第十二講(最終講) フランク・ブラングィン


 ◆授業の目標

ブラングィンを介して近代日本を知る。

展覧会の開催機会から活動方針を読み解く。


1.「没後120年 ゴッホ展」の概要

 ◆概要

・企画展 ※単館開催

・会期:2010年2月23日〜5月30日

・会場:国立西洋美術館

・主催:国立西洋美術館、読売新聞社

開館50周年記念事業

会場写真1

 ◆「ごあいさつ」より

国立西洋美術館は第二次世界大戦後、フランスから寄贈返還された松方コレクションを収蔵および公開するために1959年に開館しました。松方コレクションとは、川崎造船所(現、川崎重工業)の初代社長・松方幸次郎が主に1910年代後半から20年代にかけて蒐集した作品群です。この大コレクターを支えたのがベルギー生まれのイギリス人画家フランク・ブラングィン(1867-1956)でした。松方が当時のイギリスを代表する画家であったブラングィンの作品を次々と購入する一方、ブラングィンは松方の美術品蒐集を助けました。また、松方は日本に「共楽美術館」を建設し自身のコレクションを公開するという夢を抱いており、その美術館の建築デザインもすべてブラングィンに託していました。関東大震災とそれに続く金融危機により、この計画が実現の日を迎えることはありませんでしたが、実現していればヨーロッパ美術を専門に展示するものとしては東洋一の美術館の誕生であり、ブラングィン芸術の集大成となるはずでした。

参照: 「ごあいさつ」『フランク・ブラングィン』展図録(読売新聞東京本社、2010年)、(4)頁。


2. 作品紹介

 第I章 松方と出会うまでのフランク・ブラングィン

1. 《電灯のデザイン》、1900年頃 水彩、鉛筆・紙、38.1×25.1cm、ウルフソニアン=フロリダ国際大学 マイアミ・ビーチ、ミッチェル・ウルフソン・ジュニア・コレクション

2. デザイン:ブラングィン、製造:ノーマン・アンド・ステーシー社《ダイニング・チェア》、1902年頃、マホガニー、黒檀による象嵌、100.0×58.0×48.0cm、リーズ市立美術館、ロータートン・ホール

3. デザイン:ブラングィン、製造:ポール・テュルパン社《版画キャビネット》、1910年頃、着色および浮き彫りが施されたサクラ材、173.0×136.5×83.0cm、ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館

4. ジークフリート・ビングの店「アール・ヌーヴォー」の外観、1895年 写真、33.7×44.0cm、パリ、DAF/建築・文化遺産都市/20世紀建築資料室

5. ジークフリート・ビングの店「アール・ヌーヴォー」の外観、1895年、写真、33.7×44.0cm、パリ、DAF/建築・文化遺産都市/20世紀建築資料室

6. ビングの店「アール・ヌーヴォー」の外観のステンシル・デザイン、1895年頃、厚紙、37.5×58.0cm、パリ、DAF/建築・文化遺産都市/20世紀建築資料室

7. ビングの店「アール・ヌーヴォー」の外観のステンシル・デザイン、1895年頃、厚紙、49.0×76.0cm、パリ、DAF/建築・文化遺産都市/20世紀建築資料室

8. 《音楽》、1895年、油彩・カンヴァス、188.0×143.5cm、ロンドン ウィリアム・モリス・ギャラリー

9. デザイン:ブラングィン、製造:J. ギンズギー〈ぶどうの樹〉のカーペット、1896-97年 羊毛、361.0×261.0cm、ブリュージュ、フローニンゲ美術館

10. 《グラフトン・ギャラリーズでの「アール・ヌーヴォー」展ポスター》、1899年、カラー・リトグラフ・紙、79.5×57.0cm、パリ、装飾美術館・広告美術館

11. 《海の葬送》、1890年、油彩・カンヴァス、154.9×233.7cm、グラスゴー・シティ・カウンシル(文化・スポーツ局)

