第六講 ジャポニスムと第2回展(1897年)の日本美術部門


ジャポニスム

japonisme[仏語]

―1860年頃からパリを中心に流行した、日本の浮世絵版画や工芸品の収集、およびそうした日本の美術品から得られた造形感覚やモティーフを芸術表現に採り入れようとする動きの総称。

    ※モティーフ…主題、題材、再現された事物

1862年 ロンドン万国博覧会=駐日英国公使ラザフォード・オールコックによる日本美術コレクションの展示
1867年 パリ万国博覧会=日本初参加。江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩が出展
1873年 ウィーン万国博覧会=明治政府が公式に参加
1878年 パリ万博=明治政府、三井物産、起立工商会社等が参加
1897年 第2回ヴェネツィア市国際美術展=日本美術協会が参加


初期ビエンナーレに出品されたジャポニスム関連作品

1. ジェームズ・ホイッスラー《白のシンフォニーNo.2―白衣の少女》、1864年、油彩・カンヴァス、76.0×51.0cm、テート・コレクション、第1回展(1895年)出品

2. フレデリック・カール・フリージキー (1874-1939)《日本傘》、第8回展(1909年)出品

3. ジュゼッペ・デ・ニッティス(1846-1884)《小舟にて》、第11回展(1914年)出品

4. ガリレオ・キーニ(1873–1956)《オリエントのがらくた》、第11回展(1914年)出品  図版2-4


フレデリック・カール・フリージキー(Frederick Carl Frieseke, 1874-1939)

5. フレデリック・カール・フリージキー《自画像》、1901年

6. フレデリック・カール・フリージキー《黄色い部屋》、1910年頃

7. フレデリック・カール・フリージキー《ガーデン・パラソル》、1910年頃

8. フレデリック・カール・フリージキー《立葵》、1912-13年頃

9. フレデリック・カール・フリージキー《ローブ》、1915年  図版5-9


第2回ヴェネツィア市国際美術展(1897年)

Seconda esposizione internazionale d'arte della citta di Venezia (スライド

会期:1897年4月22日〜10月31日

会長:フィリッポ・グリマーニ(Filippo Grimani)

事務局長:アントニオ・フラデレット(Antonio Fradeletto)

 観客数:265,054人

 展示作品数:892点

 イタリア人作家の作品数:204点

 総作家数:491人

 イタリア人作家数:164人

特別コミッショナー:

・日本部門=長沼守敬(ながぬま・もりよし, 1857-1942) ※岩手県一関市生まれの彫刻家

・オランダ水彩画部門=フィリップ・ジルケン(Philippe Zilcken, 1857-1930)

会場平面図


石井元章『ヴェネツィアと日本―美術をめぐる交流』(ブリュッケ、1999年) (スライド

 ・駐在日本名誉領事グリエルモ・ベルシェー(Guglielmo Berchet, 1833-1913 )の報告書:和訳『官報』4412号(1898年3月21日)

“予は深く信ず若し日本の出品にして日本美術協会より送致したる聚品に止らしめば正当なる美術の地位を得るに難からざりしなるべし然れども日本出品が美術博覧会の趣意に悖りたりとの説を起さしめたる所以は伯林のゼルゲルが聚品を日本出品中に加へたるがためなり此聚品の精巧珍奇なるは人を驚かしむるものありしも其作品の性質たる吾人の解釈する大美術より離るること遠く装飾品殊に美術工芸に属すべきもの多かりしが故なり。”

(石井, p.203.)


日本展示部門の構成

 1.エルンスト・ゼーゲア(Ernst Seeger)のコレクション(図録に5点が紹介)

陶磁器、根付、七宝、漆器、鉄銅器、刀の鍔など(作者、出品数等不明、現在所在不明)

 2.日本美術協会からの出品

絵画45点、器物69点(全104点うち非売品10点、売却42点、目録有り、ヴェネツィア・ホテル組合が購入して寄贈した7点がヴェネツィア、カ・ペーザロ近代美術館に所蔵)

 3.アレッサンドロ・フェー・ドスティアーニ(Alessandro Fe d'Ostiani)のコレクション

書画等17点(石井, pp.216-217.)(ブレシャ市立トジオ・マルティネンゴ美術館所蔵)


