食生活の欧米化など影響から,癌の発生は年々増加しています.その中でも大腸癌は日本人に増加傾向が著しい癌であり,現在最も多い胃癌を21世紀中に追い抜くと言われています.
私たちの研究室では,不幸にして,癌などの腫瘍に冒された人が,なるだけ苦痛を感じることなく手術ができるような手術器具(デバイス・システム)を,お医者さん達と一緒に,開発しています.
手術というと,お腹を大きく切り開いて,目の前にある内臓を切ったり,縫ったりというようなことを思い浮かべるかも知れませんが,現在は,お腹に直径1cm位の穴を開けて行う,内視鏡というカメラを使った鏡視下手術が広まっています.
この手術では,内視鏡を通して,テレビ画面に映し出される画像を見ながら,鉗子という道具を使って手術を行います.つまり,画像を見ながら,癌のある場所を見つけて,正常な部位を痛めることなく,癌を取り除くことが必要となります.
腸管内にできた癌(腫瘍部位)を見つけるのは,大変な作業でした.そこで,私たちは,いろいろな物理現象を利用した方法について考え,漏洩磁界を利用した腫瘍部位を同定するシステムを開発しました.
装置の基本的な性能の評価を工学的な見地から行い,実際の臨床現場で使えるようなるまで検討し,まず,ヒト大腸切除標本を使って,基礎実験を行いました.
鉗子を使って,臓器をつかんだ際,臓器の硬さがわからないという問題があります.鏡視下手術では,鉗子を使って,臓器を縫って縫合などを行う際に,糸を引っ張る加減がわからず,糸を切ってしまうこともよく起こります.
そこで,術者が握る操作部と鉗子が臓器をつかむ(把持する)部分を分離し,コンピュータ制御により,臓器をつかんだり,糸を引っ張ったりしたとき,鉗子にかかっている力を操作部に伝えることのできるシステムを開発することにしました.
親指と人差し指で物体をつかむ動作で,鉗子を開閉し,鉗子に発生している力の感覚を操作部に提示できる装置を試作しました.つまり,操作部で指を動かすと動作に従って,鉗子先端部が開閉動作を行い,仮に,鉗子先端部が何か物体をつかんだ場合は,そのつかんだ物体の硬さに応じて,鉗子に発生している力を,操作部に発生させることのできる装置です.
この装置では,操作部の力覚提示には,ボイスコイルモーターというアクチュエーターを利用しており,鉗子の開閉動作には,ワンウェイクラッチを使って,一個のモーターとワイヤーで開閉動作を行っています.
病気・事故などにより,あるいは,高齢化のために,著しく,QOL(Quolity of life)が極端に低減する場合があります.例えば,目や耳が不自由になることもその一つと言えます.
私たちの研究室では,著しく低下したQOLを少しでも改善できるようなデバイス開発に取り組んでいます.
直腸・肛門癌において,肛門開口部より6cm以内に腫瘍がある場合,開口部より4〜5cm以内に分布している肛門括約筋も同時に切除しなければなりません.この場合,肛門を閉鎖する能力が失われるため,自然肛門方向への腸管を閉鎖し,下腹部から腸管を露出させ,人工肛門をつくり,ここにストーマ袋とよばれる袋を取り付けるという処置が施され糞便が回収されます.
しかし,この新たに造られた人工肛門が患者のQOL(quality of life)を低下させる要因になっています.美容面での問題や,袋の隙間から発生する悪臭,無意識に排泄される便など,精神面での苦痛のほかに,炎症といった肉体的苦痛が生じる場合もあります.
また,事故あるいは,高齢化により,括約筋の機能が損なわれるという括約筋不全患者も数多く存在しています.この方たちは,頻便を余儀なくされるため,漏便対策として,オムツをする,あるいは,トイレまでの距離を短縮するために,ポータブル型のトイレを常時,用意するなどの対策が取られますが,本人にとっては,大きな苦痛となります.
我々は,無電源で長期間安全に使用できる排便部閉鎖機構を開発し,自然肛門部位での排便を再建させることを目的として,排便制御デバイスの開発を行った.
すり鉢状の弁内部に,柔らかい弾性体を配し,容易に開閉する構造としています.これを閉じた状態で肛門開口部より挿入すると,弾性体の弾性力により腸管内部で開き,排便部を閉鎖するしくみとなっています.閉鎖後は便の自重と内圧により,拡張弁が押し広げられるため,さらに大きな力で閉鎖することになります.また,下部にとりつけてあるひもを引くことで,排便が可能となります.