視覚的解釈学——イコノロジーを巡る諸問題——

Visual HermeneuticsProblematics around Iconology

 

奥津  聖

 

1)記述(エクフラーシス)と解釈(ヘルメーネイア)

2)例題としての『ロンドン・アレゴリー』

3)イコノロジストではないパノフスキー

 

1)記述(エクフラーシス)と解釈(ヘルメーネイア)

 

 ヤン・ビアウォストツキは、イコノロジーの系譜を辿る一節において「解釈

的イコノグラフィー(interprietende Ikonographie)の起源は、芸術作品の記述

ekphrasis )の内に見られうるであろう。それらをわれわれは古典

文学を通じて知っている。しかし、大フィロストラートスやルキアノスなどの

芸術作品の記述は、記述のみに限定されており、一般的にいかなる解釈をも欠

いている。」 [1] と述べている。

 

 ルキアノスの『誹謗』における記述(エクフラーシス)は、

 

右側には、ほとんどミダス王のような長い驢馬の耳をもつ男が座ってお

り、まだ離れているが近づいてくる「誹謗」に手を差しのべている。彼

の傍らには「無知」と「猜疑」と思われる二人の女性がいる。左手から

近づいてくる「誹謗」はこのうえもなく美しいが、妄想と衝動を示唆す

るような怒りに激高している様子で、左手に燃える松明を持ち、右手で

ひとりの若者の髪をつかんで引きずっている。若者は、両手を天にかざ

し、神々に自己の無実の証言をしてくれるように請願している。「誹謗」

を先導するのは、鋭い目つきの、長患いの後の様に、青白く不快で萎え

た男である。これは「妬み」であるとすぐにわかる。付き添う二人の女


 性が、「誹謗」を励まし、侍女のように振る舞い、彼女の美の仕上げを

している。ガイド(cicerone)によれば、一方が「欺瞞」で他方は「悪

意」である。喪に服すように、黒いロ−ブを身に纏い、髪を乱して、背

後に続いて来るのは「悔恨」(わたしはかれが彼女をそう名付けたと思

う)である。彼女は、後ろを涙ながらに振り向き、恥じらいつつ、「真

理」の到来を待っている。(以上が、アペレースがかれの危難をどのよ

うに絵画化したかの顛末である。) [2]

 

というものである。

 

 このエクフラーシスは、「記述のみに限定されており、一般的にいかなる解

釈をも欠いている」と、どのようにして言えるのであろうか。

 1)右側で「手を差しのべている」「ほとんどミダス王のような長い驢馬の

耳をもつ男」、2)その男の傍らにいる「二人の女性」3)「左手に燃える松明

を持ち、右手でひとりの若者の髪をつかんで引きずって」いる「このうえもな

く美しいが、怒りに激高している女性」、4)「両手を天にかざし、神々に自己

の無実の証言をしてくれるように請願している」若者、5)先導する「鋭い目

つきの、長患いの後の様に、青白く不快で萎えた男」、6)美しいが、怒りに

激高している女性に付き添い「侍女のように振る舞い、彼女の美の仕上げをし

ている」二人の女性、7)「喪に服すように、黒いロ−ブを身に纏い、髪を乱

して、背後に続いて来る」女性、8)その女性がその到来を涙ながらに待ち望

んでいる女性、といった記述は、パノフスキーの第一段階の意味の記述に対応

している [3] 。これらは、かれらの表象(representation)についての「前=イコ

ノグラフィー的記述」とかれらの画面上の位置関係(画面構成)についての記

述(「擬似形式分析」)とから成っている。

 それらがそれぞれ1)「ミダス王」、2)「無知」と「僭越」、3)「誹謗」、4)

「アペレース」、5)「嫉妬」、6)「欺瞞」と「悪意」、7)「悔恨」、8)「真理」

であるとする同定は、パノフスキーの第二段階「イコノグラフィー的分析」に

対応している。


 

 確かに、ここでは、パノフスキーの「『象徴的』価値の世界を構成する内在

的な意味・内容」についてのイコノロジカルな解釈は行われてはいない。しか

し、そもそもパノフスキーの提唱した第三段階の象徴的な価値の探求のみを

「解釈」と捉えるとすれば、現代におけるイコノロジー研究の多くが「解釈」

を欠いたものと断定せざるを得ないであろう。ビアウォストツキがそのような

意味で「解釈」を欠いていると述べているわけではないであろう。

 

 パノフスキーの厳密な意味での「イコノロジー研究」を、より穏やかな、

「学問的(追跡可能な)」方法論へと置き換える試みが近年成されている。例え

ば、ルーロフ・ファン・ストラーテン [4] は、パノフスキーを踏まえつつ、分析

と解釈を、四つの段階に纏め直している。彼に依れば、研究の対象となる「再

現描写的芸術作品」の第一段階の探求は、「われわれを取り巻く世界の知識:物

や習慣などの熟知」によって行われる、1)「前イコノグラフイー的記述」で

あり、それは「いかなる関連や解釈も設定せず、再現描写のなかに見えるすべ

ての物の列挙」であり、「たとえば色彩のような形式的側面も同様」である。

この段階は全くパノフスキーと異ならない。

 パノフスキーの第二段階は、ストラーテンによって二つに細分される。「芸

術におけるテーマや主題の知識、同様に幾世紀にわたるそれらの再現形式、芸

術家の直接的ならびに間接的源泉」に依拠する、2)「イコノグラフイー的記

述」は、「再現描写の各要素を互いに関係づけし、より深い意味を発見しよう

とせずにテーマや主題を定式化」するにすぎない。それに対して、「可能性あ

る第二の意味の知識と芸術家の源泉の解釈」に基づいて行われる、3)「イコ

ノグラフイー的解釈」は、「芸術家によって明瞭に意図された再現描写のより

深い(同様に象徴的)意味の同定」である。

 また最終的な、「政治、宗教、学術の状況、日常生活など、その時代の文化

的・歴史的特質についての堅固な知識」に基づく、4)「イコノロジー的解釈」

は、「芸術家によって明瞭には意図されてはいないが、作品には含まれている

芸術作品のより深い内容の同定」であり、ここに至って、パノフスキーの第三

段階は希釈されるか、あるいは全く捨て去られている。

 

 この様な、イメージの解釈学を参照するとき、ルキアノスのエクフラーシス

が、ストラーテンの第二段階までの記述に終始していることが明らかになろう。


 

 個々のアレゴリーは、ばらばらに同定され、「再現描写の各要素を互いに関係

づけし、より深い意味を発見しよう」とはしていないからである。われわれは

ここに「分析」あるいは「記述(エクフラーシス)」と「解釈(ヘルメーネイ

ア)」の分岐点を見いだすことが出来るであろう。

 しかし、ルキアノスのエクフラーシスの部分のみに限定すれば、そのように

見えるが、彼はその記述に先立って、「アペレースは、自分のこの危機的経験

に思いあまって、絵を描いてその意趣を晴らした。」とも述べている。愚王プ

トレマイオスも自らの非を認め、100タラントの賠償金(英訳では、£25,000

に換算)と、讒言者である画家アンティフィロスをアペレースに奴隷として与

えたことで、彼の名誉は十分回復した筈であるが、それでも許せず「意趣晴ら

」としてこの絵を描いた、というルキアノスの画家の意図を巡る忖度は、確

かにこの絵の最終的な解釈とはとても言えないにしろ、ある種の解釈であるこ

とは否定できない。それは「芸術家の源泉の解釈」でありうる。

 ストラーテンの第二と第三の段階の分岐は、もう一つの困難な問題を生み出

す。「再現描写の各要素を互いに関係づけし、より深い意味を発見」すること

なく各要素のアレゴリカルな意味を正しく確定することがそもそも可能なので

あろうか。ルキアノスが、「このうえなく美しいが、怒りに燃えた顔つきの女

性」を「誹謗」であるとアレゴリカルな同定をなし得る根拠はどこにあるのか。

それはこの絵が、「意趣晴らし」の所産であり、この場面全体が『アペレース

の誹謗』の場面であることを予め知っていることによってしか成され得ない類

いの「解釈」である。文献解釈学におけるアポリア、部分と全体を巡る循環の

アポリアは、再現描写的絵画の解釈においても妥当する。

 

