釣りにおけるブラッドスポーツ特性と自然への憧憬
学校教育教員養成課程 保健体育選修 4年9番 林 洋平
T.論文構成
序章 研究の目的・方法
第一章 釣りの起源と概略
第一節 起源
第二節 『釣魚大全』(1653年)について
第三節 イギリスと釣りについて
第一項 産業革命期の釣りとイギリス
第二項 ゲームフィッシングとコースフィッシング
第二章 ブラッドスポーツ
第一節 産業革命後の意識変化
第二節 獲物と人間の立場の違い
第三節 トロフィー
第三章 『ホモ・ルーデンス』としての釣り―釣りの形式―
第一節 釣りと遊び
第二節 釣魚気分における近代スポーツ特性
第一項 単純さ
第二項 フェアプレイ
第三節 釣りの空間
第四章 狩猟か近代スポーツか
第一節 近代スポーツに継承された狩猟
第二節 田園再生へのノスタルジア
むすび―自然への憧憬(野外実践と釣り)―
主要引用・参考文献一覧
U.研究の概要
序章 研究の目的
スポーツにおける自然と人間との触れ合いは、そもそも地球上にスポーツ的営みが現れると同時に、その共生関係を開始していた。しかし、産業革命を契機とし、工業化、都市化の進行とともに、人間は自然から遠のいてしまった。古くから、人間が自然と戯れてきたスポーツのひとつとして、動物を扱う狩猟スポーツがあげられ、その一つとして釣りがあげられる。釣りを行うために必要なものは、人間、自然、獲物である。現在もなお、釣りを好む人達は数多く存在する。なぜ釣り師達は魚を追い続けるのか。その釣りに没頭する心性とはいかなるものであろうか。
他方、釣りに限らず、他の狩猟についても言えることだが、動物と向き合うスポーツは、産業革命以降のイギリス社会において「ブラッド」という形容のもとに批判されるようになった。歴史的にこれらのスポーツはブラッドスポーツと呼ばれ、区別された。
ブラッドスポーツの「ブラッド」とは、すなわち「血」であり、現代の感覚においては、血を見ること自体が野蛮であるように捉えられるだろう。しかし、実際の釣り現場において、魚がはりを飲み込んで釣れた時などは、魚のあごを釣り師自らの素手によって引き裂き、内臓まで手を挿入して、魚から「血」が流れながらはりをはずす。このような行為は、単に野蛮さを好む者の証として説明できるものではない。むしろ、こうした魚と直に向き合う一連の行為、行程、結果すべての中に、ある種のスポーツ性があるのではなかろうか。つまり、魚と一対一のフェアな真剣勝負であり、釣り師が勝った結果としての流れさせる血ではなく、流れてしまう血ということである。また釣り上げられた獲物は後にそのまま魚拓や剥製等のいわゆる「トロフィー」となり、釣り師達の間での勲章の意味をもつ。釣りにとって「トロフィー」としての獲物は他のスポーツ以上に重要な役割をはたしている。
そこで本研究では、釣りにおける人間、獲物、自然が織り成すスポーツ性はその旧来的ブラッドスポーツ特性と今日もなお関係性を有すものであるのか、あるいは、近代スポーツとして再定義されるべきものであるのか、その両方であるのか改めて釣りの特性をスポーツ論として論じることを目的とする。
研究の方法
以上の目的を達成するために、その前提として、語源学的にも英語“sport”の意味内容に、古くから狩猟、その一形態としての釣りを含みもっていたイギリスの例を、釣りを理解する上で重要な場所として扱う。
第一章「釣りの起源と概略」では『釣魚大全』について紹介しつつ、釣りの起源と概略についてまとめる。ここでは主として、中世の“sport”の概念に含まれていた狩猟としての釣りとそこに期待されたスポーツ的意味とその変化について論じる。
第一節「起源」では、ウォルトンの『釣魚大全』に入る前に、狩猟としての釣り、狩猟スポーツとしての釣り、近代スポーツとしての釣り、それぞれの起源を語源学的に辿る。
第二節「『釣魚大全』(1653年)について」では、『釣魚大全』(1653年)の内容を述べ、それらが釣師達に与えた影響について論じる。
第三節「イギリスと釣りについて」では、まず、第一項「産業革命期の釣りとイギリス」から始める。釣りに限らず、様々な国の社会すべてに膨大な影響を与えた産業革命の発祥であるイギリスにおける釣り、自然の捉え方について論じる。第二項「ゲームフィッシングとコースフィッシング」では、飯田操の「釣りとイギリス人」をもとに、イギリスでは実際どのような釣りが行われていたかを論じる。
第二章「ブラッドスポーツ」、第一節「産業革命後の意識変化」では、ブラッドスポーツと呼ばれるスポーツの産業革命後の経済的発展による意識変化について論じる
第二節「獲物との立場の違い」では、ロバート・W・マーカムソンの『英国社会の民衆娯楽』を中心に、ブラッドスポーツと呼ばれるスポーツの獲物と人間との間に生じる「不公平(アンフェア)」について論じる
第三節「トロフィー」では、釣師における「トロフィー」の概念が、ブラッドスポーツと呼ばれるようになった要因である点についても論及する。その一方「トロフィー」は釣師における勲章の意味を持つことについて論じる
