山﨑隆弘、寺井崇二、坂井田 功:医学部消化器病態内科学(第一内科)らの研究成果が世界最高峰の医学雑誌「The New England Journal of Medicine」(※1)誌2011.8.11号に掲載されました。
肝細胞癌(以下肝癌)は、本邦における悪性新生物による死亡率第4位(年間約3万5千人)の癌である。肝癌は、早期で発見されても年率15-20% の再発を繰り返す癌であり、やがて癌の数も大きさも増えて進行肝癌へと移行し、治療に反応しなくなる。現在の進行肝癌の治療は、抗がん剤を肝臓に直接動脈 から注入する治療(肝動注化学療法)や、経口摂取する治療法しかない。これらの治療に反応しない進行肝癌に対しては、有効な治療法がないのが現状である。
今回我々は、肝動注化学療法で効果が認められなかった進行肝癌の患者さんに対して、抗がん剤ではなく、体内に過剰に鉄が蓄積する病気に対して、鉄 を除去するために古くに開発された、鉄キレート剤であるデフェロキサミンを投与し、有効例があることを実証した。これは、鉄キレート剤が肝癌治療に対して 有用であることを臨床的に世界で初めて証明した論文であり、2011年8月11日付のThe New England Journal of Medicineに掲載された。
われわれは、基礎研究にて鉄キレート剤であるデフェロキサミンが前癌病変や肝障害・肝線維化を抑えることを以前より報告してきた(1-3)。鉄キ レート剤の進行肝癌に対しての臨床的有効性の報告は現在までなかった。 方法:抗癌剤による肝動注化学療法が有効でなかった進行肝癌10例(男性6例女性4例, 平均年齢64歳)と対象とした。肝癌進行度分類では、ステージII 1例、IVA 2例、IVB 7例(日本肝癌取扱い規約)と高度進行例がほとんどであり、肝予備能では、Child-Pugh A 3例、B 5例、C 2例と肝機能不良例が多かった。肝動注化学療法で使用したリザーバーカテーテル用ポートからデフェロキサミンを24時間肝動注し、週3回隔日投与した。
デフェロキサミン投与は平均27回(9-78回)であり、治療効果としては、有効(PR)2例、不変(SD)3例、増悪(PD)5例で、奏功率 20%であった。有効例では、腫瘍マーカーが低下していた。有効例の1例では、肝内ならびに転移病巣が治療2ヶ月後に完全に消失し、3種類の腫瘍マーカー も低下した(図)。1年生存率は20%であった。副作用としては、間質性肺炎4例ならびに腎機能障害1例を認めたが、重篤な副作用はなかった。
鉄キレート剤治療は、従来の抗がん剤で治療効果のない肝機能不良な進行肝癌に対して有効な治療法であることが示された。
【特許】
国際公開:WO/2009/107322 (PCT/JP2009/000310)
PHARMACEUTICAL COMPOSITION FOR TREATMENT OF CANCER
国内公開:特開2009-196959(特願2008-042901) がん治療用医薬組成物
【論文】
1. Sakaida I, Kayano K, Wasaki S, Nagatomi A, Matsumura Y, Okita K. Protection against acetaminophen-induced liver injury in vivo by an iron chelator, deferoxamine. Scand J Gastroenterol 1995; 50: 61-7.
2. Sakaida I, Hironaka K, Uchida K, Okita K. Iron chelator deferoxamine reduces preneoplastic lesions in liver induced by choline-deficient L-amino acid-defined diet in rats. Dig Dis Sci 1999; 44: 560-9.
3. Jin H, Terai S, Sakaida I. The iron chelator deferoxamine causes activated hepatic stellate cells to become quiescent and to undergo appotosis. J Gastroenterol 2007; 42: 475-84.