 ゴンブリッチは、通常のイメージの持つ機能を1)「表象すること(represen-

tation)」、2)「象徴すること(symbolization)」とに一先ず大別し、例えば

ライオンの表象は、「勇気または大英帝国を、あるいは民間に伝わる象徴の知識で

伝習的に百獣の王に結びつけられてきた何らかの概念」を象徴しうるが、この

ような伝習的象徴大系とは別種の個人的象徴大系においては、3)藝術家の心

的内容の「表出(expression)」、ともなりうると指摘している。ゴンブリッチ

は、これら三つの通常の機能が、一つのモティーフにおいて、三つとも発揮さ

れる例として、ヒエロニムス・ボスのある絵の具体的な一つのイメージを挙げ

ている。それは、「こわれた甕を表象し(represent)、大食の罪を象徴し(symbolize)、

芸術家の側の無意識の性的幻想を表出(express)」するが、それらははっきり

と区別しうるものである [5] 。 3)は通常どちらかといえば、イコノグラフィー

的解釈の対象というより、「心理学的な」解釈に属する。ゴンブリッチに倣っ

て言えば、『アペレースの誹謗』の場面は、壮麗な舞台設定の中で様々な登場

人物の身振りや配置の仕方に依って表象され、それぞれの人物のアレゴリカル

な意味が同定され(象徴され)、画家の「意趣返し」が表出されている、とで

も纏められよう。ルキアノスの記述は、イメージの機能の全てを完全にではな

いにしろわれわれに見事に伝えている。この記述に基づいてのボッティチェッ

リの『アペレースの誹謗』の再絵画化(図 1 )の成功は宜なるかなである。必

要な情報は全て与えられ、後はボッティチェッリの天才的な構想力に委ねられ

るばかりであったのだから。

 

1)ボッティチェッリ『アペレースの誹謗』

 

 ゴンブリッチが、この話題に触れたのは実は、われわれが通常当然のものだ

と思っている、イメージの持つ機能のこのような三分を放棄しなければならな

い領域の存在に我々の注意を喚起する為であった。それは、「しかしわれわれ

が合理的分析の場を離れるやいなや、このような整然とした区別がもはや保て

なくなってしまう [6] そのような分野である。彼がその具体例としてあげるのは、

呪術の現場(magical practice)である。ヴァールブルクが、「思考空間の喪失

Denkraumverlust)」と名付けた、「記号と意味されたもの、名前とその名を持

つもの、字義通りの意味と暗喩的意味、イメージとその原型(プロトタイプ)

とを混同するという人間の精神の持つ傾向 [7] 」にゴンブリッチは、寛容である。

イメージとその原型に限らず、言語の分野においても、「実際、我々の言語は

字義通りの意味と暗喩的意味との間の黄昏れの領域(twilight region)を好む。

どこで一方が始まりもう一方が終わるのかを、常に告げることのできる者がい

るだろうか。 [8] とかれは自戒している。これは必ずしも呪術の現場や退行した

原始心性に関わる場合に留まらず、「人間的事態」に関わる限り、常に起こり

うる事態である。このような「黄昏れの領域」をこそ解釈しうる方法論の探求

もまた、最初から矛盾に満ちた一つのアポリアの探求というべきであろうか。

ゴンブリッチは、「近代の批評家にとって、擬人像の問題、またそもそも芸術

におけるあらゆる象徴主義の問題は、存在論的というよりは美学的な問題なの

である。批評家にとって関心があるのは、その象徴が何を意味しているかより

も、何を表出しているか [9] であり、他方、美学者とは対照的に、主題の研究者、

すなわちイコノロジストは、「個々の擬人像が実在か虚構かという問題よりも、

それを名付けることに関心を持つ [10] とも述べ、自己の立場をその両者から峻別

している。

 初期のパノフスキーに、『システィーナ天井画』と題された小著がある。ゴ

ンブリッチの対比に従えば、この著のパノフスキーは、イコノロジストではな

く美学者の如くである。これは最後の第3節で扱う。

 

2)例題としての『ロンドン・アレゴリー』

 

 『ロンドン・アレゴリー』の通称で親しまれているブロンズィーノの『ウェ

ヌスとクピドを伴うアレゴリー(An Allegory with Venus and Cupid [11] 』( 2

を巡る諸解釈の検証を通じて、イコノロジー的な図像解釈学のかかえる問題性

を明らかにしたい。


 

図2)ブロンズィーノの『ウェヌスとクピドを伴うアレゴリー』

現在われわれは、ロンドンのナショナル・ギャラリーがウェブ・サイト上に公開したズーム可能な画像によって、この作品の細部描写の鮮明なイメージを享受することができる。作品の細部の研究が誰でも簡単に可能になったのである。拙論中のブロンズィーノの画像は総て当サイトからの引用である。12

 

   
 
 
   
[12]

 

 パノフスキーが初めてこの謎めいた絵画のイコノロジー的解釈を提示したの

は、1939年である。パノフスキーは、まずヴァザーリの次の様な記述から彼の

考察を始める。これは、パノフスキー以降、度々引用されることになる一句で

ある。原文を補足してここに採録しておく。

 

彼(ブロンズィーノ)は、一枚の風変わりな美しい絵(un quadro di

singolare bellezza)を描いた。そしてそれはフランス国王フランソワ

(一世)に送られた。その絵には、裸のウェヌス(una Venere ignuda


 

と彼女に接吻しているクピド(Cupido que la bacciava)が描かれてお

り、また一方の側には快楽(il Piacere)と戯れ(il Guioco)と他の愛の

子供たち(altre Amore)が、またもう一方の側には欺瞞(la Fraude

 と嫉妬(la Gelosia)と他の愛の情念たち(altre passioni d'amore)が描

かれていた。 [13]

 パノフスキーは、記憶違いによるヴァザーリのエクフラーシスの不備を

原画と照合して正そうとしている。

 第一に、画面右上の、男性像、「翼と砂時計によって特徴づけられている時

の像」について全く触れていない。第二に、多くの細部を「他の愛の情念たち

と要約してしまっている。第三に、一方の側には、快楽と戯れが居る、と実際

に画面に居ない人物をも挙げている、という点である。これを、画像の記述

(エクフラーシス)と捉えると不完全なものに見える。パノフスキー自身も、

「絵の画面構成の記述としては不正確だが、意味の対比と関係する記述として

解釈した場合、擁護されうるものとなる。イコノグラフィーから見れば、まさ

にこの絵は「一方で」愛の快楽を、「もう一方」で愛の危険と苦痛を示してい

る」 [14] からである、とヴァザーリの言を容認している。

 モフィットは、ヴァザーリのこの聊か不明瞭なテクストの「誰も今まで指摘

したことのない別の読み」の可能性を示唆している。それは、ed il Piacere da

un lato e il Guioco con altri Amori の部分のed il Piacereの間に、significa

を挿入して読む、という仕方である。そうすることでこの句を、人物像を個々

にアレゴリカルに同定して記述するものとしてではなく、ヴァザーリのこの絵

全体の解釈を示すものとして読むことが可能になる。モフィットによれば、

の絵は、「一方で、快楽や戯れやその他の性行為、他方で、欺瞞や嫉妬やその

他の愛に由来する他の(否定的な)愛に由来する情念」を表象するものであり、

「その総体の意味を、快と不快(piacere e dispiacere)の両極の主題的統一とし

て要約」するものとなる。 [15]

 モフィットの示唆は、先ほどのパノフスキーによるヴァザーリの言の容認と

軌を一にしているかに見えるが、実は最も重要な点で全く異なっている。


 

