(1)やり猟
(2)ネットハンティング(bo.kia)
(3)わな猟
(4)弓矢猟
(5)銃猟
(6)手掴み、その他の狩猟
(1)ハチミツ採集
(2)イモムシの採集
(3)その他の小動物の採集
(1)イモ
(2)葉
(3)フルーツ、果実
(4)種子
(5)樹液
(6)キノコ
人間が食べ物を獲得する方法にはいろいろあるが、大きく分けると「狩猟採集」、「農耕・牧畜」となるだろう。
狩猟採集とは野生動植物をそのまま利用するものである。自然を少なくとも意識的に(注)人間に有利になるように改良せず、資源を自然から取ってくるだけである。漁撈活動も養殖を除けば狩猟採集の中に含まれることになる。
農耕や牧畜は人間に有利になるように自然を改造する過程が伴う。農耕の場合、人間が利用する植物を植え付けてその植物を増やす。また、除草をしたり、害虫や害獣を駆除したり、肥料を与えるなりして人間が利用する植物に有利な環境を作る。さらに、利用する植物の中からより人間にとって利用価値の高いもののみを取り出したり、さまざまな技術で品種改良をおこなうことにより、植物そのものも変化していく。牧畜においても同様に、家畜の保護、餌場への誘導、給餌、生殖の管理、品種改良などさまざまな働きかけが家畜に対しておこなわれる。(注)
狩猟採集は、人類が今から12,000年くらい前に農耕や牧畜を発明する以前からおこなわれていた活動である。現在、狩猟採集を主要な生業活動としている人たちは、農耕や牧畜を主要な生業活動にしている人たちに比べると人口はかなり少なく、農耕や牧畜の発明以降、地球上の多くの地域で農耕や牧畜を受け入れていったことが伺える。
だからといって狩猟採集を非効率的なもしくは劣った生業活動であるとするわけではない。何を基準に取るかによって効率や優劣は違ってくる。実際、狩猟採集民は農耕や牧畜が不可能な北極圏や乾燥地などでも生活を営んでおり、適応力の大きな生業活動といえるだろう。
多くの地域で農耕や牧畜が主要な食料獲得手段となっているのは、その労働生産性よりも土地生産性の高さによるものと思われる。つまり、一定の面積でより多くの人間を養うことが農耕や牧畜ではできる。労働生産性では後に述べるように狩猟採集は決して非効率的な活動ではない。しかし、一度人口が増えてより多くの食糧を生産する必要が生じると、もはや狩猟採集に依存した生活に戻ることは不可能であろう。
アカの生業活動は農耕民の手伝いでおこなう農作業を除くと、狩猟と採集に分けられる。それ以外に漁撈活動をわずかであるがおこなう。これらを順に述べていこう。また、農耕民の村近くに滞在するときの生活については、別のところで詳しく述べる。
ここで狩猟とは比較的大きな動物、主として哺乳類と爬虫類を獲得することとしたい。狩猟は一般的に男性の仕事とされるが、ネットハンティングのように例外もある。彼らはさまざまな狩猟方法でさまざまな動物を狩猟する。彼らの狩猟は熱帯雨林という環境の特性や動物の習性などの知識に基づいておこなわれている。
アカは成人および若者男性の集団(数人から10数人)でやり猟をおこなう。アカは集団やり猟を二種類に区別している。一つはe.sondo(もしくはe.sendo)で、日帰りのやり猟であり、もう一つはnjangoで数日間キャンプに戻らず森でやり猟を続ける。主な獲物はイノシシであるが、稀にゴリラが狩猟されることもある。
やり猟は、獲物の足跡の探索から始まる。やり猟では男性は森を歩きながら、動物の足跡を探す。アカは足跡を見るとその動物の種類や大きさ、数がわかる。その獲物がやり猟に適した動物(多くの場合はイノシシngua)であるなら、足跡を追跡する。獲物を追跡し、追いつくと、獲物に気づかれないように獲物を取り囲む。一斉にやり(ngongo, ndaba)で襲う。イノシシは驚いて走り出すが、そのイノシシに向けて投げやりの要領でやりを投げつけて刺す。それにより致命傷を負わすことができれば、その場で倒せるが、傷を負いながらも逃げていくイノシシもいる。そのような場合は、足跡や血の跡を追跡していく。傷を負ったまま全速力で走ると、出血が止まらず、いつかイノシシは疲れ果ててしまう。そこを追いついて、やりで止めを刺す。イノシシは群れを成していることが多いので、うまくいけば一度に複数の獲物がしとめられることもある。やり猟が成功しイノシシが倒されると、efulefuleという竹製の笛が吹かれる。キャンプで待つ女性たちはこの笛の音を聞いてイノシシが獲れたことを知るのである。
全速力で走るイノシシにやりを投げて当てるのはかなり熟練を要する技術で、個人ごとの上手下手がかなりあり、誰が猟がうまいかはみんなが知っている。やり猟では猟がうまいとされる人、特にtumaと呼ばれるゾウを倒したことのある人に与えられる称号を持つ人が、やり猟の指揮を取ることが多い。
やり猟はアカにおいて最も評価の高い猟で、これがうまい男性は狩猟のうまい男性と評価される。また、アカの男性の年齢グループにおいてもやり猟への参加や上達が基準になっている(詳しくはアカの年齢グループのところで説明)。
現在では主にイノシシが対象であるが、銃がこの地域に普及する以前はゾウnzokuもやりで狩猟していた。これはかなり危険な狩猟である。ゾウのお腹の下に潜り込んでわきの下から心臓に向けてやりを突き刺すという方法らしい。ゾウ狩りで得られた象牙は植民地化以前から重要な交易品で、農耕民との間で鉄(槍の穂先や斧の刃)と交換していたようである。現在、やりのみを用いてゾウ狩りをすることはない。
ゴリラe.boboは稀に狩猟される。ゴリラは一夫多妻の群れを形成するが、敵に出くわすとオスはメスと子供を守るため、敵に立ち向かう。その隙にメスと子供は逃げるのである。そのため、狩猟されるのは大人オスが多い。彼らはゴリラをゾウ、ヒョウ、バッファローと並んで恐ろしい動物であると認識しており、狩猟の際にゴリラに咬まれてケガをした人もいる。
