考察(一)
公定現代美術と地産美術


授業の目標

美術の普遍性を問い直す。

国際美術展の今後の課題について理解する。


1.グランドツアー2007 公式サイト http://www.grandtour2007.com/welcome_01_en.html

2007年6月、連続的に開幕した3つの大型国際美術展と1つのアートフェアを一括して回る旅行パッケージ。

第52回ヴェネツィア・ビエンナーレ 6/10-11/21

第38回アート・バーゼル  6/13-6/17

ドクメンタ12  6/16-9/23

ミュンスター彫刻プロジェクト07  6/17-9/30
 

ヴェネツィア・ビエンナーレ=2年ごと

ドクメンタ=5年ごと

ミュンスター彫刻プロジェクト=10年ごと

アート・バーゼル=毎年

10年に1度(1997年以来)

         ※現代美術におけるヨーロッパの球心力を強める


2.「美術」と「芸術」の歴史

 2−1.「美術」の歴史

明治5年(1872年)1月

ウィーン万国博への出品を呼びかける太政官布告「ウイン府[澳地利ノ都]ニ於テ来一千八百七十三年博覧会ヲ催ス次第」(第二ヶ条)

美術〈西洋ニテ、音楽、画学、像ヲ作る術、詩学等ヲ美術ト云フ〉ノ博覧場(ムゼウム)ヲ工作ノ為ニ用フル事。」

北澤憲昭『眼の神殿』(美術出版社、1989年)、143-147頁。

明治5年(1872年) 西周『美妙学説』

「西洋にて現今美術に数ふるは画学(ペインチング)、彫像術(スカルプチュール)、彫刻術(エンクレーヰング)、工匠術(アルキテクト)なれど、猶是に詩歌(ポエト)、散文(プロス)、音楽(ミジウク)、又漢土にては書も此類にて皆美妙学の元理の適当する者とし、猶延いては舞楽、演劇の類にも及ぶべし」

『日本国語大辞典』第11巻(小学館、2001年)、269頁。

 2−2.「芸術」の歴史

延暦16年(797年)成立の歴史書に登場

『続日本紀』大宝3年(703年)10月甲戌

本姓金名財沙門幸甚子也頗渉芸術兼知筭暦

「本姓は金、名は財(たから)、沙門幸甚が子なり。頗る芸術に渉り、兼ねて筭暦を知る。」

芸術=学芸と技術

筭暦=算法と暦法

『日本国語大辞典』第4巻(小学館、2002年)、1246頁。
林陸朗[校注訓訳]『完訳注釈続日本紀』巻第一―巻第八(現代思潮社、1989年)、41頁。

享保14年(1729年)成立の武芸書に登場

『天狗芸術論』

芸術未熟の者、名僧知識に逢たりとて、開悟すべきにあらず」

芸術=武芸と技術

『日本国語大辞典』第4巻(小学館、2002年)、1246頁。

明治15年(1882年) 伊沢修二『教育論』

「此諸種の武芸練習によりて、強壮なる体格を造成したるもの甚多しとす。然して此等の芸術は、体育の法に於て各異なる所あり」

芸術=武芸と技術

『日本国語大辞典』第4巻(小学館、2002年)、1246頁。

 2−3.「芸術史」の初出

昭和8年(1933年) 林達夫『芸術政策論』

「現在、理論芸術学や芸術史の根本的改造に志しつつある進取的な学徒の間において」

『日本国語大辞典』第4巻(小学館、2002年)、1247頁。
 

 2−4.「美術史」の初出

明治28年(1895年) 上田敏『美術の翫賞』

「彼れが、古代美術史に男性の美を奨説して、少年美童の艶なるを唱へしは」

『日本国語大辞典』第11巻(小学館、2001年)、270頁。
 

 2−5.以上のまとめ

797年成立の歴史書、703年の記述に「芸術」初出

1792年の『天狗芸術論』に、武芸と技術の意での使用例あり

1872年の太政官布告で「美術」が訳語、新造語として登場

1895年、「美術史」の使用例

1933年、「芸術史」の使用例

         ※美術=西洋との交流を通じて輸入された概念


3.公定現代美術と地産美術

 「光州ビエンナーレ宣言文」

“東洋と西洋の平等な歴史の創造と21世紀のアジア文化の能動的な発芽のため、そして太平洋時代の文化共同体のために各民族文化の多様な固有生産方式を尊重する。”

