考察(二)
世界美術史


授業の目標

これまでの授業の内容を振り返る。

美術史の歴史について理解する。


1.用語の復習

 ◆国際美術展

ビエンナーレ(2年毎、伊、仏)、バイエニアル(英)

トリエンナーレ(3年毎、伊、仏)、トライエニアル(英)

ビエンナーレ化現象(ビエンナリゼーション)

 =1980年代以降、開催地が非欧米圏へ拡大

 =1990年代以降、新設数の増加傾向強まる

 (ドイツのサイト編集者ゲルハルト・ハウプトが造語)

バイエニアル文化(英語圏の研究者が使用)


 ◆現代美術

インスタレーション

マルチ・スクリーン・プロジェクション

近代美術現代美術(モダン・アート)

同時代美術(コンテンポラリー・アート)

公定現代美術=「オフィシャルな」現代美術

インディジェネス・アート

 =民族芸術先住民美術

 =>地産美術

多文化主義多言語主義

脱欧米中心主義


 ◆「公定」現代美術の着想源

普遍的存在として人種関係を決定していた白人という存在を、白人がアボリジナルを見てきたように、特殊な存在として研究の対象にしようとするのが白人研究だ。”

黒川類「白人は不変[ママ]基準足りえない(書評:藤川隆男編『白人とは何か?―ホワイトネス・スタディーズ入門』)」、『図書新聞』第2766号(2006年3月18日)


 ◆地産美術の着想源=地産地消(1980年代半ば頃〜)

地場生産地場消費、地域生産地域消費

1966年 野菜生産出荷安定法

 =指定産地から指定消費地への出荷を義務づけ、急増する都市人口に対し、野菜を安定的に供給

 →特定の野菜に特化=単一化、大規模化

 →冷害や干魃などの影響を受けやすくなる

 →豊作時の「産地廃棄」

 →すべて都市へ出荷され、地元の消費者の口には入らない

1970年代後半、地域流通論、地域自給論


 ◆展覧会の企画

キュレーター

インディペンデント・キュレーター ←→ ハウス・キュレーター

アーティスティック・ディレクター

メガウェイヴアートサーカスタイムクレヴァス

コミッショナー

サバルタン

水平的国際主義

離散型芸術祭分散型芸術祭

脱都会美術

・国際交流から地域貢献へ

・最新動向の紹介から未来の可能性に向けた実験室へ

・国際美術「展」から国際芸術「祭」へ


2.トリマルキオの饗宴

・古代ローマの風刺小説『サテュリコン』の中で、贅を尽くした宴会が描写されている場面。他の箇所については写本の欠損が多いが、この饗宴の場面は最初から最後までテキストが残っている。

・(作者はペトロニウスという説)

・皇帝ネロのもとで、古代ローマは、平和と繁栄を謳歌し、市民は拝金主義、逸楽、飽食に浸っていた。

・若い修辞学生エンコルピウスによる見聞記

・トリマルキオは解放奴隷からの成り上がり

“さて前菜の盆には、両脇に小籠を背負ったコリントス製青銅の小さな驢馬が置かれ、一方の籠にはオリーブの白い実が、片方には黒い実が入っていた。驢馬の両側をそれぞれ一枚の銀盤がかこみ、その盤の縁にはトリマルキオンの名前と純銀の目方が刻まれていた。さらにその両盤の上にはんだ付けされたいくつかの小さな陸橋に、蜂蜜と罌粟の実を注ぎかけたやまねがのっていた。
 そして銀製の焼き網の上に、しゅうしゅうと音をたてている焼きたてのソーセージ、焼き網の下には、ダマスクス産の李とカルタゴ産の柘榴の実があった。
 こうした御馳走をふるまわれていると、トリマルキオン本人が楽隊の囃しとともに運ばれてきて、ごく小さな枕で作られた囲いの中におかれたとき、みんなは不謹慎にも失笑を禁じえなかった。というのも、彼は深紅色のギリシア風の外衣のあいだから髪を剃った坊主頭をつきだし、首のまわりを衣類でくるみ、おまけにあちこちから総のたれた紫紅染めの幅広い縞のナプキンをたらしていたのである。
 彼はさらに左手の小指に金めっきの大きな指輪を、そして薬指のつけ根の関節にはあきらかに鉄製の星みたいなものが象嵌されている小さな指輪――これは純金と見えた――をはめていた。
 彼は自分の財宝がこれだけではないことを誇示しようとして、右腕をあらわに見せた。その腕には黄金の腕輪と、ぴかぴかと光る金箔でつないだ象牙の輪が飾られていた。
 やがてトリマルキオンは、銀の爪楊枝で歯をほじくってこう言った。「皆さん、わたしはまだ食堂にくる気になれなかった。だが、これ以上長く席を空けて皆さんを待たすのもわるいと思い、わしの欲望をきっぱり断念した。しかし、この遊びを終えることは大目にみてほしい」
 少年がすぐ、テレピンの木の盤と水晶の骰子をもって近寄った。ぼくはそれが最高に凝った遊びであることに気づいた。というのも、駒として白と黒の小石の代わりに金貨と銀貨を使っていたからだ。”

