芸術論特殊講義2004


国際美術展とグローバリゼーション(1)

事前配布プリント

市原研太郎「個人から集合体へ アートの新しいパラダイム」、『美術手帖』847号、2004年4月号、225-227頁。

松井みどり「拡散する世界の地脈を求めて 極私的アレゴリーと絵画の流動」、『美術手帖』847号、2004年4月号、228-232頁。

市原研太郎、長谷川祐子、建畠晢(座談会)「グローバル・アートの行方 二〇〇〇年代の現代美術を考える」、『美術手帖』847号、2004年4月号、233-248頁。


本の紹介

松井みどり『アート:芸術が終わったあとのアート』、朝日出版社、2002年

建畠晢『未完の過去―絵画とモダニズム』(五柳叢書 65)、五柳書院、2000年

建畠晢『問いなき回答―オブジェと彫刻』(五柳叢書 57)、五柳書院、1998年

建畠晢『パトリック世紀』、思潮社、1996年


DVD上映

『ファースト&スロウ 第49回ヴェニス・ビエンナーレ日本館2001記録』、国際交流基金、2002年、(約24分)

出品作家: 中村政人

        畠山直哉

        藤本由紀夫

コミッショナー:逢坂恵理子

会期:2001年6月10日〜11月4日


講義ノート1

市原研太郎「個人から集合体へ アートの新しいパラダイム」

 アートの存在意義とはなんなのか? <9.11>の惨禍を経て
 「リアルなもの」の中へ
自己表現の問題をめぐって
 集合体のオープンな連携へ


アートの存在意義とはなんなのか? <9.11>の惨禍を経て

p.225 下段 l.9-12 "一言でいえば、アートはWTC事件以後、単なるスペクタキュラーな娯楽志向の快楽を提供するだけでは、まったく十分でも納得されるものでもなくなったのだ。"

p.226 上段 l.1-2 "その有効性はなんなのかという反省が、アートの世界に静かに浸透しつつある。"

「リアルなもの」の中へ 自己表現の問題をめぐって

p.226 下段 l.9-11 "アートを取り巻く諸問題を、もはや自己表現で解決することは不可能というのが、その放棄を促す第一の動因である。"

p.227 上段 l.2-4 "「リアルなもの」こそイメージであり、アートはその渦中にあえて飛び込むことでしか生き延びられないのである。"

集合体のオープンな連携へ

コンセプトの普遍性
p.227 上段 l.14-17 "ひとつは、コンセプチュアル・アートの遺産を受け継ぐもの。つまりコンセプトの普遍性によって、それを創出した作者を乗り越え、集合体としての人間にその共有を訴えることである。"

ドキュメンタリー
p.227 上段 l.19-23 "ふたつめは、やはり作者を超え出るために、アートが題材とする集合体としての人間にできるかぎり接近することである。それは、現在ドキュメンタリーと一般に分類される作品が実現しつつあることだ。"

アクティビスト
p.227 下段 l.5-10 "アーティストでも鑑賞者でもない。ましてや市場にやすやすと吸収される作品といったフェティッシュでもない。それは不特定多数の集合体としての人間の活動である。最近ではアクティビストと呼ばれる人びとをそのモデルに擬[原文:疑]することができるだろうが、…(後略)。"


別種のグローバリズム
p.227 下段 l.14-18 "そのようなアクティビストが関わる今日のアートは、今後どのような活動を展開するのだろうか。まずもってアートの原則はアンチ資本主義だが、けっして閉鎖的・排他的なローカリズムではない。それは資本の世界システムというグローバリズムと闘いつづけるまったく別種のグローバリズムである。"


講義ノート2

現代美術の流れ 1970年代から現在まで

 1970年代:コンセプチュアル・アート

 1980年代:ニュー・ペインティング

 1990年代以降:グローバリズム&コミュニケーション