繰り返し述べるように、釣りを含む狩猟スポーツがブラッドスポーツと呼ばれ、批判されたにもかかわらず、魚を追い続けた者たちが数多く存在した。人々が批判に対抗してでも追い求める釣りとは一体何か、そこには、一種の「スポーツ性」が存在していると仮定し、第三章では、釣りの遊戯性、遊戯形式について論じることによって、その心性について検討する。
第三章「『ホモ・ルーデンス』としての釣り―釣りの形式―」第一節「釣りと遊び」では、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』をもとに、「遊び」としての釣りと、高度な遊戯としてのその延長上にあるスポーツ特性について論じる。
第二節「釣魚気分における近代スポーツ特性」では、中井正一の「スポーツ気分の構造」を重視したうえで、まず第一項「単純さ」では、ウォルトンが述べるところの「釣師の単純さ」について論じる。すなわち、必ずしも肉体的消費や現代的解釈での「近代スポーツ性」があるとは限らない釣りが、古くからスポーツとみなされてきたことの意味について論じる。そして、第二項「フェアプレイ」においては、ウォルトンの「釣りは見えざるものとの戦いである」といったような表現に注目しながら、釣りにおけるフェアプレイの精神について論じる。
第三節「釣りの空間」では、舛本直文の「コート空間の記号性」から、釣師達にとって海、川が「徴づけ」されることについて述べ、現代の球技スポーツ等と同様に、釣りにも「コート」が存在することについて論じ、第三章の結論を導いていく。
第四章「狩猟か近代スポーツか」では、狩猟としての釣りが近代スポーツとしての釣りへと形式を整え、託したものは計り知れないと考え、そして、狩猟の近代スポーツに継承された側面を問題にする。その上で、今日の野外実践と釣りという立場から、釣師と「自然」との関わりを追求していく。
第一節「近代スポーツに継承された狩猟」では、これまでの考察をまとめ、果たして釣りは狩猟であるのか、近代スポーツであるのかという論点について言及していく。
第二節「田園へのノスタルジー」では、都市化の成熟とともに自然が減少していったイギリスにおいて、もとあった自然再生への希望について論じる。
結び「―自然への憧憬(野外実践と釣り)―」では、これまでの考察を踏まえたうえで、野外に出向き、釣りを行うという行為がいかなる意味をもつかということについてまとめる。
第一章 釣りの起源と概略
第一節 起源
釣りの起源は、『スポーツ大事典』(1987年)によると紀元前7500年頃に遡ると述べてある。今日では想像がつかないほど過去に遡ることができる。このことから、食料獲得のための狩猟としての釣りは、人類が誕生して間もなく発祥したと言っても過言ではないだろう。
17世紀になると、語源学的に名詞sportは主として、「動物、獲物、あるいは魚などを殺したり、とられたりする努力によって得られる気晴らし」という意味を獲得するようになり、逆に言えば、ただ動物と戯れたり、生活のために捕らえるということだけであった狩猟が、経済的に裕福な者を中心にいよいよ「スポーツ性」を獲得してくる。よって、狩猟スポーツとしての釣りの発祥は17世紀頃とされている。
そして、阿部生雄は、近代スポーツとは、闘争性(競技性)、ショー的要素を含む、戸外での競技的な身体活動やゲームと関連する、狩猟と結びついた用語から、とりわけ一定の競技形成を持ち、組織化された運動やゲームを代用し得ると述べている。したがって、これらの概念が整い、近代スポーツとしての釣りは、産業革命以降の経済が安定した19世紀中葉ということになろう。しかし、現代の近代スポーツとしての釣りにおいても、これまでに述べた狩猟の特性も、狩猟スポーツの特性も当然存在しており、その意味において近代スポーツとしての釣りと狩猟としての釣りの区分は、単純なものではないということになろう。
以上述べたように釣りは、紀元前7500年頃から存在しながらも、中世にはスポーツとしての形式を整え、近代に受け継がれ、スポーツとして楽しまれている。
さて、このような釣りをこよなく愛した先人にアイザック・ウォルトンがいたことは先に述べた。彼の著書である『釣魚大全』は現代でもなお、釣師達に大きな影響を与え続けている。
第二節 『釣魚大全』(1653年)について
1653年にウォルトンによって出版された『釣魚大全』は過去の狩猟に関する文学書、事典、歴史書等には頻繁にその名が掲載されており、釣りについて語ろうとする者の多くが参考としているイギリス最古の釣書のひとつである。この『釣魚大全』の内容は、海、陸、空それぞれの達人である釣師、猟師、鷹匠が共に旅をしながら、ぎくしゃくした人間生活の中で釣魚という行為がいかなる機能をもつか、ということを中心に記述したものである。また、魚の博物誌、釣技、魚の生態、釣魚風俗、料理法等、細かい内容まで含まれていて、世界中の釣り人から「釣りの聖書」とまで賞賛され、釣り師でこの本を知らぬものは、恥辱であるとさえ言われている。また、当時の庶民の定説では、釣魚を楽しむことができるのは貴族のみということであったが、ウォルトンは全くの庶民であった。
