美術史2004


5. 様式史:ヴェルフリン

三浦篤「西洋美術史学の方法と歴史」、高階秀爾、三浦篤編『西洋美術史ハンドブック』、新書館、1997年6月、pp.204-205.

F 様式論の展開:ヴェルフリンからフォシヨンへ

p.204 l.17-p.205 l.2. "美術作品の純粋に視覚的な読解から生み出された五組の対概念―「線的と絵画的」「平面と奥行」「閉じられた形式と開かれた形式」「多数性と統一性」「明瞭性と不明瞭性」―によって、十六世紀の「古典主義」と十七世紀の「バロック」という時代様式が、価値判断抜きで造形的に定義されたのである。その概念操作と妥当性については批判もあるが、様式論に確固とした学問的基礎付けを与えた点で、『美術史の基礎概念』の評価に揺るぎはない。二十世紀の生んだ美術史学の著作として、パノフスキーの『イコノロジー研究』と並んでもっとも広範に影響を及ぼしていると言ってよいであろう。"

p.205 l.13. "フォシヨンは芸術作品を自律的な形態として捉え、そこに内在する様式発展の法則を示す。"

p.205 l.16. "芸術作品という矛盾をはらんだ精妙な生命体への洞察に基づき、単純な図式化を避けるのがフォシヨンの真骨頂…"

p.205 l.19-21. "…二十世紀後半になると、ラテンアメリカ美術を専門とするジョージ・クブラーが、『時間の形』(一九六二)において美術史学における対象の分類や時代区分への包括的な問題提起を行った。"


参考図書

ハインリッヒ・ヴェルフリン(Wölfflin, Heinrich 1864-1945)

ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念 近世美術における様式発展の問題』、海津忠雄訳、慶應義塾大学出版会、2000年

H.ヴェルフリン『古典美術』、守屋謙二訳、美術出版社、1962年

ヴェルフリン『美術史の基礎概念 近世美術における様式発展の問題』、守屋謙二訳、岩波書店、1936年

コンラート・フィードラー(Fiedler, Conrad 1841-1895)

フィードレル『藝術論』、金田廉訳、 青磁社、1947年

フィードレル『フィードレル芸術論』、金田廉訳、第一書房、1928年
 →藝術論-美術品の評価に就いて/藝術的活動の起源/附・コンラアド・フィードレルに就いて

フイドラア『藝術的活動の起源』、金田廉訳、大村書店、1921年

高梨友宏『美的経験の現象学を超えて 現象学的美学の諸相と展開』、晃洋書房、2001年
 →フィードラー芸術論の再解釈。

ハンス・フォン・マレース(Marées, Hans von 1837-1887)

神林恒道「マレーとフィードラー」、『文化学年報』第39輯、同志社大学文学会、1990年3月、pp.142-156.
 →フィードラーの芸術論がいかにマレースの作品に反映しているか。

アードルフ・フォン・ヒルデブラント(Hildebrand, Adolf von 1847-1921)

アードルフ・フォン・ヒルデブラント『造形芸術における形の問題』、加藤哲弘訳、中央公論美術出版、1993年

ヒルデブラント『造形美術に於ける形式の問題』、清水清訳、岩波書店、1927年

エリー・フォール(Faure, Elie 1873-1937)

エリー・フォール『形態の精神』(美術史 6)、星埜守之訳、国書刊行会、2003年

エリー・フォール『古代美術』(美術史 1)、篠塚千恵子訳、国書刊行会、2002年

エリー・フォール『約束の地を見つめて』(叢書ウニベルシタス  43)、古田幸男訳、法政大学出版局、1973年

エウヘーニオ・ドールス(d'Ors, Eugenio 1882-1954)

エウヘーニオ・ドールス『プラド美術館の三時間』(ちくま学芸文庫)、神吉敬三訳、筑摩書房、1997年

エウヘーニオ・ドールス『プラド美術館の三時間』、神吉敬三訳、美術出版社、1973年(新装版、1991年)

E.ドールス『バロック論』、神吉敬三訳、美術出版社、1970年(新装版、1991年)

E.ドールス『バロック論』(筑摩叢書 156)、成瀬駒男訳、筑摩書房、1969年

アンリ・フォシヨン(Focillon, Henri 1881-1943)

アンリ・フォシヨン『フォルムの素描家 レンブラント』、原章二訳、彩流社、2002年

H.フォシヨン『ラファエッロ 幸福の絵画』(平凡社ライブラリー 412)、原章二訳、平凡社、2001年

アンリ・フォシヨン『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』、原章二訳、白水社、1997年

アンリ・フォシヨン『西欧の芸術 ゴシック』(SD選書116・117)上・下、神沢栄三ほか訳、鹿島出版会、1976年

アンリ・フォシヨン『西欧の芸術 ゴシック』、神沢栄三ほか訳、鹿島出版会、1972年

アンリ・フォシヨン『西欧の芸術 ロマネスク』(SD選書114・115)上・下、神沢栄三ほか訳、鹿島出版会、1976年

アンリ・フォシヨン『西欧の芸術 ロマネスク』、神沢栄三ほか訳、鹿島出版会、1970年

アンリ・フォション『ロマネスク彫刻 形体の歴史を求めて』、辻佐保子訳、中央公論社、1975年

アンリ・フォシヨン『至福千年』、神沢栄三訳、みすず書房、1971年

アンリ・フォーション『形の生命』、杉本秀太郎訳、岩波書店、1969年

ジョージ・クブラー(Kubler, George 1912-1996)


ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念 近世美術における様式発展の問題』、海津忠雄訳、慶應義塾大学出版会 2000年、pp.19-23.

