トピックス1b:カナダにおける検死制度

藤宮龍也: カナダにおける検死制度−特にブリティシュ・コロンビア州のコロナー制度について−.  法医学の実際と研究 37: 417-422, 1994.      より、引用(一部改変)。


はじめに

 日本における検死制度は西欧大陸型で、戦後に米国型の監察医制度が大都市に導入された。しかし、監察医制度は京都や福岡において行政改革の名のもとに廃止されるに至っている。検死制度は世界的には、西欧大陸型の検察・警察と深いつながりのある制度と、英国型のコロナー制度、米国型の監察医制度に三分される。日本の刑法がドイツ刑法の影響を大きく受けていることから、法医学も西欧大陸型の影響が大きい。そのため、戦後導入された監察医制度も真の米国型の監察医(Medical Examiner)制度とは幾分異なる。カナダはイギリス連邦との結びつきと隣国が米国であることから、コロナー制度と米国型監察医制度が州により混在している。そのため、コロナー制度と米国型監察医制度の相違点がよく検討されている国といえる。

カナダにおける検死制度の歴史

 カナダは連邦制をとるため、検死制度は各州により異なる。British Columbia, New Brunswick, Ontario, Prince Edward Island, Quebec, Saskatchewan, Yukon Territory, Northwest Territory の各州・準州は、コロナー制度をとっている。一方、1963年にNova Scotia、1971年にManitoba、1977年には  Albertaの3州が米国型の監察医制度に移行した。この監察医制度の採用の流れと、英国での 1953年の Coroners Rules や 1971年のBrodrick Report といったコロナー制度の現代的改革の流れとが重なり、ブリティシュ・コロンビア州やオンタリオ州などではコロナー制度の見直しが行われた。その結果、英国のものと異なった独自のコロナー制度へと変化してきた。カナダはコモン・ローを基礎としているが、刑法は連邦で制定されており、この刑事訴訟手続と各州における検死制度との関係が憲法問題として議論された4)。検死制度が州によって大きく異なっており、捜査機関たる警察との関係が不明瞭であることも一因であった。その結果、各州の検死制度は事実としての死因を調べるものであり、死因と被疑者との関係を調べるものではないとされた。このことは、コロナーや監察医の伝統的役割である犯罪捜査や刑事訴訟手続を支える機能を否定するものではない。それ以上に現代では、コロナー制度や監察医制度は直接的にも間接的にも犯罪捜査や刑事訴訟に大きく貢献するようになっている。しかし、現代の検死制度においては、刑事関係の機能が一義的なものではなく、市民や地域社会への貢献がより重要となっている。この検死制度の見直しによる変化は大きく、米国における検死制度と異なるようになった。カナダにおけるコロナー制度は世界における最も進歩的な検死制度の一つと考えられる。

ブリティシュ・コロンビア州におけるコロナー制度

 コロナー制度の歴史は古く、英国では、文献上、1194年にまで遡ることができる3)。コロナー制度は単独では存在し得ず、検死陪審(Inquest) 制度と深く結びついている。法医解剖が制度として行われるようになったのは英国で1836年頃からで、それ以後、法医学者が検死陪審に出て剖検報告を行うようになった。ブリティシュ・コロンビア州を例にとると5)、コロナーの使命は二つあり、@公的記録のために行う、すべての突然死および不自然死に関する事実の解明、A突然死ないし不自然死に至った同一状況から起こりえる死亡の再発予防を行うことにある。 

 Purpose of BC coroners service.

To clarify the facts of all unexpected and unnatural death for the Public Record.  
To prevent future loss of life in circumstances similar to those where persons have unexpectedly or by unnatural causes come to their death.