ウォルトンが『釣魚大全』を刊行したのは、1653年、ときに60歳であり、刊行して間もなく絶大な人気を得た。ウォルトンという、釣師達にとっていわゆるカリスマ的存在となった人物がイギリスに存在したことは、イギリスという国の風土、スポーツを早くから生み出したという土地柄、そして何よりも、小川や湖といった豊富な自然があったからこそのことであろう。
そこで、次節では、そのようなイギリスの自然が、大きな転機を迎えるようになったのは、18世紀に起きた産業革命のもたらした影響によることと、釣りとの関係について論じていく。
第三節 イギリスと釣りについて
第一項 産業革命期の釣りとイギリス
イギリスにおける釣りの変容に注目する理由は、ほかのヨーロッパ諸国に先駆けて起こったこの国の産業化が釣りに大きな影響を与えたからである。
また、飯田操は、『釣りとイギリス人』中で、産業社会の到来における釣りの変化を、次のように論じている。
産業革命に伴う市民社会の形成が印刷文化の発達、レジャーの拡大、遊びの大衆化などさまざまな生活上の変化を引き起こし、人間の精神のあり方にも影響を及ぼした。たとえば、より大きな魚を求める行為には、食べるためにより大きな獲物を求める現実的欲求があり、この現実性は、現代でもなお釣りの大きな要素であり続けている。しかし、食料供給の必要から離れると、それがステイタス・シンボルとして求められる俗物的なスポーツとしての釣りを生み出した。
また、都市化や産業革命という大きな歴史の流れのなかでイギリスの人々は、より美しいイギリスを求める考えが生じたことは興味深く思われる。イギリスの釣りには、産業化・都市化の担い手であり、唯一自然を変容させる力をもった人間と、自然とのかかわりの歴史が見られる。
大きな魚を釣ることや数多く魚を釣ることはもちろん釣師達にとっての勲章ではあるが、仮に満足のいく釣果が得られなかったとしても、釣りを行い、獲物と向き合うことにより味わうことのできる自然や、第一節で述べた、狩猟スポーツとしての釣りの特性である「気晴らし」というリラクゼーションの獲得を、イギリスにおける釣師達は求めてきたように思われる。
第二項 ゲームフィッシングとコースフィッシング
次に、イギリスでは具体的にどのような釣りが行われたいたかについて述べたい。大きく分けて2種類ある。ゲーム(game)フィッシングとコース(coarse)フィッシングである。
まず、ゲームフィッシングとは、フライ(はえ)やスプーン等を用いてサケ科等のいわゆる高級魚を釣ることである。もともとはマスを擬似のフライで釣ることから起こったものであり、ゲームフィッシングとフライフィッシングはほぼ同様に考えることができる。
これに対し、コースフィッシングはパンくずやミミズを用いてサケ科以外の雑魚を釣ることである。「コース(coarse)」は、直訳では「並の」、「下品な」という意味であり、コースフィッシングはしばしば、ゲームフィッシングと比べられ、「粗雑な釣り」という印象を与えてしまった。
やはり、コースフィッシングでは、決して見栄えが良いとはいえないミミズやうじ虫を一匹一匹針に付けて、魚がかじればすぐに付け直したり、付け替えなければならないため、ゲームフィッシングに比べれば不愉快な思いをしながら釣りを行わなければならないものである。そのため、イギリスではゲームフィッシングがもっぱら主流となり、楽しまれたのかもしれない。
以上のように、長い歴史の中で、イギリスにおいて釣りは人気を誇る狩猟、もしくはスポーツとして愛され続けてきたが、しかし産業革命後に都市社会の成熟をみた19世紀の後半、「ブラッドスポーツ」という言葉と共に転機が訪れる。「遊び」や「気晴らし」といった特性の強調だけで釣りを楽しむことができなくなる時代が到来した。次節ではこの点について述べていく。
第二章 ブラッドスポーツ
第一節 産業革命後の意識変化
釣りに限らず、他の狩猟についても言えることだが、動物と向き合うスポーツは、産業革命以降のイギリス社会において「ブラッド」という形容のもとに批判視されるようになった。歴史的にこれらのスポーツはブラッドスポーツと呼ばれ、区別された。
池田は、ブラッドスポーツの「ブラッド」つまり「血」は、外傷によって皮膚の表面に流れ出る人の痛みの肉体的証拠を表すだけでなく、スピリットや本質、躍動感、心の動きをも表していると述べた。さらに、「血の気が多い」、「血が騒ぐ」、「血統がよい」のように、血は、我々自身の精神性、生きている証としての自然性理解を根底に潜ませ、人間の心理的感覚や興奮状態を指し示し続けてきたと述べた。
このように本来、生きている証や、躍動感と連動した肯定的意味を有していた「ブラッド」が産業革命以降のイギリス社会において、野生を否定的意味に捉えて表現するようになった。