 パノフスキーは、現在疑念が表明されている二、三の人物像を除けば、ほぼ

この謎めいた絵画のアレゴリカルな意味の同定に成功し、この絵の主題、イコ

ノロジー研究の第二段階的な意味が、「時によって啓示された悦楽(Luxuria

の暴露」であり、「さまざまな別の形式の悪よりも魅惑的な性的肉欲が、特に

この時代において悪を象徴するものとして選択されたということは、完全に反

宗教改革の精神に調和している [16] 」として、この絵の第三段階的な意味をも示

唆している。

 「悦楽の暴露」という主題は現在も受け継がれているが、ロンドンのナショ

ナル・ギャラリーのこの絵の題名からも「時によって啓示された」という部分

は、削除されている。パノフスキーは、「逸楽」を表わす「群像は今や〈時〉

と〈真理〉によってヴェールを剥ぎ取られているのである。………また左側で

この全光景の幕を引き開ける手伝いをしている女性は、言うまでもなく〈真理〉

つまり、「時の娘である真理」に他ならない。」と述べることによって、時に

よる暴露という契機を重要視していた。ヴァザーリもモフィットもこの点につ

いては冷淡である。

 パノフスキーによって「真理」と同定された人物の細部描写を、われわれは

上述のネット上から入手できる( 3 )。この細部図版は、パノフスキーの同

定の誤りを、視覚的に明示するものと言えよう。

 

図3)画面左上の人物の頭部

細部画面右下の手は、クピドの矢を持つウェヌスの右手であり、当該人物には属していない。

 


 

 この多分女性の顔貌は、仮面とまでは言えないにしろ、白桃色で色濃く塗り

立てられていて僅かに耳だけが人間的な生気を保っている。右側のウェヌスの

手の自然な彩色とは明らかに異なっている。「真理」は、常に進んで「時」に

協力するわけではなく、嫌々する場合も多い。擬似=仮面の面貌を持つ女性が、

「真理」であるとすれば、いまだ十全には明かされていない「真理」であり、

明かされることの不安をその眼差しに宿している、と取れなくもない。しかし

決定的に奇妙なのは、彼女の頭部の背面が、漆黒の暗闇の中に溶解しているこ

とである。それは全く描かれていないのか、あるいは黒く塗りつぶされている

のか。この漆黒の闇ないし空洞は、「夜」とも「忘却」とも解されていて、定

説といえる解釈はまだ登場していないが、「真理」とは、最も遠い存在である

ことは確かであろう。

 現在では、この人物が、「真理」ではないことは定説化し、パノフスキー自

身も、1962年の『イコノロジー研究』の再刊に際して、ヴァルター・フリード

レンダーの助言に従って、それを「これは「ヴェイルを剥ぐ」プロセスを妨げ

ようとする「夜」の擬人像としたほうがよりふさわしそうである」 [17] と認めてい

る。

 パノフスキーの提示した定説の一角は、画像のこのような細部描写への着目

によって崩された。しかしそのことによって「時が悪徳を暴露する」という主

題が直ちに否定されたわけではない。しかし、「啓示」という「時」の行為は、

この絵の中心的な主題「快と不快(piacere e dispiacere)の両極の総合」をた

だ「明らかにする」、という常套的な付加的述語の位置にまで希釈されてしまっ

たかの感を拭えないであろう。

 マーガレット・ヒーリーは、「ボッティチェッリの『プリマヴェッラ』やジョ

ルジョーネの『嵐』のように、ブロンズィーノの華麗で興味深い寓意画は、そ

の意味についての推測を促し続けている。」と言い、当時ナショナル・ギャラ

リーのディレクターであったミカエル・レーヴィー卿による1967年のこの絵に

ついての論及 [18] が、それの先鞭を付けたことを評価している [19] 。レーヴィーは、

そこで「パノフスキーの同定のいくつかについて——またこの絵を悦楽の告発と

する彼の解釈についてすらも、疑問が提示されて久しい」と述べ、『イコノロ

ジー研究』の初版の書評 [20] で、すでに「A.H.ギルバート教授は、画面左上の人


 

 物を、「真理」とすることに疑問を呈している」と指摘している。さらに「も

し本当にこの絵が、反宗教改革の精神において倫理的な悦楽の告発を表象して

いるとするならば、ヴァザーリの言及にそのような意味に対する何らのヒント

もないのは実に奇妙なこと」とするH.W. ジェンソン教授のこの書評に付され

た注を紹介している。レーヴィー自身は、1987年の解説で、ウェヌスが手にす

るパリスから授与された黄金のリンゴと、クピドの矢とを証拠に、この絵の主

題を「美による愛の征服(Conquest of Love by Beauty [21] とした。しかしこれ

もにわかには信じがたい解釈である。この絵の細部は、このような美しい表題

を裏切る表象に満ち満ちているからである。

 そのような表象の一つに驚くべき解釈が登場したのは、1986年のことである。

従来『嫉妬』として同定されていた、画面左中央の苦悶する醜女(図 4 )を、

コーンウェイは、「梅毒(Il Morbo Gallico)」に疾患した男性、と同定した [22]

 

図4)嫉妬から梅毒患者へ

 確かにこの人物の細部描写、瘡蓋まみれの顔貌や抜け落ちた乱杭歯や異様に節

くれ立った指の関節など、リアルな病変の描写は、コーンウェイの想定を視覚

的に支持している。彼の指摘を受けて、ヒーリーは、この絵画全体を、ウェヌ

スとクピドの近親相姦が齎す梅毒に対する戯画的警告であるとしている。彼女

は、チャールズ・ホープ [23] が「忘却」と同定したかつての「真理」を、そのよ

うなコンテクストにおいて、「夜の真理」と名付けるのがふさわしいとしてい

[24] 。このような「梅毒」説は、むしろ文学研究者たちによって追認されてい

る。例えば、ブロムハムは、トーマス・ミドルトンの1621年頃の悲劇作品とロ

ンドン・アレゴリーとの間には、ほぼ100年近い隔たりがあるけれども「汚れ

たウェヌスとクピド」という共通のモティーフ、売春婦、梅毒等に関する共通

の関心を考慮に入れるならば、「共通の文化的美学的文脈と共通の技法」を共

有するものであると帰結している [25]

 「売春婦」とされたのは、ヴァザーリが『欺瞞(la Fraude』と同定したハイ

ブリッドな少女である。ブロムハムは、その同定の根拠を聖書の箴言の第5章、

3−5のよその女の唇は蜜を滴らせ、その口は油よりも滑らかだ。だがやが

て、苦よもぎよりも苦くなり、両刃の剣のように鋭くなる。彼女の足は死へ下っ

て行き、一歩一歩と、陰府に達する。という句に依存している [26] 。根拠に乏

しい無謀な同定といわざるを得ない。

 

 パノフスキーは、「これまで、時にはハルピュイアとも、あるいは時には、

不適切にも「緑の服の少女」と呼ばれて来た不気味な像は、ヴァザーリが La

Fraude つまり『欺瞞』と名づけたものと一致する、としながら、単純なアレ

ゴリー像ではなく、三つの偽善的な虚偽の複合的なアレゴリー像であると指摘

している [27]

 ナショナル・ギャラリーは、この絵の制作年を、「多分1540-50年」と推定し

ている。モフィットも指摘しているように、「ルネッサンスの象徴主義の標準

的カノンは、いまだ確立されていない [28] 」時期である。画家が最も広く参照す

ることになるイコノグラフィーの手引き、ナターレ・コンティの Mythologiae

が、1551年、ヴィンチェンツオ・カルターリの Le Imagini degli Dei が、1556

年、チェザーレ・リーパの Iconologia が、1593年の出版であり、この絵はそれ


 

らに僅かに先立っている。

 パノフスキーのこの像のハイブリッド性の指摘は、苦心の産物ということが

出来る。

 かれは、図像学者たちの中心人物であるリーパに依拠して、『陰謀(Inganno)』、

『偽善(Hippocrisia)』、『欺瞞(Fraude)』を挙げて、「『偽善』は狼のような足を

持っていて、それを半ば衣服に隠している。『陰謀』は美しい仮面の下に醜い

顔を隠し、水と火とを「交互に」提供する女として表わすことができ、そして

『欺瞞』は若い女と老女の二つの頭を持ち、右手に二つの心臓、左手に一つの

仮面を持ち、人間の足の代りにグリフォンの爪、さらに竜の尾をつけている」 [29]