 コロナーは州法務長官により任命され、警察とは異なる。これは、コロナーは公民(Public)の代表であり、行政府から独立したものという考え方からきている。しかし、実状は職種の特殊性から、警察から転出した人がコロナーに任命される場合が多い。一方、オンタリオ州では主任コロナーは医師でなければならない。コロナーの職歴については議論がある。死因の決定という面からは医師が最良であろうが、コロナーの第二目的である同一性状の死の再発予防のためには医学的知識だけでなく、法律や社会制度・犯罪学など広い知識と経験が必要であり、必ずしも医師でなくてもよいとの意見がある。実際、BC州では特に職歴の規定は設けていない。医学的な死因決定に関しては、コロナーが法医学者・医師等に嘱託して協力を求め、判断を行っている。検死陪審が開かれた場合、嘱託された法医学者等が専門家証言を行い、死因の究明や再発予防に関与している。
 業務の行動目標として以下の3点を挙げている。@事実究明を行うものであり、犯罪性そのものの究明を中心に行うものではない。A地域住民のために中立の立場で業務を行うものであり、その様に見られるようにしなければならない。B第一に死亡者並びに親戚・友人のため、第二に社会全体のため、第三に行政機関等のために業務を行う、である。このように、コロナー業務は刑事訴訟上の役割とは一線を画している。刑事犯罪については、当然、警察が独自に捜査を行う。コロナーが調べた結果については公のものであることから、検察・警察および被告側も情報を得ることが可能である。
 コロナーの業務は、4つのプログラムよりなる。@事実調査(Fact-finding program):捜査権を持ち、法医病理学者・法歯学者へ嘱託したり、中毒センター・科学捜査研究所などへ検査依頼などを行っている。 A司法部門(Judicial program):コロナーによる調査に基づく審判委員会や、コロナーにより開かれる検死陪審により事実調査の結果が審査される。B予防部門(Preventative program):同一状況における死亡の再発予防のために勧告を主任コロナーは出せる。また、関連した研究を依頼することができる。 C 管理部門(Administrative program):上記の3つの機能を果すため、事務所を管理・運営する部門である。
 コロナーの権限は大きく、検死陪審の開催の有無を決定する権限があり、また、調査・採証においても、遺体の収容・保管、検視、埋葬遺体の発掘・検査、遺体の解剖及び検査、現場の検証、鑑定の嘱託、遺体の処分などの権限がある。また、記録の保管や報告書の作成、情報の開示についても明文化されている。コロナー職権の範囲と免訴の取決めもある。以上のように、コロナーは日本の捜査権に匹敵する権限を持ち、遺体の解剖を行うことを決定でき、いろいろな検査の嘱託を行える。
 コロナーが解剖を指示すべき状況としては、全ての外傷死、刑務所内での死亡、犯罪死、交通事故死、工場内での死など労災関係の死亡、農場労働者の死亡、突然死ないし不自然死、死亡前の医療の受診歴が不明の場合などが明記されている。
 犯罪死体については、法務長官は検死陪審の開催中止を指示し、その後の刑事訴訟手続を行える。よって、非犯罪死体について、コロナーは死因の調査を主に行う。検死陪審は、一般市民から選出された陪審員(たいてい5人)が死因の決定と再発防止に関与するものである。この時、判事は法律的意見の提供という形で関与するが、コロナーは陪審において証拠の提出など進行役として評決に関与する。法医学者は剖検結果の報告と医学的見地からの解釈を行っている。検死陪審では時に勧告(recommendation)が出され、事故死・労災死・病死等において、会社や行政府に対して再発予防の措置を勧告するものである。刑務所内や警察が少しでも関係していて死亡した場合などの検死陪審を開くのが相当である事例において、コロナーが状況から問題がないと判断した場合、陪審員を集めずに死因決定に関係した医療関係者や証人などを集め、死因審判委員会(Inquiry)を開催出来る。
 このように、コロナーの権限は非常に大きい。上記のように、コロナーにはその多彩な機能及び検死陪審など社会システムに精通していることが要求される。そして、現代的要請として、コミュニティーから理解と協力を得る努力が払われている。検死陪審制度は、一つの社会的コンセンサスを得るシステムといえる。米国的な監察医制度は、確かに死因決定については専門家にまかせ、合理的といえるが、コミュニティーから遊離してしまう傾向がある。実際、米国型の監察医の仕事は刑事犯罪中心になっている。コロナー制度のもとでの法医病理学者は、専門家として的確な情報を与え、あくまで医学的見地から検死陪審に参加している。その努力は並大抵のものではないが、Publicity を尊重する見地から大いなる貢献を行っている。