当時イギリスでブラッドスポーツとみなされていたスポーツには、地面に縛りつけた牛と、ジェントルマンの飼っている犬を戦わす「牛掛け」と呼ばれるものや、石鹸や油を体じゅうに塗られた豚を人間がつかまえる「豚追い」と呼ばれるものや、第二節で詳しく紹介する、鶏を縛り、物を投げて殺す「鶏当て」等があった。これらのスポーツがブラッドスポーツとされて、組織的で持続的な攻撃の対象となったのは18世紀の末から19世紀前半にかけてのことである。18世紀半ばまでは、支配階級がまだいくらかはブラッドスポーツに好意を寄せており、少なくとも黙認はしていた。闘鶏やときには牛掛けさえも積極的に擁護するジェントルマンが少なくなかった。ところが、時がたつにつれ世論の風向きが変わり始め、19世紀前半には、ブラッドスポーツに対する敵意は熱く激しくなった。そして1840年代までには、ブラッドスポーツの多くが瀕死の状態にあったといわれている。
また、飯田は『釣りイギリス人』の中で、釣り非難の例として、ジョージ・ゴードン・バイロンが1819年から1824年にかけて出版した『ドン・ジュアン』の以下の言を挙げていた。
それは、少なくとも彼にいたわりの心を教えていてもよいはずであった。小説家たちの間では無邪気なスポーツや古い歌に共感を示すために彼を引用することが流行しているが、この感傷的野蛮人は、見せかけのスポーツのなかでも最も残酷で、最も冷淡、そして最も愚か者である釣りの技術に加えて、試しにやってみると言ってカエルの縫い合わせ方、足の裂き方を教えるのである。小説家たちは、自然の美しさについて語るかもしれないが、くだんの釣り師は魚料理について考えているだけである。彼には、流れから眼をそらしてみる心の余裕がなく、魚の一引きが周りの景色よりはるかに大事なのである。……網による漁や延縄漁などのほうが、もっと人間的で、有用なものである。なのに、針と竿で魚を釣るなんて、釣り師に善人がいるわけがない。
総じて述べれば、当時の人間中心主義の状況では、迷惑を被ってしまうのは、人間より下位に位置する動物達である。また、この頃は神の存在を肯定する福音主義者や、動物愛護団体等が、様々な狩猟スポーツに反対し始めた時期であった。
第二節 獲物と人間の立場の違い
さて、ブラッドスポーツのなかで、最初に本格的な攻撃を受け、全面的に禁止されたのは鶏当てである。鶏当てとは、一羽の鶏を紐で杭に縛りつけておき、およそ20ヤードほど離れて立つ競技者たちが、棍棒や箒の柄といったたぐいの飛び道具を投げ、鶏を打ち落とすという、現代では、目を覆いたくなるような光景のスポーツである。そもそも、この鶏当てをスポーツ呼んでいいものかと疑いたくなるほどである。当然のことながらこの鶏当てを非難する書は数え切れないほど出版された。
マーカムソンは『英国社会の民衆娯楽』の中で、以下のように述べた批判者の言を紹介していた。
一羽のか弱く罪もない無防備な生き物を地面に縛りつけ、それから棍棒で骨をこっぱみじんに叩き折る。理性ある人間にふさわしいなんと高貴な見せ物であることか。これに比肩しうるものがあるとすれば、木製の義足に足払いをくわせておいて、その行為を自慢する愚か者のふるまいだけだ。
この「不公平(アンフェア)」という事実、言い換えれば鶏がこのように弱い立場におかれている事実を指摘する非難が多い。こうしたスポーツ批判は、極端な例ではあるが、釣りを含めた狩猟スポーツに対する非難が、この時期に募ったことを示す例として考慮するに値しよう。
また、獲物と人間との立場の違いという要因以外に、ブラッドスポーツへの批判を高めてしまったもう一つの要因として、「トロフィー」という概念が上げられる。
第三節 釣りにおけるトロフィー
石井昌幸によれば、「トロフィー」の起源は狩猟によって獲得した主に大型の獲物の頭部、角、牙、毛皮などである。つまり、釣りでいえば、釣った魚そのものであった。狩猟スポーツ以外のスポーツにおける「トロフィー」は、現代の感覚では、主催者が栄誉の具合によって大きさを定めた金色の枝を模った物やカップであったりと、いわゆる間接的象徴であるのに対し、釣りにおける「トロフィー」は、釣針にかかった魚が陸に上げられた瞬間、その場でそれを釣った者のみの直接的成果の対象そのものである「トロフィー」となる。また、狩猟スポーツ以外のスポーツにおける「トロフィー」、狩猟スポーツにおける「トロフィー」共に、獲得した後はたいていの場合、飾ったり、他人に見せたりする。
ホイジンガによると、人間は常に自分の優秀さを認められて人から褒められたい、名誉を享けたいという願望があり、これが自己の完成の動機になる、つまり、「トロフィー」を獲得しようとする努力が、自己を完成させるための手立てになるという。
