形態と機能は空間と時間軸に沿った補完的な実体であります。分子にも細胞にも組織にも、そして臓器にも人体・個体にも形は機能を反映し、機能は形を反映しております。形を見て機能にアプローチし、機能を知り形の本質を理解することが解剖学・形態学の目指すところだと思います。人体や生命の形態には無限の情報が内蔵されています。しかし見る目を持たなければ、情報過多は情報処理不全を招き、情報が機能しなくなります。ある場合には誤摩化されさえします。情報や形に惑わされないよう、情報を抽出し、形を剖出し、本質を見抜く鋭い目を養うことが重要課題でしょう。私たちの講座は、解剖学講座を継承しており、肉眼解剖学実習、骨学実習、脳実習、一部組織学実習に加え、基礎解剖生理学序説、外皮・筋・骨格系、感覚器・末梢神経系、中枢神経系のユニット講義を行っております。他に重点統合情動科学ユニット、医学英語、自己開発コース・修学論文があります。学生も私たちも一緒になって、頭の中に形態と機能がマッチしたイメージ作りを出来ればいいと思っております。
研究は、脳と心の関係を視野に入れて、辺縁系・視床下部の神経解剖学をベースに広く情動構造と神経変性疾患の脳科学的解明を目指しております。具体的にはステロイド・モノアミン系、辺縁系特異構造、嗅覚系の3つの課題を設定しています。初めに、情動構造の解析の突破口として、情動二分化の典型である脳の性分化を取り上げ、その解明に挑んでいます。 脳の性分化には、遺伝的要因、ホルモン等を中心とした内部環境要因、自然環境・社会環境らの外部環境要因が関わり、とりわけ性ステロイドは決定的な影響を持ちます。私たちの研究室では、哺乳類脳の性分化の中心領域である内側視索前野・扁桃体領域にアンドロゲンをエストロゲンに変換するアロマテース(芳香化酵素)を発現する膨大なエストロゲン合成ニューロンの存在を世界で初めて証明しました。この領域には性差を伴うアンドロゲン受容体とエストロゲン受容体が豊富に発現します。アロマテースは性ステロイドに発現制御を受ける一方、局所的に性ステロイド環境を制御して、逆にこれら受容体発現を介し、脳のホルモン感受性を変化させて脳の性分化を制御していると考えています。さらに更年期におけるこの領域のエストロゲン合成能の低下が、海馬機能やモノアミン系やアセチルコリン系等の活動調整系と関連して認知症や鬱病の発生と関わるという仮説を立てております。また、性ステロイド受容体発現細胞にしばしば共存し、視床下部・辺縁系に特異的に分布する細胞質封入体"斑点小体 stigmoid body(STB)"を発見・同定し命名しました。STBにはハンチントン病関連蛋白質HAP1が局在し、細胞内HAP1遺伝子導入でSTBが誘導され、細胞保護的に働くことを示しました。STB/HAP1はステロイド受容体を吸着しその核移行制御をします。特にポリグルタミン伸長性アンドロゲン受容体の核内移行制御を介して球脊髄性筋萎縮症(SBMA)で起こるアポトーシスを抑制することを発見しました。現在、私どもは「HAP1/STB 保護仮説」が脊髄小脳変性症や認知症、その他の精神疾患でも成立することを検証しており、今後世界的に発展した研究になることを期待しております。第三は、やはり当教室が発見し命名した一次嗅覚系単位「ネックレス型糸球体」の研究です。この構造は世界で最初に同定された嗅覚系単位で、当初、哺乳行動誘発系の1次嗅覚単位として注目され、最近では二酸化炭素受容体の1次嗅覚系単位としても報告されており、多くの総説で取り上げられて嗅覚研究者によく知られる存在になっています。
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