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循環器診療 up-to-date

山口大学大学院医学系研究科
器官病態内科学 矢野雅文

近年の高齢化に伴い、動脈硬化/高血圧/糖尿病などの生活習慣病を基盤として冠動脈疾患や弁膜症が急増している。これら疾患の病態の悪化は、心不全や不整脈を容易に引き起こし、最悪の場合、ポンプ失調死や突然死につながる。 実際に、高齢者の心不全患者は激増しており、「心不全パンデミック」が現実のものとなっている。心不全は進行性の経過をたどり、急性増悪をきたす毎に心機能は徐々に低下し、β遮断薬やRAS系阻害薬を中心とした薬物療法や心室再同期療法などの非薬物療法にも関わらず病態は悪化し、時に死に至る予後不良の症候群である。 心不全の病態の悪化を防ぎ予後を改善するためには、「いかにして心筋保護をはかるか」が極めて重要である。この点、慢性心不全患者に対しては、EBMにて予後を改善することが証明されたβ遮断薬やRAS系阻害薬を適切に使用することが重要なことに異論はない。 しかしながら、急性増悪を呈した患者の心筋保護をいかに図るかに関しては未だコンセンサスが得られていないのが現状である。心不全の急性増悪時における心筋ダメージを最小限にとどめ急性増悪期をできるだけ短期間で乗り切ることが長期的な予後改善につながると考えられる。

β遮断薬による心不全急性増悪時の心筋保護
心不全の急性増悪期には、過度な交感神経系の活性化に基づく頻脈が病態の悪化に深くかかわっている。不全心筋では通常、収縮能だけでなく弛緩能も障害されているために頻脈時には弛緩が不十分なままに次の収縮が始まる、いわゆる不完全弛緩が生じており、その為に拡張期圧は上昇すると同時に一回拍出量は低下する。 従って、徐拍化できれば心拍出量を減少させることなく拡張期圧を低下させ肺うっ血を軽減することが可能となる。このようは徐拍効果が期待できる薬剤としてβ遮断薬があるが、血行動態が不良な心不全急性増悪期に使用可能なβ遮断薬は、1.陰性変時作用が強く陰性変力作用は弱い、2.即効性、安全性の観点から短時間作用型、という特徴を備えるものでなければならない。 このような条件を満たす静注用β遮断薬としてβ1選択性の高い(静注用)、超短時間作用型(半減期4分)のランジオロールが現在使用可能である。
我々は重症心不全患者20名(平均EF 24%)を対象として、低用量ランジオロールの血行動態に及ぼす効果を検討する臨床試験を行った。低用量ランジオロールは血圧の低下を伴わず心拍数減少、一回拍出量増加、肺静脈楔入圧低下をもたらし、心不全症状を改善した。 今後は、このようなβ遮断薬を用いた急性期の心保護が、長期的な心不全患者の予後改善につながるか検証が必要となる。

β遮断薬の作用機序
不全心筋に対する遮断薬の作用機序としては、1.心筋酸素消費量低下、2.β受容体シグナル伝達改善、3.アポトーシス抑制、肥大・繊維化抑制、4.Ca過負荷抑制、5.抗不整脈作用、などが挙げられているが、未だに不明な点が多い。近年、中でも細胞内Caハンドリングの改善による細胞内Ca過負荷の抑制が注目されている。 動物の不全心筋細胞を用いて我々は、前述のランジオロールが心筋筋小胞体(SR)のCa放出チャネルからのCa漏出を抑制することで、強心薬であるミルリノン(PDE阻害薬)併用時にSR内のCa貯蔵量を効率よく増加させ収縮力を高めると同時に、催不整脈性も抑制することを示した。 不全心筋ではβ受容体の脱感作を生じているため、β刺激薬よりもβ受容体をバイパスするPDE阻害薬のほうが強心作用をより発揮できることもあり、前述の実験結果とも併せてPDE阻害薬とβ遮断薬の併用は急性心不全の治療としては理にかなっている。

最近の非薬物療法:TAVI、カテーテルアブレーション
高齢化に伴い動脈硬化性の大動脈弁狭窄症(AS)の患者が増えている。最近は経カテーテル大動脈弁留置術 (TAVI, transcatheter aortic valveimplantation)が普及し、85歳以上の超高齢者でも低侵襲で弁留置術が可能となった。山口大学医学部附属病院では第一外科と第二内科が中心となりハートチームを結成し年間数十例のTAVIを行っておりQOLおよび生命予後の改善に貢献している。 従来、高齢者AS患者では、胃がんや大腸がんが見つかってもリスクが高いために手術が不可となるケースがしばしばあったが、今ではTAVIまたはBAV(バルーン形成術)によりASを解除した後に手術が可能となっている。心房細動に対するカテーテルアブレーション治療も現在、第二内科では積極的に行っており最近の技術の進歩により発作性心房細動や(2年以内の)持続性心房細動では、洞調律復帰率は最終的に約90%にまで向上している。

循環器診療は、診断面、治療面のいずれにおいても近年、飛躍的に進歩している。特に心不全薬物療法においては、新規薬剤としてARNI(LCZ696)やSGLT2阻害薬といった治療薬が心不全患者の予後を改善することが最近の大規模臨床試験で明らかとなり、今後、心不全治療の幅が広がることが期待されている。第二内科でもオリジナルな心不全に対する新規治療法として心筋細胞内Ca動態改善薬としてのダントロレンが不全心筋の収縮能を改善し不整脈も抑制することを見出しており今後の臨床応用が期待される。