やり猟は雨季に主としておこなわれる。それは、地面が湿っているので動物の足跡が残りやすいことと、枯葉がないので足音がしにくいためである。
ネットハンティングは老若男女が参加しておこなう狩猟で、20人以上、多いときは40人くらい参加する。この狩猟は以下の方法でおこなわれ、男女で役割分担がある(ネットハンティングの図)。数人の男性がそれぞれのネットをつなげて円弧状に張っていく。ネットの高さや目の大きさはテニスのネットを思い浮かべてもらえばいいだろう。リンガンガ・マカオのアカでは平均30mの網を6つつなげていた(注)。網を張り終えた男性は、円弧の開口部のほうへ移動し、そこから網のほうへ大声を出したり、枝などを束ねたものを振って大きな音を出しながら進む。その音や人の気配に驚いた動物は、それを避けて逃げ出すが、その先には網が待っており、獲物は網に引っかかる。女性たちは網の付近で待ち伏せをしており、網に獲物がかかると一目散に駆けつけ、獲物を取り押さえ、ナイフやマシェット(大きな山刀)で刺したり、木の棒で殴ったりして仕留める。このような狩猟が場所を移動しつつ一日に6〜10回くらいおこなわれる。狩猟がおこなわれる場所はキャンプから歩いて20〜40分とかなり近い。
稀に、女性だけでネットハンティングをおこなうことがある。その場合は当然女性が網を張り、獲物を追い込み、網にかかった獲物を捕らえる。
主な獲物は小・中型のダイカーである、ブルー・ダイカー(mboloko)、ピーターズ・ダイカー(mosome)、ベイ・ダイカー(ngbomu)である(ダイカーとは森林性のアンテロープで、日本の動物で言えばカモシカに近い)。ネットハンティングはこれらダイカー類の狩猟に適したものである。小型のブルー・ダイカーは体重3〜5kg、中型のピーターズ・ダイカーやベイ・ダイカーは15〜25kgであるが、これより大きなイノシシなどでは網を破って逃げてしまい、またこれよりも小さなげっ歯類の仲間などは網を通り抜けてしまう。
また、ダイカーの習性もネットハンティングに適している。ダイカーは夜行性である。ダイカー類にとってもっとも危険な天敵は人間を除けばヒョウであるが、それから身を隠すために昼間は森の藪などの視界の悪いところでじっとしている。森の中は草原などと違って視界が悪いため、物音が動物の存在を示す重要なサインとなるが、ダイカーは音を出さないようにして肉食獣を避けるように進化してきた。アカはこの習性を逆用している。人間が近くで少々の物音を出してもダイカーがじっとして逃げないでいる間に網を張ってしまい、その上で勢子が追い込む。さすがに近くまで人間が来るとダイカーも逃げ出すが、そのときはすでに網が張られているので捕らえられてしまうということである。
網はmo.kosaという野生のツル性の植物の繊維を撚った紐によって作られる。網を作るのはきつくはないけれども長時間の根気の要る作業が必要である。一方、狩猟自身は簡単で、やり猟のような熟練は必要ではない。だから女性でも可能である。
ネットハンティングは乾季におこなうのが望ましい。なぜなら、野生のツルの繊維を撚ってできた紐でできている網は雨に濡れると腐りやすく、強度が落ちて、切れやすくなってしまうためである。また、ネットハンティングには20人以上の多くの人が必要であり、大きなキャンプを形成しているとき、もしくは農耕民の村近くに滞在しいくつかのキャンプで共同で狩猟ができるときにおこなわれる。
アカはいくつかの種類のわな(e.sombo)を使うが、獣道に仕掛ける跳ねわなが最も一般的である。男性がわなを設置し見回る。個人でおこなう狩猟である。
跳ねわな猟のやり方は以下のとおりである。適当な枝にワイヤーなどの紐をつけ、枝をたわめて、地面に木で作った留め具で紐をとめる。紐の先は輪になっており、引っ張ると輪が小さくなるような結び方をしている。地面を軽く掘り、穴の真ん中に小枝を置き、その枝を紐の留め具とつなぐ。枯葉などを穴の上に載せて穴を隠し、その上に輪の部分を載せる。獲物が輪のところに足を踏み入れるように、そのまわりに枝を配置することもある。獲物は歩いてきて、その輪のところの穴に足を踏み入れると、穴の中心の小枝が動き、それにつながっている留め具が紐からはずれ、たわめていた枝が跳ね返る。すると、輪の部分が脚を縛り付けることになり、獲物が捕らえられる。以前はラフィアヤシの繊維やmo.kosaの繊維でできた紐が使われていたが、現在では鉄製のワイヤー(waya, kabule)が使われている。男性のほぼ半数がワイヤーを持っており、その平均は17本であった。
森のキャンプに滞在中は、わなはキャンプから歩いて10〜40分の距離のところに、多い人で30ヵ所程度作られる。見回りにかかる時間は1時間から1時間半くらいであり、一度わなを設置してしまえば、やり猟やネットハンティングに比べて短い時間しか必要はない。
わな猟では多くの種類の獲物が獲れる。ダイカーではネットハンティングで獲れるような中・小型のダイカーに加えて体重50kgを優に超えるようなイエローバックド・ダイカー(bemba)も獲れる。また、イノシシでも大きくても100kg弱のアカイノシシ(ngua)だけではなく体重200kg近くのモリオオイノシシ(mbiya)もかかることがある。たまにヒョウがかかることもある。ただし、これらの大きな獲物がかかるのは鉄製のワイヤーを使った場合で、野生の植物からできた紐では大きな獲物がかかっても切れて、逃げられてしまう。ラフィアヤシの繊維でできた紐はまだ比較的強いが(その代わりに太くて目立つ)、mo.kosaでできた紐は弱く、せいぜい中型ダイカーが獲れるくらいだろう。つまり、わな猟は鉄製のワイヤーの導入に伴ってかなり効率が上がったといえる。