カナダにおける監察医制度

 監察医制度をとっている所は3州と少ない。また、いずれの州も人口の少ない新興の自治体である。アルバータ州を例にとると、死因調査については、コロナー制度のものとほぼ同様の権限が監察医には与えられている。大きく異なる点は、監察医が検死陪審に関する機能を有しない点である。この点は、米国の監察医制度とほぼ同じである。死因調査の結果は主任監察医を通じて、死因調査委員会 ( Fatality Review Board)に報告される。この委員会で検死陪審を開くかどうかが検討され、その開催決定は法務長官に報告される。それに基づき、裁判官により検死陪審が開かれる。このように、検死陪審についてはコロナー制度の影響を受けている。他の2州は米国と同じシステムで、判事により死因調査が行われるが、検死陪審は開かれない。

コロナー制度と臓器移植との関係

 カナダでの臓器移植において、コロナーが扱う事例がドナーの大きな供給源となっている。そのため、ヒト組織贈与法( human tissue gift act)によって、臓器移植時のコロナーの役割が明文化されている。
 移植におけるドナー側の同意問題では、PORT(Pacific Organ Retrieval for Transplantation)と呼ばれる第3者機関、即ち、移植コオーディネーターによりドナー側の同意は得られなければならない。同意が得られた場合、ドナーの管轄地区のコロナーに臓器摘出の許可申請をPORT機関が行う。コロナーは殺人事件の被害者がドナーとなる場合には許可を与えず、移植は行われない。死因決定に支障のない場合には、コロナーは移植臓器の摘出の許可を与える。もし、死因決定に疑問がある場合には、許可を与える前に、法医病理学者にコロナーは相談しなければならない。
 死が急迫・不可避で、担当医師がコロナーに移植申請することを妥当と考え、正当な手続きにより臓器移植に関するドナー側の同意が得られている場合、コロナーは移植についての許可を与えてよい。この許可はドナーが既に死亡したものと認定するものである。ドナーが生命維持装置により長時間にわたり維持されている場合、死亡日時は医師による脳死判定が行われた時点とする。脳死体が州外に移送される場合、コロナーは法医解剖を行うため、PORT機関がその遺体の返送することの確約をとらなければならない(コロナー法は遺体が州外に出た場合その効力を失する)。摘出臓器がPORT機関により移植に不適当と判断されるようになった場合、法医解剖を担当する法医病理医にその臓器を返送しなければならない。PORT機関は当該臓器移植に関連するすべての文書・記録のコピーをコロナーに提出しなければならない。
 また、学術研究目的に臓器組織が死亡者から採取されるためには、19才以上の場合は本人の同意が口頭ないし文書で生前にあればよい。同意が不明な場合、配偶者・子供・親等の死亡者の近親者の同意が文書ないし口頭であればよい。また近親者がいない場合、死体の法的管理者の同意でよい。但し、コロナーは死体の法的管理者より除外される。コロナーが学術研究目的での資料採取を認めるためには、上記に述べた者の同意を得ることが必要条件である。
 以上のようなことがコロナーの具体的行動指針である。コロナーは殺人事件でない限り、移植に関しては理解がある。しかし、臓器摘出医は摘出手術時の法医学的所見の報告をコロナーから求められるし、臓器摘出された遺体は基本的に法医解剖され、臓器摘出時の客観性・公開性への努力がなされている。また、場合によっては、検死陪審において法医病理医ないし摘出医の専門家証言が行われている。コロナーはパブリックの一代表であり、行政機関とは一線を画している。そのため、社会的コンセンサスの形成上、重要な位置にあると云える。コロナーが英国において制度化されて以来、約八百年の歴史があり、市民社会・民主主義に根付いてきた結果が現在であり、簡単に他の国に導入できるものではない。即ち、コミュニティと呼ばれる地域社会に根付いた検死陪審制度や、公民(パブリック)という発想と地方自治体(州政府)からのコミュニティ・サービスなどの存在に裏打ちされていると云える。

