アルツハイマー病、今日この頃
65歳以上の老齢人口と全人口中に占めるその割合は、年々増加の一途をたどっています。痴呆は高齢になるに従い出現率が増加するため、我が国では1990年には100万人であった痴呆患者数が、2020年には300万人にまで増加するといわれています。さらに、出生率の低下により15歳から64歳までの生産年齢人口が減少傾向を続けているため、治療・介護などの臨床面にとどまらず、医療経済面においても痴呆患者の増加は深刻な社会問題となりつつあります。1907年にAlois
Alzheimerによって初めて報告されたアルツハイマー病は、神経病理学的にはβ-タンパクの沈着により形成される老人斑、神経細胞体内に認められる線維状の構造物である神経原線維変化、さらにそれに伴う神経細胞の変性と脱落を特徴としています。成人病を予防することで発生率を低下させることが期待できる脳血管性痴呆とは対照的に、アルツハイマー病に関しては未だ原因は不明で、根本的な治療薬も開発されていません。老齢人口の5〜10%を占める痴呆患者のおよそ半数がアルツハイマー病であるといわれていますので、その病因の解明はガンと同様に最急務の課題といえるでしょう。
それ故に、現在に至るまで多面にわたってその原因は追究されています。神経細胞が変性し死んでゆく原因であると推測されている老人斑や神経原線維変化の成因について遺伝子レベルでの研究が進められ、新しい知見が徐々に明らかにされつつあります。このような疾患の本質に迫る研究の一方で、病態生理の解明を目的とする研究も活発に行われています。1976年に英国の研究者らは、神経伝達物質の一つであるアセチルコリン(ACh)を合成するコリンアセチル基転移酵素が、アルツハイマー病患者の大脳皮質で著明に低下していることを報告しました。さらに1981年にはWhitehouseらにより、大脳皮質に投射するACh神経系の細胞体が存在するマイネルト神経核も変性していることが報告されました。これらは「痴呆のACh仮説」を形作る基礎となったものであり、黒質-線条体ドパミン神経系が変性するパーキンソン病でドパミンの補充療法が確立されていく最中の報告でありました。私自身もAChを補充する目的で、当時は患者さんにレシチンをよく処方しておりました。痴呆の主症状である認知・学習・記憶障害におけるAChの重要性はその後の種々の動物実験によっても支持されてはいますが、残念ながら臨床面ではAChの不足を補う幾つかの試みにはまだみるべき成果があがってはおりません。
アルツハイマー病の主病変は上述したようにACh神経系に認められますが、セロトニン(5-HT)やノルアドレナリンなどの神経系の変性も報告されています。私もラットを用いて行った最近の実験で「5-HTが前頭葉のACh分泌を促進する」という結果を得ており、知的機能の低下にはAChも含めたこれら神経系の障害や広範な神経細胞の変性と脱落が関与しているものと考えております。
平成8年1月10日
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