大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ


1.越後妻有=新潟県十日町市、津南町、760平方キロメートル

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2.今年で4回目

第1回 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000 (7月20日〜9月10日) 53日間

第2回 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003 (7月20日〜9月7日) 50日間

第3回 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006 (7月23日〜9月10日) 50日間

第4回 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009 (7月26日〜9月13日) 50日間

 ※現在、「大地の芸術祭 秋版」が開催中(会期=10/3〜11/23)


3.里山

1. 3階建ての住居
2. 刈り入れ後の稲穂を干す光景
3. 一面に広がる棚田
4. 「猫の額」ほどの土地にも開墾された田
5. 休耕田


4.作品紹介―新旧合わせて約370点(過去開催分の恒久作品160点)

1-1. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-2. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-3. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-4. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-5. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-6. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-7. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-8. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-9. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
1-10. 深川資料館通り商店街協同組合+Qrr ART白濱万亀《かかしのこどもたち》
2-1. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-2. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-3. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-4. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-5. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》とまつだい雪国農耕文化センター「農舞台」
2-6. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-7. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年
2-8. イリヤ&エミリア・カバコフ《棚田》、2000年 テキスト
2-9. 「農舞台」とまつだい駅を結ぶアプローチ越しにカバコフの《棚田》を望む
3-1. 草間彌生《花咲ける妻有》、2003年
3-2. 草間彌生《花咲ける妻有》、2003年
4-1. シモン・ビール(スイス)《今を楽しめ》、2000年
4-2. シモン・ビール(スイス)《今を楽しめ》、2000年
4-3. シモン・ビール(スイス)《今を楽しめ》、2000年
5-1. ハーマン・マイヤー・ノイシュタット(ドイツ)《WD スパイラル・パートIII マジック・シアター》、2003年
5-2. ハーマン・マイヤー・ノイシュタット(ドイツ)《WD スパイラル・パートIII マジック・シアター》、2003年
5-3. ハーマン・マイヤー・ノイシュタット(ドイツ)《WD スパイラル・パートIII マジック・シアター》、2003年
6-1. 國安孝昌《棚守る竜神の塔》、2000/2006年
6-2. 國安孝昌《棚守る竜神の塔》、2000/2006年
6-3. 國安孝昌《棚守る竜神の塔》、2000/2006年
6-4. 國安孝昌《棚守る竜神の塔》、2000/2006年
7-1. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-2. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-3. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-4. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-5. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-6. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-7. 豊福亮《松代(金)城》、2009年
7-8. 松代城からの眺め
8-1. ジャン=リュック・ヴィルムート(フランス)《カフェ・ルフレ》 /まつだい食堂
8-2. まつだい食堂/里山セット
8-3. まつだい食堂からの眺め


5.総合監督 北川フラム

北川フラム(聞き手:米田綱路)「「効く」美術の可能性――固有の時間と場所のなかで公共性をひらくミッション」、『図書新聞』第2753号(2005年12月10日)

(一部抜粋)
“越後妻有の場合も、公共事業のなかに入って、ハードをソフトに変えていこうとやってきたわけですが、自治体と折衝するだけではなくて、「公共事業の手先だ」と批判されたり、いろんなことがありました。でも、なんとか続けてやってきた。やっぱり、口で言っているだけでは何も始まらないし、自分にはね返ってくる。何かやってみなければ、可能性も見えないでしょう。”

“他所よりも棚田を作る労力が要る。先祖代々この田んぼを作ってきた重みも、他所よりある。それが、いまは崩壊しているわけでしょう。人口が減ってきているし、もうお祭りもできなくなっている。だから、「何とかお祭りぐらいはしたい」という気分になれないかと思った。それが、「大地の芸術祭」を考えて妻有に入った最初の出発点です。

国と県のもともとの狙いは、市町村合併であり、合理化だったんです。僕はその流れに乗ってやり出したんだけど、どうしてこのプロジェクトが潰れずに生き残ったかというと、集落に徹底して関わったからだと思っています。”

“つまり、東京の人間にとって、田舎が大切になるんですよ。たとえばニュータウンに住んでいたら、勤めから帰って寝るだけでしょう。そこには何のリアリティもない。一生懸命働いているけれども、もう会社もこの先どうなるかわからないわけじゃない? そのときに人間は、やっぱり自分が本当に必要とされる場所に行くんですね。”

“妻有では、六市町村で百人の議員がいますが、このトリエンナーレには百人全員が反対だったわけですよ。それでも強引にやったことで、少しは変わり出した。ただ、全員が反対するのは当たり前だと思うんですね。これがもし美術でなければ、全員は反対しませんよ。
 美術って無だし、役に立たないからみんな文句を言いやすい。これが美術の持っている基本的な力です。何も生まないから、みんな関われる。それから、やっている人たちって金があるわけではないし、美術も特に妻有のような田舎でやるときには、労働ですよ。
 それってつながるんだね。他所から通ってきてわざわざ一生懸命やってるわけだからと、その熱意に触れて、「自分の土地で作品を展示してもいいよ」ということになる。また、アーティストたちの作業を見ていたおじいちゃんたちが、「俺の方がうまい」とか思って手伝い出す。
 そのとき、近代の持っていた「つくるもの」と「見られるもの」という構造がなくなるんです。そこがすごくおもしろい。それは美術じゃないと、できなかったですね。美術というのは、か弱いものだから、いろんな人たちが手伝うし、それが美術の持っている力だと思います。

“美術館のホワイトキューブは、二〇世紀の理想だったんです。ニューヨークでもヨハネスブルクでも、横浜でも同じように見えるために、真っ白な空間を作ったわけです。ところがその空間自体が、坪いくらの世界になってしまった。美術館も独立行政法人やなんかでみんな大変だといっているけれど、それは当たり前の話で、いろんなことが均質化してしまったし、お金に換算されて効率化されていく。
 僕は、そこで本当に計量不可能なものは、もはや時間しかないと思っています。固有の土地にはまだ固有の時間が流れている。だから、そこに関わっていくことが、美術の可能性なんじゃないかと思うんですね。

“病んでくるとみずからを語りだすんですね。だから、美術批評ってまったくつまらなくなった。何か読書感想文を読んでいるようなもので、たとえば、「昨日私はヴィトゲンシュタインを読んだ、今日この美術を見た、その関係は」なんて書く。そんなもの関係ないじゃないかと思うような美術批評なんですよ。ヴィトゲンシュタインがわからないと美術もわからないっていう話になるわけで、もうそれがほんとうに美術をだめにしている。
 みんな、わかる、わからないで美術をいうでしょう。誰も好き嫌いで言わないんですよ。それをもうちょっと何とかしたいという思いがあります。それから、いまは建築なら建築、美術なら美術でものを考えようとする。でも、それではだめです。”


6.公式サイト・参考図書など

 ◆公式サイト

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009 秋版

 ◆参考図書・記事

北川フラム(聞き手:小嵐九八郎)「運動も美術も、排斥ではなく協働を――北川フラム氏(元東京芸大全共闘)に聞く 60年代・70年代を検証する」、『図書新聞』第2924号(2009年7月4日)

『希望の美術・協働の夢―北川フラムの40年 1965-2004』(角川学芸出版、2005年)

暮沢剛巳「パブリックアートを超えて??「越後妻有トリエンナーレ」と北川フラムの十年」、暮沢剛巳、難波祐子編著『ビエンナーレの現在―美術をめぐるコミュニティの可能性』(青弓社、2008年)、45-74頁。

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、岡部あおみ編『アートが知りたい』(武蔵野美術大学出版局、2005年)、212-216頁。