日本との比較

 西洋大陸型法とコモン・ローとではあまりにも異なるため、それに関連した検死制度について比較することは難しい。しかし、いくつか気付いた点があったので、ここで指摘したい。
 まず、第一に日本には検死制度そのものについての法律が存在しないことが挙げられる。確かに、刑事訴訟法や死体解剖保存法があるが、カナダにおけるコロナー法や(監察医制度のある地域の)検死に関する法律といった体系的なものではない。警察における検視規則・死体取扱規則と監察医制度に基づいて行われている。死体解剖保存法の目的自体が、死因調査の適正を期することによって公衆衛生の向上を図るとともに、医学研究・教育に資するとなっており、死因調査の結果の社会への還元の視点が希薄である。検死制度を民主主義の原点から捉えるためにも、検死制度そのものに関する法律を作ることは重要と考える。
 第二に、BC州コロナー制度の第二目的のような同一性状の死亡の再発予防に関する機構が日本では貧弱である。陪審員制度が日本にはないため、検死陪審に難点があるとしても、死因調査の結果を行政がどのように取り上げるかの視点はない。コロナーは法務省に関係しているが、日本の司法解剖は検察・警察に、行政解剖は自治体の医務関係と結びついていて、司法とのつながりが薄い。社会的コンセンサスの意味でも検死陪審制度は非常に良い制度と感心させられた。
 第三に、現代の検死制度の問題点は民事関係の事例を如何に扱うかが重要となっている。行政解剖の枠を増やすにしても、その社会還元としての「情報の開示」に関する基準を取り決めることが将来重要となると考えられる。
 第四に、検死官にあたるコロナー及び監察医には捜査権が与えられている。死因調査の適正を期すにあたり、現場状況の把握は必須である。このことは、犯罪死体に限ったものではない。非犯罪死体でも、ある程度の捜査権は認められるべきである。ちなみに、非犯罪死体での解剖の承諾問題では、日本の監察医はコロナーのような権限が与えられている。監察医制度がない地域ではこの承諾問題と財政援助問題が解決されねばならない。日本の警察の検死官制度は犯罪死体については多くの実績があるが、非犯罪死体に関しては無力である。将来的に、検死官制度を分離独立させることも、日本的やり方の一つとも考えられる。
 第五に、臓器移植を行うにあたり、社会的コンセンサスのチェック機関として検死制度は関与すべきであり、不十分な検死制度のもとでは問題はいつまでも残ると考えられる。コロナーのようにドナー側の立場に立つのは日本では誰なのか明確でない。この際、日本の検死制度そのものを正面から捉えることが重要と考えられる。

おわりに

 バンクーバーの法医学教室やコロナー事務所を訪問中に、何度もpublicという言葉を聞いた。コロナーはpublicの代表・代弁者であるとの自負心をもっていた。何事も、公開の原則が見られた。この公民と訳される言葉の概念は広く、専門性・密室性とは反対の考え方である。この考え方なくして検死陪審などの陪審員制度は理解できないと考える。
 カナダの法医学教室には立派な解剖施設があり、中毒検査施設も刑事関係を扱う科学捜査研究所と民事関係を扱う州立の中毒センターがあるカナダの実務活動には目を見張るものがあった。カナダの法医学の実状を知ることは、日本の検死制度を考える上で一助となると考える。


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