この他にtobaと呼ばれるヤマアラシを専門に取るわなや樹上のリスを専門に獲るわなが存在するが、使用されるのは稀である。
現在のリンガンガ・マカオのアカの森のキャンプにおいて最も多くの肉を供給しているのがこのワイヤーを使った跳ねわな猟で、獲得される肉の重量の70%程度、頭数で39%を占めている。
わな猟は季節を問わずおこなうことが可能である。ただし、mo.kosaを紐として使っていたとするなら、雨季は雨に濡れると腐ってしまうので不適であっただろう。しかし、鉄のワイヤーを主として用いる現在では季節は関係ない。
アカは普通の弓矢ではなくクロスボー(mbano)を用いる。男性が単独でおこなう狩猟である。主な獲物は樹上のサル(kema)である。サルは樹上にいるときは安心していて人が近づいても逃げないことがある。そのようなサルを射る。アカはツル植物の根からとった毒を矢に塗って用いている。この毒矢に当たると、サルは毒がまわるにつれて次第に体が痺れてきて、最終的には木から落ちてしまう。それをやりなどで仕留める。また、木の実で作った笛を使い、サルの鳴き声にまねた音を出し、サルを呼び寄せて矢を射ることもある。この地域のサルたちは混群(複数の主が混ざった群れ)を作ることが知られており、笛の音に誘われて同種のサルのみではなく、混群を作る異種のサルもやってくる。
85%の男性がクロスボーを持っている。しかし、この狩猟はかなりの技術が必要で、その技術の個人差は大きい。この技量のある成人男性の一部が頻繁に弓矢猟をおこなっているが、これは年長者に多く、若者はあまりやらない。現在、銃の普及とともに廃れていく傾向にあるようだ。
アカ自身は銃を所有していないが、近隣の農耕民のほとんどは散弾銃を所有している。また何人かの農耕民は大型動物を倒すためのライフルも所有している。銃猟には二種類ある。農耕民がアカに散弾銃と散弾を渡して日帰りの狩猟にいかせる場合と、農耕民とともにアカが数名森に数週間入り、ライフルを用いて大型動物を倒しにいく場合である。ただし、銃猟はアカのみで森で狩猟採集をおこなっている場合にはほとんどおこなわれないため、農耕民との関係について記述するところで詳しく述べたい。
アカは陸ガメ(kudu)を見つけると手で捕まえる。動きが鈍いので発見さえすれば捕まえられる。陸ガメはそのまま焚き火の上にのせて焼き、甲羅がもろくなったところを斧などで割って、肉や内臓などを取り出す。肉は硬いが、煮込むといい味が出る。川でワニを発見するとやりやマシェットで殺す。トカゲなども同様である。
アカはアフリカミツバチ(nzoi, Apis mellifica adansonii)と7種類以上のハリナシバチ(Trigoninae)の蜜を集める。アフリカミツバチのハチミツ(boi)の味は日本で食べるハチミツとほぼ同じで非常に甘い。ハリナシバチのハチミツは種ごとに違いはあるが、ミツバチのハチミツに比べて粘度が低く、味は甘みが少し少なく独特の香りがある。ミツバチのハチミツを食べるときは蜜蝋ごと食べることもある。また、花粉やハチの卵、子なども食べる。
ハチミツ採集は男性の仕事であるとされる。ただし、ハチミツ採集のための道具を現場で作るときには女性も手伝うことがある。数人で協力しておこなう場合もあれば、単独でおこなうこともある。
彼らは養蜂をしているのではないので、ハチミツ採集は蜂の巣の探索から始まる。彼らはハチミツの季節になると、上の方を見ながら森を歩くことが多くなる。女性もそうだが、特に男性に顕著に見られる。ハチは木の空(うろ・中空になった部分)にハチの巣を作る。空の部分は少し膨らんでいたり、変形していることが多くそれを目当てに探す。そこにハチがいるかどうかは目と耳で確認する。ハチが空のまわりを飛んでいるかどうかや木に耳を当てて音を聞いたりする。また、ハチの巣の近くにあるアリの巣には、アリがハチを食べた死骸のかけらが残っていることが多く、そのようなアリの巣を見つけたらその近くにハチの巣が必ずあるはずなので念入りに探す。
ハチの巣が見つかると次は採集である。採集方法は二つある。一つはハチの巣のある木を斧で切り倒して、地上で巣を切り開いて、中からハチミツを取り出すものである。もう一つは、木に登り、樹上で斧を使いハチの巣を切り開き、蜂蜜を取り出し容器に入れて地上におろすやり方である。木に登るときは、ツルで木の幹を通した輪を作り、輪の一方を幹に、もう一方を腰の部分に当てて、その輪を上方に動かしながら木を登っていく。どちらの方法を使うかは、木の登りやすさと木の太さおよび堅さの兼ね合いで決まる。アカはハチミツが肉と並んで大好物で、大木を3、4時間かけて切り倒してハチミツを手に入れることもある。
特にミツバチの巣からハチミツを取り出す場合、ハチに刺されないようにハチの巣の中に木の燃えさしを入れて、煙でいぶして、ハチを殺して追い払う。しかし、これですべてのミツバチが追い払われるわけではなく、実際にはハチの巣に突っ込んだ手などは何ヶ所かハチに刺される。ただし、彼らはハチに刺されるのに慣れているので、あまり気にしない。彼らが恐れるのは目を刺されることで、それを避けるために目の周りに煤を塗りつけておく。
木の上で採集したミツバチのハチの巣を地面に下ろすためにはpendiと呼ばれる、野生のツルと樹皮、葉で作った容器がその場で作られる。また、粘性の低いハリナシバチの蜜を入れるためにmo.kobeと呼ばれるbemba (Gilbertiodendron dewevrei)の樹皮でできた容器が用いられる。
ハチミツ採集は非常に体力の要る仕事である。斧で木を切る作業はかなりの重労働であり、また木に登る作業は身軽さも要求される。そのため、ハチミツ採集は10代後半から20代半ばまでの男性がもっとも盛んにおこなっている。ハチミツの季節には男性一日一人当たり3-4kg程度のハチミツを採集する。この時期は総カロリーの3分の1程度をハチミツによってとっている。