ペトロニウス『サテュリコン―古代ローマの風刺小説』(岩波文庫)、国原吉之助訳、(岩波書店、1991年)、53-54頁。


AES+F《トリマルキオの饗宴》

AES+F《トリマルキオの饗宴 Part 2》@YouTube *YouTube/ AES F Trimalchio - part 1, part2, Part3


3.世界美術史

 ◆西洋美術史の歴史

1世紀頃 プリニウス『博物誌』34-36巻(全37巻中)

2世紀後半 パウサニアス『ギリシャ案内記』(全10巻)

 

16世紀 ヴァザーリ『芸術家列伝』(初版1550年、改訂版1568年)

 

(日本)
19世紀末 上田敏『美術の翫賞』(1895年、明治28年)


 ◆ヴァザーリ『芸術家列伝』(1550/68年)

初版『チマブーエから私たちの時代までの、イタリアの最も傑出した建築家、画家そして彫刻家たちの生涯――アレッツォの画家ジョルジョ・ヴァザーリに よってトスカーナ語で著され、有用で必要な序論とその技芸についての解説付き』

改訂版『アレッツォの画家、建築家M.ジョルジョ・ヴァザーリによって著された、最も傑出した画家、彫刻家、そして建築家たちの生涯――存命の者およ び1550年から1567年にかけて物故した者の肖像と伝記とを新たに増補』

ヴァザーリ『ルネサンス画人伝』、平川祐弘、小谷年司、田中英道訳(白水社、1982年)→後期・概論W

ヴァザーリと『ルネサンス画人伝』


3−1.小川銀次郎編『世界美術史』(1905年)

(目次)
上巻
 序論
 上古史
  第一編 埃乃美術
  第二編 東洋美術
  第三編 希臘美術
  第四編 エトラスカン美術と羅馬美術
 中世史
  第一編 ビザンチウム美術
  第二編 回々教美術と亜細亜の諸美術

下巻
 中世史(続)
  第三編 ローマンチック美術
  第四編 ゴチック、即ちオジヴァール美術
 文藝復興記
  第一編 ジオットよりヴインシイに至る
  第二編 隆盛の時代
   第一章 レオナルド、ダヴインシイ及び其時代者
   第二章 ミケルアンジェロとラツフアエルとの時代
   第三章 彫刻、建築、工藝、第十六世紀末葉の伊太利美術
   第四章 中央及び南方欧羅巴に於ける第十六世紀の美術
   第五章 西方欧羅巴及び主として仏蘭西に於ける第十六世紀の美術

  ◆まとめ

・古代=エジプト、東洋、ギリシア、ローマ

・中世=ビサンティン、イスラム教、アジア、ロマネスク、ゴシック

・近代(16世紀まで)=イタリア、フランス、中央・南・西ヨーロッパ

・「西洋美術」中心=アフリカ、アメリカ、オセアニアは含まれない

・“「世界」にはばたく”≒西洋人に認められる


3−2.木村重信『世界美術史』(1997年)

  木村重信「あとがき」、508-509頁。

 高等学校の教科に「世界史」がある。これは昭和二三年の文部省通達によって始まったが、以来約五〇年をへて、いまだに「世界史学」の研究も教育もほとんど行われていない。その証拠に、世界史的な視野で書かれた教科書はなく、世界史を担当するにふさわしい教員を育てる大学はどこにもない。