ゼーゲア・コレクション

10. 《金太郎》/11. 《蝦蟇仙人》

12. 《置物》/13. 《中国故事の人物》

14. 《観音像》

15. 《禿鷹》/16. 《壺》/17. 《馬の背にゆられる人物》


日本美術協会からの出品

18. 荒木寛畝《秋草野雉圖》 しゅうそう・やち・ず
19. 鈴木松年《雪中枯木鳶圖》 せっちゅう・こぼく・とび・ず
20. 久保田桃水《游鯉図》 ゆうり・ず              図版18-20
21. 竹内棲鳳《竹下激湍圖》 ちくか・げきたん・ず
22. 飯田新七《天鵞絨友染富嶽圖壁掛》 てんがじゅう・ゆうぜん・ふがく・ず
23. 田中利七《押絵道成寺圖額》 おしえ・どうじょうじ・ず・がく 図版21-23
24. 田中利七《名古曽關圖額》 なこそのせき・ず・がく
25. 尾形月耕《江戸鎮守祭》 えど・ちんじゅ・さい
26. 福井江亭《菊花鶉圖》 きっか・うずら・ず          図版24-26
27. 荒木寛友《花卉圖》 かき・ず
28. 佐藤紫煙《櫻花錦鳩圖》 おうか・きんきゅう・ず       図版27, 28
29. 石川巳七雄《蘭龍王置物》 らんりゅうおう・おきもの
30. 桜岡三四郎《菅公像置物》 かんこうぞう・おきもの     図版29, 30 


 【日本美術協会】

前身である「龍池会」より、1887年(明治20)に改称して発足。上野の展示館で美術展を開催してきたが、戦中の1943年(昭和18)に第123回展をもって活動休止。戦後、活動再開とともに展示空間を拡張整備し、1972年(昭和47)、上野の森美術館と改めた。1988年(昭和63)、高松宮殿下記念世界文化賞を創設し、現在に至る。

 【龍池会】

1879年(明治12)、維新後の急激な西洋化に対して危機意識を抱いた佐野常民(会頭)、河瀬秀治、九鬼隆一が上野の天龍山生池院に集まったことに起因。古美術品の鑑賞会や同時代作品の品評会を行った。


アレッサンドロ・フェー・ドスティアーニのコレクション

31. 《水禽図》/ Gyokunen, Due uccelli su una pietra di uno stagno
32. 《虎図》/ Kano Naganobu, Una tigre che sta per spiccare un salto
33. 《中国の人物》/ o Eishin, ritratto a mezzo busto di un personaggio politico cinese
34. 《龍図》/ dragone che sta scendendo dal cielo fra le nuvole, scatenando il vento
35. 《鶴図》/ Watanabe Kazan, Gru che sta beccando il petto accanto ad una pianta di bambu'
36. 《水禽図》/ Kano Sadanobu, Due uccelli acquatici che nuotano sull'acqua, dove si riflette la luna e galleggiano petali di ciliegio    図版31-36
37. 《花鳥図》/ Sumiyoshi Hiroyuki, Fiori di ibisco e un passero in volo
38. 《梅図》/ Shunko, Albero di susino fiorito
39, 40. 《竹図》と《滝図》/ Haruki Nanmei, Bambu' sotto la neve e un passero in volo; una cascata che scende copiosamente trala rocce   図版37-40
41. 《松図》/ Kita Buichi, Tronco di pino con un ramo
42. 《芍薬図》/ Shoin Sanshi, Piante di peonia fiorita con accanto una montaga nello sfondo
43. 《2羽の鶴》/Kankei, Due gru su uno scoglio, in alto il sole
44. 《山水》/ Kano Yasunobu, Alberi in primo piano e una montagna nello sfondo   図版41-44
45. 《漢字額》/ Ito Kure, Quattro quadri ideogrammi
46. 《和歌》/ ? Una Poesia di trentun sillabe del tipo waka   図版45, 46
47. ? Circo coreano (紛失、写真も残っていない)


長沼守敬の報告書

“欧州人の嗜好は濃厚に在ありて本邦人の嗜好即ち淡泊と相反するが故ならざるなからんや例えば彼れは家屋の如き食物の如き又美術の如き本邦に比するに何れとして濃厚ならざるはなし其濃厚なる陳列室を見来りて日本陳列所に入れば守敬の如き本邦人の目を以てするも尚淡泊に過すぐるの感を起せり況んや全く其嗜好を異にし加うるに之を解するの目なき彼等のことなれば其終に足を停むる能わざるも決して怪むに足らざる処ならんか畢竟守敬が嘗て日本品陳列室と他の陳列室との比較に付平山幹事に報告して是恰かも洋食の濃味に交うるに奴豆腐の淡味を以てするが如しと謂 える。”

(石井, p.232.)


まとめ

 ・ジャポニスム

―日本美術の収集と日本的な造形感覚の欧米美術への摂取

―団扇、日傘、和服の描き込み(ホイッスラー、フリージキー)

―日本美術コレクション(ゼーゲア、ドスティアーニ)

 ・第2回展における日本美術部門

―外国人によるコレクション+日本美術協会からの選抜作品

―イタリア初の日本美術展(ロンドン=1862年、パリ=1867, 1878年、ウィーン=1873年、ヴェネツィア=1897年)

―正当なる美術⇔装飾品、美術工芸品(ベルシェー)

―濃厚⇔淡泊(長沼)