ハチミツの季節はハチが蜜を集める季節、つまり花が咲く季節である。この地域では雨季の前半の6月頃が最盛期である。この時期を中心にミツバチの活動が盛んになり、ハチの巣にたくさんの蜜がたまる。ただし、年によってとれる量は大きく異なり、ハチミツの当たり年には雨季後半の10月まで採集されることもあるが、はずれ年にはほとんど採集されず、採集したとしてもハチの巣に蜜はほんのわずかしかない。
ハチの巣の数ではハリナシバチの巣のほうが多い。ただし、一つのハチの巣から採れるハチミツの量はミツバチのほうが圧倒的に多い。そのため、アカはミツバチとハリナシバチの両方を採集できるとしたら、ミツバチの採集を優先する。さらに、ハリナシバチの中でも彼らが採集するのはkomaと呼ばれる大型のハリナシバチの蜜がほとんどを占める。季節的な変動はハリナシバチよりもミツバチのほうが大きいのかもしれない。実際、ハチミツの最盛期ではミツバチの蜜を主に採集し、雨季の終わりや乾季ではハリナシバチの蜜を採集することが多い。
ここで言うイモムシは蝶や蛾(チョウ目)の幼虫である。調査地では6種類のイモムシが観察された。直接見ることはできなかったが、さらに数種類のイモムシが食用とされている。
イモムシは、種類ごとに特定の木の樹冠部でその葉を食べて成長し何回か脱皮を繰り返す。その過程ではイモムシの形態は変化する。イモムシはさなぎになる直前に地上に落下してくる(這い降りるのではなく、樹冠から自由落下する)。その後、地中に潜るか、木の葉の裏に繭を作り、さなぎになる。その後、成虫になり、また種類ごとに特定の木に卵を産みつける。イモムシはこのようなサイクルを毎年繰り返している。
アカはさなぎになる直前に地上に落下したイモムシ、もしくは木の葉の裏に作った繭を採集する。地上に落下する時期は雨季の後半であるが、イモムシの種ごとに少しずつ異なる。例えばboyoという木(Entandrophragma cylindricum)につくboyoと呼ばれるイモムシは8月中頃に採集され、gbadoという木(Triplochiton scleroxylon)につくmo.ndosiというイモムシは10月中頃に採集される。
イモムシは男女両方がおこなうが、男性がおこなう場合は大量に採集して農耕民との交換を目的とする場合が多く、女性は自分たちで食べるためと交換の両方を目的として採集する。イモムシの採集は非常に簡単である。あるイモムシの季節になると、そのイモムシが付いている木に出かける。毎年のことなので彼らはその木がどこにあるかよく知っている。何本かの木をまわることもあれば、一本の木で留まり採集することもある。一本の木で採集する場合には、まず着いた当初に木のまわりを探して採集した後、小一時間程度待って再び採集する。待っている間は複数で出かけている場合はのんびりとおしゃべりをしながら過ごす。大量に採集できるboyoの場合は、待っているときに「ポトッ、ポトッ」という音がして、上からたくさん落ちてきていることがわかる。一日で大きな鍋一杯程度採集することもある。イモムシの活動は日が出てからしばらくした後の午前中に盛んであるので、採集は朝出かけて午前中で終了する。
e.kesoという種類は落下後、近くの潅木の葉の裏で一匹ずつさなぎになる。イモムシに加えてこのさなぎも採集して食べる。また、mo.ndosiは落下後に集団で繭を作るので、その繭ごと大量に採集する。Mo.kulupaという種類は落下したものを採集するほかに、樹上でさなぎになるまでにまだ何回か脱皮を必要とする段階で採集する場合があり、この段階のものをbetaと呼んで区別している。Betaは一ヶ所に大量に集まっているので、木に登ってそれを一網打尽に採集する。さなぎになる直前のイモムシはお腹の中に緑色をした未消化の葉はないが、betaにはそれがたくさんあり、苦いためそれを取り除いてから料理する。
Boyoやe.kesoといった種は体に棘を持っており、そのまま食べることはできない(この棘は運動能力の低いイモムシの外敵から身を守る手段である)。これを取り除くために、イモムシを多数串刺しにして、焚き火で焼く。棘を取り除くほかにイモムシが香ばしくよりおいしくなる。
Mo.ndosiは細かい毛がたくさん生えている。これをそのまま食べると、のどがイガイガして不快であるので、これも、鍋におき(薪が燃えて炭のようになったもの)といっしょに入れて振り混ぜ、毛焼きをする。この毛焼きをした状態のものはまるで「かっぱえびせん」のようである。これも香ばしくなりおいしい。
一年に一度、シロアリの幼虫が最後の脱皮の後、羽のついたシロアリに変態する。このとき、一度に大量の羽アリがシロアリ塚から飛び立つ。これは結婚飛行と呼ばれ、配偶相手を見つけてそのカップルで新しいシロアリ塚を作っていく。アカの女性と子供は飛んでいたり、地面を大量にはっている羽アリを手掴みで捕まえる。これは脂肪分に富んでいて、炒って食べると美味である。
枯れたヤシの木やngombe(Celtis spp.)の幹のなかにはたくさんの甲虫の幼虫が生息している。姿かたちはカブトムシの幼虫を想像してもらえばよいだろう。斧などで幹を割りこの幼虫を取り出す。これも脂肪分に富んでいて、おいしいらしい。
アフリカマイマイ(カタツムリbembe)も見つけると採集する。雨が降った後に多く見つかる。
食用植物の採集は主に女性の仕事である。ただし、男性にその能力がないわけではない。男性でもキャンプに戻る途中でイモやキノコなどを見つけると採集して持って帰るのが普通である。
