研究内容

 皆さんはそれぞれ、過去に経験した重大な出来事について、「いつどこで何をしていたか」「自身の感情がどの様な状態であったか」を鮮明に記憶していると思います。脳は環境から様々な情報を受け取り、海馬は上記のエピソード記憶の形成に中心的役割を持ちます (Scoville and Milner, 1957)。海馬には、自分の位置に関する情報 (Wills et al, 2010)、一日の時間に関する情報 (Mitsushima et al, 2009)、自身の情動に関する情報 (Chen et al, 2009)が集まっていることが解ってきました。また、特定のエピソードの記憶と想起の両方の反応するニューロン群も存在します (Gelbard- Sagiv et al, 2008)。しかし、脳内でそれぞれの記憶断片がどの様に統合され一つのエピソードとなるのか?また、どの様に記憶情報が記銘されているのか、統合的な記憶のメカニズムは不明でした。
 我々は、特定のエピソードを学習させる回避学習を用いて研究を進めました。まず、回避学習は海馬CA1ニューロンのAMPA受容体を興奮性シナプスへ移行させることがわかり、さらに、これを阻止すると学習が成立しないことから、AMPA受容体のシナプス移行が学習成立に必要であることを証明しました (Mitsushima et al, 2011)。
 最近の研究で、回避学習はAMPA受容体を介する興奮性シナプスの可塑性だけでなく、GABAA受容体を介した抑制性シナプスの可塑性も高める結果、個々のCA1ニューロンが複雑かつ多様なシナプス入力を保持することも判りました。さらに、アセチルコリンが学習によるシナプス可塑性の引き金となっていることも解りました。アセチルコリンのM1受容体阻害薬を用いて興奮性シナプスの多様性を失わせたり、アセチルコリンのα7受容体阻害薬を用いて抑制性シナプスの多様性を失わせると、どちらの場合も学習が成立しないため、学習が生み出す多様なシナプスが、符号化されたCA1ニューロンの記憶痕跡であると考えられました (Mitsushima et al, 2013)
 以上より、学習後のCA1ニューロンは、興奮と抑制のフェーズを繰り返す特徴的な発火活動を示し、さらに個々のニューロンは異なる活動パターンを示して記憶の情報処理を行う、との仮説に至りました(図)。

海馬CA1ニューロンとシナプス。AMPA受容体を介する興奮性シナプスだけでなく、GABAA受容体を介する抑制性シナプスも多様に強化されました。海馬−皮質間ネットワークによる「学習依存的Tag化シナプス」がアセチルコリン(ACh)により強化され、多様な出力により記憶処理が可能になると考えました。

参考文献
Scoville WB et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 20: 11-21, 1957.
Wills TJ et al. Science, 328: 1573-76, 2010.
Mitsushima D et al. J Neurosci, 29: 3808-15, 2009.
Chen G, Wang LP, Tsien JZ. PLoS ONE, 4: e8256, 2009.
Gelbard-Sagiv H et al. Science, 322: 96-101, 2008.
Mitsushima D et al. Proc Natl Acad Sci USA, 108: 12503-08, 2011.
Mitsushima D et al. Nature Communications, 4:2760, 2013.

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