美術史二〇〇六


西欧美術史学の歴史(一)列伝史

一世紀頃 プリニウス『博物誌』 三四-三六巻(全三七巻中)

二世紀後半 パウサニアス『ギリシャ案内記』(全一〇巻)

 

一六世紀 ヴァザーリ『芸術家列伝』(初版一五五〇年、改訂版六八年)


プリニウス(Plinius, E: Pliny, F: Pline 23(24)-79)

“ローマの著述家。北イタリアのコムン(Comun;現在のコモ Como)に生る。少年時代にローマに出て教育を受け、騎士として出陣し、またアフリカ、スペイン等で要職を歴任、最後にミセヌムの提督としてヴェスヴィオ火山の大噴火(79.8.24)の視察に赴き、カステラマレ(Castellammare)の海岸で、有毒ガスのため窒息死した。学問、特に博物学に対する関心が深く、現存する唯一の著作《自然誌 Naturalis historia, 37巻》は非常に厖大な、しかもよく整理された<理科全書>のようなもので、この著述に参照された典拠の数は約2千、項目数は2万に及んだ。彼は自然科学者でなかったから、観察や記述に学問的正確さを欠く場合もあるが、学問に対する愛は賞讃されてよい。”

出典:『西洋人名辞典』(増補版)、(岩波書店、一九八一年)、一二四二頁。

パウサニアス(Pausanias)

“(リュディアLydiaの)2世紀のギリシアの歴史家、旅行家。リュディアの人。ギリシア、ローマ、イタリア、パレスティナ、エジプト等を旅行、《ギリシア記 Periegesis tes Hellados, 10巻》を著し、各地の歴史、地誌、風習、宗教、史跡、特に美術品などを卒直、正確に叙した。[文献]前記の英語版:J. G. Frazer: Pausanias' description of Greece(原文、翻訳、註)、6巻、 1898.”

出典:『西洋人名辞典』(増補版)、(岩波書店、一九八一年)、一〇〇三頁。


ジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari 1511-1574)

 ◆建築家としての仕事

・パラッツォ・ヴェッキオの改築

・ウフィツィ美術館の造営

 ◆画家としての仕事

「ヴァザーリの肖像」(『芸術家列伝』より)
 Source: The University of British Columbia Library / UBC Fine Arts Library Display

《無原罪の御宿り》、一五四一年、油彩・板、五八×三九cm、フィレンツェ、ウフィツィ美術館
 Source: Web Gallery of Art

《四大元素の間》(部分1)(部分2)、一五五六―五九年、フレスコ、フィレンツェ、パラッツォ・ヴェッキオ
 Source: 佐々木英也監修『NHKフィレンツェ・ルネサンス 6 花の都の落日』(日本放送出版協会、一九九一年)

《コジモ・デ・メディチ一世の礼賛》、一五六三―六五年、フレスコ、フィレンツェ、パラッツォ・ヴェッキオ、五百人広間
 Source: 佐々木英也監修『NHKフィレンツェ・ルネサンス 6 花の都の落日』(日本放送出版協会、一九九一年)

《リヴォルノの戦いにおける皇帝マクシミリアン》、一五六三―六五年、フレスコ、フィレンツェ、パラッツォ・ヴェッキオ、五百人広間
 Source: 佐々木英也監修『NHKフィレンツェ・ルネサンス 6 花の都の落日』(日本放送出版協会、一九九一年)

《ペルセウスとアンドロメダ》、一五七〇年、油彩・板、 一一七×一〇〇cm、フィレンツェ、パラッツォ・ヴェッキオ
 Source: Museo Ragazzi, Firenze / scrigno d'arte

《ゲッセマネの祈り》、一五七〇年頃?、油彩・板、一四三・五×一二七cm、国立西洋美術館
 Source: 国立西洋美術館/《ゲッセマネの祈り》

◆著述家としての仕事

『芸術家列伝』(初版一五五〇年、改訂版六八年)

<正式名称>

初版――『チマブーエから私たちの時代までの、イタリアの最も傑出した建築家、画家そして彫刻家たちの生涯――アレッツォの画家ジョルジョ・ヴァザーリによってトスカーナ語で著され、有用で必要な序論とその技芸についての解説付き』

Le vite de' più eccelenti architettori, pittori e scultori italiani, da Cimabue insino a' tempi nostori, descritte in lingua toscana da Giorgio Vasari pittore aretino, con una sua utile e necessaria introduzzione e la arti loro

改訂版――『アレッツォの画家、建築家M.ジョルジョ・ヴァザーリによって著された、最も傑出した画家、彫刻家、そして建築家たちの生涯――存命の者および一五五〇年から一五六七年にかけて物故した者の肖像と伝記とを新たに増補』

Le vite de' più eccelenti pittori, scultori e architettori scritte da M. Giorgio Vasari, pittore et architetto aretino, di nuovo ampliate con i ritratti loro e con l'aggiunta delle vite de' vivi e de' morti dall' anno 1550 insino al 1567

参照:ウード・クルターマン『美術史学の歴史』、勝國興ほか訳(一九九六年) 、五四七―五四八頁。

自己正当化?

