運慶流―鎌倉・南北朝時代の仏像と蒙古襲来
山口県立美術館 十一月十一日〜十二月二十一日
佐賀県立美術館 二〇〇九年一月一日〜二月十五日
1.展示プランと照明
・グルーピング……展示コンセプトを土台として、作品同士の関連性や調和、独立性や主張を勘案する。
・動線……鑑賞者が展示を見るための順路。多数の来館者が予想される場合、混乱を回避する。
・ひき……鑑賞者が作品の全体像を視界に収めるために必要な距離。後ずさりする観客同士がぶつからないよう配慮する。
・メリハリ……展示室には好位置とそうでない場所がある。展覧会全体における作品の重要度に即して、展示場所を割り当てる。同時に、休憩コーナーや、説明パネル、関連資料や年表等を適切に配置して、効果的で快適な展示を目指す。
・展示図面……展示作業に入る前に、図面上で検討する。作品や展示ケース等のサイズ・データが必要となる。特に近代洋画などは、作品サイズでなく、額寸をもとに作品同士の間隔を割り出す。
・照明……作品の保全を優先して、照度設定する(照度計を利用)。鑑賞者の進行方向からの照射を避ける。
参考:並木誠士ほか編『現代美術館学』(昭和堂、一九九八年)、一三四―一三六、一四〇頁。
2.運慶流
慶派……康慶、運慶、快慶(康慶の弟子)のほか、出自不明の場合でも作風が通じれば「慶派」と称される。非常に幅の広い用語。
運慶流……応永四年(一三九七)の記事に見られる「運慶之一流」と、一九九三年に山口県立美術館で開催された「室町時代の雪舟流」にあやかって。九州で活躍した湛康、康誉、康俊(東寺大仏師)らをの活動を検証。そこに康慶、運慶、湛慶、康円を加えて系譜をたどる。こうした日本中世彫刻史の正統を指す。
参考:竹下正博「運慶流小伝」、『運慶流』展覧会図録、八二頁。
1150年頃
・康慶……運慶の父。生没年不詳。
1175年頃(第1世代)
・運慶……東大寺南大門の金剛力士像(高さ約8.4m)で有名な鎌倉時代の仏師。1223年没。
1225年頃(第2世代)
・[湛慶]……運慶の長男。1173-1256年。現存作品少ない。作風は温雅。
1255年頃(第3世代)
・康円……運慶の第2子康運の子と伝えられる。湛慶没後の慶派を主宰。現存作品多数。やや工芸的。
1280年頃(第4世代)
・湛康……第2世代湛慶との関係が指摘されているが、確定的ではない。
1315年頃(第5世代)
・康俊(南都大仏師)
1335年頃
・康俊(東寺大仏師)
参考:「運慶流仏師世代図」、竹下正博「運慶流小伝」、『運慶流』展覧会図録、八〇―八七頁。
『日本美術史事典』(平凡社、一九八七年)
3.出品作品紹介
1.作者不詳《金剛力士像》(阿形)、一躯、鎌倉時代(十三世紀)、福岡・大興善寺、県指定文化財
2.作者不詳《金剛力士像》(吽形)、一躯、鎌倉時代(十三世紀)、福岡・大興善寺、県指定文化財
3.湛康《多聞天像》、一躯、鎌倉時代、永仁二年(一二九四年)、佐賀・円通寺、県指定文化財
4.湛康《持国天》、一躯、鎌倉時代、永仁二年(一二九四年)、佐賀・円通寺、県指定文化財
5.〈湛康〉《十一面観音像》、一躯、鎌倉時代、永仁二年(一二九四年)、佐賀・三岳寺、県指定文化財
6.〈湛康〉《大日如来像》、一躯、鎌倉時代、永仁二年(一二九四年)、佐賀・三岳寺、県指定文化財
7.〈湛康〉《薬師如来像》、一躯、鎌倉時代、永仁二年(一二九四年)、佐賀・三岳寺、県指定文化財
8.康円《愛染明王像》、一躯、鎌倉時代、文永十二年(一二七五年)、京都・神護寺、重要文化財
9.作者不詳《釈迦如来像》、一躯、鎌倉時代(十三世紀)、佐賀・東妙寺、重要文化財
10.作者不詳《薬師如来像》、一躯、鎌倉時代(十三世紀)、京都・妙光寺、府指定文化財
11.〈運慶〉《大日如来像》、一躯、鎌倉時代(十二世紀)、栃木・光得寺、重要文化財
「大日如来像X線写真」(撮影:田口榮一)
12.康慶《地蔵菩薩像》、一躯、平安時代、治承元年(一一七七年)、静岡・瑞林寺、重要文化財
13.康俊(南都大仏師)《普賢延命菩薩像》、一躯、鎌倉時代、正中三年(一三二六年)、佐賀・龍田寺、重要文化財
14.康俊(東寺大仏師)《文殊五尊像》、五躯、南北朝時代、貞和四年(一三四八年)、宮崎・大光寺、重要文化財
15.〈康俊(東寺大仏師)〉《地蔵菩薩像》、一躯、南北朝時代(十四世紀)、宮崎・大光寺、県指定文化財