アカは10種類程度の食用の野生のヤム(Dioscorea spp.)を知っている。ヤムは日本で言えばヤマノイモ(自然薯)に近い。アカの利用するヤムはヤマノイモほどではないが粘り気がある。これに加えて、同じようにイモをつけるmo.la(Dioscoreophyllum cumminsii)も食用としている。
これらのイモをつける植物はすべてツル性の植物である。なぜこれらのツル性の植物がイモをつけるのかを説明しよう。イモには一年生植物もしくは二年生植物のものと、多年生植物のものがある。一年生および二年生と言っても、一年もしくは二年で完全に枯れてしまうわけではなく、ツルが枯れるだけでイモは残る。これらには明確な季節性があり、乾季になるとツルを枯らし、雨季の初めに一気にツルをのばす。熱帯雨林はだいたい樹冠が閉じており、地上部は暗い。十分な光を浴びて光合成をするためには樹冠まで達してそこで葉を広げる必要がある。雨季の初めにツルを一気に伸ばして樹冠まで達するためにイモに貯められた栄養が使われるのである。そのため、雨季の初めにはイモが小さくなって食用には適さない。ツルが樹冠に達して光合成をおこなうようになると、そこで得たエネルギーをイモに貯め始める。そのため、雨季の後半から乾季に大きなイモをつける。多年生のものは森の中で倒木などによってギャップ(樹冠が開けた場所)が生じたとき、それに合わせて一気に成長していくという性質を持っており、やはりこの成長のためにイモに貯めた栄養を使う。多年生のものは一年中イモをつけている。このように、イモをもつツル性の植物は成長に十分な光が必要であり、アカの地域では森の中にも存在するが、森と草原の境界に多く存在する。
イモの採集はまずツルの発見から始まる。アカは枯れたものであってもイモのツルを見分けることができる。一年生、二年生のイモでツルが枯れるのは乾季であるが、この時季にイモは最も大きくなるので、彼らは枯れたツルでも見分ける能力は重要で、たとえ、つるが途中で枯れて切れていたとしても、そのもとの部分を探し出し、イモを採集することもよくある。
イモの採集には通常はマシェットや掘り棒(mo.fana)を用いる。E.kule(D. mangenotiana)はもっとも大きなイモをつけるが、その基部は動物の食害からイモを保護するために巨大化、木質化している。このようなイモを掘り出すためには道具が必要である。E.suma(D. semperflorens)は、細くて長いイモをつける(直径3cm程度、長さは3m以上になることも)。E.sumaを採集するためにはjoと呼ばれる道具が用いられる。およそ、4.5mの柄の片側を4つに割り、その間に板を入れて円錐状にし(円錐の直径は20cm、高さは50cmくらい)、ツルの紐で縛って固定する。Joをe.sumaのイモが伸びているところに突き刺し、円錐状の部分にイモと土がいっしょに入り、それを地上に引き上げて、円錐状の部分をたたいて中のイモと土を取り出す。これを繰り返して、地中深くまで掘り進んでいく。この道具を作るのは少し手間がかかり、また重くて長いので持ち運びには不便であるが、e.sumaは一ヶ所に集中的に生えているので、道具を長い距離にわたって移動させる必要はなく、このような道具を使った採集でも効率的である。そのため、joを使ってe.sumaを採集したときには、一度に5kg以上採集する場合がある(他のイモではこういうことは起きない)。
イモの採集はイモの季節性と採集の効率にあわせて変化する。乾季や雨季の後半は一年生のe.sumaや二年生のe.kuleの利用が多く、雨季の中盤はmo.laの利用が多くなる。Mo.laはヤムではなくその季節性がヤムと異なると思われる。Mo.laはヤムに比べて比較的小さいので、多分、明るいところですばやく成長してイモをつけ、雨季の中盤でも採集が可能なのであろう。多年生のヤムは他のイモがあるときには集中して採集することはない。ただし、発見が容易であるので少女たちが遊び半分で採集してくる場合にこの多年生のヤムが多く見られる。
イモの採集は主として女性がおこなうが、男性もキャンプへの帰り道で見つけたときに採集することもある。また、e.sumaをjoで掘り出す作業は夫婦で協力しておこなうことも見られた。
ヤムにはムカゴ(葉の付け根に生じる小さな塊で日本のヤマノイモなどにもできる)ができるが、その中に食用となるものがある。ただし、実際に採集する量は非常に少ない。
アカは主として2種の野生植物の葉を食用のために採集する。Koko(Gnetum bucholzianum)とe.kali(Gnetum africanum)である。この二種は同属で非常によく似ており、利用法も同じで、細かく刻んで煮込み料理に入れる。重要なたんぱく質源の一つである。女性が主として採集する。これらはツル性の植物で、kokoは森の中で見られ、e.kaliはより明るい森と草原の境界やギャップなどで多く見られる。季節性はなく、一年を通して利用される。
その他に数種の葉が食べられることをアカは知っているが、実際には採集することはない。
フルーツの果肉は、植物が動物に食べてもらうために作ったものである。つまり、動物がフルーツを丸ごと食べ、果肉部分を栄養とし、種子は糞とともに排出される。これによって、種子は木の根元だけでなく広い範囲に散布され、もしそこの環境条件が良ければ芽を出して成長することができる。植物には風で種子を散布するものもあるが、その場合、重い種子は不可能である。つまり、風で散布する場合はわずかな栄養しか持たない種子になってしまう。その代わり、たくさんの種子を散布する。それに比べて、動物に散布してもらう場合はより大きく栄養分の多い種子を散布することができる。この場合、発芽してある程度まで自分自身の栄養で大きくなることが可能であるので、成長の可能性は高くなる。このようにフルーツの果肉は動物との共生関係に基づいている。