しかし、その一方で、この「トロフィー」こそが狩猟スポーツをブラッドスポーツとして区別し、批判の対象にされたことの理由でもあった。それは、先の石井も述べるように、狩猟家たちは「トロフィー」獲得が「男らしさ」を証明するためのものでもあったので、大型獣狩りの最も大きなモチベーションになり、異常なほど熱狂してしまったからである。それによって、狩猟の証拠である男らしさへの証明としてのトロフィーが、野蛮さを映す証拠として、別の意味をも付与されてしまったのである。また同様のことが日本でも生じていた。その例は大きさではなく、数であったが、杉瀬祐は江戸時代ではタナゴと呼ばれる、釣っても食べられない魚をとにかく数多く釣ることに熱狂していたと述べた。この時、江戸幕府より1687年に生類憐れみの令が出され、釣りは御法度となった。これは、日本におけるブラッドスポーツ批判論の一つであるといえよう。また、この法は1709年に廃止となったのだが、その時牢から釈放された釣り人は3800人もいたといわれ、異常なまでの「釣り人気」を示すものであったと言い換えることもできよう。
以上のように、「トロフィー」がもたらした「釣り人気」の勃発は、釣りが批判された根拠でもあり、身近な遊びとして行われるようになった証でもあった。そこで次に、「トロフィー」という概念が、遊びとしての釣りに託した期待が計りしれないという点について、捉え直すことにしたい。
第三章『ホモ・ルーデンス』としての釣り―釣りの形式―
第一節 釣りと遊び
かつて釣魚は、子供と老人の遊びであった。つまり、無邪気な童の漁への本能と、無用の老人の自慰への欲求が、魚と向き合っていたのである。現代でももちろん、学校が終わった頃の時間や休日等に、背中に釣竿一本背負って、何人かで騒ぎながら自転車をこいで近くの川に向かっている中学生や、朝早くから釣道具一式用意して、海に出向いているお年寄り等、容易に目にすることができる。彼らは食料獲得のためというよりはむしろ、遊びとしての釣りを楽しんでいるのであろう。
また飯田によると、釣りは本来、魚を捕らえることが目的であったが、人間はその知能により、食料採取のみで終らない余裕を生み出し、そこで「遊び」に使う余暇を生み出したという。
このように、釣りの遊戯性は早くから認識されており、ここに釣りが野蛮であるか、フェアであるかといったブラッドスポーツに向けられた議論以前にスポーツとしての釣りの有する遊戯性について論じる余地が与えられる。ここでホイジンガの遊戯論を引き合いに出したい。
まず、ホイジンガは、遊びとは論理的に語るようなことではなく、自然が与えてくれた緊張、喜び、面白さであると、とらえていた。遊びの一般的な意識は「本気ではない」ということになるだろう。しかし、彼は「遊びこそ本気である」と述べた。また、彼はスポーツと遊びの関係を「スポーツは本気になりすぎた遊び」であると説明している。それゆえ、遊戯性の観点から釣りを捉え直すことができる。例えば、「サビキ釣り」という技法があり、この技法では、調子がいい日だと、一日で500〜600匹釣れる。しかし、いくら大漁に獲れるといっても「漁業」と思って釣りを行っている者はいない。あくまで、遊びとして釣りを行っており、そして、それを夢中になり、釣果を仲間と競い合ったりすることにより、それが遊びとしてのスポーツ性を獲得していくということに相当する。
また、ウォルトンは『釣魚大全』において以下のように述べている。
世に釣師ほどのんきで楽しいものはありません。法律家が仕事に忙殺され、政治家は陰謀に飛び回っているあいだ、われわれは花咲く岸辺に腰を下ろし、小鳥の声に聞きほれたり、川のせせらぎに心をなごませては楽しんでいればいいのですから。
以上のように、釣りはホイジンガの遊びの定義の中の「自然が与えてくれた緊張、喜び、面白さ」、「生物学的にも完全に定義することができない生命体の一つの機能」という性格に合致していると捉えられよう。
それゆえ、釣りはホイジンガが言うところの遊びの領域として論じることができるように思われる。そして、その遊びの高度化により、近代スポーツ特性としての釣りを分析できる可能性を秘めていることがわかった。そこで、次に、釣りにおける遊戯の具体的形式について論及していく。
第二節 釣魚気分における近代スポーツ特性
第一項 単純さ
釣りは、前節で述べたホイジンガの「遊び」の定義から、近代スポーツ特性について論じることが可能であるように思われる。
釣師の間で「釣りは短気な性格の方が向いている」ということをしばしば耳にする。ウォルトンは『釣魚大全』において、この「短気」という語を「単純」という語に置き換えているように思われる。「心の単純さ、言い換えれば、澄み切った心、というものが釣師の心意気である」と述べた。それは、ウォルトンの以下の言にかいまみれる。
わたしのいう単純さとは、金もうけとか死の恐怖から逃れるために良心を売るような人間にはない心の単純さ、澄み切った境地のことをいうのです。法律万能の現代では四、五枚の証明書があってもその身分を証明するのに確実ということはありません。法律の擁護者たる弁護士というもののなかった時代には、貴族たることを証明するのに掌一枚の羊皮紙があれば充分だったのです。こういう単純さが釣師の真の心意気なんですよ。だから、そういうふうにとってくださるのなら「単純な人間」という言葉を、われわれ一同、喜んでお受けします。
以上のように、この「単純さ」という言葉は、翻訳後のため曲解されがちかもしれないが、公明正大や謹厳実直さといった、スポーツマンらしさに共通するものがあるように思われる。
