の重視
        ↓
作品の社会的・政治的意義の軽視
   ●モダニズム芸術とポスト・モダニズム芸術 pp.297
モダニズム芸術
 「作品から受け取られるべきものは、厳密にその内部に位置していた」

ポスト・モダニズム芸術=リテラリズムの芸術(マイケル・フリード)
 ある状況下における客体の体験=観者を含む
 作品の自己充足的な秩序よりも、作品の外の場、観客といったコンテクストを不可欠とする
 作品の視覚的イリュージョンを認めず、オブジェ的客体性を提示
        ↓
フォーマリズム的分析を無効化するポスト・モダニズム芸術

  1-2 テキスト「訳者後書」 pp.258-261

   ●クラウスの位置づけ

1940年生まれ。現代アメリカを代表する美術批評家の一人。コロンビア大学美術史教授。批評雑誌『オクトーバー』の共同編集者。62年ウェルズリ大学卒業。64年ハーヴァード大学大学院で修士号取得。69年同大学院で博士号取得。ハーヴァード時代の学友に、モダニズムの重要な論客となるマイケル・フリードがいた。クレメント・グリーンバーグの講義を受け大きな影響を受ける。69-75年、美術雑誌『アートフォーラム』の編集に携わり、同誌を中心に多数の論文を発表。76年批評雑誌『オクトーバー』を創刊。ポスト・モダニズムの理論展開において重要な役割を果たす。

   ●美術批評と美術史研究への挑戦状

p.260 上l.14-16 "...アメリカにおける美術批評、美術史研究が長い間立脚してきた「歴史主義」と「実証主義」にかなり強い調子の挑戦状を叩きつけることであった。"

序 p.9 l.2 "批評のテクストの持つ意義はほとんど全面的にその方法(ルビ:メソッド)にある、と主張することができるだろうか?"

  1-3 林道郎「ロザリンド・クラウス モダニズムを超えて」(集中連載 美術史を読む 6人の美術史家による6つの方法 第2回 <共同執筆>林道郎、田中正之、大西廣) 『美術手帖』 1996年2月号 p.126-147

   ●観者の主体に対する作品の効果、「所有」への抵抗
p.128 下l.12-p.129 上l.6 "...彼女にとって、一貫したモティーフとなるのは、観者の主体にとって作品がどのような効果を及ぼすか、という問題だからである。グリンバーグからフリードへの展開においては、若干、修正はあるものの、観者が、作品の意味の現れを曇りなく自己のものとして「所有」することが目指されているのに対して、クラウスは、そのような「所有」に対して抵抗し、そのことによって見る側の主体に働きかけ、その内部にある種の異物感を感じさせる、そのような作品の側に立つのである。"
   ●構造への転回
p.129 上l.15-20 "つまり、作品の「意味」あるいは「美的価値」を言い当てるフォーマリズムではなく、「意味」が可能になる条件としての作品の構造を明らかにするという転回である。そういう意味では、グリンバーグとクラウスの相違は、対照的なイデオロギーを形成するというよりも、深くイデオロギッシュな前者とイデオロギーを脱却しようとする後者というふうに捉えることもできよう。"
   ●構造主義の外部
p.134 上l.7-10 "そこから彼〔ヤコブソン〕はさらに、人間の身体とそれを取り巻く世界の距離、それを認識する視覚が、意味生成作用につねに不透明な深さを生じさせていることを体系的に論じるのだが、その深さこ そが、構造主義が捉えそこなったものと考えられる。"

p.134 上l.13-15 "...クラウスのその後の展開は、その構造主義の外部を作品に則してどのように理論化してゆくか、という問題を核においている。"

   ●ポスト構造主義への依存
p.145 上l.5-7 "なにも、「父」対「義父」の争いというような構図をつくってことさらに事態を戯画化したいのではないが、クラウスのポスト構造主義の思想家たちに対する過剰ともいえる依存は、やはり言を要する。"

p.145 下l.5-8 "彼らのあいだの微妙だが重要な差は、まさしく、その「外部」をどのように見定めてゆくかということに関わっているのであって、その問題を哲学的につきつめないまま、無整理に援用をするのはどうだろうか。"

p.147 下2-4 "...少々乱発的とも見える、彼らフランスのポスト構造主義者たちの引用は、新たな権力の導入という効果だけが際立って見えてしまう。"


2 講読テキストについて

  2-1 テキスト「訳者後書」

   ●「ポスト・モダニズム」の前景化
p.258 上l.8-12 "本書は、クラウスが七七年から八四年にかけて主として『オクトーバー』に発表した評論を収めている。それらはちょうど「ポストモダニズム」という用語が、文化のあらゆる局面において前景化されると同時に、モダニズムについての再考が、極めて意識的に開始された時期でもあった。"
   ●イヴ=アラン・ボアによる書評
p.259 下l.13-27 "「この本の魅力の一つは、フランスの現代のエピステーメの偉大な担い手たち(バルト、フーコー、レヴィ=ストロース、デリダ、ラカン)を味方として取り入れていることである。・・・・・・クラウスにとり新たな発見を刺激するモデルとなったこれらのディスクールは、彼女の著作において、それら自体はほとんど関心を払ってこなかった領域、すなわち現代美術の歴史と理論という領域との出会いを強いられることによって、変形される。(実際、私のようなフランス人の読者には、そこに一つのスリルが加味される。つまりレヴィ=ストロースのような現代美術の根深い敵の生み出した図式が、クラウスによってハイジャックされ、一九七〇年代の彫刻の領域をチャート化し、その多様性について語るために利用されるのを見て、一種の歓喜を味わうのである。私のようにパリの構造主義の特別な雰囲気に浸っていないアメリカの読者にとっては、この短絡がもたらしてくれるような快楽はさほど強烈でないにちがいない。)」(Yve-Alain Bois, Art Journal, Winter 1985.)"
  2-2 林道郎「ロザリンド・クラウス モダニズムを超えて」

   ●新しい美術史の可能性と浮き足立った気配
p.127 上l.7-16 "書評もおしなべてよく、いや、単純に「よい」というよりは、これまでにない新しい美術史の可能性を示唆しているということで、だれもが、その「新しさ」に遅れてはならじとこぞってエールを送っているというような、少し浮き足立った気配が全体に共有されていたように思う。事実、ちょうどその頃を境として、アメリカの美術史界には、堰を切ったように、構造主義、ポスト構造主義、受容理論などの「新しい」方法論が導入され、同時に旧来の美術史を守ろうとする保守派からの反発を強め、よくも悪くも混沌とした状況の現在へと至っているのである。"
   ●モダニズムの神話的カテゴリーとしてのオリジナリティ
p.130 上l.5-13 "もちろん、その「構造」の概念は、彼女自身が説明しているように、構造主義―ことにレヴィ=ストロース、ロラン・バルト―から借りてきたものであり、モダニズムが拠り所にしてきたさまざまな神話的カテゴリーを解体するための解剖具であった。たとえば、意味の帰属先としての「作者」という概念や、その作者という存在の同一性に支えられた、有機的な発展の歴史としての「作品群=仕事」という捉え方が、そういった神話的カテゴリーとして挙げられるが、それらを根底から支える基軸となっていたのが、クラウスによれば、「オリジナリティ」という概念=神話である。"