【注釈】

(1)「共依存」という言葉を発見したと名乗る人は多いが、それを特定するのは困難である。心理学者であり、共依存分野の先導者でもあるSondra Smalleyによると、ミネソタにある幾つかの異なる治療施設で、ほぼ同時期にその言葉が使用されるようになったという。その情報からすると当時、薬物依存治療と12ステッププログラムの中心地だったミネソタにおいて発見されたと推測される。(Beattie[1989:33])

 

(2)精神医学分野において、嗜癖を病気と呼ぶことについての妥当性は、未だ解決しておらず、議論が続けられている。しかし、アルコール依存症はその犠牲者が抑制が効かなくなるという生理学上の理由から、病気として扱うというのが優勢的な見解である。(Krestan[1995:96])

 

(3)1930年代当時のアメリカでは、アルコール依存症を対象とした、公的施設がほとんどなく、アルコホリックという烙印を押された人の大部分は、精神病院か刑務所に行くことになっていた。(斎藤[1989:176])それを免れるために、Bill Wilson と Dr Robert Smith の二人は、治療者の助けを借りずに、みずからの手でアルコール依存症からの回復をめざして自助グループを組織した。

 

(4)AA設立者 Bill Wilson と Dr Robert Smith の妻である、Lois Wilson と Anne Smith が「アルコホリックと同じように、アルコホリックと一緒に生活している人間も、アルコールによって影響を受けている」という考えを基礎にして、配偶者がおかされているアルコール依存症による、その妻たちへの影響の仕方を取り扱うために設立した。多くのアルコホリックの回復に効果があったAAの12ステップに変更を加えて、自分たちの回復の指標にした。(Beattie[1989:33-34])

 

(5)AAの12ステップ(AA文書委員会訳、AA日本ゼネラルサービス・オフィス)

 1. われわれはアルコールに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた。

 2. 自分自身よりも偉大な力が、われわれを正気に戻してくれると、信じられるようになった。

 3. われわれの意志と生命を、自分で理解している神、ハイヤー・パワーの配慮にゆだねる決心をした。

 4. 探し求め、恐れることなく、生きて来たことの棚卸表を作った。

 5. 神に対し、自分自身に対し、もうひとりの人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。

 6. これらの性格上の欠点をすべて取り除くことを、神にゆだねる心の準備が完全にできた。

 7. 自分の短所を変えて下さい、と謙虚に神に求めた。

 8. われわれが傷つけたすべての人の表を作り、そのすべての人たちに埋め合わせをする気持ちになった。

 9. その人たち、また他の人びとを傷つけない限り、できるだけ直接埋め合わせをした。

10. 自分の生き方の棚卸しを実行し続け、誤った時は直ちに認めた。

11. 自分で理解している神との意識的触れ合いを深めるために、神の意志を知り、それだけを行なっていく力を、祈りと黙想によって求めた。

12. これらのステップを経た結果、霊的に目覚め、この話をアルコール中毒者に伝え、また自分のあらゆることに、この原理を実践するように努力した。

 

(6)アルコール依存症の回復において、AAが「唯一誇るべき成果をあげている」理由を理論的に思索している研究として、ベイトソンの「<自己>のサイバネティックス ― アルコール依存症の理論」(Bateson[1972=1982:443-484])は、非常に意義深いものである。

 

(7)薬物依存の分野において、Virginia Satir は「家族療法」という概念を発展させ、Vernon Johnson や Sharon Wegscheider-Cruse などは、アルコール依存症を家族の病として認識し始めた。(Schaef[1986:8-11])

 

(8)本論文で使用する「嗜癖 addiction」という用語は、強迫観念にとらわれて行なうある種の強迫行為のことで、特に主体の快体験のともなうものを指している。

 

(9)「共依存」の英語表記について、最近では "co-dependency" も一つの単語として広く認知されるようになり、"codependency" として表記されることも多い。

 

(10)代表的な定義をいくつか挙げてみる。

・共依存概念の発展と共依存治療についての第一人者である、Sharon  Wegscheider-Cruse によると、共依存は「他者あるいは他者の抱える問 題への嗜癖、あるいはその問題と関係性への嗜癖」であり、共依存者と は「愛や結婚によって嗜癖者との関係に取り込まれた人で、少なくとも アルコホリックの親や祖父母を持ち、あるいは感情障害的な家族の下で 成長している」人を指している。(Schaef[1987=1993:41])

・家族療法の分野から共依存を定義している Robert Subby は、共依存が たんにアルコホリズムと結びつけられるべきではないという立場をとっ ており、「個人的な、または個人間の問題についての直接的な議論や、 開かれた感情の表現を妨げるような抑圧的なルールによって仕込まれた、 問題解決と生き方の機能不全的なパターン」として、共依存を家族体系 に起源をもつものとしてとらえている。(Schaef[1986:19-21])

・カウンセリングの立場から共依存や12ステップ関連の本を出版してい る Melody Beattie は、「共依存者は、他の人の行為を自分自身に影響 させる人であり、また、その人の行為をコントロールすることに取りつ かれている人」であるとしながらも、共依存が病理であるという見方に 対しては慎重であり、あくまでも共依存が「反応的な過程」であること を強調している。そして「共依存は病気ではないかもしれないが、あな たを病的にさせることができる。そして共依存はあなたの周りの人を病 んだままにさせておくのを助ける」のだと述べている。        (Beattie[1987:31-39])

 

(11)原文は“ A codependent person ”であり、訳者の判断により「共依存症」と訳されているが、本論文中の「共依存」と同義である。

 

