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様々な地域・時代の哲学的な思想を学ぶのがこのコースです。哲学的な思想の中には、細かく分ければ哲学や倫理や宗教の思想が含まれます |
| 私の専門分野は古代ギリシアの哲学です。プラトンやアリストテレスのテキストを当時の思状想的状況に照らして丁寧に読解する作業を通じて、彼らの思想をまずできるだけありのままに理解することを目ざします。そして、そのうえであらためて現代の(たとえば英米の)哲学で議論されているさまざまな問題に目を向けるなら、2000年以上も前のギリシアの思想がわれわれに与えてくれる新鮮な論点、有益な示唆はけっして少なくないことに気づかれるでしょう。 | |
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やがて死に逝く私たちが、「人間」として互いに承認し合いながら共に生きてあることの意味について、深く考えていきましょう。 |
| 宗教を、定着した観念や具象化した対象としてではなく、ときには無意識または潜在的なものから気付かれたり顕在化する(またその逆の)過程として、またときには個人的または心的現象的なものが社会的または相対的に思考しうるものに昇華される(またその逆の)過程として、位置づけて理解することを目指します。宗教学のインターディシプリナリー的なモデルを念頭におきながら、宗教を人間の心から解明しようとする最近の流れを重視し、種々の「宗教的」な現象の分析を試みています。 | |
| 孔子や老子などの諸子百家の思想を、それらが形成された春秋戦国という歴史的文脈の中に位置づけて理解することを目指しています。具体的には甲骨金文などの出土文字資料、『左伝』、『儀礼』、『礼記』などの伝来文献を利用して、当時の習俗や儀礼を復元し、人々を根底から支えていた祖先観念や秩序規範を解明したうえで、諸子の言説の再評価をしようと考えています。同じ立場から、神話伝説、死生観、音楽、法意識、歴史意識、無文字社会から文字社会への変容なども考察の対象としています。 | |
| 日本近世の思想文献を読んでいます。儒学・国学、幕末の志士たちが中心ですが、たとえば近松・西鶴・芭蕉などの文学作品も視野に入れ、日本人の心の基底を探ります。必ずしも精緻な論ばかりではありませんが、しかし私たちに奇妙な共感と反発とをひきおこしますので、それを手がかりとして「日本的」な心性の多様性と可能性、また問題性を明らかにしようとします。そのことによって自らの内面に自覚的であることが、精神的に豊かな将来の生き方につながるのではないでしょうか。 | |
| 日本古代・中世の思想の実態を、仏教分野や文芸分野の諸本文を読み解きつつ探ります。日々の生活を営むとき、私達は様々な知恵に支えられています。例えば、私達はどこから来たのか、何者なのか、どこに行くのか。何かのきっかけを得て初めて際立つこうした問いに、実は誰でも日々何らかの仕方で応答しながら生きています。けれども、応答の内容を改めて説明することは容易ではありません。過去の人々の知恵に触れ、対話することによって、私達が現にもっている知恵への反省を深められたら、と思います。 | |
| 美術史を学ぶとは、(1)見る目を養う、(2)教養を深める、(3)感性を豊かにする、この3つの活動の間を行ったり来たりしながら総合的に高めていく、そのような行為です。また、そうした研究を通して、美術作品を可能な限り深く理解し、人間のあり方についても考えをめぐらす、大変魅力的な「こころ」の学問である、と言うことができるでしょう。私の講座では、特に現代美術について研究している立場から、当該年度に開催されている展覧会や、20世紀以降の美術と美術史研究の動向について紹介しています。 |
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美学(エステティクス)とは、大きく分けて芸術・美・感性の三つの分野を対象とする哲学的学問で、私の授業では、「芸術と芸術でないものの違いは何か」、「美と善悪はどのような関係にあるのか」、「直感的に知るとはいかなることか」等々の問いについて、過去の学説を紹介しつつ私自身の考察を試みています。私の専門分野は、18世紀末から19世紀初頭のドイツ・ロマン主義の芸術論で、そこに見られる、芸術家と共同体の関係、詩と哲学の対立、芸術創造の基盤としての友情・恋愛といった主題を研究してきました。今後の研究課題は、ドイツ・ロマン主義の前後の時代に視野を広げること、また現代の芸術現象に即して、芸術とその外部の関係について理論的に考察することです。 |