■ スピノザ『神・人間および人間の幸福に関する短論文』読書会
   第6回 2005.06.01 参加者ーχ、脇、文照

◇ 第1部第2章 神とは何か
3.5.2
 様態は分割されるが、実体は分割されない。しかし、様態とは実体の変状である(『エチカ』第1部定義5)。また、物体とは神が延長したと見られる限りに おいて神の本質をある一定の仕方で表現する様態のことと解する(『エチカ』第2部定義1)。とすれば、様態を分割することは、それの変状であるところの実 体を分割することになるのではないか。
 マフィアの背中にある虎と龍のタトゥーを思い浮かべてみよう。便宜上、マフィアは実体に、タトゥーは様態であるとせよ。このとき、タトゥーを分割するた めに、ドスでマフィアごとぶった切ってはいけない。それでは実体まで分割することになってしまう(この場合、流血はいけない)。では、どうするか。実は、 彫られたと思われていたタトゥーは実は二枚のシールであった(様態とみなしたタトゥーは、レーザーで焼く以外には分割すことはできまい)。そこで、このタ トゥー(もどき)を分割するには、どちらか一枚をずらして、背中の別の別の場所に移動させればよい。
 このようにして、マフィアを切り刻むことなしに、タトゥー(もどき)を分割することは可能となる。様態は分割されるが、実体は分割されないということ は、イメージ的にはこういうことだろう。

2.5.3
 ここでは、分割に加えて、受動も常に様態にのみ起こることであると述べられている。したがって、これから実体が能動者であることが分かる。能動者と受動 者では、能動者のほうが完全である。というのは、受動者は常に能動者を必要とし、それに依存するからである。これに対して、能動者は依存するものを必要と しない、それは能動者である実体は自己原因であるからであろう。

2.6 駁論とスピノザの返答
2.6.1 駁論
 ある物体を運動に移す第一原因が存在しなければならない。というのは、運動ないしは静止は外的原因を必要とするからである。

2.6.2 スピノザの返答
 神の定義から、運動も静止も属性であるから、それらは自然に属するものである。物体は実体の様態であり、その物体が運動ないしは静止しているということ は、実体の持つ属性であるそれらをもっているということである。

2.7 神の属性について
 ここまで、長々と神の属性について語っていながら、「一言を以って述べるであろう」という表現はしっくりこない。思惟と延長に特に言及しているという点 からこのような表現にしたのだ、という見解もあるかと思われるが、それならばむしろこの部分はもっと前に置かれるべきではないだろうか。
 また、思惟と延長は我々が認識することができるものであるが、次の属性はそれができないという理由から外的名称であるか神の作用である、とスピノザは述 べている。外的名称と呼ばれるものは、神は自分自身で存在する、永遠である、唯一である、不変である、神の作用であるものは、神は万物の原因である、予定 者である、支配者であるなどである。これらは神の特性ではあるが、我々が神が何であるかを認識するのに役に立たないというのである。
 しかし、これらの多くはスピノザが神について語る際に明らかに前提としているものである。この根拠としてスピノザがあげるであろう物は、おそらく神の定 義であろう。スピノザの神についての記述の中には、どこまでもこの定義が強力に作用していることが確認できる。

6 2005.06.01 第7回