アカは採集したその場で食べるが、余った場合はキャンプに持って帰り主として子供たちや若者に分ける。大人はフルーツには余り執着しないようである。
アカは多くの種類のフルーツを生で食べる。その場合、種の部分もいっしょに飲み込むことが多い。ただし、私はなかなかそれができない。野生のフルーツは種もいっしょに飲み込んでもらうために果肉の部分と種の部分がなかなかくっついて離れない(栽培化されたフルーツは簡単に種と果肉を分離できる方向に品種改良されているようだ)。私は惜しいと思いつつ果肉の一部付いた種を吐き出すことになる。植物にとってこれは失敗である。
フルーツの季節は雨季の後半である。この時季にはma.fondoと呼ばれるキョウチクトウ科のツル性の植物の実(何種類かある)が大量に採集される。このフルーツは高いところにあるので身軽な少年がツルなどをつたって登り、上で好きなだけ食べるとともに、下で待つ人たちにフルーツまたはツルごと切り落として、たくさんのフルーツを採ってあげる。下では、特に少女たちが上から落ちてくるフルーツにキャッキャ言いながら拾い集めて食べる。Ma.fondoは甘みもあるがとても酸味が強い。多分かなり酸性が強く、これを大量に食べた後は歯の表面がざらざらになる。多分少し溶けているのだろう。癖になる味である。このツルも明るいところ、特に森と草原の境界で大量に見られた。
同じく雨季の後半に良く食べられるものとして、mo.be(Annonidium manii)がある。これは木の幹に直接大きな実をつける。味は、ちょっと違うと言われるかもしれないが、熟したマンゴーのようである。
その他にもいくつかフルーツは存在するが、それらはそれらを目的に採集に出かけると言うよりも、たまたま見つけたときに採集してその場で食べると言うものである。また、フルーツ全体として言えることであるが、フルーツは肉やイモ、ナッツに比べるとカロリーやタンパク質がかなり少なく、重要な食料源ではない(ビタミンなどで重要と考えるかもしれないが、乾季など果実がない季節に果実を全く食べなくともなんともない)。子供たちの嗜好品的な食べ物と言えるだろう。
種子は植物にとって次世代を生み出す大事なものである。フルーツの構造としては、果肉の中に小さな種が多数あるイチゴのようなものと、クルミのように果肉の中に堅い殻で覆われた大きな種子が入っているものが存在する。前者の場合は、種の数が多くかつ小さいので少なくとも一部の種はかみ砕かれずに糞とともに排出される。一方、後者の場合は、殻によって中の種子が食べられないように保護しており、殻ごと糞とともに排出される。この種子は栄養を多く含んでいるので、大きな芽を出すことができ、小さな種のものよりも生存の可能性が高くなる。人間は道具を使って殻を割ることによって、他の動物には利用できない植物性脂肪の塊で高カロリーである種子を利用できる。これがナッツである。果肉を食べるのは植物と動物の共生関係といえるだろうが、人間がナッツを食べるのは人間が一方的に利益を得て、植物は大事な繁殖のための種子を食べられて被害を被っていると言える。熱帯雨林で人間以外にこれらのナッツを食べることができるのはゾウだけであろう。
ナッツの採集は実を落とした木の下で実を集め、堅い殻を割り、キャンプに持ち帰る。殻を割る仕事は私にとっては難しいが、アカは慣れたものでみんな簡単に割る。堅い殻であるが、割れやすい部分があり、そこを地面に立てたマシェットに当てて、上から棒でたたく。これは女性の仕事である。キャンプを設置した当初は木を探す必要があるかもしれないが、木はすぐに見つかり、その木がどこにあるかは、みんなで情報を共有しているので、採集の手間さえきちんとかければそれに応じた量のナッツを獲得できる。 アカは多くの種類のナッツを採集する。その中で最も重要なのはmo.payo(Irvingia gabonensis)である。少し真ん中が膨らんだ楕円形の殻を割ると、茶色い皮で覆われた種子が現れる。この皮をむくと後に双葉になるはずだった白い子房が二枚ある。これは植物性脂肪の塊で、非常に高カロリーである。皮にも一部白い脂肪が付いており、それは採集現場でそのまま食べる。一方、子房の部分は必ずキャンプに持って帰り、そのまま食べることはない。これは煮込み料理の調味用の油として使われる。女性はこのナッツを炒り、焦げてきたらそれを臼に入れてつき、つぶしたものを煮込み料理に入れる。高カロリーであると同時に、炒ったナッツの独特の香ばしい香りが煮込み料理に加わり、味にアクセントが付けられる。このナッツが大量に採集される時季には、炒ってついたナッツを型に入れて塊にする。この油の塊はアカの保存食になるとともに、農耕民と交換されて鍋や服などを手に入れる(詳しくは農耕民との関係のところで)。同じ属のmo.kombeli(Irvingia robur)、mo.bolu(I. wombulu)も同じように利用されるがpayoに比べて木が非常に少ない。
Payoが実をつけるのは季節性があると思われるが、私の調査期間中はそれがはっきりしなかった。ちなみに隣国のカメルーンでは7、8、9月頃を中心に実を落とすようであり、コンゴでも多分それほど変わらないはずである。しかし、アカは11月から翌年の10月まで大量に採集を続けたのである。Payoの実は地上に落ちた後、動物にすべて食べられてしまうことはなく、果肉の部分が腐った状態で、大量に木のまわりに残っている。これでも、殻の中のナッツは十分食用となる。また、木ごとに実を落とす時期がずれているようである。ただし、payoには当たり年とはずれ年がある。二年目の11月には採集量はかなり少なくなったが、これはその年になった実が少なく、11月までに地上に落ちているものをとりつくしてしまったと思われる。
