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新しい分子標的マーカー
山口大学医学部附属病院検査部 日野田裕治
hinoda@yamaguchi-u.ac.jp
はじめに
 分子標的治療の進歩とともに、治療薬の効果予測、副作用予測および予後予測を可能にするバイオマーカーが注目されるようになった。これらはDNAおよびRNAの様々な変化を含んでおり、ゲノムバイオマーカー1)と呼ばれている。
 従来の腫瘍マーカーとゲノムバイオマーカーの違いは、前者が血中をはじめとする体液中の癌由来あるいは癌関連物質を測定して診断の補助やモニタリングに使用されてきたのに対し、後者ではその臨床的意義が特定の治療薬と結びついている。治療薬のゲノムバイオマーカーは、個別化医療の観点からコンパニオン診断薬とも呼ばれる。
 本稿ではゲノムバイオマーカーのうち、腫瘍特異性が高く重要な治療ターゲットとなっている固形腫瘍の新しいマーカーについて概説したい。

固形腫瘍の新しい治療ターゲット
 治療ターゲットになるゲノムバイオマーカーの特徴は、その遺伝子産物が癌の増殖・進展に主要な役割を果たしている、言い換えると、癌が自らの生存・増殖・進展をその分子に依存している(oncogene addiction2)と呼ばれる)点にあり、すべてシグナル伝達に関る分子である。臨床応用が進んだ例として、乳癌・胃癌のHER2、非小細胞肺癌・大腸癌のEGFR、消化管間質腫瘍のc-Kitが挙げられる。これらはすべて受容体型チロシンキナーゼで、多くの抗体および小分子阻害薬が開発されている(他項参照)。ここでは最近研究の進んだ新しい分子について紹介する。
1. 融合遺伝子
 造血器腫瘍では以前より多くの染色体異常(その結果融合がん遺伝子が生ずる)が知られていたが、固形腫瘍では骨肉腫などを除いて最近までほとんど明らかにされていなかった。遺伝子解析法の進歩によって、非小細胞肺癌、前立腺癌、唾液腺腫瘍などで新しい融合遺伝子が見出されている。   
1) 非小細胞肺癌
 細胞内骨格蛋白をコードするEML4(Echinoderm microtubule-associated protein-like 4)遺伝子のN末端側に、受容体型チロシンキナーゼであるALK(anaplastic lymphoma kinase)遺伝子の細胞内酵素領域が結合した融合遺伝子で、非小細胞肺癌の約5%に検出される。臨床病理学的には、発症年齢が平均約50歳と若く、腺癌、非喫煙/少量喫煙者、肺癌で見られる他の遺伝子変異(EGFR, KRAS)を認めない、という特徴がある。トランスジェニックマウスの実験でも、短期間に非常に多数の肺腫瘍が生じ、強力ながん遺伝子であることが示された。
 ALK(およびc-Met)に対する小分子阻害薬クリゾチニブが開発され臨床試験が進んでいる。これまでの報告3)では、EML4-ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺癌82例中CR 1例/PR 46例(奏効率57%)と極めて良好である。グレード2以上の有害事象も非常に少なく、早期の臨床応用が期待される。
 稀な軟部組織腫瘍である炎症性筋線維芽細胞腫瘍の約50%にALK遺伝子の関与する融合遺伝子が検出される。本腫瘍の融合遺伝子陽性例に対してもクリゾチニブの有効性が示されつつある。
2) 前立腺癌
 Transmembrane protease serine 2 (TMPRSS2)遺伝子とETS(E twenty-six)遺伝子ファミリー(とくにERG遺伝子)との融合遺伝子が高率に検出される。TMPRSS2はアンドロゲン依存性に発現する分子であり、ETS遺伝子ファミリーは白血病のがん遺伝子として知られる。従って、この融合遺伝子はアンドロゲン発癌の一部を担っていると考えられる。マウスの実験系では、他の分子の癌原性変化と共同して浸潤癌への進展に関与することが示された。陽性率に人種差があり、白人では約50%であるが、日本人での報告では20-30%である。前立腺癌に特異性が高く、組織ばかりでなく尿を使用した診断法の応用が進められている。治療ターゲットとしては、ETSが転写因子であることから難しい面はあるものの、小分子阻害薬の開発が行われている。