第二項 フェアプレイ
フェアプレイとは、P・C・マッキントッシュによると、第一にスポーツにおける立派な行動に対する英国人の言葉であり、第二には人生の他の諸相において比喩的に使われる同国人の用語である。また、公正さ(fairness)といものは正義(justice)と密接に関連したと言われる。
さて、釣り以外の他の狩猟では、獲物となる動物の姿は肉眼で確認することが可能であろう。肉眼で確認できないと捕らえることができないとも言いかえられる。しかし、釣りにおいては、獲物は早くて海面に現れる寸前で、遅ければ陸に上がるまでその姿を確認することができない。釣師たちはそのような獲物と戦わなければならない。ウォルトンはこのような釣りを「見えざるものとの戦い」と表現した。釣師達はその見えざる獲物の表情を拝見するために、自らの神経を釣竿はもとより、釣針に掛けられている餌の先まで通わせ、その釣針を投入する。しかし、獲物は自分の足元より下の何が起こっているのか目に見えない空間に存在する。獲物は水面下でこちらを見て、嘲笑しているかもしれない。さらに言えば、獲物は「釣師に釣られる」という遊びを楽しんでいて、そのために釣師が磯や波戸に出向かされているかもしれない。獲物に聞かない限りこの答えは見つからない。こうした「見えざるものとの戦い」を楽しむことができる狩猟は他にあるだろうか。ここに他の狩猟にはない、釣り独自のスポーツ特性が存在する。また、第二章の第一節で述べたように、釣りにおける獲物は、進化論的に下位に位置することは認められよう。しかし、そこには「見えざるものとの戦い」という意味で自然の摂理に従うより他なく、釣りのステージである海や川といった自然が介入してくるため、獲物と人間との立場の違いによるアンフェアはある程度一掃されるであろう。ここに、釣りにおけるフェアプレイの精神が存在すると考える。
第三節 釣りの空間
舛本直文によれば、日常的な均質空間に「ライン引き(記号化)」をすることによって「コート空間」が生成されるという。狩猟スポーツ以外のスポーツ(特に球技等)では、誰でも肉眼ではっきりと確認できるラインが存在し、その中で競技を行っている。仮にこのラインが存在していなければ、そこはただの「広場」であり、競技性をほとんど失うであろう。
では、釣りではどうかというと、海や川に誰でも肉眼ではっきりと確認できるラインなど存在していない。しかし、ウォルトンは『釣魚大全』において、「釣糸を垂れながら、銀色の美しいさざ波があの嵐の海へと静かに流れていくさまや、流れの途中で木の根や石にさえぎられて逆巻いたり、いろいろな形に変化して泡をたてる様子などを眺めたりしました」と述べているように、いわば「自然が織り成すライン」の存在を釣りを通して見出していた。また、実際の釣り現場においてでも、波と波が衝突しているところに、「潮目」と呼ばれるかすかなラインが存在する。釣師たちはこの「潮目」の発見に全精力を注ぐ。釣師たちのこの行為によって海、川は聖域(コート空間)と化す。しかし、これは誰にでも確認できるものではなく、熟練が必要である。また、仮に釣り初心者がこの「潮目」を発見できたとしても、その者にとって海、川が聖域と化すほどのことでもない可能性はある。これについて舛本も、すべての人にとって神聖なる空間というものは存在しない。その該当する種目、流派のプレーヤーにとって神聖となる。なぜならば、濃密な意味を空間的に体験できるにはその当事者のみだからである。他の種目のプレーヤーにはその意味空間は理解されないと述べた。
以上のように、釣りにおいて自然の有する意味は図り知れず、これが、釣師達を最も魅了し続けている要因の一つであると言っても過言ではない。
気軽な遊びとしての釣り、フェアなスポーツ性、そして、海や川という空間が釣師達へ届ける聖なる魅力が無言で人々を自然に招いているのであり、こうした遊戯形式が、遊戯としての釣りをスポーツへと高めていることの証拠に他ならないであろう。
第四章 狩猟か近代スポーツか
第一節 近代スポーツに継承された釣り
第一章では、近代スポーツとしての釣りの発祥は、狩猟としての釣りが発祥した頃へ遡ることができると述べた。現在行われている近代スポーツとしての釣りの特性は、たしかに狩猟としての釣りの特性を十分に引き継いでいるといえる。また、第二章の第一節で、イギリスの中流階級以下の狩猟家達は、インドに狩猟を行いに行くと述べた。これに関し、石井が「19世紀末葉及び20世紀初頭における大型獣狩りー英領インド帝国を中心にー」の中で言及している、クライマー大佐の一節は以下の通りであった。
・・・おそらく本国では一度も狩猟の機会を亭受したことがないであろうような、もっとも平凡な仕官が、その機会に恵まれる地位に自分がいることに気づくやいなや、いかに熱狂的な第一級のスポーツマンへと成長するかは驚くばかりである。
つまり、狩猟そのものの中に近代スポーツ特性というものはそもそも含まれていたと思われる。ここで、第一章を踏まえ、まとめると、近代スポーツの特性の中に狩猟が含まれ、狩猟の特性の中に近代スポーツが含まれる。近代スポーツと狩猟の関係に必要十分条件が成立する。
