科学研究費補助金 基盤研究(S)
「植物の間接防衛の誘導機構解明と防除への応用」
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
本研究はアウトプットとして持続的農業技術生産に寄与する事を共通目的として、植物の間接防衛の誘導機構の解明を行う。
具体的な項目として、
(1)フィトオキシリピン経路の誘導防衛に果たす役割の全体像の解明。
(2)植物の揮発性物質が生態系の生物間相互作用ネットワークに及ぼす影響の解明とその応用。
を推進する。
これらの成果もふまえて生態系の生物間相互作用ネットワークの概念形成と、そのアウトプットとしての農生態系への成果の応用として、減農薬の持続的農業技術開発のシーズを確立する。
主要な研究計画
(1)フィトオキシリピン経路の誘導防衛に果たす役割の全体像の解明とその応用
これまでの研究代表者らの生研センターの基礎研究およびJSTクレストの研究成果より植物の誘導的間接防衛にはフィトオキシリピン経路が重要であることが明らかである。本研究で本経路が間接防衛にかかわる役割の全体像を以下の2項目で明らかにする。
(1-1)フィトオキシリピン経路を改変した遺伝子組み換え植物を用いた誘導的間接防衛、直接防衛の解析
我々はシロイヌナズナのハイドロペルオキシドリアーゼ(HPL)遺伝子のセンス体およびアンチセンス体を作出し、その誘導的間接防衛と誘導的直接防衛の機能を報告してきた。
HPLの上流に位置するリポキシゲナーゼ(LOX)の過剰発現体(センス体)もすでに作出している。平成19年度は、LOXのセンス体の誘導防衛能力を実験室内の環境下で詳細に検討する。
これらの研究では、風洞装置などの操作実験装置と微量の植物揮発性成分の捕集と分析が必要となるがそれらは既存設備として保有している。
フィトオキシリピン経路の誘導防衛への関与の詳細な解析をと平行して、その経路を活性化する害虫(重要害虫であるハダニおよびアブラムシ)由来のエリシターについて解析を進める。
ハダニのエリシターに関しては、我々はナミハダニの共生微生物がエリシター因子のひとつである可能性を得ている。すでに無菌ナミハダニの飼育技術を確立している。
平成19年度では、無菌ハダニ、無菌植物の組み合わせで放出される揮発性成分と有菌ハダニ、有菌植物の組み合わせで放出される揮発性成分の比較などを行い、共生微生物の関与を実証していく。
エンドウヒゲナガアブラムシエリシターの解明は、イギリスロザムステッド耕地作物研究所との共同研究として平成18年度より行っている。
平成18年度にパラフィルム二重膜法によってアブラムシのエリシターを採取する方法を確立した。
平成19年はエリシターサンプルの採集とその物理化学的性質(分子量など)を調べる。
フィトオキシリピン経路を強化した遺伝子組み換え植物を用いた誘導的間接防衛、直接防衛の解析 HPL体とLOX体との比較を行う。
比較には生態学研究センターが京都大学生存圏研究所と共同で設置する大型組み替え体専用温室を利用する。
組みかえる遺伝子の違いで誘導防衛機能にどのような差が出るかが解明できる。これは、将来植物の誘導防衛を高めた組み換え作物作出のための重要な知見となる。
ナミハダニのエリシターは微生物の関与を明確にし、無菌ハダニと有菌ハダニが食害した際の遺伝子の発現を詳細に解析する。
アブラムシエリシターの精製を進め、構造決定を行う。エリシターの作用部位が判明すれば、さらにその点を考慮した新たな組み替え作物作出の指針となる。
(1-2) フィトオキシリピン経路が関与する防衛の制御機構 除虫菊が生成する防衛物質ピレトリンをモデルとして研究を進める。
ピレトリンは6種類の類縁体からなり、それらはシクロプロパン環をもつ酸部分と、シクロペンテノロン環をもつアルコールとのエステルである。
酸部分は、筆者らの研究によってMEP経路(非メバロン酸経路)で合成されることが明らかにされている。
一方アルコール部分は、傷害応答性植物ホルモンであるジャスモン酸と同じく、フィトオキシリピン経路でリノレン酸を原料として合成される.
