幸福輝「訳者あとがき」 pp.409-421
1-1. 大反響
●二〇を越える書評―ひとつの事件
p.409 "『描写の芸術』は英語圏の代表的な美術史研究誌を中心に訳者が知りえただけでも二〇にのぼる書評でとりあげられ、この事実ひとつをとってもアルパースによるこの著作の反響がいかに大きなものであったかが理解されよう。『描写の芸術』はたしかに一九八〇年代の美術史研究におけるひとつの事件だったのである。"
●手厳しい批判 p.410
「描写的という言葉は結局北方的と同じ意味…」
「アルベルティ的絵画様態とケプラー的絵画様態という区別はあまりに恣意的…」
「オランダとイタリアの差異ばかりが強調されている」
「ファン・エイクとフェルメールが時代的相違を無視してまるで同時代の画家であるかのように語られている」
「それ[ジャック・ドヘインの素描]とレオナルドの解剖図を区別するいかなる根拠も示されていない」
「遠近法的な科学知識が測量や地図制作と結びつくのはブルネレスキ以来のイタリアの伝統でもあったのではないか」
●オランダでの反発―ナショナリズムの問題
p.410 "…とりわけオランダ美術の地元であるオランダの美術史界の反応は決定的なまでに反アルパース的色彩の濃いものであった。"p.410 "…結果として学問上の問題がいささかヒステリックなナショナリズムの問題にすりかわってしまったことも否定できない事実であった。"
p.410-411 "…個別の事実誤認や論述の曖昧さを批判するだけの書評は、結局『描写の芸術』の周縁部をかすめたものにしかならないのではないだろうか。"
1-2. アルパースについて
●所属
p.411 "…著者スヴェトラーナ・アルパースは現在カリフォルニア大学バークレイ校の美術史教授である。"
※[講師註]:2003年現在、同校名誉教授。
●ドイツ語のような英語
p.412 "…文章の構成や単語の選択について特殊な傾向があるように思われるのは彼女自身の出自と無縁ではないのかもしれない。三年まえに来日した一六世紀フランドル絵画の代表的研究者であるウォルター・ギブソンは、『描写の芸術』におけるアルパースの文章が自分たちアメリカ人にとってもドイツ語をよむようだと語っていたが、これは訳者の印象が必ずしも一人よがりのものではないことを示唆するであろう。"
●フーコーの表象論からの影響
p.413 "同誌[「リプリゼンテーションズ(表象)」]を拠点とし、ミッシェル・フーコーの表象論から大きな影響と刺激を受けた彼女の活動は、いわゆるニュー・ヒストリシズムあるいはニュー・アート・ヒストリーの守護者として面目躍如といった感がある。"
1-3. 『描写の芸術』について
●本道としての歴史画
p.413 "本書でアルパースがとりあげるのは、一七世紀のオランダ絵画に見られる描写を優先させた絵画表現、いわゆる写実主義的絵画であり、同時にそのような特質をもつ絵画が研究対象となった場合に美術史という学科がとる「構え」が問題とされている。"
p.413 "オランダ絵画を軽視したレイノルズとこれを擁護したフロマンタンに共通するのは、この美術がイタリア・ルネサンスにおいて提唱され、確立されていった人文主義的絵画理論の対極に位置しているという認識であった。"
p.414 "…レイノルズとフロマンタンの評価は、実は彼らの歴史画にたいする見解を反転させたものにほかならなかったのである。"
●「物語的芸術」と「描写的芸術」
p.414 "…歴史画とはアルパースの言葉を借りるなら「詩人たちの表現にもとづいた厳かな行為」が描かれた作品であり、「物語的芸術」であった。…(中略)…この「物語的芸術」は絵画構造的にはアルベルティによる絵画の定義、すなわち視覚のピラミッド…(中略)…を観察者から一定の距離をもっておかれた平面によって切断することによって、その面に形成、もしくは投影されるいわゆる遠近法的絵画モデルを前提としている。"
参考図版:
アルブレヒト・デューラー《裸婦を描く素描家》 1525年 木版画 8×22cm ウィーン、アルベルティーナp.414 "これにたいし、基本的に歴史画の束縛から解放された一七世紀のオランダ絵画は、歴史画、あるいは「物語的芸術」の根幹をなす言語記述(物語)とは無関係に現実世界や事物の正確な描写を第一義としていた。それは観察者を前提とはせず、先天的に存在する世界を描きだす「描写的芸術」であった。"
●アルパースの企て
p.415 "…あまりにも自明のこととしてこれまで議論の対象にさえならなかった事実に注意をうながしたい。すなわち、このような芸術論は人文主義的絵画理論を前提としていたという事実である。誤解を恐れずに言うならば、一般的に芸術論の著者はレイノルズもその系譜に連なる歴史画の擁護者なのであり、決して「描写的芸術」の信奉者ではなかったのである。このことは、はじめから「 描写的芸術」が正当な扱いを受ける環境が整備されていないことを意味するだろう。人文主義的絵画理論は、あらゆるイメージの創出を律する唯一の規範だったのだろうか。アルパースが試みようとしたのはまさに「非人文主義的芸術論」であったと言えるのかもしれない。"