現代もなお釣りは行われている。釣りは賛否両論の中、現代に至るまで、なぜ行い続けることができたのか。その答えとして、我々は、狩猟と近代スポーツに共通する根源的なものに到達する必要があろう。
確かに、釣りは野蛮であるか否かの議論に関与しただろう。ただ、釣りの野蛮性への非難は、他のブラッドスポーツと比べ緩いものであった。ブラッドスポーツ批判について詳述している『英国社会の民衆娯楽』において、釣りに対する直接的な非難はさほど散見されない。したがって、釣りの野蛮性の論議は、他の衰退した動物いじめの類のスポーツと比較して、別の視点から論じる必要があるだろう。そこで、現代もなお賛否両論である、釣りの「キャッチアンドリリース」の精神を引き合いに出したい。
「キャッチアンドリリース」は、主に、まだ成長していない小さいサイズの獲物が釣れてしまった場合、息があるうちに海や川に還してやることである。これは、現代の釣師達にとって暗黙のマナーでもあり、当然の営みでもあると考えられているであろう。
「キャッチアンドリリース」の意味は時と場合によってかなり異なるが、釣り上げた獲物を水に戻し、えら呼吸を再開させてやることは、もとの自然に戻すことと解釈されている。それは、必要のない獲物まで持ち帰り、その命を奪うことが野蛮であるという観点によるものであろう。
また、飯田は『釣りとイギリス人』において、ハワード・T・ウォルデンの『最後の釣り場』の以下の一節を紹介していた。
立派な魚を川に返すことは、甘味で密やかな誇りで心を満たし、後悔の尾を引かせることがないのでしょう。おそらくは、慈善事業に素晴らしい品物を寄付した場合と同じように、物質的損失感はあるでしょうが、それを上回る精神的取得感があります。
このように、「キャッチアンドリリース」の考え方にはたしかに近代的感性を見ることができる。
しかしながら、飯田も述べているように、「キャッチアンドリリース」には賛否両論ある。確かに、獲物の数が減少している現代において、一匹でも多くの獲物を自然に存在させておくためには、「キャッチアンドリリース」は有効であるかもしれない。しかし、その「キャッチアンドリリース」をされた獲物が還った自然に対し、疑問が向けられた。
確かに人間に釣られた獲物が、一匹でも「キャッチアンドリリース」された瞬間、その場は人工的な自然となる。また、人間に釣られ、釣針で傷ついた獲物を川や海に還したところで、獲物の無残な姿を間に当たりするだけである。このことが、「キャッチアンドリリース」反対派が野蛮と捉える根拠であった。また、川魚を主食とする川獺が、魚を捕らえた際、「キャッチアンドリリース」を行うことはないであろう。当然、捉えた獲物は、その場で食べるか、持ち帰るであろう。「キャッチアンドリリース」反対派はこの動物的営みこそ、むしろ自然であると捉えていた。
飯田は、「キャッチアンドリリース」についての賛否両論には釣りのもつ両面が語られているという。それは、「キャッチアンドリリース」を肯定する考えには、どのような理由をつけようと人間中心の自然観があることであり、「キャッチアンドリリース」を否定する考えには、釣りに含まれる野性的要素の重視があることである。
「キャッチアンドリリース」の賛否について、つまり、釣りの野蛮性について、結局、自然をどう捉えているかによって議論されるものであると思われる。
以上のことを踏まえると、釣りは狩猟や近代スポーツの定義に当てはめようとするものではなく、自然を愛する者達の「情熱」や「希望」そのままであると思われる。
第二節 田園再生へのノスタルジー
産業革命以降、都市化が成熟したイギリスにおいて、釣りを始めとする動物を扱うスポーツはブラッドスポーツと呼ばれ、非難された。また、都市化が進むにつれ自然は減少していった。それと同時に、イギリスの人々は、もとあった田園の再生を望み始めたのである。このイギリスの自然が減少していく現実を、井野瀬久美恵が『イギリス文化史入門』において紹介している、D.H.ロレンスの『不死鳥』(1936年)では、「わたしの見るところ、イングランドの真の悲劇は醜悪の悲劇である。田舎は実に美しい。が、人間の造ったイングランドは実に醜い」と述べてあり、イギリスの美しい田園自体が、産業主義の影響を受け、母なる自然は再起不能なまで傷ついていたことの象徴であるだろう。
イギリスに限らず、母国の自然を愛する気持ちは世界各国共通であろう。また、世界各国で自然が減少していることも事実である。現在の日本においても、野生の川魚が潜んでいる渓流を探し当てることは困難なことである。川魚は海水魚と比べ、わずかな川の濁りやわずかな水温の変化が、その生態に大きく影響するのである。魚達はどのような眼差しで、地上の人間を見つめているであろうか。決して、人間達の行動を好ましいと思っていないだろうが、彼らに発言権はない。美しく、豊かな自然の再生を計らっていくことは、何よりも彼らのためでもある。そして、田園再生へのノスタルジーの意を絶やさず、釣りを行い続けていくことは、自然をはるかに遠ざかった人工の時代の、原始へのノスタルジーでもあるということに変わりはないであろう。
