研究内容
心臓外科グループでは、より良い医療に貢献するため、臨床的な外科治療経験のみならず、心臓外科領域での知識を広げるために努力を行ってきました。この目標のために、先天性心疾患、後天性心疾患、胸部血管疾患、外科治療に関して、基礎的または臨床的研究を行っています。現在、今後の新しい治療のため当科で主に研究している内容は以下の通りです。
1. メカニカルストレスが心筋再生に及ぼす影響とその分子・細胞学的機序の解明
従来、心臓は肝臓や皮膚などの一般臓器と異なり、心筋再生しない臓器と考えられてきました。しかし、近年の研究で心筋増殖、及び心筋幹細胞が少ないながらも認められることがわかり、再生しうる臓器と考えられるようになりました。それでも障害を受けた心臓は治療をしなければ自己修復能のみで心機能が改善することはありません。
我々は心臓が行う通常のポンプ機能が障害心筋には悪影響を与えていると判断しそれを取り除くことで心筋再生が促されると考えました。
すでに動物実験では心筋幹細胞の増殖、アポトーシスの減少によりリモデリングが抑制され、心筋再生が促されるという結果が証明されました。今後の新しい治療戦略になると考えています。
2. 心筋幹細胞の由来の同定と心筋再生治療への応用
今までの考えでは心筋内に心筋幹細胞は存在せず、障害を受けた心臓は自己再生修復能を欠いていると考えられてきました。しかし、最近では心筋幹細胞の存在が認められるようになり、心筋も心筋幹細胞の心筋細胞への分化・成熟により障害心筋の再生修復が期待されています。
しかし、心筋細胞に関する研究は未だ十分ではなく、心筋細胞がどこから来るのかわかっておらず、また心筋細胞の同定方法も確立しておりません。我々は、心筋幹細胞は心臓の中にあるものではなく、骨髄幹細胞由来であると推測しています。この心筋幹細胞の由来と同定を行うことで今後の心筋再生治療への応用ができると考えています。
3. 糖尿病、高脂血症による骨髄幹細胞の機能障害に関する分子機序の解明と治療法の開発
骨髄幹細胞は、心筋細胞、肝細胞、神経細胞など様々な細胞に分化できるといった多分可能を有すると言われています。骨髄肝細胞を利用した再生治療は現在、血管新生、肝臓再生、骨や軟骨の再生など多くの臓器が対象とされ、世界中の施設で臨床試験が行われています。自己骨髄細胞の使用に際しては拒絶反応や倫理的な問題がないので、今後の再生治療の一つになると考えられています。
骨髄幹細胞による再生治療はその有効性が高く評価されていますが、一部の患者ではその効果が十分に得られていません。その理由として、加齢、糖尿病や高脂血症を併発により骨髄幹細胞の機能低下が考えられています。その分子機序の解明をすることで症例にあった再生治療を行いさらなる治療効果を得られるように研究しています。
4. 低酸素プレコンディショニングによる心筋保護作用の機序の解明-幹細胞の視点から
当教室で開発された自己骨髄細胞を用いた血管再生治療は、虚血性心筋症や閉塞性動脈硬化症に対する有望な治療法として、日本を始め世界中の多くの施設で臨床応用がなされておりその有効性と安全性が報告されています。しかし、一部の患者にはその治療効果が十分に得られていません。加齢、糖尿病や高脂血症が一つの原因であると考えられています。その分子機序を解明することでさらなる治療効果を得ることを我々は研究していますが、その治療効果が低下する原因として、骨髄細胞の減少、骨髄機能の低下が言われています。
近年、骨髄細胞移植前に低酸素プレコンディショニングを行うことで骨髄細胞数の増加、機能改善が得られると報告されています。この機序を解明するために研究をしています。
5. TGF-βシグナル系に着目した急性大動脈解離の発生機序の解明とその治療法の開発
大動脈解離は、破裂出血、心臓合併症、臓器虚血などの合併症を来たし、突然死に至る臨床上重要な疾患です。この原因として動脈硬化が言われており年々その症例数は増加傾向にあります。手術手技の改善、術中・術後管理の進歩から急性期死亡率は約12%に改善してきました。しかし、手術後も残存した動脈に解離は残っており、その部位の再解離や瘤化、破裂などが問題になっています。これらの治療法は現在のところなく、発症機序の分子生物学的な解明により手術以外の新たな治療を開発する必要があります。
TGF-βシグナルは急性大動脈解離の発生機序に関与していると考えられ、その解明により新たな治療法の開発が得られると考えられています。
心臓外科では、後天性心疾患心から 先天性心疾患、胸部大動脈疾患などの手術を行っています。治療はすべて現在のトレンドに合わせたものを取り入れ、さらに新しい治療への研究も日々行っています。虚血性心疾患では冠動脈バイパス手術を行っていますが、人工心肺を用いない低侵襲のoff-pumpバイパス術や、バイパスができない部位へはバイパスに変わる血管新生療法を試みています。 弁膜症では弁形成術が可能な症例では形成術を積極的に行い、胸部大動脈瘤では、 ステントグラフトとのコンビネーション治療も検討中です。 先天性心疾患では皮膚切開を小さくする低侵襲手術を心掛けています。年間症例は2000年に100例を突破した後、年々増加し毎年平均 140例近くで推移しております。臨床と研究の両立が21世紀の新しい医療を導くと考えています。