◆用語解説

ルネサンス

ふつうこの用語は、古代の手本の影響を受けたイタリアにおける美術の再生と定義されているが、その起源はほかならぬクァットロチェント にあって、歴史から法律にいたる古典の文献と学問に対する関心の復活から始まる。それゆえ、この概念は、美術に限定される以前は、知性に関する概念であった。…(中略)…ルネサンスの美術形式は、その時代の人文主義的・自然主義的・政治的視野に合わせんとする古典の過去の再構築にかかわっていたが、そのようなすべての理由から、世評の受けはきわめて良かった。その「製品」(むしろ世間一般への働きかけといえるであろう)は、多くはイタリアの美術家・建築家・学者・音楽家によって、ヨーロッパの宮廷に輸入された。時代区分をするならば、マニエリスム(その後にバロックがつづく)が始まったとき、ルネサンスは終わったといえるであろう。しかしこれは部分的な真実に過ぎない。なぜなら、写実主義や印象主義にいたるヨーロッパのあらゆる芸術運動は、ルネサンスの形式と理念を拠り所にしたからである。つまりそれは、アカデミーによって維持・強化され、18世紀末までのイタリア半島の(下降気味にせよ)絶えざる重要性によって保持された覇権である。

(ポール・デューロ、マイケル・グリーンハルシュ『美術史の辞典』、中森義宗、清水忠訳、東信堂、1998年、pp.383-4.)

バロック

17世紀と18世紀の大半におよぶ時代を示す用語で、イタリアに加え、スペイン、ドイツ、オーストリア、それにある程度はフランスを含む―すなわち、マニエリスムとロココにはさまれた時代である。…(中略)…バロック様式がもっともよく見られるのは、個々の絵画ではなく、全体的な調和の中であり、そこではこの用語が意味するものは、壮麗、空間的複雑さ、それに過剰なまでの装飾的精巧さおよび光と影に対する関心である―つまり、その手段が絵画、彫刻、建築のいずれにせよ、しばしば観客を巧みにあやつることが必要となる演劇の感覚である。…(中略)…バロックはしばしばカトリック美術の形式と考えられているが、このような定義は、低地諸国(オランダ、ベルギー等)のプロテスタント地域やイギリスや(ガリア主義の)フランスにおいては、その様式の限られた影響に対する部分的な説明となる。つまり、これらの地域では、プサンの絵画にみられるように、バロック様式はしばしば古典主義によって和らげられた。バロック様式 は長く続き、19世紀末には著しい復興があった。

(ポール・デューロ、マイケル・グリーンハルシュ『美術史の辞典』、中森義宗、清水忠訳、東信堂、1998年、pp.284-5.)

 

一四〇〇年代 クワトロチェント 15世紀 初期ルネサンス
一五〇〇年代 チンクエチェント 16世紀 盛期ルネサンス
一六〇〇年代 セイチェント 17世紀 バロック

美術史の基礎概念と二つの頂点

p.19 "本書は上述の最も普遍的な表現形式の論究を使命とする。"

p.19 "この時代の流れは初期ルネサンス―盛期ルネサンス―バロックという名称で表示される。これらの名称は大して意味のあるものではないし、それをアルプスの南と北で同じ使い方をすると、必然的に誤解を招く虞れがあるが、さりとて今さら排除するわけにもいかないというものである。萌芽期―開花期―凋落期という比喩的解釈は、不幸にも、さらに誤解を招く脇役を演じる。"

pp.19-20 "一五〇〇年代の(クラシック)美術と一六〇〇年代の(バロック)美術は価値の点では同一線上に並ぶのである。"

p.20 "われわれがどちらかの絶頂期に共感をもつことはあり得ようが、いずれにせよ、その際には勝手に判断していることを知らなければならない。その勝手さ加減は、ばらの茂みは花の形成において、りんごの木は果実の形成において、その全盛期を体験する、と言うのと同様である。"

p.20 "われわれの意図は典型(ルビ:テュプス)と典型(ルビ:テュプス)を比較し、完成したものと完成したものを比較することにある。"

p.20 "…全般的な発展をつかみ損ねないようにするには、双方の差異を実り多い側面で捉え、コントラストとして相互に語らせる決断をしなければならない。"

五対の基礎概念

p.21 "(一)線的なものから絵画的なものへの発展。" →図版

p.21 "前者では事物の境界が強調され、後者では現象が境界づけられないものに変化する。"

p.21 "(二)平面的なものから深奥的なものへの発展。" →図版1図版2

p.21 "クラシック美術は一つの図形(ルビ:フォルム)全体の各部分を平面的な層構造に配置するが、バロック美術は前後関係を強調する。"

p.21 "(三)閉じられた形式から開かれた形式への発展。" →図版

p.21 "…バロックの緩やかな形式に対して、クラシックの組み立ては一般に「閉じられた形式」の芸術と表示することができるのである。"

p.22 "(四)多数的なものから統一的なものへの発展。" →図版

p.22 "…統一性は一方では自由な各部分の調和によって得られ、他方では各構成要素が一つのモティーフのために集結すること、あるいは他のもろもろの要素が一つの主導的な要素に隷属することによって得られる。"

p.22 "(五)対象的なものの絶対的明瞭性相対的明瞭性。" →図版

p.22 "…モティーフの明瞭性はもはや表現の自己目的ではなくなるのである。形はもはやその完全性において眼前に展開される必要はなく、本質的な要点を与えてくれるだけで十分である。"

p.23 "バロックがデューラーやラファエッロの理想から逸脱したとしても、それはこの場合も品質の相違があるからではなく、まさしく世界に対する別様の方向づけがあるからなのである。"