 わが国の学問は、和・漢・洋の研究に一方的にかたよっている。和は日本、漢は中国、洋は西洋である。したがって、これら三つに入らない領域はほとんど無視されている

 一般歴史だけでなく、美術史でも事情は同じである。わが国には日本美術史や西洋美術史の研究者は数千人もいるが、東南アジアやイスラーム圏の美術を研究する人はきわめて少なく、アフリカやオセアニアの美術を対象とする研究者はほとんどいない。したがってわが国には世界美術史の書物は一冊もなく、いわゆる世界美術全集も極端に和・漢・洋に偏している

 そこで、私はこの書物において、これまであまり紹介されていないアフリカ、アジア、オセアニア、中・南米をできるだけ多く取りあげるように努めた

  ◆まとめ

・世界美術史=和・漢・洋偏重の是正

・アフリカ、アジア、オセアニア、中南米が含まれるようになった

・250作品中、欧米4割強、日本1割強

・非欧米圏の民族/伝統美術

・欧米圏の近現代美術

・人類学、民族学、美術史の融合

・作品解説の集合(新聞連載)


3−3.ホリングワース『人類の美術史』(1989年)

 L'arte nella storia dell'uomo (Firenze: Giunti Gruppo Editoriale, 1989)

 木島俊介「空間、時間、人間」(監訳者序文)、メアリー・ホリングワース『世界美術史』(中央公論社、1994年)、8-9頁。

 多様な意味におけるコミュニケイション・システムの発展によって、世界の東西南北を隔てていた側壁がとりはらわれつつある現在、美術史の分野においても、この世界を一つのものとして総括的にとらえる「世界美術史」とも呼ばれるべき体系の構築が求められている

 だがここには、困難な問題がある。現代の学問は総括的であるよりも個別的であり、専門的であるし、たとえ総括的な視野を擁する知識人があったとしても、彼の全世界的視野を証明するに値する資料をあまねく準備するには多大の労苦を強いられるであろう

(目次)
最古の文明
 第1章 美術の起源
 第2章 古代東方の諸王国
 第3章 古代エジプトと東地中海
 第4章 中国における文明と帝国
ギリシアとローマ
 第5章 古代ギリシア
 第6章 ヘレニズム時代
 第7章 ローマの興隆
 第8章 ローマ帝国の理想
東西間の宗教と征服
 第9章 キリスト教と国家
 第10章 キリスト教の存続
 第11章 イスラムの台頭
 第12章 アフリカ
 第13章 仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教
 第14章 仏教、道教、儒教
中世:信仰の時代
 第15章 修道院と巡礼
 第16章 征服者と十字軍
 第17章 ゴシック聖堂
 第18章 教皇の復権
中世:新たな地平
 第19章 中世の改革
 第20章 王宮と教皇の宮殿
 第21章 市民の力の勃興
 第22章 認識と現実
15世紀
 第23章 フィレンツェの商人と同業組合
 第24章 フィレンツェ、人文主義のかたち
 第25章 イタリア宮廷の古代趣味
 第26章 教皇の帰還
 第27章 君主と商人
16世紀
 第28章 ユリウス2世と美術家たち
 第29章 ヴェネツィア、国家のイメージ
 第30章 宗教改革と対抗改革
 第31章 権力とイメージ
 第32章 トルコ、モンゴル、イスラム
17世紀
 第33章 カトリックの勝利
 第34章 王権のイメージと宗教紛争
 第35章 コロンブス以前のアメリカ
 第36章 カトリック帝国
 第37章 オランダ共和国
 第38章 新しい様式、主題、パトロン
18世紀
 第39章 豪華さと軽薄
 第40章 極東の帝国
 第41章 古典古代の魅惑
 第42章 趣味の規範
 第43章 流行から革命へ
 第44章 近代の道徳
19世紀
 第45章 ナポレオンと皇帝たちの時代
 第46章 パックス・ブリタニカ
 第47章 新しい時代の新しい英雄たち
 第48章 芸術における自由
 第49章 産業革命
20世紀
 第50章 新しい世紀
 第51章 大戦の余波
 第52章 モダニズムの再評価