(12)Sharon Wegscheider-Cruse は、共依存の定義としてみずからが挙げた3項目( @愛や結婚によって嗜癖者との関係に取り込まれた人 Aアルコホリックの親や祖父母をもつ人 B感情障害的な家族のもとで成長している人)のいずれかに該当する人、すなわち共依存者は、アメリカの全人口の約96%を占めるという指摘をし、共依存がアメリカの大多数の人びとにおよんでいるという認識を示している。(Scheaf[1987=1993:20])この数字については正確な科学的根拠はないものの、共依存の広がりという状況を示すひとつの興味深い指摘として、多くの研究家たちによって引用されている。

 

(13)ここでの記述には、臨床家のいういわゆる「自我境界」という概念が関係してくる。共依存の人びとは、自己の始まりと終わり、他者の始まりと終わりがどこまでかまったくわからなくなっており、自己が独立した存在ということを認識できていない。それゆえ、他人の感情と自分の感情とをはっきり区別することができず、他のすべての人、すべての物は、自己によって認知された通りに行われ、関係づけられ、決定されなければならないと感じているのである。(Schaef[1987=1933:54-55])

 

(14)ワーカホリックそれ自体は過程嗜癖と呼ばれているものだが、すべての嗜癖の基盤として関係嗜癖が位置しているので、ワーカホリックの考察を通しても共依存的な人間像が見えてくる。

 

(15)落合恵美子は近代家族の分析を行ない、以下の8つの特徴によって近代家族を定義している。(1)家内領域と公共領域の分離 (2)家族成員相互の強い情緒的関係 (3)子ども中心主義 (4)男は公共領域・女は家内領域という性別分業 (5)家族の集団性の強化 (6)社交の衰退 (7)非親族の排除 (8)核家族(落合[1989:18])

 

(16)近代社会において、「何者かである」という存在論的な理由のみによって、みずからの存在についての安定感を得ることができなくなった近代的自己が、「何かをしうる者である」という価値論的な理由に求める、みずからの存在の安定感のこと。(鍋山[1996:14-15])

 

(17)「ケア」という言葉には care about「気にかける」と care for「面倒を見る」という2つの意味合いが含まれている。日本語では前者は「配慮する」、後者は「世話をする」というニュアンスに近い。しかし後者の言葉によって前者の意味合いも含めるような場合も多く、この二つの概念は非常に分かち難いものであるので、本稿では両義的に使用している。

 

(18)実際に、これまでのフェミニズムの流れのなかで、女性性=自然性を積極的に評価し、「母性」すなわち、女性の担う出産、育児、家事などの役割の価値を高めることによって、社会における女性の価値の上昇を実現しようとするエコロジカル・フェミニズムと呼ばれる動きがあった。また、このような男女の役割分業を自然で不可避のものとしたうえで、「女性的な価値を評価する」という思想を、一般にジェンダー保守主義と呼ぶ。

 

(19)発達心理学者のキャロル・ギリガンは、女性が道徳的ジレンマにさいしてどのような意志決定を下すのか、という女性の道徳観についての調査を行なった。そして、男性は道徳の問題を「何が正義にかなうか」という「正義の倫理 ethic of justice」によって、権利や規則の問題としてとらえ、一方女性は「他者のニーズにどのように応答するべきか」という「世話の倫理 ethic of care」によって、むしろ人間関係における思いやりと責任の問題としてとらえているという見方を示した。(Gilligan[1982=1986])

 

 

【文献】

Bateson, G., 1972, Step to an Ecology of Mind, Harper & Row, Publishers Inc., = 1982 佐藤良明/高橋和久訳『精神の生態学』思索社

Beattie, M., Codependent No More, Harper SF, 1989

Benjamin, Jessica, 1988, The Bonds of Love, Pantenon Books, = 1996 寺沢みづほ訳『愛の拘束』青土社

Giddens, A., 1992, The Transformation of Intimacy: Sexuality, Love, and Eroticism in Modern Societies, Stanford University Press, = 1995 松尾精文/松川昭子訳『親密性の変容 ― 近代社会におけるセクシュアリティ、愛情、エロティシズム ―』而立書房

Gilligan, Carol, 1982, In a Different Voice: Psychological Theory and Women's Development, Harvard University Press, = 1986 岩男寿美子監訳、生田久美子/並木美智子訳『もうひとつの声』川島書店

加藤篤志 1993「社会学概念としての「共依存」」『関東社会学会論集』第6号 関東社会学会

Krestan, Jo-Ann, & Claudia Bepko, 1995, Codependency: The Social Reconstruction of Female Experience, M. Babcock & C. Mckay (eds.), Challenging Codependency: Feminist Critiques, University of Tront Press.

Lodl, Karen M., 1995, A Feminist Critique of Codependency, M. Babcock & C. Mckay (eds.), Challenging Codependency: Feminist Critiques, University of Tront Press.

目黒依子 1980『女役割―性支配の分析―』垣内出版

鍋山祥子 1996『「共依存 co-dependency」の社会学的考察』中央大学大学院文学研究科修士論文

内藤和美 1991「セクシズムに関する一考察」『学苑』617号 昭和女子大学近代文化研究所

野口裕二 1996『アルコホリズムの社会学―アディクションと近代』日本評論社

落合恵美子 1989『近代家族とフェミニズム』勁草書房

斎藤学 1989『家族依存症』誠信書房

斎藤学 1995 「共依存と見えない虐待」『こころの科学』59 日本評論社

Schaef, Anne. W., 1987, When Society Become An Addict, Harper SF, = 1993 斎藤学監訳『嗜癖する社会』誠信書房

Schaef, Anne. W., 1992, Co-dependence, Harper SF

上野千鶴子 1990『家父長制と資本制』岩波書店

上野千鶴子 1985『資本制と家事労働』海鳴社