第73回西日本脊椎研究会  抄録 (疫学等)

19.自殺企図が原因の脊椎・脊髄損傷の臨床的特徴

 

九州大学医学部整形外科 

○松本嘉寛(まつもとよしひろ)、播广谷勝三、土井俊郎、岩本幸英

 

【目的】自殺企図が原因で転落、脊椎・脊髄損傷を生じた症例の臨床的特徴について検討を行った。
【対象】当院を受静した脊椎・脊髄損傷例のうち、自殺企図による9例を対象(企図群)、同時期の偶発的な転落による症例13例を対照として(転落群)、受傷形態、合併損傷、麻痺(Frankle分類)などについて検討した。
【結果】企図群(平均33才)では胸椎損傷を4例(破裂骨折3例),腰椎損傷7例(破裂骨折5例)に,転落群(平均58才)では頚椎・頸髄損傷11例,胸椎損傷3例,腰椎損傷2例(破裂骨折2例)に認めた。合併損傷は企図群7例(骨盤骨折2例、踵骨骨折4例含む),転落群5例(骨盤骨折1例)であり、受静時の麻痺は企図群でA: 1例,BO例、Cl例,Dl例,E6例,転落群A,BO例,C3例,D5例,E5例であった。
【考察】企図群では破裂骨折や高度の合併損傷を伴う症例が多く、垂直方向の高エネルギー外力が働いていると思われる。一方、不慮の転落は高齢者に頻発し、頚椎病変、特に非骨傷性の頸髄損傷例を多く認めた。

20.脊髄損傷運動完全麻痺症例での治療経過の検討    

 

山口大学大学院医学系研究科 整形外科

○鈴木秀典(すずきひでのり)、田口敏彦、加藤圭彦、國司善彦、片岡秀雄、寒竹 司、今城靖明

 

山口労災病院整形外科 
富永俊克

 

愛媛労災病院整形外科 
國司善彦

 

【目的】当科とその関連病院にて治療を行った122例の脊髄損傷例のうち受傷1年時に詳細な追跡調査が可能であった症例の治療経過と症状改善程度について報告する。
【方法】対象症例は受傷後72時間の時点でFrankel A or Bの完全運動麻痺症例36例で男性32例,女性4例である。損傷高位の内訳は頚髄損傷22例、胸腰髄損傷14例である。手術的治療は31例に施行され,その他には保存的治療が施行された。年齢は17〜73歳で平均44歳,評価時期は受傷1年後である。評価はFrankel分類と神経学的高位の変化について,またAsia scaleとFIMでの改善の程度を評価した。
【結果】受傷機転は転落,交通事故が多かった。motor scoreは平均6 points、sensory scoreは10 points改善した。Frankel A 27例中,2例がBに,1例がDに回復した。FIM での改善率は47%であった。6例で職場復帰を認めた。
【考察】障害範囲が経時的に広がるものは少ない。 Frankel Bの症例では残存機能の回復を認める症例は比較的多いが, Frankel A症例の機能回復の割合は非常に乏しい。
【まとめ】麻痺回復が得られる割合はおおよそ一定していた。こうしたデータは脊髄損傷に対する新規治療法の適応と治療時期,治療法の選択,効果判定の根拠の一助となりうると考える。

21.当院における頚髄損傷の現状と問題点 

 

久留米大学 整形外科  

○山田 圭(やまだけい)、佐藤公昭、密川 守、脇岡 徹、吉田龍弘、佐々木威治、猿渡敦子、永田見生 

 

久留米大学 高度救命救急センター  
松垣 享、田渕幸祐、宮城知也、坂本照夫

 

久留米大学 脳神経外科  
内門久明、重森 稔 

 

久留米大学病院 医療連携センター  
原ひろ子

 

【はじめに】当院における頚髄損傷の現状と問題点を検討した。
【対象と方法】対象は2005年1月から2010年1月まで当院高度救命救急センターに頚髄損傷で搬入された25例中、搬入後に死亡した3例を除く22例(男19例、女3例)であった。平均年齢は62.2歳(23〜78歳)であった。この22例の受傷原因、骨傷・手術の有無、そして退院時の重症度と転院先を調査した。重症度はGlasgow outcome Scaleを使用した。
【結果】受傷原因は転落13例、交通事故6例、転倒1例、その他2例であった。非骨傷性頚髄損傷が14例で、脱臼など骨傷を認めたものが8例であった。手術は非骨傷性頚髄損傷の5例、骨傷を認めた5例に施行していた。退院時の重症度がSDであった12例が近医の回復期リハビテ-ション病棟へ、5例総合脊損センターに転院していた。
【考察】頚髄損傷の手術的治療の有無にかかわらず、労働可能な年齢層の患者の社会復帰 および就労のためにはその専門の訓練設備・体制をもつ医療機関への転院が望ましい。