本来ピレトリンは、除虫菊が食植者による被害を低減するために除虫菊が生合成する抵抗性因子である。
したがって、その生合成は、食植者による植物体の物理的傷害や、食植者が所有する化学生物学的因子によって調節をうけると推測される。
係る調節機構を分子レベルで解き明かすことで、ピレトリンの供給量を環境に優しい方法で増大させることができ、また未解明のMEP経路の傷害応答機構を解明することで他の植物が生合成するテルペン類の合成も向上されることが可能となる。
また本研究に付随して、てピレトリンの生合成経路の中でも、もっとも大切なステップであるエステル結合反応を触媒する酵素の遺伝子群が取得される。
除虫菊に近縁のキク科に属する数種の植物は、このエステル結合遺伝子群を欠損しているために、ピレトリンを生合成することができない。
したがって、係る遺伝子群の取得は,除虫菊以外の植物にピレトリンを合成させる道筋をつけることになる。
除虫菊の幼苗に対して機械的に傷をつけたときに生じる揮発性分子を同定し、傷害後におこるそれら分子の生合成量の変化を、GCMSを使用して測定する。
また、傷害誘導性分子をガスとして幼苗に処理することによるピレトリン生合成遺伝子の発現量の変化について検討する。
19年度はその対象として既知のリポキシゲナーゼ、アレンオキシドシンターゼ(アルコール部分の生合成の上流遺伝子)、CPPase(酸部分のシクロプロパン環生合成酵素)の遺伝子を選択する。
フィトオキシリピン経路が関与する防衛の制御機構 ピレトリンのエステル結合は,Chrysanthemoyl CoA ligaseとChrysanthemoyl CoA transferaseによって触媒されると推測される。
20年度以降は19年度の計画を継続し、さらに,これら2種の酵素反応うち,transferaseを除虫菊から精製し,遺伝子をクローニングする。
なお、粗酵素レベルで2種反応が起ることは確認済みである。
(2)植物の揮発性物質が生態系の生物間相互作用ネットワークに及ぼす影響の解明とその応用
生物間相互作用ネットワークの基盤となる植物間のコミュニケーションの分子機構 植物の揮発性物質受容機構として次のような仮説が成立する。
揮発性物質の多くは疎水性であり、植物葉表面のワックス層に吸着、更には濃縮され(3)、単純拡散によって表皮細胞に浸潤する。
揮発性物質に対する植物の応答は揮発性物質の構造に関する特異性が低いことから特定の受容体が存在している可能性も低い。
一方、シロイヌナズナ変異体を用いた検討からグルタチオンを介した信号伝達経路が揮発性物質受容に必須であることを明らかにした。
そのため、単純拡散により植物細胞内に浸潤した揮発性物質はグルタチオン代謝系に何らかの刺激を伝達することで、防御遺伝子の誘導を行うと考えられる。
この作業仮説の立証のため、初年度はまず、(A) 揮発性物質の植物葉への吸着・濃縮のダイナミズムを明らかにする。
これまでにモデル揮発性物質として2-メチルペンタナール蒸気に曝露した植物葉への吸着解析システムを構築している。
揮発性物質濃度、風速、湿度などを自然条件の変動に則して変動させ、吸着・濃縮の動的解析を進める。
また、ワックス層を欠如したシロイヌナズナ変異体を用いることでワックス層の吸着を明らかにする。
更に、(B) 放射性同位元素標識した揮発性物質を調製し同様の実験系により吸着キネティクスを解析する。
この時、葉の切片についてフルオログラムを取ることによって吸着、浸潤の過程を組織化学的に追跡する。
一方、グルタチオン代謝系に関してはこれまでの検討から揮発性物質曝露が総グルタチオン量、あるいはグルタチオン酸化還元状態に大きな変動を与えないことが明らかとなった。
そのため、グルタチオンと揮発性物質(あるいはその細胞内代謝物質)との包合体形成がシグナル因子となっている可能性が考えられる。
事実、植物に防御応答を引き起こす典型的な揮発性物質の一つ、(E)-2-ヘキセナールはストレス下におかれた植物内で見いだされる最も主要なグルタチオン包合体の一つである。
そこで、(2) 揮発性物質に曝露した植物葉でのグルタチオン包合体の網羅的解析を行う。
このとき、(1)-bで調製した放射性同意元素標識した揮発性物質を用いることで効率よく包合体を検出、定量できる。
更に、これまでに揮発性物質曝露により誘導されるシロイヌナズナ遺伝子、カルコン合成酵素と栄養組織貯蔵タンパク質のプロモーターにレポーター遺伝子としてルシフェラーゼ、b-グルクロニダーゼを連結した組換えシロイヌナズナを作成した。
これらレポーター系を用いて(3) 植物の揮発性物質受容の組織特異性を明らかにする。
中でもルシフェラーゼを用いたレポーター系では非破壊分析により径時変化を観察可能である。
揮発性物質を介した植物間コミュニケーションは実験室レベルでは多くの植物で実証されているが、野外実験系での実証例は野生タバコとヤマヨモギでの例など数例しかない。
これまでにシロイヌナズナでみどりの香りを生成しない変異体を見いだし、戻し交雑を繰り返して変異箇所以外の遺伝子を野生型に戻した。これはトークできない植物体である。
また、植物の揮発性物質受容にグルタチオン代謝系が関与しているが、シロイヌナズナにはグルタチオン代謝経路に変異を持つ変異体が多く存在し、そのうちの数種を既に入手し、必要なものについては戻し交雑を進めている。
これらは聞くことのできない植物体である。これら2種の変異体と野生株を野外で混稙しこれら変異体でフィットネスがどの程度変化したか明らかにする。
これらは全て組換え植物体ではなく、変異体であるため野外での栽培が可能である。これらの成果は、植物の防衛を前もって高めるプライミング技術として応用可能である。