Payoのナッツがないときにその代用とされるのはmo.kana(Panda oleosa)である。これは堅い殻の中に3つの小さめのナッツが入っている。これを取り出し、炒って、つき、煮込み料理に入れる。ただし、保存することはない。この木はpayoに比べて本数がかなり多く、ほぼ常に採集できるようである。
その他にma.tokodi(Chytranthus sp.)やfusa(Treculia africana)の種を食べる。Ma.tokodiは実の中に栗くらいの大きさの種が数個入っており、煮て食べる。味も栗のようでとてもおいしい。Fusaは巨大な実をつけ、その果肉部を人は食べないが、その果肉の中にピーナッツくらいの大きさの種が多数入っている。これは炒って食べるが、味も何となくピーナッツに似ている。これらは雨季の後半に採集される。
樹液の利用で最も重要なのはヤシ酒である。二種のラフィア・ヤシ(Raphia spp.)とアブラヤシの樹液はほっておくと勝手に発酵してヤシ酒になる。川沿いに純林を作っているラフィア・ヤシ(mo.sende)は主として農耕民が利用する。アカは村で農耕民から労働の報酬などとしてこれを飲ませてもらう。内陸部にあるラフィア・ヤシ(uondo)はアカが利用するが、本数は少なく利用は稀である。アブラヤシはもともと野生の植物ではないが、放棄された村や畑の跡に残っている。アカはこれを切り倒して、幹から葉柄が出るあたりをくりぬく。しばらくすると樹液がたまり、発酵し始める。それを一日何回か見回る。その場で飲むこともあれば、キャンプに持ち帰ってみんなで飲むこともある。ヤシ酒は甘さと独特のフルーティな味が魅力である。ラフィア・ヤシの酒よりもアブラヤシの酒のほうがより甘い。私は村にいるときに農耕民からmo.sendeの酒(農耕民はpekeと呼ぶ)もらい、ほぼ毎晩飲んでいた。これを飲むためだけにでも、もう一度この地に行きたいくらいである。
ヤシ酒は農耕民の村近くに滞在しているときだけ飲むことができる。アカもこのお酒が大好きで、森から村に帰るのはこの酒とタバコに対する欲求が重要な部分を占めていると思われる。
アカは多くの種類のキノコ(bo.kombo)を食べる。細かく刻んで他の食材とともに煮込む。女性が主として採集するが、男性も見つけたときには採集する。特定のキノコが大発生してその料理ばかり食べるということがたまにある。味は良いが、栄養的にはあまり重要ではない。
アカは漁撈活動もおこなう。漁法は魚毒漁と掻い出し漁である。ただし、集団によってその頻度はかなり異なる。モタバ川の中流域のアカでは農耕民が盛んに漁撈活動をおこなっており、その手伝いとしてアカも漁撈活動に参加している。また、カメルーンのバカ・ピグミーでは女性が乾季に頻繁に掻い出し漁をおこなっており、タンパク質源としての重要性に加えて集団でおこなう漁の楽しさも重要な要素である。しかし、リンガンガ・マカオのアカはあまり漁撈活動をおこなわない。
魚毒漁は男女が混ざった十数人もしくはそれ以上でおこなわれ、子供も参加する。魚毒に使われるのはmo.lonju(Brenania brieyi)とtoko(Ericoelum macrocarpum)の実である。女性がマシェットでその実をつぶし、男性がそれを小川に撒く。動きが鈍くなった魚を全員がマシェットなどで叩いて捕まえる。 掻い出し漁では小川や水溜りの一部を土手で囲み、そこから水を掻い出して、魚やエビ、カニを捕まえる。主として女性が単独もしくは集団でおこなうが、男性も参加して大量の漁獲を得ようとする場合も稀にある。一度、モタバ川の南岸で男性も参加した大規模な掻い出し漁を観察した。普段、掻い出し漁では小魚しかとれないが、そのときは数十cmの魚が大量にとれ、計量するのが大変だった。
近年、農耕民の間ではナイロン性の網や釣り糸、金属の釣り針などの工業製品が流入しつつあり、それらの道具を用いた漁撈もおこなわれるようになってきた。ただし、アカにはそのような道具は入っていない。
現在、リンガンガ・マカオのアカはほとんど彼ら自身の畑を持っておらず、ようやく、数家族が始めたに過ぎない。モタバ川中流域やイベンガ川流域では多くのアカが農耕をおこなっている。これは農耕民との関係が影響を与えていると考えられるが、これについては別のところで詳しく述べたい。
ただし、ほとんどのアカは農耕民の畑で農耕の手伝いをしている。この手伝いの見返りとして、農作物をもらうこともある。村近くのキャンプに滞在中は、農耕民の畑でとれる農作物が中心の食生活になる。キャッサバのイモは最も重要なカロリー源である。また、キャッサバの葉(jabuka)はタンパク質源として重要である。村近辺の放棄された畑に自生するアブラヤシも重要なカロリー源であり、多くの煮込み料理に調味油として入れられる。農耕民の農作業の手伝いなどの農耕民との関係は別のところで詳しく述べたい。
アカの食事は日本のように一日3食と決まっているわけではない。ほぼ確実にとるのは夕食だけであり、朝はもし夕食の残りがあればそれを温めなおして食べるが、なければそのまま出かける。昼にわざわざ料理することは少ない。昼の食事は採集現場でハチミツやフルーツを食べたり、キャンプで採集したイモを簡単に焼いたりといった場合が多い。
アカにとって最も重要な夕食では、シチュー、つまり煮込み料理が作られる。この煮込み料理は基本的に4つの食材から構成される。1つ目はイモで、各種のヤムとmo.laである。2つ目は動物性の食物で、狩猟でとった肉、イモムシ、魚などである。3つ目は葉、野生のkoko(もしくはe.kali)の葉かキャッサバの葉である。4つ目は調味油で、payoの油(ごく稀に他の種類のナッツの油)かアブラヤシの油である。 イモのグループでは、複数のイモを混ぜていっしょに煮込むこともある。ただし、農作物のキャッサバのイモは他のものといっしょに煮込むことはなく、単独で調理される。