22.頚椎・頚髄損傷診断における問題点とその対策について−頚椎外傷10028例からの検討−

 

聖マリア病院 整形外科1) 救急科2) 放射線科3)
久留米大学整形外科4)

 

○吉松弘喜(よしまつひろき)1)、吉田健治1)、山下 寿2)、神保幸太郎1)、石岡久和3)、鳥井芳邦3)、佐藤公昭4)、永田見生4)

 

【目的】頚椎・頚髄損傷の診断に至る過程には様々な問題が存在する。今回、頚椎外傷例を調査し、頚椎・頚髄損傷を見逃さないための対策を検討した。
【対象および方法】当院救急外来を受診した頚椎外傷10028例について調査した。検討項目は、受傷原因、意識障害、飲酒、頭部・顔面部外傷、四肢骨盤骨折、多発外傷などである。また、頚椎・頚髄損傷例についても同様の検討を行い、さらに後日損傷が判明した症例についても調査した。
【結果】受傷原因は交通事故7484例、転倒861例、転落492例であり、意識障害合併を1222例、多発外傷合併を358例に認めた。また、頚椎・頚髄損傷を208例(2.1%)に認めた。その内、後日損傷が判明した48例では意識障害、多発外傷合併の割合が多く、17例で治療開始が遅延していた。
【考察】頚椎・頚髄損傷の診断において救急外来の果たす役割は大きい。救急医療の現状と救急外来という特殊性から判断すると、見逃しやすい症例への認識を深めること、若手研修医への指導、完全に否定できない症例に対しての頚椎固定の徹底が大切と思われた。

23.脊髄損傷治療の医療経済−救命救急センターにおける現状と問題点

 

神戸赤十字病院 整形外科  

○伊藤康夫(いとうやすお)、越宗幸一郎

 

【目的】高度救命救急センターにおける脊髄損傷治療について、医療経済の視点も含め現状ならびに課題を報告する。
【対象および方法】平成15年8月以降の5年間に当院併設の高度救命救急センターで治療を開始した脊髄損傷例318例(男251例,女67例,平均年齢57歳、頚髄損傷197例、胸腰髄損傷102例、両者合併例19例)について、入院日数、総医療費、転帰について調査した。
【結果および考察】救命センター平均入院期間は、頚髄損傷では11.3日、胸腰髄損傷、13日。一人当たり平均の医療費は頚髄損傷1,310,391円、胸腰髄損傷1,281,860円、転帰は入院中死亡14例、転院が291例、自宅退院は13例であった。救命処置、合併損傷に対する治療により医療費は過去の報告と比較し高額であった。多発合併損傷を有する脊髄損傷例では救急医を中心とした集学的治療が行われるが、機能回復のための早期リハの開始が問題である。超急性期からのリハを含めた十分な医療資源の導入と、地域における切れ目無い施設間ネットワークを構築することが重要である。

24.脊髄損傷の現況〜アンケート調査の結果から〜     

 

総合せき損センター整形外科  

○坂井宏旭(さかいひろあき)、植田尊善、前田 健、森 英治、弓削 至、河野 修、高尾恒彰、益田宗彰、宿利知之、林 哲生、芝啓一郎

 

【はじめに】脊髄損傷(脊損)は外傷の中で最も重症度の高い疾患の一つであり、より多くのデータを集約し、エビデンスに基づいた治療(evidence based medicine)を行うことが患者にとり重要なことである。
【方法】我々はH18年2月、当センターの位置する福岡県の全域を対象とした福岡県急性期脊損登録管理事務局を設置した。福岡県下の2次、3次救急指定病院へ新規脊損患者に関するアンケートを郵送し、3年間の回答を解析した(H17年度148病院、H18年度151病院、 H19年度148病院)。【結果】 3年間の回答率は83.8%であった。新規脊損患者が受診した病院は44病院であった。 Frankel分類A-Dの新規脊損患者数は392人、脊損患者発生頻度の予測値は30.8人/100万人と考えられた。平均年齢57.6歳(男性57.6歳、女性57.7歳)。年代別新規脊損患者数は60歳代をピークとした1相性パターンであった。
【考察】今回の調査の回答率は83.8%と高く、したがって現在の脊損の現状を把握する為の重要なデータベースとなりうると考えられた。現在、北海道をはじめとした地域で同様の脊損登録管理事務局が立ち上がり、疫学調査が始まっている。これらの事務局間で密に連絡を取り合うことで全国における脊損治療のデータを集約的にまとめ、将来的には脊損治療の質の向上に貢献することができるものと考える。