  ◆まとめ

・近代史はやはり欧米中心

・「全世界的視野」が今後の課題


3−4.オナイアンズ『世界美術史アトラス』(2004年)

 Atlas of World Art (London: Laurence King Pub., 2004)

 ジョン・オナイアンズ「序」、『世界美術史アトラス』(東洋書林、2008年)、10-13頁。

あらゆる周辺環境と同様に、『世界美術史アトラス』も一連の資源と一連の制約の両方を提示する。このプロジェクト固有の制約もあり、その最も明白なのはフォーマットによる制約、すなわち地図の数と地図に入れられる情報量の限界である。しかしはるかに重要なことは、我々の知識の基本的限界である。これは特に過去の美術の場合に顕著で、大部分では豊かな有機的材料から作られた美術がその気候に適合しないために、この約数百年より以前に制作された美術に関する我々の知識は実質的に皆無である

このような固有の不均整にもかかわらず、一貫性のある内容にしようとあらゆる努力を払った一方で、各執筆者たちのアプローチの多様性を許容した。…(中略)…情報と図像の選択は、解説の性格と同様に約70人の執筆者の関心を反映しているが、これらの執筆者は文化、民族、言語、宗教、社会、性別、教育において、さまざまに異なっている。 …(中略)…美術のさまざまな領域に関する指導的立場にある権威者が大勢そろって、このように圧縮された手近な形式の書物に論考を載せたことはかつてなかった

人間の美術活動に関する知識を提示するために本書で採用した世界地図のフォーマットは、帝国主義的プロジェクトの遺物であると考える者もいるかもしれないが、平等主義的なものを目指した最初の青写真であるとご理解いただきたい。本書ではどの集団もどの文化も贔屓されてはいないので、誰もが互いの美術に対して対等に近づける。中心的視点がない代わりに、ここで提示されている視点は、文字通り一人の人間が地球をめぐり、人類が美術を作ってきた3〜4万年の間の地球を見下ろす視点である。

(目次)
第T部 狩猟・採集の時代の美術 紀元前40000〜紀元前5000年
 世界
  氷河期初期の美術 紀元前40000〜紀元前20000年 ポール・バーン
  氷河期後期の美術 紀元前20000〜紀元前10000年 ポール・バーン
  後氷期の美術 紀元前10000〜紀元前5000年 ポール・バーン

第U部 農耕と都市化の時代の美術 紀元前5000〜紀元前500年
 世界
  世界 紀元前10000〜紀元前3000年 クリス・カー
 アメリカ
  アメリカ大陸 紀元前5000〜紀元前500年 フランク・メッデンズ
 ヨーロッパ
  ヨーロッパ 紀元前7000〜紀元前2500年 クリス・カー
  ヨーロッパ 紀元前2500〜紀元前500年 クリス・カー
  エーゲ文明 紀元前2000〜紀元前1000年 ジョン・ベネット
  地中海 紀元前1000〜紀元前500年 ジョン・ボードマン
 アフリカ
  アフリカ 紀元前5000〜紀元前500年 ピーター・ナンシー
  ナイルの谷 紀元前3000〜紀元前500年 クリスティナ・リグス
 アジア&太平洋
  西アジア 紀元前3000〜紀元前2000年 ポール・コリンズ
  西アジア 紀元前2000〜紀元前500年 ポール・コリンズ
  中央アジアと南アジア 紀元前5000〜紀元前500年 ルース・ヤング
  東アジアと中国 紀元前5000〜紀元前500年 ワン・タオ
  日本と朝鮮半島 紀元前5000〜紀元前500年 サイモン・ケイナー
  太平洋とインドネシア 紀元前5000〜紀元前500年 ロバート・ウェルシュ