と記述している。確かに、「『偽善』は狼の脚を持つ女であり、『欺瞞』も女であ

る。

 しかしリーパの『陰謀』は、女である筈は無い。というのは、ストラーテン

に依れば、「リーパは、伝統的な描写による人物像あるいは神人同形観的人物

像(anthropomorphic figure)に基づく擬人像を構成するのに、常に単一の方法

に依拠」しており、「擬人化すべきイタリア語の語尾が女性形であれば女性の

人物像を使い、男性形の語には男性」 [30] の寓意像を選択していたからである。陰

謀は、Ingannoであり、これら三体の像の中で唯一、男性名詞である。リーパ

の『陰謀』は、山羊の皮を纏うか、あるいは胴体が獣で表される男であり、下

半身は2匹の蛇であり、片手に、釣り針、別の手に、魚をだまして捕らえるた

めの大漁の網と蛇の頭が見え隠れする花束とを持っている。彼に従う豹は両足

の間で頭を隠している。(図 5 参照)パノフスキーは、何を根拠にして『陰謀』

を「美しい仮面の下に醜い顔を隠し、水と火とを「交互に」提供する女」とし

たのであろうか。それを推測させる図版がある。(図 6 参照)これは、1758-1760

年に刊行された『イコノロギア』の翻訳、アウグスブルグ版に付された、ヨー

ハン・ゲオルグ・ヘルテルの銅版画である。Falsitas と名付けられたこの女性

は、Inganno と似た属性を与えられている。彼女の左側には、両足の間に顔を

埋める豹が付き従い、前には隠れた蛇が潜む花壇が置かれている。左手に持つ

のは、釣り針ではなく釣り竿であり、大漁の網も持っている。「水と火とを交

互に提供して」はいないが、花壇の横には水と火の入った二つの大瓶が置かれ

ている。彼女は、右手に持った仮面で今まさに醜い顔を覆い隠そうとしている。

パノフスキーはもっと別の典拠に依拠したのかもしれないが、翻訳によって男

性名詞が女性名詞に変更され、それに基づいて挿絵を描くということはあり得


 

ることである。しかしIngannoのイタリア語の響きに逆らって、ブロンズィー

ノが、混成像を女性で描くということは考えられないことであろう。パノフス

キーの選択は、千慮の一失と言うべきであろうか。

 

図5)リーパの『陰謀』Inganno

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図6)Falsitas

 

 


 

 この混成像は、パノフスキーのような三つのアレゴリー像の混成というので

はなく、文字通りの混成的被造物としても解釈されて来た。グレアム・スミス

は、これを上半身が女体で下半身が蛇の怪物「ラミアー」と同定し [31] 、モフィッ

トは、それを隠された「スフィンクス」と同定した [32] 。フィレンツェ大学の化

学の教授、ウーゴ・バルディは、自身のウェブ・サイト上で、当時のエトルス

ク芸術の再発見を根拠に、頭はライオン、胴は山羊、尾は蛇で火を吐く怪獣

「エトルスクのキマイラ」と同定する説を発表している [33]

 

7 )ラミアーとハルピュイア(カルターリp.294の図版 [34]


8 )スフィンクスとキマイラ(コンティp.496, p.525 [35]

 これらの経緯を顧みるとき、われわれはゴンブリッチの嘆きを思い起こさざ

るを得ない。かれは、「夜と眠りに関係する神話的な人物像を伴う寝室のため

のプログラム」とヴァザーリが報告している「パラッツォ・カプラローラのタッ

デオ・ツッカロによる装飾のためにアンニーバレ・カーロが作成したプログラ

ム」を検討し、描かれた絵画からカーロのプログラムを再構成することは不可

能であることを検証している。その寝室の天井は、孤独を表象するものどもで

埋め尽くすことが目論まれていた。例えば、もっとも孤独を愛するあまり、一

つの森には二羽と住むことの無いとされる『エリタコス(un eritaco)』につい

て、カーロは「わたしはその鳥がどのような姿をしているのか見いだせません

でした。わたしは画家がそれを自分の判断で描くに任せましょう。」 [36] と書いて

いる。そのようにして描かれた鳥を、孤独を好むエリタコスとどのようにして

われわれは同定できるであろうか。また、「その名自体が孤独(solitudo)を意

味する孤独な雀(un passero solitario」や「孤独を愛するため必ずいつも一匹

でいると記されている野兎(una lepre」に関しても、直ちに孤独と結びつけ

ることは困難である。ただゴンブリッチは、白い衣裳をまとった女性で、頭上


 

に雀をとまらせ、右脇に野兎を抱え、左手に書物を持っているリーパの『孤独

像』を紹介し、カーロの用いた象徴に典拠を与えている。リーパは「われはた

だ屋根に独り居る雀のごとくになれり(factus sum sicut passer solitarius in

tecto.)」という「詩篇」第1027節を引用して雀と孤独を結びつけているの

である。しかしこのような象徴の不可逆性にも触れている。ゴンブリッチは、

「リーパは、彼が属性として用いる象徴は、描かれた比喩であり、比喩は不可

逆的であることを明言している」 [37] と言う。「孤独」を詩編を根拠にして「雀」

としてイメージ化することは可能だが、「雀」のイメージから「孤独」という

意味を常に引き出せるわけではないし、全く別の意味でもありうるからである。

イメージは言語以上に多義的である。この不可逆性、イメージ化された不可逆

的比喩(Metaphor irreversible)の問題は、イコノロジー研究の本来的困難性を

指し示すものである。

 その最も困難な、混成像に立ち戻ろう。ヴァザーリの報告が、屢々不正確な

ものであることはよく知られている。しかしこの奇妙な混成像が、ラミアーや

スフィンクスやキマイラに由来するか否かは別にして、ヴァザーリの指摘する

『欺瞞(la Fraude)』のイメージによる寓意像であることは誰も否定していない。

われわれはこの混成像のイメージの細部とリーパの『欺瞞(la Fraude)』( 9

とをまず比較することにしよう。

 

図9)リーパの『欺瞞』 [38]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 リーパに依れば、「欺瞞」は先ず、1)老若二つの顔を持つ女である。2)

そして足は、鷲の爪のようであり、蠍の様な尾を持ち、3)右手には二つの心

臓、左手には一つの仮面を持っている。パノフスキーは、「グリフィンの爪と

竜の尾」と言っているが、大差はない。

 

 ブロンツィーノの小さな『欺瞞』の像(図 10 )についてのパノフスキーの記

述は、

1)「あきらかに対照的な二つの仮

面の持主 [39] 」であるが、

2)「しかし、彼女の服は、鱗を持

つ魚のような身体とライオンか豹

の爪と、竜か蛇の尾を完全に隠し

おおせてはいない。」

3)「彼女は一方の手で蜜蜂の巣を

差し出しているが、もう一方の手

には毒のある小動物を隠してい

る。 [40] 」そしてさらに、

4)「彼女の右腕に付いている手、

つまり蜜蜂の巣を持っている手は、実際は左手であり、左腕に付いて

いる手は実際には右手であって、

それゆえこの像は、一見その「善

い」手と見えながら、実際には

「悪い」手で甘いものを差し出し、一見「悪い」手と見えながら、実

際は「善い」手に毒を隠している

のである。 [41]

というものである。

 

 

 

 

     図10)少女の全身像

 


 

 両者に直ちに共通するアトリビュートは、鷲あるいはグリフィンの爪と竜あ

るいは蠍の尾である(図 11 )。リーパの像が左手に持つ一つの仮面と何らかの

関連を予測させるのは、少女の足下の二つの仮面であり、パノフスキーもそれ

らが少女の属性であると認めている。この二つの仮面は、リーパの「老若二つ

の顔を持つ女」という表現とも関連しているように見える。ただ右の老人の仮

面は男のように見える(図 12 )。

 

11)脚部と尾

 

  

 

12)二つの仮面

 

  

 

