■ スピノザ『神・人間および人間の幸福に関する短論文』読書会
   第4回 2005.05.18 参加者ーχ、脇、文照

◇ 第1部第2章 神とは何か
2.3 反論
2.3.1 反論
 第4の命題「自然の中に形相的に存するより他のいかなるものも神の無限なる知性の中に存しない」ということに対する次のような反論がなされる。

前提1 もし神が一切を創造したとするならば、神はそれ以上を創造することはできない。
前提2 しかし、神がそれ以上を創造することができないということは神の全能に矛盾する。
帰結  故に、神は一切を創造したのではない。

 形式的には、次のように表記される。

前提1 P→Q
前提2 ¬Q
帰結  ¬P(モードゥス・トーレンスにより)

2.3.2 スピノザによる論駁
 上の論証に対して、スピノザは前提2を否定するという方策を採用する。
 神が創造するものが一つの椅子と一つのテーブルで尽きていると想定しよう。スピノザの場合、神は椅子とテーブルを同時に創造する。これに対して反論者の 場合、椅子は直ちに創造するが、テーブルは神の観念のうちに存在する。テーブルは現時点では創造される可能性があるだけである。そして、神は時間的に後に なってテーブルを創造すると考えているのである。問題になっているのは「創造の可能性」という点である。スピノザは、創造の可能性があるのなら直ちに創造 する方がより完全であるという議論をしているように見える。
 スピノザの反論が強力なものとは思えないが、さりとて反論者の論証が正しいとも思われない。スピノザもそう考えているようだが、脇君が指摘したように、 反論者の論証における「一切」の意味が前提と帰結ではずれているように感じられるからである。

2.3.4 論理学のお勉強
 あまり重要な部分ではないと思われるが、69p6〜9行の論証は、一読して理解できる人は少ないと思われる。表現が込み入っているのである(原典、英訳 ともにわかりズらい表現となっているので、ここは意訳をすることで意味を取りやすくしようと思う)。
 まず、論証の構造からみてみると、これは2.3.1でも記したものと統一である。

前提1 P→Q
前提2 ¬Q
帰結  ¬P(モードゥス・トーレンスにより)

 訳者は、結論¬Pに対して「神は一切を創造した」という命題を補っている。これから、前提1の非常に込み入った表現は、次のようなものと解釈される。

前提1 神が一切を創造しなかったならば、神は自身が創造できるものを創造しないことになる。

 続いて、

前提2 神は自身が創造できるものを創造しない、これはそれ自体で矛盾である(神の全能より)

 モードゥス・トーレンスによって、前提1の前件の否定、神が一切を創造するという帰結が導かれる。


5 2005.05.25 第5回