中耳炎・難聴外来



担当:菅原一真



山口大学医学部耳鼻咽喉科の中耳炎・難聴外来で扱っている疾患は、慢性中耳炎を始め、耳小骨奇形、耳硬化症といった、手術で難聴の改善が図れる可能性があるものです。また、高度難聴に対しては、人工内耳埋め込み術を行っています。

1 よくある中耳炎について

急性中耳炎
急性中耳炎の鼓膜
1)急性中耳炎
 中耳炎は、皆さんにはなじみのある病気のひとつだと思います。痛い、痛いと子供さんが夜中に泣くのが、急性中耳炎です。風邪をひいた後に起こりやすく、小さな子供さんではしばしば発熱を伴います。鼻の奥と耳をつなぐ耳管とよばれる管を介して、細菌感染が中耳に波及することで起こります。治療は、抗生物質の投与と痛みに対する対症療法ですが、炎症が強い時には、鼓膜を切開して中耳腔の血膿の排出を促します。近年小児の薬剤耐性菌が原因の中耳炎が増加しており、難治性反復性中耳炎として注目されています。このような子供さんには入院の上、抗生物質の点滴を行う必要がある場合があります。

滲出性中耳炎
滲出性中耳炎の鼓膜
 2)滲出性中耳炎
 次に、小児や高齢者で多くみられる滲出性中耳炎について述べます。この中耳炎は痛みを訴えることは少なく、次第に難聴が進行してきて、呼びかけにすぐ反応しないことが増えた、聞き返しが多くなった、テレビの音が大きくなった、という形で見つかります。鼓膜の奥の中耳腔に浸出液が溜まってしまうために、鼓膜がうまく振動しなくなり、耳がつまった感じや、難聴を認めるようになります。 自分の話す声が変に聞こえる、響く、という症状が出ることもあります。小児では、耳管を介しての感染が完全に治癒しないで、滲出性中耳炎に移行します。高齢者では、耳管機能の低下により、鼓膜をはさんで外気圧と中耳腔の圧とのバランスがとれずに中耳腔の圧が薄れてしまい、浸出液が溜まります。症状が強ければ、鼓膜切開をして浸出液を抜いてあげると楽になります。繰り返す場合には、鼓膜切開した部分に小さな中空のチューブを留置して、鼓膜の外、内をつないでおくと、中耳腔の圧は常に外気圧と等しくなって換気されますから、症状はなくなります。チューブ留置術は、外来で鼓膜麻酔を行い簡単に施行できますが、体動が強い子供さんは、短期入院で全身麻酔をかけて行うこともあります。 切開や、チューブを入れた鼓膜の穴はほとんどが自然に閉鎖しますが、稀に穴が残ることもあります。

2 慢性中耳炎
 先に述べました2つの中耳炎の患者さんは、市中病院ではしばしば見かけます。一方、大学病院では手術が望ましいと判断され他院からの紹介で来られる患者さんが多く来られます。その中の多くは慢性中耳炎です。

1)慢性化膿性中耳炎
 
慢性中耳炎
慢性化膿性中耳炎の鼓膜
慢性中耳炎には、大きく分けて2つあります。ひとつは、鼓膜に穿孔があり、耳漏を反復する慢性化膿性中耳炎です。難聴を伴いますが、鼓膜にあいた穿孔の大きさ、場所により程度が異なります。耳漏の反復が長期に及べば、中耳腔の粘膜が腫脹したり、肉芽を形成することもあります。これらは、鼓膜の振動を神経に伝える中継ぎをする小さな骨の連なり(耳小骨)の動きを障害してしまいます。さらには、聴えの神経自体の反応 も徐々に低下していきます。神経の反応が低下してしまえば、いくら鼓膜の穿孔をふさいでも聴力の回復はあまり望めず、限界があります。そのため、聴力が改善する可能性がある内に、早く耳鼻咽喉科を受診されることをお勧めします。

2)真珠腫性中耳炎
 
真珠腫性中耳炎
真珠腫性中耳炎の鼓膜
もう一つの慢性中耳炎は、真珠腫性中耳炎と呼ばれるものです。これは、腫瘍ではありません。先天的に皮膚成分が中耳腔内に迷入する、あるいは耳管の働きが悪く中耳腔内の換気が図れずに、鼓膜が奥に倒れ込み皮膚成分が中耳腔内に入り込んで増殖して骨を溶かしていくものです。中耳腔は、上が脳、後ろが頭蓋内の血液を集める静脈洞、内側が内耳・顔面神経と、重要な臓器で囲まれています。従って、真珠腫が進展すると、これらに関係した合併症、例えば髄膜炎、脳膿瘍などの危険性が生じます。そのため、真珠腫と診断されれば原則として手術をお勧めしています。手術の目的は、まず第1に真珠腫の除去・清掃、第2に聴力改善です。真珠腫は、再発することがあります。当科での手術では再発率は4%程度です。再発した場合は再手術が必要です。真珠腫の進展具合によっては手術を2回に分けて行います。1回目は真珠腫の清掃のみを行い、1年ほど間をあけて、2回目には、再発の有無のチェックと聴力再建をします。術後も、再発の有無をチェックするために定期検診に耳鼻咽喉科へ通院する必要があります。当科では再発の兆候なく5年が経過すれば一旦終診としています。



3 中耳炎手術

1)鼓膜形成術
 慢性中耳炎の鼓膜穿孔で、穿孔を閉鎖すれば聴力が改善することが事前の検査でわかっている場合には、鼓膜の穿孔を閉鎖する、いわゆる鼓膜形成術を行います。耳漏を認めない比較的まっすぐな外耳道であれば、耳後部から採取した皮下組織を用いて、外耳道からの操作のみで穿孔閉鎖を行うことが可能です。小児以外であれば鼓膜麻酔で施行できますから日帰り手術が可能です。小児の場合は全身麻酔をかけますので短期入院となります。