p.415-6 "アルパースは「物語」の対概念である「描写」という文芸理論の用語を用いてこれを説明しようとしたのである。"
p.416 "…「描写的芸術」を支えるのはどのような社会的、あるいは文化的背景なのだろうか。こうした観点から、アルパースは天文学者ケプラーの眼についての実験とその記述や思想家ベイコンの哲学的記述、また教育思想家コメニウスの博物誌的記述などをとりあげる。こうした記述にオランダ絵画に共通する知的関心が見られることをアルパースはみごとに論証していく。"
1-4. 美術史の方法論
●オランダ絵画と図像学
p.417 "…ホイジンガがすでに半世紀以上もまえに指摘したように、北方の手仕事的伝統とイタリア的人文主義の綜合こそが一七世紀オランダの基本テーゼであることは今日ほとんど自明の理として広く認められているからである。"
p.417 "今世紀になって、とりわけドイツの研究者が主導するかたちで、いわゆる図像学が美術史研究の主流を占めるようになった。本来、イタリア・ルネサンスの研究のために生まれた絵画作品の主題解釈のための図像学は、やがて北方美術にも適用されるようになる。"
p.418 "けれども、こうした図像学的研究が進めば進むほど「意味としての深層」と「描写としての表層」との間の乖離が決定的なものになってきたこともまた事実であった。
●美術史の新しい問題意識
p.418 "…結局こうした図像学を唯一の解釈手段とする美術史とは一体なにものであるのだろうか。"
p.418 "アルパースの『描写の芸術』には、バクサンドール、ベルティング、ケンプなど最近日本語にも訳された一群の美術史家に共通する「 社会に開かれたものとしての美術作品」という強靭な認識をはっきりと見ることができる。
p.419 "…アルパースが本書で絵画(ルビ:ピクチュア)ではなく絵画制作(ルビ:ピクチャリング)という動詞的な言葉を使っていることにもはっきりとあらわれているし…"
p.419 "それはまた、「隣接諸学科に開かれたものとしての美術史」という認識とも部分的には重なるものでもある。"
p.419 "…新しい問題意識をもった美術史家たちの中でアルパースの方法が一定の地位を確立しつつあること、そしてアルパースの『描写の芸術』は単に一七世紀のオランダ絵画論として読まれるべきではなく、美術史の方法論としてもきわめて有用なものであることを示唆するものとは言えないだろうか。"
●美術史は草刈場?
p.420 "歴史、文学など美術史以外の分野の研究者が美術作品を研究対象として扱うようになって久しい。ニュー・アート・ヒストリーなどもそのような動向の延長上にあるのだろう。"
p.420 "…美術史の研究者がいつのまにか名画の解説者になりかわってしまうという日本の現状において、美術史という学科は自らの存在理由を問い直すことにあまりに鈍感ではないだろうか。ともすると「美術史は人文諸科学の草刈場」という陰口が叩かれる現実にたいし、美術史はやはり答えなければならないのである。"
精読1
1 序文の構成把握
1 レイノルズとフロマンタン p.11-p.15 l.5
2 イタリア的伝統と反イタリア的伝統 p.15 l.16-p.27 l.13
(1)イタリア的伝統 p.15 l.16-p.17 l.3
(2)反イタリア的伝統 p.17 l.4-20
(3)描写的芸術 p.18 l.1-p.19 l.6
(4)描写性の擁護 p.19 l.8-24 l.13
(5)視覚性の文化 p.24 l.17-p.27 l.13
3 宗教と道徳 p.27 l.14-p.29 l.12
4 各章の主題、構成 p.29 l.13-p.30
2 分岐センテンス
1 レイノルズとフロマンタン
2 イタリア的伝統と反イタリア的伝統
(1)イタリア的伝統
p.15 l.16 "今日の美術史家たちは、…"
(2)反イタリア的伝統
p.17 l.4 "美術の、そして美術に関する著述の伝統において、…"
(3)描写的芸術
p.18 l.1 "しかしながら、ひとつの絵画的特性と歴史的状況については…"
(4)描写性の擁護
p.19 l.8 "ファン・エイクについてパノフスキーが語ることはまたく正しい。"
(5)視覚性の文化
p.24 l.17 "それではオランダ美術はどのように見られるべきなのだろうか。"
3 宗教と道徳
p.27 l.14 "本論で論じられる事柄についてかなりのページが割かれてきたわけであるが、…"
4 各章の主題、構成
p.29 l.13 "コンスタンティン・ハイヘンスについての最初の章に続いて…"