 リーパの欺瞞像の右手の二つの心臓は、少女の属性には存在していない。し

かしこの二つの心臓が、二心を象徴するものであれば、少女の手にする、蜜蜂

の巣と毒蛇は、二つの心臓の具体的イメージ化と解することも可能であろう。

それは人を一方で甘美な蜜で誘惑しつつ、他方で悪意のこもった毒牙で刺そう

と企んでいる。リーパは、「二つの仮面は、良いことのように見せ掛ける欺瞞

や偽善を表しており、二つの心臓、二つの外観、仮面は、欺瞞が在るがままの

ものではない別の仕方で物事を見せるということを意味している。」 [42] と解説し


 

ている。

 パノフスキーの記述の4)の部分については、リーパには全く欠落している。

パノフスキーは、右手と左手のこのような巧みな取り替えを、「最も巧妙な倒

錯した二重性の象徴」を提示しようとする画家の企みと見て、賞賛している。

かれは、「善い」手と見えながら、実際には「悪い」手で甘いものを差し出し、

一見「悪い」手と見えながら、実際は「善い」手に毒を隠している、と解説し、

「右手」と「左手」の象徴的意味について、その典拠も注記している [43]

 しかし、左手に甘いものを差し出し、右手に毒を隠すという例はいくつも存

在している。例えば、リーパの『不正な審判者による判決(decreto di giudice

ingiusto)』(図 13 [44] では、不正な審判者は、左手に甘いものの入った盛り皿を

持ち、右手に処刑に用いた斧をかかげている。『中傷(Detrattione)』 [45] の寓意像

では、リーパは「彼女は右手に今まさに刺そうとしているかのように短剣を握っ

ている」と解説している。そもそも既に見たリーパの『陰謀』像においても、

左手には獲物を欺く為の大漁の網を、獲物を捕らえる為の釣り針は右手に隠し

ていた。『道化(buffoneria)』(図 14 [46] も、左手に仮面(人を欺く甘いもの)を

持ち、右手に弓矢を持っている。道化もまた真の姿を隠し、自らを別様に見せ

る存在者である。

13

不正な判決

 


14)道化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上のように見るとき、れらの混乱に決着を与えうる唯一の道が存在して

いることに思い至るであろう。それは、彼女の左手は左手であり、右手は右手

であるということである。決して左右は取り違えられたり、無理矢理ねじ曲げ

られたりしているわけではない、と。しかしそのような見方を、われわれの素

直な視覚は許さないであろう。なぜならかわいらしい少女の顔が真っ直ぐにわ

れわれに向き合っているからである。(図 15

 

15)『欺瞞』像の上半身

 


 

 左手を左手と、右手を右手と見る為には、一種の想像力が必要となる。われ

われがもし今見ている『欺瞞』像が、後ろ姿であると「推理」する時に事態は

一変するのではなかろうか。彼女の下半身は、後ろ向きに描かれている(図 16 )。

従来、前を向く上半身と後ろ向きの下半身というこの捻れは、コントラポスト

像として理解されて来た。しかし彼女は、体を捻って後ろを振り返っていると

いうのではない。こちらを向いている少女の顔は、リーパの『欺瞞』の後ろの

顔であり、もう一つの老女の顔、あるいは彼女の足下の右の仮面の示唆に従え

ば、老人の顔は、画面には描かれずに隠されている、と推定するということで

ある。そのように考えてみれば、もちろんブロンズィーノが、後発のリーパの

図像に従うことは不可能であるが、リーパの図像に結実した『欺瞞』像の伝統

にかなり忠実にしたがっていた、ということにもなろう。

 

16)『欺瞞』像の下半身

 

 

 しかし、描かれなかったイメージは、イコノグラフィーやイコノロジー研究

の対象にはならない。イコノロジーは、あくまでもイメージの「隠された意味

Hidden Meaning)」ないしは時の経過によって失われたイメージの本来持って

いた意味とそのイメージとの「失われた環(missing link)」の探索であり、

「隠されたイメージ(Hidden Image)」の探求ではないからである。

 


3)イコノロジストではないパノフスキー

 

 「何が描かれているのか」ではなく、「どのように描かれているのか」という

問題にのみ専心するかに見える若き日のパノフスキーの小著『システィーナ礼拝

堂天井画』 [47] の記述をここで少し詳細に辿ることにしたい

 ルネッサンスの天井蒼穹の絵画的装飾を遠近法によって構築的に構想しよう

とする画家は、二重の選択の決断を迫られることになる、とパノフスキーは、

その小著で指摘している [48]

 二重の選択肢とは、一つは、「視る者」と「視られるもの」との関係性に関

わる決断であり、画家は、絵画の遠近法的構成を視る者の実際の(reale)立脚

地点を考慮して、それに従って構想するか、あるいは逆に視る者に、絵画の遠

近法的構成の理想の(ideell)地点に立つことを強要するかの選択である。

 今ひとつは、壁面の持つ現実的なマッスを肯定して、「所与の建築の解釈者

(Ausdeuter der gegebenen Architektur))になるか、あるいはそれを否定して、

「所与の建築の支配者(Herrscher über die gegebene Architektur)」になるかの

選択である。

 パノフスキーの指摘する、第一の選択肢においては、その当時実際的には後

者の解決しか方法はなかった。前者を選択する為には、「下から上への(di

sotto in sù)遠近法」を必要とするが、それはまだ幼稚な段階にあったからで

ある。第二の選択肢は、後にサンドシュトレームが、かれの『非現実性の位

階』 [49] の中で立てた二つの区別、「閉じられた壁の原理」と「開かれた壁の原理」

の先駆的指摘である。しかし天井蒼穹の全体を下から上への遠近法によって統

一し、閉じられた壁を十全に開き、所与の建築を支配し、天井に幻想的空間が

現出する為には、バロックのクァドラトゥーリストのような数学や光学の専門

家の登場を俟たねばならなかった。遠近法自体が十分に発達していなかった当

時としては、この二重の決断は画家に取ってかなり苦しい選択であったであろ

う。

 またこの二重の選択肢は、それぞれ別々に解決されうるものではなく、「一

方の問題の否定的な解決は他方の肯定的な解決を前提」するものであり、「視


 

る者の側に立つ天井の否定は、主観的な主体の立脚点を顧慮してのみ惹き起こ

されうるような幻想期待(Illusionsbereitschaft)を前提としているのに対して、

逆にこれを客観的な所与として肯定することはこのような配慮を必然的に締め

出す」ものだからである [50]

 ミケランジェロがこの決断を迫られていたとき、「ピントリッキオとメロッ

ツォの絵画がこれら二つの方法の代表例として彼の眼前に在った。しかし決定

的に彫刻的な感性を持つ藝術家である彼にとっては選択は最初から決まってい

た。明らかにアパルタメント・ボルジアやサンタ・マリア・デル・ポポロ教会

の内陣( 17 )におけるピントリッキオの仕事に依拠しながら、本来の天井格

間は当時の他の天井がそうであったように、枠取りと装飾で満たされる筈であっ

た。」 [51] と、パノフスキーは言う。

 

17)ピントリッキオのサンタ・マリア・デル・ポポロ教会の内陣の天井画 [52]

 

 

 後者の「空間を上へと拡げ、あるいは天井を突き破ろうとする」ような絵画

的・幻想的体系ではなく、前者の装飾的・構築的体系の選択である。これは当

時の画家の現実的解決である。パノフスキーがここで念頭に置いている後者の

メロッツォ・ダ・フォッリの作品は、ロレトのバジリカ・デッラ・サンタ・カー


 

サの天井画( 18 )であろう。サンドシュトレームは、この天井の虚構の建築

構造を、 19 のように図解している [53] 。そこでは天井の壁面は、依然として閉

じられており、窓が外の世界と通じているのみであるが、天使は中空を軽やか

にではないけれども浮遊しており、虚構の建築構造の上に座す人物も描かれて

いる。サンドシュトレームは、メロッツォの虚構の建築構造と、そこに住まう

かのように座す人物たちという実験的着想が、ミケランジェロのシスティーナ礼

拝堂天井画の最終的なコンセプトに重要な影響を与えたと指摘している [54]

