講義ノート1


バクサンドールの位置づけ、日常性の社会史

  篠塚二三男「訳者あとがき」 pp.264-274

   ●バクサンドールについて
1933年生まれ。父デイヴィッド・バクサンドールは、1952-70年、ナショナル・ギャラリー、スコットランドの館長を務めた。
マンチェスターのグラマー・スクール卒業後、ケンブリッジ大学で文学修士号取得。パヴィア大学、ミュンヒェン大学にも学ぶ。1959-61年、ウォーバーグ研究所研究員。61-65年、ビクトリア・アンド・アルバート美術館勤務。74-75年、オクスフォード大学勤務。ウォーバーグ研究所に一貫して在籍し、81年より教授。
   ●広い<社会>と絵画

p.266 "本書、特に第二章を一読された読者のなかには、著者の絵画に対する見方にあるいは面喰う方もおられるのではなかろうか。ルネサンスの大画家、たとえばピエロ・デッラ・フランチェスカやボッティチェッリの作品が登場してきても、その絵の良さとか美しさにはほとんど言及されていない。また私たちの持っている美術家=創造者(ルビ:アーティスト クリエイター)というとらえ方もなければ、様式を形成する上での天才の役割にも触れられていない。画家たちよりもむしろ注文主や公衆の役割に重点が置かれているのである。"

p.267 "著者は一貫して絵画を<社会>との関連のなかでとらえようとしているのである。"

p.267 "バクサンドールの用いる<社会>という言葉は、経済や政治、社会制度などに限定される狭い意味の社会ではなく、宗教、思想、文化をも含んだより広い意味の社会である。あるいは、画家や公衆が日常生活で<経験>する文化的環境といってもよいであろう。"

   ●従来の社会史的美術史との違い―相互補完性、日常性

p.268 "これまでの<社会史>的立場の研究者は、多かれ少なかれ、社会の構造が絵画の様式を決定するという一方通行的な因果関係でとらえてきた。"

p.269 "…バクサンドールは決して社会と絵画とを分離して論じているのではなく、終始この二つを一体のもの、不可分のものとして扱っているのである。"

p.269 "美術家や公衆をとりまく社会的・文化的な状況は、絵画のなかに特徴となって表れるのであって、前者が後者を規定するのではない。それゆえ絵画の様式と社会的史料とは相互に補完し合うのであり、また「美術史と社会史とは相互に必要な知識の提供者」なのである。"

p.269 "しかもバクサンドールが注意を向ける<社会>の内容というのは、政治的大事件とか著名な思想家などよりも、むしろこれまであまり関心の向けられなかった周縁的(ルビ:マージナル)な分野―説教、芝居、舞踏、計量などの分野であり、市民が日常生活のレヴェルで<経験>する行為なのである。"

   ●ウォーバーグ研究所の伝統

p.271 "たとえばアビ・ヴァールブルク自身も芸術を芸術のみに孤立させることなく、あらゆる人間活動と結びつけ、広く<文化史>的な視点から研究した。そして画家と注文主との関係に関心を払い、周縁の分野を積極的にとり入れていった姿勢は、バクサンドールにもそのまま受け継がれている。エルンスト・ゴンブリッチは関心の対象だけでなく方法の上でも多彩であるが、特に知覚心理学の成果をとり入れ、見ることが知ることと不可分の関係にあることを示した。バクサンドールはこのことを個人のレヴェルから社会のレヴェルにまで敷衍し、社会特有の<視覚上の技術や習慣>=<認識方法>を絵画作品と関連づけている。"

・通時性と共時性

p.271 "…<社会史>を標榜するバクサンドールと、アーウィン・パノフスキーのイコノロジーに代表されるような、いわゆるヴァールブルク学派との間に、かなり差異のあることも確かである。たとえば前者の社会的関心が<共時的(ルビ:サンクロニク)>であるのに対し、後者が得意としまたルネサンス美術の重要テーマでもある「古典的伝統」の研究は<通時的(ルビ:ディアクロニク)>である。"

・求心性と遠心性

p.272 "イコノロジーが<意味>という中心に向かっていわば求心的にデータと推理を積み重ねていくのに対し、バクサンドールの方法は、作品をとりまく社会的・文化的コンテクストの方により多く目を向けるためか、遠心的に拡散してしまう傾向がある。"

   ●新鮮な問題提起

p.272 "…これまで盲点となっていた部分に光をあてるその知的営為は、きわめて健全な野心といえよう。"

p.272 "…こうした大胆で新鮮な提起によってこそ、私たちの好奇心はかきたてられ、私たちの目は洗い直されるのである。"


精読1

 1 第一章の構成把握

  ※第2節をさらに4つに分ける

  第一章 絵画取引のしくみ

   1 序論 p.12-p.16 l.9

   2 契約および注文主による干渉 p.16 l.10-p.33 l.8

     (1)注文主の干渉の例(フィリッポ・リッピ) p.16 l.10-p.20 l.12

     (2)典型的な契約の例(ギルランダイヨ) p.20 l.13-p.24 l.5

     (3)主題、支払い、顔料 p.24 l.6-p.30 l.8

     (4)契約関係にない画家の例(マンテーニャ),まとめ p.30 l.9-p.33 l.8

   3 美術と材料【画材】 p.33 l.9-p.40

   4 技術【画家の技倆】の価値 p.41-49

   5 技術の認知 p.50-55

 2 分岐センテンス

  第一章 絵画取引のしくみ
   1 序論
   2 契約および注文主による干渉
     (1)注文主の干渉の例(フィリッポ・リッピ)
       p.16 l.10 "一四五七年にフィリッポ・リッピは、…"

     (2)典型的な契約の例(ギルランダイヨ)
       p.20 l.13 "絵画の制作をめぐる…"

     (3)主題、支払い、顔料
       p.24 l.6 "絵の主題についての指図は、…"

     (4)契約関係にない画家の例(マンテーニャ),まとめ
       p.30 l.9 "もちろんすべての画家が…"

   3 美術と材料【画材】
   4 技術【画家の技倆】の価値
   5 技術の認知