 キャロライン・ターナー「序―地域外主義から地域内主義へ?」 カタログ表紙
 Introduction: From Extraregionalism to Intraregionalism?

“この展覧会にはテーマはないが、テーゼはある。それは、欧米中心の視角は、もはやこの地域の美術を評価する基準としては有効ではない、というものである。……(中略)……トライエニアルのような開かれた議論の場で生み出される、地域の内部での交流は、望むべくは、「中心」、あるいは「ごく限られた数の中心」をなくして、平等な観点で美術を見つめる新しい方法を生み出し、私たちの間の共通点を確認し、差違を尊重し合える未来に開かれた、文化交流への接近手段ともなるだろう。”
 

 黒田雷児「越境するシンボル」 カタログ表紙

“まず、「伝統と現代」とか「西洋と東洋」とか「物質文化と精神文化」というような従来の二元論的な思考はのり越えられなければならない。そもそも「伝統」とか「文化的独自性」というような明快な実体を、どこの国や地域でももっているわけではないのだ。……(中略)……いっさいの理想化や神秘化なしに、また珍しいものを求める消費の欲望とは異なる次元で、日本とほかのアジアの国それぞれの「現代」が生み出しつつある文化の実態を、生活の姿を、ありのままにさらけ出し合わなければならない。 ”
 

 ニコラス・トーマス「現代美術とグローバル化の限界」 カタログ表紙
 Nicholas Thomas, Contemporary Art and The Limits of Globalisation

マオリの美術家

木彫作品→伝統美術
ヴィデオ作品→現代美術

現代≠今の時代
  =国際的な美術の世界に属する

作品図版

 スボード・グプタのアーティスト・トーク トーク風景

「あなたはインドの美術家ですか、とか、現代美術家ですか、とか、あるいは、インスタレーションの作家ですか、などと聞かれますが、私は単に美術家です、と答えたいといつも思っています。」
 

「伝統」美術、「日本」美術、「アジア」現代美術

欧米の美術≠普遍美術

「普遍」美術=>「公定」現代美術

※公定=国家や公共団体が公式のものとして定めたもの、オフィシャル


4.インディジェネス・アートとしての美術

インディジェネス・アート(indigenous art)=「民族」芸術、「先住民」美術

 indigenousの語釈

1. 土着の、(…の土地に)固有の、国産の
2. 生まれながらの、生来の、(…に)固有の

indigeneのラテン語語源indigena

= indu( inの古形;その場所)+gigněre(産まれた)

→インディジェネス・アート=>「地産」美術

→欧米の美術は、欧米の「土着」美術

あらゆる美術が、特定の場所に生まれる「地産」美術


「今の美術館にはその土地固有の力や価値を市民とともに明らかにする使命がある。絵画や彫刻など従来の分野に収まらない、場と人をつなぐ美術が求められている」(北川フラム)

『展示品にカビ』新潟市美術館が休館 地域への貢献、葛藤続く」、『朝日新聞』2010年6月12日、23面(文化欄)


5.まとめ

・美術の普遍性

―日本の「美術」は、明治時代に西洋から導入されたもの

―非欧米圏で開催される国際美術展が欧米中心主義を批判

―伝統美術、先住民美術も「現代」美術

―現代美術≠国際的に(≒欧米で)通用する美術→「公定」現代美術

・国際美術展の今後の課題

―その土地固有の文化力を発信

―美術における「地産性」の涵養