        …(途中省略)…

第Z部 思想とテクノロジーの時代の美術 1900〜2000年
 アメリカ
  北アメリカ 1900〜1950年 ピーター・カルブ
  北アメリカ 1950〜2000年 ピーター・カルブ
  中央アメリカとカリブ海地域 1900〜2000年 ノーマンバンクロフト=ハント
  南アメリカ 1900〜2000年 イザベル・ホワイトレッグ
 ヨーロッパ
  ヨーロッパ 1900〜2000年 マイク・オマホニー
  スカンディナヴィアとバルト海諸国 1900〜2000年 アンナ・ブロドウ
  ロシア 1900〜2000年 アリソン・ヒルトン
  イギリスとアイルランド 1900〜2000年 ティム・バーリンジャー/モーナ・オニール
  オランダとベルギー 1900〜2000年 ジェイン・ベケット
  ドイツ、スイス、オーストリア 1900〜2000年 マイク・オマホニー
  東ヨーロッパ 1900〜2000年 ミロスラヴァ・ムドラク
  フランス 1900〜2000年 スティーヴン・エスキルソン
  スペイン・ポルトガル 1900〜2000年 ジョン・モフィット
  イタリア 1900〜2000年 マイク・オマホニー
 アフリカ
  北アフリカ 1900〜2000年 スティーヴン・ヴェルノワ
  東アフリカと中央アフリカ 1900〜2000年 ハーバート・コール
  西アフリカ 1900〜2000年 ハーバート・コール
  南アフリカ 1900〜2000年 マイケル・ゴドビイ
 アジア&太平洋
  アジア 1900〜2000年 シーラ・ブレア/ジョナサン・ブルーム
  西アジア 1900〜2000年 スティーヴン・ヴェルノワ
  中央アジア 1900〜2000年 ミン・マオ
  南アジア 1900〜2000年 マルセラ・シルハンディ
  中国 1900〜2000年 マイケル・サリヴァン
  日本と朝鮮半島 1900〜2000年 ブルース・コーツ
  南東アジア 1900〜2000年 ミランダ・ブルース=ミッドフォード
  太平洋 1900〜2000年 ロバート・ウェルシュ
  オーストラリアとニュージーランド 1900〜2000年 アニタ・カラウェイ
 世界
  世界の美術関連活動 2000年 ロドニー・パルマー

  ◆まとめ

・世界地図を下敷きとする空間的な世界把握

70名の研究者チームによる分担制

・アメリカ(北・中・南)、ヨーロッパ(北欧、東欧、イギリス、イタリア、フランス、ドイツ…)、アフリカ(東・西・南・北)、アジア&太平洋(西、南、南東、中国、太平洋…)、世界として区分

・やはり欧米の比重は大きい


5.まとめ

・前期の授業を振り返る

―非欧米圏へ広がる国際美術展=ビエンナーレ化現象

―国際美術展における多文化主義と脱欧米中心主義

―非欧米圏の美術も現代美術=すべての美術は地産美術

―「国際的に通用する」美術を「公定」現代美術として再考する

・美術史の今後

―欧米中心の美術史から「世界美術史」の構築へ

―過去に遡るほど、非欧米圏には史料不足

―現在から未来へ向けての「世界美術史」

―国際美術展は「世界美術史」構築の場

―美術史学と人類学、民族学との融合


和辻哲郎「芸術の風土的性格」(昭和4年)

“そうして世界が一つになったように見える今では、異なる文化の刺激が自然の特殊性を圧倒し去ろうとするかに見える。しかしながら自然の特殊性は決して消失するものではない。人は知らず識らずに依然としてその制約を受け、依然としてそこに根をおろしている。かかる過去の伝統から最も勇敢におのれを解放したかに見えるロシア的日本人たちでさえも、その運動の気短い興奮性においていかによく日本の国民性を示していることだろう。変化に富む日本の気候を克服することは恐らくブルジョアの克服より困難である。我々はかかる風土に生まれたという宿命の意義を悟り、それを愛しなくれはならぬ。かかる宿命を持つということはそれ自身「優れたこと」でもなければ「万国に冠」たることでもないが、しかしそれを止揚しつつ生かせることによって他国民のなし得ざる特殊なものを人類の文化に貢献することはできるだろう。そうしてまたそれによって地球上の諸地方がさまざまに特徴を異にするということも初めて意義あることとなるであろう。”

和辻哲郎『風土―人間学的考察』(岩波文庫)、(岩波書店、1979年)、203-244頁。