12. 《浜の商い》、1893年、油彩・カンヴァス、102.0×127.0cm、オルセー美術館

13. 《海賊バカニーア》、1892年、油彩・カンヴァス、205.7×231.1cm、ロンドン、ブライアン・クラーク

14. 《慈愛》、1900年、油彩・カンヴァス、147.3×160.0cm、オタワ、カナダ・ナショナル・ギャラリー

15. 《りんご搾り》、1902年、油彩・カンヴァス、198.1×198.1cm、リス・ファイン・アート

16. 《造船》、1910-15年、油彩・カンヴァス、91.4×203.2cm、ダンディー美術館


 ◆フランク・ブラングィン/松方幸次郎略年譜

1865年 (松)12月1日、鹿児島に生まれる
1867年 (ブ)5月12日、ブリュージュに生まれる
1874年 (ブ)一家がイギリスに帰国
1882-84年 (ブ)ウィリアム・モリスの工房で働く
1883年 (松)東京大学予備門に入学、紛争を指導し退学
1890年 (松)エール大学で民法の博士号を取得し卒業
1891年 (ブ)パリのサロンに《海の葬送》を出品、3等賞
     (松)父正義の組閣で首相秘書官となる
1893年 (ブ)《海賊バカニーア》が賛否両論
1895年 (ブ)ビングの店の装飾。日本美術蒐集のきっかけ
1896年 (松)川崎造船所創立、社長に迎えられる
1905年 (ブ)ヴェネツィア・ビエンナーレで英国室の装飾を手掛け、金賞
1916年 (ブ・松)松方、美術品蒐集開始。ブラングィンに美術館のデザイン、美術品購入を依頼
1917年 (松)ストック・ボートをイギリスに売却、莫大な利益
1919年 (ブ・松)美術館設計図日本到着。黒田清輝、石橋和訓バーナード・リーチらが松方正義邸で会し、意見交換
1921年 (松)5回目の渡欧。美術史家・矢代幸雄、仏文学者・成瀬正一をともない、パリやロンドンで蒐集活動
1923年 9月1日、関東大震災
1924年 (松)美術品輸入に100%関税。蒐集品の海外留置
1927年 (松)川崎造船所破綻。不動産や美術品を処分
1928年 (ブ)日本橋三越で「ブラングィン百画展覧会」
     (松)川崎造船所社長辞任
1936年 (ブ)ブリュージュにブラングィン美術館開館
1939年 (松)ロンドンの倉庫火災。300-600点が消失
1944年 (松)パリ保管分が「敵国人資産」として仏政府に没収
1945年 8月、日本無条件降伏
1950年 (松)6月25日、鎌倉で死去
1951年 サンフランシスコ講和会議の舞台裏で、日仏政府間で松方コレクション返還交渉
1956年 (ブ)6月11日、ディチリングで死去
1958年 仏政府により松方コレクションの「寄贈返還」決定
1959年 6月、国立西洋美術館開館

2010年 2月、国立西洋美術館で「フランク・ブラングィン」展開催

参照: 大屋美那編「関連年表」『フランク・ブラングィン』展図録(読売新聞東京本社、2010年)、188-199頁。


 第II章 フランク・ブラングィンと松方幸次郎

17. 《アントウェルペン:最後の船》、1915-16年、リトグラフ・紙、67.7×57.5cm、東京国立近代美術館

18. 《戦時広報ポスター:復習の誓い》、1914-16年、リトグラフ・紙、76.5×51.3cm、ブリュージュ、フローニンゲ美術館

19. 《戦場での女性の仕事》、1914-16年、リトグラフ・紙、69.6×54.8cm ブリュージュ、フローニンゲ美術館

20. 《ガス・マスク》、1914-18年、リトグラフ、水彩・紙、50.8×76.7cm、ブリュージュ、フローニンゲ美術館

21. 《若者の功名心》、1917年、リトグラフ・紙、45.5×35.5cm ブリュージュ、フローニンゲ美術館

22. 《平和(廃墟のなかの愛)》、1920年、リトグラフ・紙、37.6×29.2cm ブリュージュ、フローニンゲ美術館

23. 《松方幸次郎の肖像》、1916年、油彩・カンヴァス、73.8×84.0cm、東京、個人蔵

24. 《蹄鉄工》、1904年頃/05年、油彩・カンヴァス、165.1×205.7cm、リーズ市立美術館

25. 《共楽美術館の俯瞰図》、1918-22年 鉛筆、淡彩・紙、39.0×43.0cm、個人蔵

26. 《背後に別館を配した美術館の俯瞰図》、1918-20年、素描に基づく写真、18.0×24.5cm、ミッチェル・ウルフソン・ジュニア、マイアミ

27. 《美術館のエントランス・ホール》、1918-20年、素描に基づく写真、18.0×24.5cm、ミッチェル・ウルフソン・ジュニア、マイアミ

28. 《しけの日》、1899年、油彩・カンヴァス、98.0×124.0cm、国立西洋美術館

29. 《ヴェネツィアの朝市》、1925年、油彩・板、38.2×55.0cm、姫路市立美術館、國富奎三コレクション

30. 《ヘローナ:サン・ファン・デ・ラス・アバデサスの橋》、1925年頃、グアッシュ・紙、32.8×51.9cm、川崎重工業健康保険組合

31. デザイン:ブラングィン、製造:ロイヤル・ドルトン社《貝、海藻、青い花模様の燈色の花瓶》、1930-35年、陶器、高さ19.0cm、直径7.0cm、デイヴィッド・ブラングィン


  第III章 壁面装飾、版画、その多様な展開

32. 《帆桁の向こうに見えるサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア》、1905年頃、エッチング・紙、54.0×80.0cm、東京国立博物館

33. 《船を建造する人々》、1912年、エッチング・紙、68.9×89.9cm、東京国立博物館

34. 《仕事から帰る人々》、1907年、エッチング・紙、53.9×80.4cm、東京国立博物館

35. 《パンを焼く男たち》、1908年、エッチング・紙、51.2×65.1cm、東京国立博物館

36. 《ジェノヴァのサン・ピエトロ・ディ・バンキ》、1913年、エッチング・紙、56.4×65.3cm、東京国立博物館

37. 《パリのポン・ヌフ、No.1》、1916年、エッチング・紙、55.5×75.5cm、東京国立博物館

38. 《雪のついた木》、1920年頃、多色木版・紙、19.2×25.3cm、ブリュージュ、フローニンゲ美術館

39. 詩画集『ブリュージュ』、1919年出版、《ブリュージュのヤン・ファン・エイク広場》、多色木版・紙、49.5×60.0cm、三島茜画廊

40. 《山中の肖像》、1932年、ドライポイント、エッチング・紙、65.5×72.5cm、ブリュージュ、フローニンゲ美術館


 3.まとめ

 ・近代日本

―松方コレクション=日本人による西洋美術コレクションの黎明

―第一次大戦後の好景気と関東大震災後の恐慌

―第二次大戦後の返還交渉と文化国家日本

 ・展覧会の開催機会

―「開館50周年」=美術館の社会的存在意義を問い直す機会

―国立西洋美術館の成り立ち=松方コレクションの返還と公開

―松方幸次郎の美術館建設構想=「共楽美術館」:東洋一のヨーロッパ美術専門館、ブラングィン芸術の集大成