結び―自然への憧憬(野外実践と釣り)―
日本海で筆者が釣りを行った際、波は3mと聞いて、「今日はべたなぎ(波が低い)だよ」と聞いていたので安心していると、出航して間もなく度肝を抜かれた。「ザッブーン、ドッコーン」の繰り返しの2時間で、船に波しぶきが滝のように流れ込み、15分で全員ずぶ濡れとなった。しかし、日本海ではあたりまえのことであるらしく、常連の釣師達は平然とした顔で乗っていて、中には寝ている人までいて、一体どういう神経をしているのだろうか筆者には理解できなかった。
拷問のような2時間に耐え抜き、やっと到着して、瀬付け(船長が各磯に釣師達を降ろす作業)が始まった。ここでは名前が呼ばれるとすぐに降りないと、船長や他の釣り師から暗黙のプレッシャーをかけられる。なぜなら、その頃(朝6時)が勝負時であり、ここで自分の磯に大物を集めていないと終日小物やえさとり(後で述べる)の被害を受けるからだ。何とか磯に降りて、準備を開始したのだが、ここで本日2度目の度肝を抜かれた、自分が立っていた足元は遥かに超え、自分の腰の辺りまでくる凄まじい波が襲ってきた。もちろん、釣り道具も流されそうになり必死に守ったのだが、周りの釣師達も全員揃って、自分の命よりも釣り道具を守っていた姿が印象的だった。
(以上は2002年9月21日、西日本各地から集まった総勢18人の釣師達と共に日本海へ出た時の林体験記)
なぜ、人間はこのように危険を冒してまで、野外に出向いていくのであろうか。それは、釣りを行うことは、社会から離れ、自然を感じながら個人として命と向き合うことができるからである。自然と向き合う釣りは、たどたどしく時間に追われている現代社会から離れ、常に変化していく潮の流れに身も心を委ね、しばしば独立した個人に戻り、原始の生活に戻ることである。また、自然の猛威には、現代の常識や秩序等一切通用しない。常識や秩序のない状態、極論かもしれないが、それは「子供(自然児)の心」である。野外へ出向き、自然の猛威に対抗しようとすることによって、忘れかけていたその心を思い出せたのである。
第四章の第二節の末に、釣りを行うことは原始へのノスタルジーであると述べた。そして、本節では、釣りを行うことは子供の心を喚起するための一つの道であると論じた。原始、子供、すなわち、「他の何からも侵されていない純粋な状態」である。その純粋な状態が、自然、人間共に最も魅力的で、最も美しい状態であるのではなかろうか。
今日行われている釣りは、狩猟の特性も近代スポーツの特性も引き継いでいる。さらに、その釣りの生粋の本質は、母なる自然への憧れの意や、現代社会の中で独立した個人に戻り、そこで得られる子供の心の中に宿っている。また、現代は、食料獲得のための狩猟として行われていた太古の昔と違い、魚一匹食べなくても生活していくことはできるであろう。しかし、人間は様々な自己完結的な目的を理由に魚を追い続ける。釣りと自然を愛する心が存在している限り、このことに論理的解釈は必要ない。釣りは未来も発展し続けるスポーツであろう。
3.主要引用・参考文献
アイザック・ウォルトン(森秀人訳)『釣魚大全』角川書店、1974(1993)年。
阿部生雄「スポーツの概念史」『宇都宮大学教養部研究報告』第9号第1部、1976年、99−117頁。
飯田操『釣りとイギリス人』平凡社、1995年。
池田恵子「エコロジーとスポーツ―動物との共生からみたスポーツ史―」竹谷和之代表『スポーツ文化とクレオール』財団法人水野スポーツ振興助成金研究成果報告書、2001年3月、47−54頁。
池田恵子『前ヴィクトリア時代のスポーツ』「ピアス・イーガンのスポーツの世界」不昧堂出版、1995年。
石井昌幸「十九世紀末葉及び二十世紀初頭における大型獣狩りー英領インド帝国を中心にー」『スポーツ史研究』第7号、1994年、37−50頁。
井野瀬久美恵『イギリス文化史入門』昭和堂、1994年、242−246頁。
岸野雄三「スポーツ賞」『スポーツ大事典』大修館書店、1987年、590−595頁。
杉瀬祐「釣り」『スポーツ大事典』大修館書店、1987年、813―822頁。
トマス・ヒューズ(前川俊一譯訳)『トム・ブラウンの学校生活』岩波書店、1952年。
中井正一「スポーツ気分の構造」『思想』中央公論社、1962年、172−185頁。H.レールス(長谷川守男訳)『遊戯とスポーツ』玉川大学出版部、1987年。
P・C・マッキントッシュ(水野忠文訳)『フェアプレイ』ベースボールマガジン社、1983年。
ホイジンガ(高橋英夫訳)『ホモ・ルーデンス』中央文庫、1963年。
舛本直文「コート空間の記号性」『体育・スポーツ哲学研究』筑波大学体育・スポーツ哲学会、1985年、23−36頁。
ロバート・W・マーカムソン著(川島昭夫・沢辺浩一・中房敏朗・松井良明訳)『英国社会の民衆娯楽』平凡社、1993年。
ユリウス・ボフス(稲垣正浩訳)『入門スポーツ史』大修館書店、1988年。