 

18メロッツォ・ダ・フォッリのロレトのバジリカ・デッラ・サンタ・カーサの天井画 [55]

 


 

19)サンドシュトレームによる虚構の建築構造の図解

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミケランジェロの最初の構想は、かれの二枚の素描から伺い知ることが出来

る。パノフスキーは、H.ケーニヒによる素描の図解を掲載しているが、ここで

はより鮮明なサンドシュトレームによる図解を参照することにしよう( 20 )。

 

20)最初の構想(左)と二番目の構想(右)の再構成図

 

 


 

 ピントリッキオの天井画と最初の構想は、最も重要な点で異なっている。前

者の場合、人物は伝統的な壁龕の中に収納されている。それに対し、最初の構

想において、既に人物は、建築構造の一部としての玉座に座している。これは

メロッツォの描く建築空間の内部に住まう人物に近いと言えよう。

 パノフスキーも「しかし最も初期の設計案の内部にもすでに、伝統的な把握

と後に次第に支配的になっていく新しい傾向、すなわち全天井平面を統一化し

ようとする傾向との対置が試みられている。たしかに中央部分は依然として本

質的にはそれだけで独立して処理されているし、それどころか斜めに立て掛け

られた正方形や横向けの長方形によって装飾されている。しかし逆三角小間の

垂直構成はすでに中央部分への侵食を試みている。すなわち両翼に付け柱を持

つ壁龕は(両者を)分割している蛇腹を貫いて上へと伸びているし又、翼を持っ

た『境界』——十二使徒像と天井格間の幾何学的形式世界の間を媒介するのにま

さに相応しく半ば生きたもののごとくに描かれている——はこの連関を固定させ

ようとしている。」 [56] と、第一のデッサンに既に内在する折衷性の存在を指摘し

ている。「全天井平面を統一化しようとする傾向」こそ、幻想天井画への志向

である。

 しかし「翼を持った『境界』が半ば生きたもののごとくに描かれている」と

いうのは言い過ぎであり、この段階ではそれらは伝統的な柱像装飾の域を出て

はいない( 21 )。それらは柱に彫刻された有翼の天使の鏡面映像であり、賦

彩されるとすれば大理石の灰色が用いられた筈の偽似建築要素に過ぎず、死ん

でいる。二番目の構想において、初めて「半ば生きたもののごとく」に変化す

る( 22 )。かれらはもはや柱像ではなく、メダリオンを支える天使たちであ

る。ただ鏡面映像に留まるが故に、装飾性を払拭できず、「半ば」生きている

に過ぎない。

 

21)最初の『イニュード』の前・形象

20の左図の玉座上の部分の詳細図。二体の有翼の天使の柱像(完全な装飾的鏡映像)が生気あふれるイニューディの出発点であった。

 

 


 

22)二番目の『イニュード』の前・形象

20の右図のメダリオンの部分の詳細図。二体の有翼の天使は、もはや柱像ではない。メダルを支える役割を担っている。依然として鏡映像であるが微妙に異なる動きも見られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的には最も生気あふれる像の一群に属すイニューディのプレ・フィグゥ

ラツィオーネ(前・形象)が単なる装飾的な要素に過ぎなかったという事実は

重要である。なぜなら構想の当初においてそれらには何等のイコノロジカルな

意味賦与も為されていなかったことを証示するものだからである。『ミケラン

ジェロの構想の戯れ』(とでも名指しうるようなディセーニョの遊び)が、む

しろこのようなプログラムの上では余り意味の無い、聖職者たちが見過ごして

しまうような部分に始まることに注目すべきであろう。(というよりもそのよ

うな部分であればこそ許されたと言うべきであろうか)。有翼の天使の無機的

な石塊は構想の進展に連れて無翼の生きた若者へと変化していく。実現した天

井装飾の最初の段階ではかれらは依然として初期デッサンの装飾性の名残りを

留め、二人一組の鏡映像として歴史画の小画面を囲繞している(図 23 )。しか

し描き進むに連れて、かれらは次第に競い合うかのように自由な姿態を楽しむ

ようになり、装飾的な段階を脱却して、画面を囲繞する四人は夫々の自己を主

張し始める(図 24 )。それは抑圧されたミケランジェロの内なる構想力のもは

や何者も抑止しえない奔放な噴出であり、死せる無機物に命を与える藝術家の

反逆的な戯れである。構想の戯れはプログラムに新たな意味を賦与するに至る

かに見える程である。しかしかれらの裏返しの相対者であるスパンドレル上に

横臥する反逆天使たちが、肉色に賦彩されているとはいえ、依然として鏡面映

像として装飾的な要素を残存させられている限り、ミケランジェロの戯れもそ

の制約をイコノロジカルな意味の上で超えることは許されない。「全天井平面を

統一化しようとする傾向」は次のデッサンではさらに押し進められる。

 


 

23)最初の裸体像(ignudi

最初に描かれた『ノアの泥酔』図の裸体の若者は、まだ鏡映像の要素を残している。

最後の『光と闇の分離』図の裸体の若者は、競い合うかのように自由な姿態を示している。

21から図24への変遷は、ミケランジェロの「構想の戯れ」を跡付けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24)最後の裸体像(ignudi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両者の変遷を比較した後、パノフスキーは、「ミケランジェロは古い問題に

新しい解決を見出したのである。その描かれた建築は構造的にもリズムの点で

も立てられた建築との関係を断つことで、それはもはや所与の天井にすでに内

在していた作用反作用を描き出すのではなく、所与の天井の作用反作用に何か

新しいものとして付け加えられた作用反作用を創造する。しかし他方で描かれ

た建築が現実の円天井をブロックとベルトと蛇腹だけで支えることによって、

描かれた建築は現実の円天井を、より高みへのあるいは全き自由なる眺望のた

めに否定するというのではなく、幾重にも等級付けられたレリーフ層として強

化している。そしてこの層は絵画的空間の拡大という意味において、というよ

りも彫刻的空間の制約の意味において作用する。」 [57] と帰結する。天井構造の見

事な分析である。

 更に、パノフスキーは、「しかし建築的骨組みが直角的で無装飾なものにな


 

ればなる程、形象像装飾は益々豊潤で生気の溢れるものとなる。ミケランジェ

ロの場合、形象像装飾は人間の形象像からのみ構成されている」と述べた上で、

バロックの硬直した『クァドラトゥーラ』の体系と対比して、それは「遥かに

大きな生の充実にまで展開されるような、様々な基準の、様々な現実性の程度

にある人間たちから成る装飾」であると賞賛している。また論理的には、「

かれた人間を描かれた建築の中に組み込む仕方」には二通りあり、一つは人物

を「虚構の生きた存在として、建築の住人」のように提示する仕方であり、も

う一つは、「虚構の芸術作品として、建築の構成要素」ですらあるものとして

示す仕方であるが、ミケランジェロは合理的思考に煩わされずに、それより

「遥かに多くの階梯(スカラ)を自から創出した。」と指摘している [58]

 パノフスキーは、先ず以下の三つのスカラを指摘する。

  (一)  天井の歴史画の中の人間=外見上、絵画的表現の対象として

  (二)  子供の柱像=外見上、石に彫られた彫刻として

  (三)  巨大な巫覡像=外見上、命を持って実存する人格として

 更に、「切り込みアーチの斜面の上に横たわるブロンズの裸体像は『描かれ

た』人物像と『彫られた』人物像の中間に位置している。これらについては絵

画なのか浮彫なのか彫刻なのかほとんど断定はできない。名札を掲げる『スピ

リテッリ』は座像と幼児柱像の中間に位置する。それらは自然の肉色にもかか

わらず、巫覡像の現実的価値に至っていない。柱の頭飾の上に座す『奴隷』

(パノフスキーはヴェルフリンに従ってイニューディをこのように名指してい

る)ですら・・・(中略)・・・座像の実在性には些か劣っている。巫覡像と

『スピリテッリ』との中間に位置づけることもできよう。」 [59] と、中間的で灰色的

な存在にも言及している。小論で十分に委曲を尽くしたものとは言えず、中途

半端な論及にも見えるが、天井画の構造分析の先駆として、もっと重視されて

しかるべき言及である。ここにはイコノロジーは一切存在していないのである。

 この分析を受けて、サンドシュトレームは、「ある一点についてだけこの分

析の修正が必要である。すなわち横たわるブロンズ色の裸体像は他の彫像と同

一の同質的な空間関係を分有している。かれらは絵画として理解されることは

できない。むしろ彫刻として——あるいは人物でありうる——ものとして見られる

べきであり、両者は共通の空間の中に存在している。」 [60] と指摘している。

 


