■ 第 4回 デカルト『方法序説』読書会

平成17828

第 三部 道徳上の諸規則につ いて
◇暫定的道徳、あるい は実践の問 題
 デカルトは、炉部屋での思索に おいて精神を導く方法の諸規則を定めた後で、今度は当座に備えて道徳の諸規則を定める。家の建て直しに際して工事中に住む家を都合しておかねばならないの と同様に、理性が判断の非決定を命じる間も、できるだけ幸福に生き、行為が非決定にとどまらないようにするためである。それは、三つ四つの格率(maximes)から成る。
・第一の格率:自分の国の法 律と慣習に従うこと。
 ここでは、子どものころから教 えられた宗教を守り、また極端を避け、いちばん穏健な意見に従うことが述べられている。あらゆる極端は悪いのが通例であり、また穏健な意見に従ってやり損 ねた場合の方が、両極端の一方を選んでやり損ねた場合よりも、「真の道からの隔たりが少なくてすむから」(p.36)である。そしてデカル トは、「自分の自由を削るような約束は、すべて極端の部類に入れた」(同前)。彼は「この世にはいつも同一の状態でとどまっているものは一つもないと認 め」(同前)ていたので、その時善と認めたことが、後に善と認められなくなったとしたら、「良識にたいして大きな過ちを犯すことになる、と考えたからであ る」(同前)。
・第二の格率:「自分の行動 において、できる限り確固として果断であり、どんなに疑わしい意見でも、一度それに決めた以上は、きわめて確実な意見であるときに劣らず、一貫して従うこ と」(p.36)。
 デカルトは、このことを、森で さまよう旅人に準える。森で道に迷ったときは、あちらこちらをぐるぐる廻ったり、一カ所にとどまったりするよりも、一つに方向を定めて進んだ方が、とにか くどこかへ行き着くだけましである。そうして「同様に、実生活の行動はしばしば一刻の猶予も許さないのだから」(p.37)、「もっとも蓋然性の 高い意見に従うべき」(同前)であるし、またどの意見に従うべきか分からないときにも、どれかに決めて、一度決めた後はそれを確かなものと見なさなければ ならない、と言われる。
・第三の格率:「運命よりむ しろ自分に打ち克つように、世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように、つねに努めること」(pp.37- 38)。「そして一般に、完全にわれわれの力の範囲内にあるものはわれわれの思想しかないと信じるように自分を習慣づけること」(p.38)。
 この格率には、われわれの(力 の)外にあるものはいっさい望まず、自分の力の範囲内にあるもの(すなわち、「思想」)において満足を得よ、と教えるストア哲学の考え方が見られる。「つ まり、いくら良いものでも、われわれの外にあるものはすべて等しく自らの力から遠く及ばないとみなせば、生まれつきによるような良きものがないからといっ て、自分の過ちで失ったのでなければ、それを残念とは思わなくなる」(p.38)のである。ストアの哲学者は、「自分の思想を絶対的に自由に統御していた」(p.39)ために、「神々と至福 を競うことができた」(同前)とデカルトは言う。
 
 
・知性と意志、あるいは判断 と行為
 以上のような道徳から、デカル トは「この世で人々が携わっているさまざまな仕事をひととおり見直して、最善のものを選び出そう、と思い至った」(p.39)。そうして自分自身 (デカルト)の仕事については、「全生涯をかけて自分の理性を培い、自ら課した方法に従って、できうるかぎり真理の認識に前進していくこと」(同前)だと デカルトは言う。「そしてまた、先の三つの格率も、自分を教育しつづけていこうというわたしの計画に基づいたものにほかならない」(p.40)と言われる。彼は、神 から与えられた光(理性)によって、他人の意見を検討し、またもっと優れた意見を見つけ出そうとしたのである。こうしたあらゆる知識を確実に獲得できるの と同じ道筋をたどって、「自分の力にかなう真に良いものすべてを確実に獲得できる」(同前)とデカルトは考えていた。したがって、彼は、「よく行うために はよく判断すれば十分であり」(同前)、そのことを確信する限り、心の満足を欠くことはないだろう、と述べる。
 そうして、これらの格率と「信 仰の真理」(p.41)をひとまず別にしたのちは、他の意見を自由に捨て去ることができるとデカルトは判断し た。そして、この企てを達成するために、炉部屋を離れ、再び旅に出る。その後の九年間は、「世界で演じられるあらゆる芝居のなかで、役者よりはむしろ観客 になろうと努め、あちこちと巡り歩くばかりだった」(同前)。そうしてデカルトは、さまざまな観察や実験をしながら、「自分に定めた方法を使いこなす練習 を続けていった」(p.42)。
 だがこの九年が経過しても、従 来よりも確実な哲学の基礎を求めるには至らなかった。しかし、そのうち、人々の間でデカルトがすでにその仕事をやり遂げているという噂が広まった。そこ で、彼は、「実際の自分とは違うように取られたくない」(p.44)という気持ちから、オランダの地に隠れ住む決心をした。そうした「孤独で隠れた生活」 (同前)の中で、デカルトはさらに思索を進める。