基礎研究
1)消化器癌におけるDclk1を標的とした新しい治療法の樹立
現在膵臓癌は消化器癌の中で治療が困難な疾患の一つです。また、早期発見も困難で進行癌の状態で手術することが多く、より効果的な治療法の開発が急務です。
我々は膵臓癌における新しい治療の標的としてDoublecortin-like kinase-1 (Dclk1)に注目しています。Dclk1は大腸癌で癌幹細胞マーカーの一つとして既に報告されていますが、膵癌においても癌幹細胞マーカーである可能性が示唆されています。癌幹細胞は癌が治療困難となっている原因の一つであり、近年注目されている治療対象の細胞です。
我々の研究ではDclk1は癌幹細胞のマーカーとしてだけではなく、発癌・増殖・転移など膵臓癌が進行していく過程の多くの点で重要な役割を果たしていることがわかりました。現在は癌細胞株やマウスを用いて、従来の抗癌剤にDclk1を低下させる薬剤を加えることでより効果的に膵臓癌の進行を抑えられる治療法の開発を行っています。将来の展望としては膵臓癌だけではなく、その他の癌でもDclk1の研究を進め、多くの患者さんの役に立つ治療の開発を目指します。
2)消化器外科手術における細胞シート治療の開発
昨今様々な臓器において細胞シート移植による組織修復の促進効果が認められ、臨床現場で検証されています。食道・膵臓・肝臓・大腸などの消化器手術において、術後合併症の予防は重要な課題です。当科では難治性皮膚潰瘍や気管支断端瘻に対する積層線維芽細胞シート移植療法を研究してきており、消化器外科領域でも、動物実験で細胞シートを用いた術後合併症の予防効果を検証し、術後合併症の予防法を確立することを目指しています。
臨床研究
1)消化器癌術後合併症発生を防止するために
体壁の切開を伴う外科手術後には、創が細菌感染することがあります。これを、手術部位感染(SSI)と呼びます。SSIの発生は、医療費の増加のみならず入院期間の延長を余儀なくされ、患者さんの満足度を低下させます。不潔な部位を切開する不潔手術のみならず、清潔手術においてもこのSSIが発生することがあります。当科では、感染症防止マニュアルを遵守するとともに、さらにSSIを防止するためにより有効な方策を開発しています。
2)低侵襲消化器外科手術(腹腔鏡・ロボット)について
当科では消化器外科における患者さんの負担を軽減させる低侵襲手術(腹腔鏡・ロボット)を積極的に導入していますが、一定の確率で縫合不全などの合併症が発生しています。特に直腸癌手術において縫合不全の発症率は全国的には10%前後と報告されており、縫合不全を減少させる対策が求められています。当科では自動吻合器を用いた経肛門的吻合を行っており、必要に応じて経肛門ドレーン留置もしくは一時的人工肛門造設を行っています。縫合不全のリスク因子を検証し、より安全な手術が行えるよう努力しています。また腹腔鏡下胃切除術後の合併症に関しても同様に後方視的に検証し、治療介入必要性を予測するリスク因子の検討を行っています。詳細に検討するために手術症例を集積し、手術内容や手術侵襲の程度を更に検証していきます。また腹腔鏡下結腸切除術における体腔内吻合も2020年以降導入しています。腹腔鏡下結腸切除では体腔内吻合は体腔外吻合と比し、授動範囲が少なくより小さな切開創で標本摘出が可能となります。吻合手技を工夫することで、腸管開放時間を短くし手術部位感染の減少に尽力しています。