 

 既述のように、ストックホルムのサンドシュトレームは『非現実性の位階』

の中で「閉じられた壁の原理」と「開かれた壁の原理」の区別を立てた。両者

の異なりは次のように説明されている。「閉じられた壁の原理」を用いる絵画

は(中立的な装飾によってであれ、あるいは現実の壁を偽の壁と置き換える虚

構の構造によってであれ)壁を尊重する。「開かれた壁の原理」を用いる絵画

は(外の景観を示すことによってであれ、虚構の構造の絵画的空間を構成する

遠近法を用いることによってであれ)壁を破壊する。

 壁の尊重と破壊というディアフォラに基づくこの二つの原理がパノフスキー

に直接的に由来するものであることは言うまでもなかろう。パノフスキーの言

う「所与の建築の解釈者」は専ら「閉じられた壁の原理」に従い、「所与の建

築の支配者」たらんと欲する画家は「開かれた壁の原理」を用いて壁を破壊す

る者となる。サンドシュトレームはしかしパノフスキーやヴェルフリンが「現

実性の位階」と呼んだものを「非現実性の位階」と呼ぶことによって問題の視

点を転換させている。

 

 ヴェルフリンやその徹底的批判者であったパノフスキーの遣り残した仕事は、

ストックホルムの二人の学者に受け継がれた。サンドシュトレームは、クワッ

トロチェントの壁画から、システィーナ天井画までの、チェーストレームは、

システィーナ天井画からバロック天井までの詳細な構造分析を行った。チェー

ストレームは、「絵画の幻想効果が異種的である時、絵の異なる構成要素は異

なる幻想の程度を持つことになる。絵画の内なる異なる現実性の位階とわれわ

れが呼ぶものである。ヴェルフリンとパノフスキーによって導入されたこの概

念はスヴン・サンドシュトレームによって、かれの『非現実性の位階』の中で

さらに差別化が押し進められた。サンドシュトレームはオブジェないしマテリ

アとしての構成部分の幻想を意味する客観的な現実性の程度(objective degree

of reality)と、出来事としての描かれた場面の幻想を意味する絵画的な現実性

の程度(pictorial degree of reality)と、内容の信憑性を意味するモチーフの現

実性の程度(the motif's degree of reality)(例えば幻視visionはモチーフの点

で日常的な場面より現実性の程度が低い)の間に区別を立てる。人物像の場面

は擬似浮彫りとして造られることによって高い客観的な現実性の程度を獲得す

るが、そのために同じモチーフの多色画よりも絵画的な現実性の程度は低いと

いうことになろう。もちろん絵画的要素を欠いた建築的な要素や装飾等々に関

しては客観的な現実性の程度だけが関係してくることになる。 [61] サンドシュ


 

トレームの考察を要約して紹介している。詳論はここではできないが、サンド

シュトレームの二つの視点からの図解を紹介しておく。 25 の左は、人物像の

視点から [62] 、右は、客観的な視点から見た [63] システィーナ礼拝堂の構造図解であ

る。いずれも歴史画の部分が直立して描かれているが、それは便宜的なもので

はない。かれは礼拝堂の虚構の建築構造 [64] を、図 26 のように想定しているから

である。それは、全く異なる原理に立つものとしつつも、この虚構の建築構造

とコンスタンティヌスの凱旋門との諸要素の共通性にかれが着目しているから

である [65] 。両者の共通性についての指摘には、示唆的な点も多いが、歴史画は

天井蒼穹に描かれているという視覚的事実を覆すに足る論拠はないのではなか

ろうか。

 

25)サンドシュトレームによる二つの視点からの図解

 


 

26サンドシュトレームによる虚構の建築構造の図解

 

 このようなストックホルム学派の研究方位はイコノロジー的方法とは異なる

が、構造の分析という点で、「イコンそのものの内在的解釈」に連なる方位と

見なしうるものであろう。しかしそれは、単純な構造分析に留まらない視点か

らなされた構造分析であることがより重要である。「視る者」と「視られるも

の」との関係性への眼差しがここでは問われているからである。イコノロジス

トとして著わした『イコノロジー研究』においても、パノフスキーはその視点

を失ってはいない。第六章「新プラトン主義運動とミケランジェロ」における

ルネッサンス、マニエリスム、バロックの三時代の分析は、その見事な例である [66]

 パノフスキーは、この小著において天井に展開された様々な絵画的要素の描かれた内容についても発言している。

 歴史画については、最初に描かれたノアの物語から場面を経るごとに「マッ

スと運動エネルギー」は恒常的に増大し、「七番目の画像で、鋭い短縮法の芸

術手法が、八番目では、遠近法的な大きな格差付けの芸術手法が登場する。九

番目では、ついに交差と対角線の構図が恊働する。神の姿形のマッスと運動を


 

人間的なものを超えて登高させるために。かれの創世記の物語絵は、創造の行

為を象徴的身振り(ゲストゥス)としてでもなく、……身体的振る舞いとして

でもなく眼前に提示するという仕方によって、独自なものとなっている。……

ミケランジェロにとって、世界の創造は、神の振る舞い、最後の場面の自己運

動の、随伴現象以上の何ものでもない。」 [67] と指摘している。「世界の創造」とい

うこの絵画の意味内容は、藝術家の造形意思にとっては、単に二次的な関心事

に過ぎないと言うのである。

 更に、キリストの先祖たちが描かれるルネットとスパンドレルの部分につい

て、「テントを想起させる三角形のスパンドレルは、聖なる民族の遊牧民の生

活の描写で埋められており、大きな名札で二つの対称的な部分に分けられたル

ネットは、その市民的、定住的生活の場面が占めている。この藝術家が、内容

を一切与えず、名前のみを与えているここでは、かれのファンタジーは、最も

自由に振る舞うことが出来ている。 [68] とも指摘する。

 それに続けて、「『キリストの系譜図』の着想から、かれは終わりなき世代

の連鎖の一つに過ぎない静謐な人々を描いて、男と女、祖母と孫、両親と子供

たち、といった単純な関係へと深化させている。しかしこの家族の肖像を「人

間的な喜びや豊穣のオアシス」として記述するとすれば、それは間違いである。

抑制なしに運動を与えることの出来ないミケランジェロは、重荷なしに休息を

与えることは出来ない。夫婦は共に居るが、陰鬱に沈黙している。子供たちは

両親を楽しませるどころか、煩わせている。そして眠りすら優しく和やかに近

付いてはこなく、突然の衰弱に襲われ、険しく凝固している。身体は、暴力的

なあるいは屈折した姿勢に繋留されている。微睡みとはとても言えぬ、むしろ

死に近く見える姿勢で。」という言葉でこの小著を閉じている。このような絵

画の記述(エクフラーシス)は、イコノロジストのそれではない。パノフスキー

は、解説なしに四枚の図版を掲載している。その内で、多分、陰鬱な夫婦とは、

27 であり、突然の死のごとき微睡みとは、図 28 を指すのであろう。


 

27)スパンドレルのウジア

28)ルネットのロボアムとアビアス

 

 「何が描かれているのか」ではなく、「どのように描かれているのか」という

問題にのみ専心するかに見える、ゴンブリッチの対比に従えば、イコノロジス

トではなく美学者の如き、若き日のパノフスキーの一端をわれわれは垣間みた

といえるのではなかろうか。この方位は、われわれの『イメージの解釈学』の

豊饒化にとって重要な方位でもある。

 