2.BRAF
 BRAFはKRASの下流に位置してシグナル伝達に関るセリンスレオニンキナーゼ(RAFファミリーの1つ)で、大腸癌の約5%に活性化変異V600Eが見出される。この変異もKRAS変異と同様、恒常的に下流へシグナルを送り続けるために、抗EGFR抗体(セツキシマブ、パニツムマブ)に対する抵抗性を付与する可能性が高い。大腸癌においてBRAF変異はKRAS変異と共存しないため、KRAS野生型の抗EGFR抗体無効例の一部と考えられる。さらに、最近ではBRAF変異が大腸癌の予後不良因子であることも報告された。
 細胞内キナーゼであるため、小分子阻害薬の有効性が期待される。腎細胞癌と消化管間質腫瘍に使われているマルチキナーゼ阻害薬のスニチニブにBRAF阻害活性のあることが知られており、他の新しいBRAF阻害薬とともに、BRAF変異陽性大腸癌に対する臨床試験が進められている。
 BRAF変異は悪性黒色腫で最も高頻度(約60%)に検出され、RAF阻害薬PLX4032の臨床試験が進行中である。第I相試験の報告4)では、BRAF変異陽性悪性黒色腫32例中CR 2例/PR 24例と極めて良好である。すでに第III相試験が進行中である。悪性黒色腫においても他の変異(NRAS, c-Kit)と共存しないため、BRAF変異が治療薬選択マーカーの1つになるものと思われる。

3.c-Met
 c-Metは受容体型チロシンキナーゼがん遺伝子の1つで、上皮性、非上皮性を問わず多くの種類の悪性腫瘍で高発現する。数多くの抗体および小分子阻害薬が開発され、臨床試験が進行中である。最近、進行期(ステージIIIB/IV)非小細胞肺癌を対象としたランダム化比較第II相試験において、抗c-Metモノクローナル抗体MetMAbのエルロチニブ(EGFRの小分子阻害薬)に対する上乗せ効果が無増悪生存および全生存で示された。この効果はc-Met高発現群においてのみ認められ、低発現群ではMetMAbの併用によって逆に予後が悪化した。非小細胞肺癌ではいずれの組織型でも約60%にc-Metの高発現を認める。高発現の機序は、遺伝子増幅、遺伝子変異、癌細胞によるリガンドの産生などである。非小細胞肺癌における抗EGFR阻害薬の治療効果予測マーカーとしては、EGFRの高発現よりもEGFR遺伝子変異が優れている。今後c-Metについてもこの点を明らかにする必要がある。
 c-MetTに対する小分子阻害薬についても、非小細胞肺癌、胃癌でエルロチニブに対する上乗せ効果が検討されつつある。

おわりに
 治療ターゲット分子の腫瘍特異性が重要であることは言うまでもないが、現在の治療法では、腫瘍特異性はあくまで相対的なものにすぎないことに注意する必要がある。融合遺伝子や遺伝子変異は腫瘍特異性の高い変化であり腫瘍マーカーとしても有用であるが、現在の治療薬はこれら変異遺伝子ではなく遺伝子産物(蛋白)をターゲットにしている。EML4-ALKを例にとると、腫瘍は融合遺伝子化によってALK蛋白を高発現させ、それに強く依存している。ALKは正常組織にも存在する。小分子阻害薬は腫瘍のALKも正常組織のALKも阻害するが、腫瘍でのALK発現レベルが相対的に高く依存度も高いことなどのために、同じ血中濃度であれば腫瘍のほうが大きな損傷を被ることになる。EML4-ALK融合遺伝子を治療ターゲットにすることができれば、さらに腫瘍特異性の高い治療法となる可能性がある。

文献
1) 日野田裕治: がん治療のゲノムバイオマーカー. 日内会誌 99 (2):343-348, 2010
2) Weinstein IB, Joe A: Oncogene addiction. Cancer Res 68:3077-3080, 2007
3) Kwak E, Bang Y-J, Camidge R, et al: Anaplastic lymphoma kinase inhibition in non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 363:1693-1703, 2010
4) Flaherty K, Puzanov I, Kim K, et al: Inhibition of mutated, activated BRAF in metastatic melanoma. N Engl J Med 363:809-819, 2010
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