しかし、その他の3つの食材のグループでは、一つの鍋に同じグループの食材が入れられることはない。つまり、肉とイモムシがいっしょに煮込まれたり、payoの油とアブラヤシの油がいっしょに調味油として用いられることはない。
ただし、いつもこれら4つのグループの食材がそろうわけではない。動物性の食材がない場合もあれば、葉がない場合、油がない場合などもある。ない場合は当然あるものだけで調理するしかない。また、昼に簡単に料理するときには、イモだけを煮て食べることもある。
この他にあれば入れられるものとして、キノコがある。キノコは動物性の食物とも葉とも共存できる。
一般的な傾向として、調味料油では、森に滞在中はpayoの油、農耕民の村近くに滞在中はアブラヤシの油、葉では森でkoko、村でキャッサバの葉、イモでは森で野生のヤム、村でキャッサバを食べることが多い。また、肉は森に滞在中のほうが圧倒的に食べる機会に恵まれる。当然ではあるが、森では野生動植物中心の生活、村では農作物中心の生活となる。
森と村の食材を栄養の面から比較すると、森では肉などの動物性タンパク質が豊富に得られる一方で、ハチミツのシーズンを除きカロリー源が不足がちになる。村では、動物はあまり獲れず、タンパク質はイモムシの季節にはイモムシがあるがそれ以外の季節はキャッサバの葉くらいしかない。その一方、キャッサバは豊富にあるのでカロリー源に困ることはない。
調味料として使われているのは、塩とトウガラシである。塩は農耕民から農作業などの見返りや野生動植物との交換で手に入れる。しかし、その量はわずかで、数日でなくなってしまい、常に不足気味である。トウガラシは農耕民の畑にあるのを勝手に採ってくる。森に滞在中はこの二つの調味料を使うことは稀である。私が初めて森で肉を煮込んだ料理を分けてもらったとき、その料理は見た目に非常においしそうだったのだが、塩が全く入っておらず、私にはとても食べられるものではなかった。多分、このとき生まれてはじめてまったく塩を使っていない肉の料理を食べたと思う。料理における塩の重要性を実感するとともに、彼らが塩なしで食べていることに驚いた。ただし、彼らは非常に塩が好きで、あればどんどん入れるし、また私がお土産として塩をプレゼントするととても喜んでくれる。とにかく、塩なしでも生活ができるということはすごい。ちなみに、彼らがかく汗と私がかく汗では含まれる塩分がかなり違うようである。ハチミツのシーズンつまりミツバチが活発に活動する季節に、私が汗をかいて森のキャンプに到着すると、なぜか私と私のアシスタントの体にだけミツバチが大量に群がる。多分、汗の中の塩分そして/もしくは体の油分を舐めにきていると思われる。このため、私は何回もミツバチに刺された(途中から刺されるのにも慣れたが)。
アカの生業活動の特徴として男女の分業が存在することがあげられる。男性が狩猟(ネットハンティングは除く)とハチミツ採集、女性は植物性食物の採集である。ネットハンティングは女性もおこなうが、その中で男性と女性でおこなう作業が分かれている。また、植物性食物の採集でも木に登ってフルーツを採集するのは男性特に少年の仕事である。また、調理、水汲み、薪集め、小屋作りは女性の仕事である。キャンプの移動のときかごいっぱいの荷物を運ぶのも女性で、男性は女性の代わりに子供を肩車して行くくらいで大した荷物は持たない。
ほぼすべての狩猟採集民において男女の分業が存在することが知られている。そして、その分業の形態は、自然環境によっておこなえる生業の違いから多少の差異はあるものの、だいたい男性が狩猟、女性が植物採集となっている。
ただし、狩猟採集民の男女の分業の厳密さは民族によって異なっている。あるグループでは男性の道具であるやりに触れることさえ禁じている。一方、アカの男女の分業はそのような異性の活動を禁止するものではなく、主としてどちらがやるかということだけである。男性がキャンプに戻るとき植物採集や薪を持って帰ることは頻繁にある。女性だけでネットハンティングに行くこともある。あるとき、男性が泊りがけの集団やり猟に出かけていたとき、ある女性がキャンプ近くをイノシシが通っていくのを発見した。その女性は急いでキャンプに戻り、他の女性に声をかけて、何人かの女性でやりやマシェットを持ってイノシシを追いかけていった。結局、その狩猟は成功しなかったが、女性であってもチャンスがあれば狩猟をすることもあるのである。別のアカの研究者はアカは狩猟採集民の中でももっとも男女の分業に融通の聞く人たちではないかと、American Anthropologistという文化人類学でもっとも有名な雑誌に載った論文で述べている。詳しくは第八章で述べる。
もう一つの特徴に、多様な動植物資源の利用があげられる。アカはその時点の自然の状況に合わせて狩猟採集活動をおこなう。つまり、その時季に最もたくさんある資源を最もたくさんある場所に行って利用する。ハチミツやイモムシ、フルーツのように野生動植物資源には季節性があり、また、狩猟法によっては適した季節、適しない季節がある。言ってみれば、アカには日本人にとっての米のような一年を通した主食は存在しない。ハチミツの季節にはハチミツを食べ、イモの季節にはイモを食べ、ナッツもまた然りである。このような変化に柔軟に対応していくというのが彼らのやり方である。この点について次に詳しく分析していく。
参考文献 Kitanishi, K. 1995. Seasonal changes in the subsistence activities and food intake of the Aka hunter-gatherers in northeastern Congo. African Study Monographs, 16 (2): 73-118.