 



[1] Jan Bialostocki, Skizze einer Geschichte der beabsichtigten und der interpretierenden Ikonographie, in Ikonographie und Ikonologie : Theorien, Entwicklung, Probleme , Ekkehard Kaemmerling Hrsg. Köln : DuMont, 1979, S.42-43

[2] Lucian, Slander, A WARNING , p.2-3 in Works, Volume Four by Lucian of Samosata, Translated by H. W. Fowler And F. G. Fowler http://bulfinch.englishatheist.org/b/pantheon/V4Lucian.htm

[3]   Erwin Panofsky, Studies in iconology : humanistic themes in the art of the Renaissance, Harper and Row,1962, pp. 3-17E.パノフスキー『イコノロジー研究』、浅野徹 [ほか] 訳、筑摩書房, 2002、上巻pp.32-56

[4] ルーロフ・ファン・ストラーテン、『イコノグラフィー入門』、鯨井秀伸訳、ブリュッケ、2002

[5] E.H.Gombrich, Symbolic Images, Phaidon, 1972, p.124邦訳、ゴンブリッチ『シンボリック・イメージ』、大原まゆみ他訳、平凡社、1991p.254

[6] Gombrich, pp.124-5、邦訳p.255

[7] Gombrich, p.125、邦訳、p.255

[8] Gombrich, p.125、邦訳、p.255-256

[9] Gombrich, p.126、邦訳、p.256

[10] Gombrich, p.126、邦訳、p.257

[11] ロンドン・ナショナル・ギャラリーにおける現在の名称。

[12] http://www.nationalgallery.org.uk/cgi-bin/WebObjects.dll/CollectionPublisher.woa/wa/zoomI

mage?workNumber=NG651&collectionPublisherSection=work

[13] Vasari,7: 598 “fece [il Bronzino] un quadro di singolare bellezza, che fu mandato in Francia al re Francesco; dentro il quale era una Venere ignuda con Cupido que la bacciava, ed il Piacere da un lato e il Guioco con altri Amori: e dall'altro la Fraude, la Gelosia ed altre passioni d'amore."

[14] Panofsky, Iconology, p.87、邦訳、上巻、pp.174-176

[15] Moffitt, p.277 note 3 JOHN F MOFFITT, Hidden Sphinx by Agnolo Bronzino, "ex tabula Cebetis Thebani" in Renaissance Quarterly, Vol. 46, No. 2. Summer, 1993, pp. 277-307.

[16] Panofsky, Iconology, pp.90-91, 邦訳、上巻、p. 179

[17] Panofsky, Iconology, p.vii、邦訳、p.13

[18] M. Levey, 'Sacred and Profane Significance in two Paintings by Bronzino', Studies in Renaissance and Baroque Art presented to Anthony Blunt London, 1967, pp. 30-33.

[19] Margaret Healy, Bronzino's London Allegory and the Art of Syphilis, THE OXFORD ART JOURNAL - 20:1 1997

[20] Reviews by A. H. Gilbert and H. W. Janson in the Art Bulletin. XXII, 1940, pp. 172-175

[21] M. Levey, The National Galley Collection London, 1987, p. 65. ヒーリーは、このレーヴィーの解釈が、ナショナル・ギャラリーの解説の基盤を形成していると注記している(M.Healy, p.10, note1)。

[22] J. F. Conway, Syphilis and Bronzino's London Allegory, Journal of the Warburg and Courtauld Institutes, vol. 49, 1986, pp. 250-255.

[23] Charles Hope, Bronzino's Allegory in the National Gallery, Journal of the Warburg and Courtauld Institutes, vol. 45, 1982, p. 239.

[24] 同上、Healyp.9

[25] A.A.Bromham: “A Plague Will Come:” Art, Rape and Venereal Disease in Women Beware Women, p.157

http://people.brunel.ac.uk/~acsrrrm/entertext/issue_3_1.htm

[26] 同上、Bromham, p. 147

[27] Panofsky, Iconology,p.89、邦訳、上巻、pp.177-178

[28] 同上、Moffitt, p. 278

[29] Panofsky, Iconology,p.89、邦訳、上巻、p.178

[30] 同上、ストラーテン、p. 53

[31] Graham Smith, Jealousy, Pain, and Pleasure in Agnolo Bronzino's Allegory of Venus and Cupid. Pantheon 39, 1981, p.253

[32] 同上、Moffitt, pp. 280ff. モフィットは、Moffitt, An exemplary humanist hybrid: Vasari's "Fraude" with reference to Bronzino's "Sphinx." Giorgio Vasari and Agnolo di Cosimo a.k.a. Bronzino) ( http://www.thefreelibrary.com/An+exemplary+humanist+hybrid:+Vasari's+%22Fraude%22+with+reference+to+...-a018557516 に掲載)で自身の説を詳細に補完。

[33] Ugo Bardi, BRONZINO'S CHIMAERA Etruscan influences on mannerist art ,2001 http://www3.unifi.it/surfchem/solid/bardi/chimera/bronzino/index.html

[34] Vincenzo Cartari, Le imagini de i dei de gli antichi, I556, 復刻版、1976, p.294

[35] Natale Conti, Mythologiae, 復刻版、1979, p.496のキマイラの項目と、p.525のスフィンクスの項目に両者が描かれている同一の図版が掲載されている。

[36] E.H.Gombrich, Symbolic Images, Phaidon, 1972, p.025。邦訳、p.064。この『イコノロジーの目的と限界』の章には独訳もある。E.H.Gombrich, Ziel und Grenzen der Ikonologie, in Ikonographie und Ikonologie, S.433Peter Gerlachによる独訳だが、ゴンブリッチ自身も検閲している。)

[37] 同上Gombrich, p. 13、邦訳p.042、独訳S.406

[38] http://www.humi.keio.ac.jp/~matsuda/ripa/catalogue/ripa_illus_html/043k0067w.html

[39] Panofsky, Iconology, p.89、邦訳、p.178

[40] Panofsky, Iconology, pp.89-90、邦訳、p.178

[41] Panofsky, Iconology, p.90、邦訳、p.p.178-179

[42] http://emblem.libraries.psu.edu/Ripa/Images/fraud.jpg

[43] Panofsky, Iconology, p.90, note 78、邦訳、p.292190

[44] http://www.humi.keio.ac.jp/~matsuda/ripa/catalogue/ripa_illus_html/043k0243w.html

[45] http://emblem.libraries.psu.edu/Ripa/Images/detraction.jpg

[46] http://www.humi.keio.ac.jp/~matsuda/ripa/catalogue/ripa_illus_html/043k0202w.html

[47] E..Panofsky. Die sixtinische Decke, Leipzig, 1921拙論、「ヨナの幻視──ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画の構造について──3」、『文学会志』391988でこの小著に少し触れたが、紙数の関係で十分な紹介を果たしていない。)

[48] 同上、Panofsky, Decke, S.3

[49] Sven Sandström, Levels of unreality : studies in structure and construction in Italian mural painting during the Renaissance, Uppsala, 1963

[50] 同上、Panofsky, Decke, S.3

[51] 同上、Panofsky, Decke, S.4

[52] 同上、Sandström, p.247, fig.72

[53] 同上、Sandström, p.131の図。

[54] 同上、Sandström, p.130

[55] 同上、Sandström, p.244, fig.65

[56]   同上、Panofsky, Decke, S. 4

[57] Panofsky, Decke, S. 5-6

[58] Panofsky, Decke, S. 6

[59] Panofsky, Decke, S. 6-7

[60] Sandström, p. 183

[61] Ingrid Sjöström, Quadratura : studies in Italian ceiling painting, Stockholm, 1978, p. 12

[62] 同上、Sandström, p. 183の図解

[63] 同上、Sandström, p. 185の図解

[64] 同上、Sandström, p. 181の図解

[65] 同上、Sandström, pp. 178-179

[66] Panofsky, Iconology, pp. 174-178 邦訳、下巻、pp.76-85

[67] 同上、Panofsky, Decke, S. 7

[68] 同上、Panofsky, Decke, S. 9