2)鼓室形成術
上記以外の慢性中耳炎に対しては、3時間の全身麻酔で2週間ほどの入院で手術を行います。耳たぶの付け根に5〜6センチの切開を加えます。細かい術式は、中耳炎の種類、病変の広がりの程度によって異なります。鼓膜穿孔閉鎖の材料は、切開部の筋肉の膜(側頭筋膜)を使います。ただし術後感染、血行障害などで、完全に閉鎖しないことがあり、閉鎖率は96%です。慢性化膿性中耳炎で、肉芽の形成が強く、鼓膜穿孔を閉じるだけでは聴力が改善しないと考えられれば、中耳腔内の清掃、形成を目的とした操作を行います。中耳腔内の操作で、手術側舌前3分の2の区画で味覚の低下を伴うこともありますが、1年ほどで気にならなくなることがほとんどです。真珠腫性中耳炎でも、同様の操作で中耳腔の清掃を行いますので、所要時間、合併症は同様です。しかし、真珠腫は骨を破壊していきますから、正常では骨に囲まれている顔面神経が露出して真珠腫の中に埋もれていることもあり、顔面神経を障害して麻痺を合併する危険性が、極めて稀ですがあります。

3)聴力成績
鼓室形成術の聴力の改善について述べます。先に述べた3つの耳小骨の中で、神経にはまりこんでいるアブミ骨と呼ばれるものがポイントとなり ます。アブミ骨が正常ならば80%以上で聴力は改善します。アブミ骨が障害されていれば、改善率は50〜60%となります。最近CT検査なども進歩してき ましたが、依然としてアブミ骨の十分な評価は術前にはなかなか困難で、実際手術中に正確な状態を把握することになります。慢性中耳炎のなかには、鼓膜が中耳腔に落ち込んで癒着しているものがあります。これは、癒着性中耳炎とも呼ばれ、慢性化膿性中耳炎にも真珠腫性中耳炎にも合併していることがあります。大変治りが悪い中耳炎で、手術をしても、鼓膜が再癒着してしまい、改善する確立は60%とされています。

4 耳小骨奇形
 中耳炎もなく、見た目は鼓膜も正常ですが、聴力検査で難聴を指摘されるということが時にあります。鼓膜の振動を神経に伝える橋渡しをしている耳小骨(ツ チ骨、キヌタ骨、アブミ骨)の先天的な奇形がある場合がそうです。この疾患の場合は、中耳炎と異なり炎症がないことがほとんどなので、手術によって高率に聴力改善がはかれます。ただし、顔面神経の走行に異常がある場合、内耳奇形を合併している場合など、手術的に改善困難な場合も時にあります。当外来では、改善の可能性がある方は、積極的に手術治療を行っています。聴力の改善率は、ツチ骨、キヌタ骨の固着、キヌタ骨、アブミ骨の離断に対する耳小骨連鎖再建で あれば、80〜90%、アブミ骨固着に対するアブミ骨手術であれば90%以上です。ただし、複数の種類の奇形が合併していて、思うように改善が得られないこともあります。

5 耳硬化症
 思春期頃から徐々に難聴が進行してくる病気で、手術的に改善できるものに、耳硬化症があります。以前は、白人女性に多い、遺伝的素因を持つ疾患とされていましたが、実際には、日本人にも割とあるのではないかといわれています。この病気は、アブミ骨が神経にはまりこむところで動きがかたくなり固着してしまい、正常に振動できなくなることで難聴が進行します。両側に認めることもあり、両側性であれば、一側だけでも手術で改善できると生活の質がかなり向上しますので、積極的に手術を勧めています。一側のみ罹患した方で手術をあまり希望されない方は、外来で定期的に聴力検査を行い進行の有無、健康側に発症する徴候がないかを見ています。耳硬化症に対するアブミ骨手術の聴力改善率はほぼ100%です。

6 人工内耳
人工内耳
人工内耳の体内部(コクレア社ホームページより転用)
先天性、あるいは後天性の高度難聴で補聴器の効果を認めない方に対しては、現在人工内耳埋め込み術が大きな威力を発揮しています。耳たぶの付け根を切開して側頭骨を開窓し、蝸牛に穴をあけて、同部より信号処理された音の情報を聴神経に伝えるための電極を蝸牛内に挿入します。電極につながった受信部を頭蓋骨に作成した窪みに埋め込んで傷を縫合します。皮膚をはさんで、磁石により送信コイルが受信部とひっつき、マイクで拾った音を伝えます。外見上は耳掛け型補聴器をつけているように見えます。当科では現在コクレア社、メドエル社の2種類の人工内耳手術が可能です。人工内耳手術は、音を失ってからの期間が短ければそれだけ有効に活用できるといわれています。人工内耳は、術後のリハビリが大切です。しっかりとリハビリを継続する確固たる意志を持っていらっしゃることも、手術の適応を考える上で大事なポイントとなります。人工内耳に関する詳細は社団法人日本耳鼻咽喉科学会ホームページ(http://www.jibika.or.jp/)をご参照ください。
 年に1回県内で、人工内耳友の会ACITA山口支部主催、日本耳鼻咽喉科学会山口県地方部会後援で、人工内耳に関する説明会が開催されます。

以上、山口大学医学部耳鼻咽喉科、中耳炎・難聴外来で扱っている主な疾患について、術後成績を交えて紹介いたしました。




2020年10月 菅原一真

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