“ヴァザーリは美術家として、美術家のために書いた。そうして自らを評価した。結局のところ、彼にとって重要だったのは自らの身分の正当化であった。…(中略)…その後、同じように、文筆による出版活動と、過去との繋がりを意識させることでもって自らの社会的地位を高めることに熱中した彼の後継者たちも、これと同様のことをするのである。”

出典:ウード・クルターマン『美術史学の歴史』 、勝國興ほか訳(一九九六年)、三五―三六頁。

発展史観

“ヴァザーリの話は例にもれず、始まり、中間、終わりという構成になっていて、彼自身の時代で終わる。レオナルド・ダ・ヴィンチによって第三期が始まり、それ以前に行われていたことが頂点を向かえ、解決にいたることが予告される。”

出典:ヴァーノン・ハイド・マイナー『美術史の歴史』、北原恵ほか訳(二〇〇三年) 、一二四頁。

驚嘆すべきもの

“ヴァザーリの鍵となる諸概念のいくつかは、「並外れた」「言い表せないほどの」「際立った」「言葉にできないほどの」「賞賛に値する」といった言葉で表現されている。もし現在の批評家がこのような言葉を用いたとしたら、まったく曖昧な賞賛にすぎないと片づけられてしまうだろう。…(中略)…ヴァザーリの友人であるヴィンチェンツォ・ボルギーニが記しているように、ヴァザーリが「賞賛に値する」あるいは「言葉にできないほどの」という言葉を用いるとき、それらを「驚嘆すべきもの(meraviglia)」の一部に含めている。デイヴィッド・サマーズは、その著書『ミケランジェロと芸術言語』(David Summers, Michelangelo and the Language of Art)において、ボルギーニによる芸術の三つのカテゴリーの一つとして、この「驚嘆すべきもの(meraviglia)」を論じている。三つとはすなわち、「多様なこと(varietà)」、「教化すること(imparare)」、「驚嘆すべきもの(meraviglia)」である。これらの三つの概念は、修辞学の三つの目的に対応している。すなわち、教示すること、喜びを与えること、感動をもたらすことである。これらはまた、簡潔、中庸、偉大という修辞学の三法にも対応している。したがって、「驚嘆すべきもの」は論述あるいは弁論の最も高位の形式、大様式(ルビ:グランドマナー)と結びつけられている。ボルギーニは、「『驚嘆すべきもの』をもたらすあらゆるものは、あなたを喜ばせる」(Summers)と述べている。そしてさらに、「それまで見たことも聞いたこともないような途方もないもの、あるいは類稀なる卓越さを本来持っているものが並外れた歓喜をもたらすことは疑いない。この並外れた歓喜が『驚嘆すべきもの』と呼ばれる」。「驚嘆すべきもの」こそ、予想をうわまわる、修辞学の最初の二つの目的を超える、芸術作品のほかならぬ一部である。”

出典:ヴァーノン・ハイド・マイナー『美術史の歴史』、北原恵ほか訳(二〇〇三年) 、一二五―一二六頁。


美術史二〇〇四:ヴァザーリ

ヴァザーリの歴史観と芸術観

ジョットの「円」についてのエピソード


参考リンク

パラッツォ・ヴェッキオのストゥディオーロ (フィレンツェ)
 ※四大元素の間、水の壁画の写真あり。

役所商事-5:フィレンツェのパラッツォ(館)(ヴェッキオ宮、バルジェロ宮、メディチ宮他)
 ※パラッツォ・ベェッキオの概観写真多数。「四大元素の間」の二面を撮影した写真あり。

Giorgio Vasari, Lives of the Artists
 ※図版つきで英文による引用を掲載。


参考図書

◆美術史学史

ヴァーノン・ハイド・マイナー『美術史の歴史』、北原恵ほか訳(ブリュッケ、二〇〇三年)

三浦篤「西洋美術史学の方法と歴史」、高階秀爾・三浦篤編『西洋美術史ハンドブック』(新書館、一九九七年)、一九四―二一七頁

ウード・クルターマン『美術史学の歴史』、勝國興、高坂一治訳(中央公論美術出版、一九九六年)

ウード・クルターマン『芸術論の歴史』、神林恒道、太田喬夫訳(勁草書房、一九九三年)

◆評伝・列伝・小説

椹木野衣『22世紀芸術家探訪』(エスクァイアマガジンジャパン、一九九九年)

エドワード・ルーシー=スミス『20世紀美術家列伝』、篠原資明ほか訳(岩波書店、一九九五年)

キャロル・マン『アメデオ・モディリアーニ』、田中久和訳(PARCO出版局、一九八七年)

◆プリーニウス

プリニウス『プリニウスの博物誌』、中野定雄ほか訳(雄山閣出版、一九八六年)

澁澤龍彦『私のプリニウス』(青土社、一九八六年)、(河出書房新社、一九九六年)

◆パウサニアース

パウサニアス『ギリシア案内記』(上)(岩波文庫)、馬場恵二訳、岩波書店、一九九一年

パウサニアス『ギリシア案内記』(下)(岩波文庫)、馬場恵二訳、岩波書店、一九九二年

パウサニアス『ギリシア記』、飯尾都人訳(龍渓書舎、一九九一年)

パウサニアス『ギリシア記』(附巻:解説・訳注・索引篇)、飯尾都人訳編(龍渓書舎、一九九一年)

◆ヴァザーリ

ロラン・ル・モレ『ジョルジョ・ヴァザーリ―メディチ家の演出者』、平川祐弘、平川恵子訳(白水社、二〇〇三年)

ヴァザーリ『続ルネサンス画人伝』、平川祐弘、仙北谷茅戸、小谷年司訳(白水社、一九九五年)

ヴァザーリ『ルネサンス彫刻家建築家列伝』、森田義之監訳(白水社、一九八九年)

ヴァザーリ『ルネサンス画人伝』、平川祐弘、小谷年司、田中英道訳(白水社、一九八二年)

ヴァザーリ研究会編『ヴァザーリの芸術論 『芸術家列伝』における技法論と美学』(平凡社、一九八〇年)

T. S. R. Boase, Giorgio Vasari: The Man and the Book (Princeton UP, 1979).

Giorgio Vasari, Lives of the most eminent painters, sculptors & architects, newly tr. by Gaston du C. de Vere, repr. of 1915 ed., (New York: AMS, 1976).