禁無断転載

 当講座の研究テーマ〔1. 神経組織の血管バリアー機能と疾患; 2. 新規組織診断基準および治療法開発に向けた脳腫瘍(特に、グリオーマ)の病態解析; 3. 成人肺の再生研究〕の概要は下記の通りです
 
1.神経組織の血管バリアー機能と疾患
 成体の神経組織では、神経組織特異的に分化した血管系が、血管バリアー (血液脳関門、血液網膜関門) を形成することにより、神経細胞が正常に機能するための組織微小環境を維持している。こうした重要な生理機能である血管バリアー機能が破綻すれば、神経組織の機能異常という表現型を示すことは想像に難くない。実際に、虚血性脳疾患、糖尿病網膜症、アルツハイマー病など様々な難治性神経系疾患においては、血管バリアーの破綻が起っており、その破綻が病態悪化の中枢を担っていることが示されている。したがって、神経組織における血管バリアーの病的破綻の責任因子が特定されれば、上記疾患に対する新規治療法を開発するための標的因子候補となり、難治性神経系疾患の克服が期待される。
 神経系疾患において血管バリアー破綻をきたす直接誘因として、組織低酸素状態、種々の炎症性サイトカイン活性などが挙げられる。これまで我々は、それらの誘因による神経系血管バリアー破綻のモデル系を樹立し、下記の解析結果を得ているが、神経系疾患の克服に向けさらに解析を続けている。

1) 低酸素刺激は、「低酸素刺激 ⇒ 血管内皮細胞の細胞膜からのclaudin-5 (タイト結合構成分子の1つ) 消失 ⇒ 血管バリアー破綻」のカスケードにて神経系血管バリアーを破綻させること
[参考文献1]、さらに上記カスケードの責任因子として、血管内皮細胞に発現する ADAM12 とADAM17を特定し、それらが治療標的として有用性であることを示した[参考文献2]。〔国際特許出願済み〕
2) ヒト神経系疾患では、単一の誘因ではなく、低酸素刺激や種々のサイトカイン刺激を含めた様々な誘因が混在して血管バリアー破綻をきたしている。我々は、様々な誘因による血管バリアー破綻過程に共通して働く責任因子として、basigin を特定した。そして、糖尿病モデル動物を作製し解析を行い、糖尿病網膜症の病態の中枢を担う血管バリアー破綻が、basigin の発現阻害により抑制されることを示し、basigin の治療標的としての有用性を明らかにした[参考文献3]。〔国際特許出願済み〕



2.新規組織診断基準および治療法開発を目指した脳腫瘍 (特に、グリオーマ)の病態解析
 近年、遺伝子診断の進歩とともに、臨床医学の現場における病理組織診断の果たす役割に変化が生じてきている。その傾向は、脳腫瘍、特にグリオーマの診断において顕著であり、治療法選択に当たっては病理組織診断(形態学的診断)結果よりも遺伝子診断結果が優先されている現状がある。
 我々は、『疾病の病理学的・生物学的特性(悪性度、治療抵抗性、他)を明らかにし提示する』という病理学の原点に帰り、グリオーマの日常病理診断業務における新たな病理診断のあり方を提唱すべく研究を進めている。さらに、いまだ有用な治療法のないグリオーマの根治を可能とする新規治療法の標的を特定すべく模索している。そうした目標を達成するためには、腫瘍幹細胞の概念を含めた多角的な側面からグリオーマの発生機構を解析し、その特性を明らかにすることが必須である。
 これまで我々は、病理学者としての特性を生かし、ヒトのグリオーマ手術検体の病理組織学的解析・分子生物学的解析と培養グリオーマ細胞株を用いた細胞生物学的・分子生物学的解析の有機的な癒合を通じて、グリオーマ組織内の虚血性壊死巣周囲に、これまで注目されていない新たな腫瘍幹細胞 niche を特定し、その niche の存在がグリオーマの病態に重要であることを示す解析結果を得ている
[参考文献4]。現在、壊死周囲 niche に局在する腫瘍細胞の動態について、さらなる解析を行っている。




3.成人肺の再生
 肺という臓器は、呼吸機能を営むための特異的な3次元構築を示す。種々の呼吸器疾患で生じる組織の破壊は、修復機転が働いたとしても最終的には線維化という形で既存の構造が改変され、呼吸機能が障害される。もしも、再生という形で特異的な構造が復元されれば、呼吸機能の障害は避けることができる。また、肺癌に対する手術療法の現場では、肺切除範囲は術後の残存肺の予備能に依存することから、肺の人為的再生が可能となれば、進行した肺癌症例においても、分な切除範囲が確保され、手術治療成績の向上が期待される。しかしながら、肺の再生療法の実現には、いまだ多くの研究が必要な状態である。
 組織を再生させる戦略としては、1) iPS細胞などの細胞移植による戦略、2) 細胞外基質などの足場(+細胞)の導入による戦略、3) 組織に潜在する再生能力の覚醒による戦略が挙げられる。我々は、3) の戦略による肺再生の研究を行ってきた。これまでに、齧歯類ではあるが、成体肺にも潜在的再生能力があること、潜在的肺再生能力が引き出される際のスイッチとして、thyroid transcription factor (TTF-1) の一過性発現上昇が重要であることを明らかにし報告した
[参考文献4][参考文献5]。現在、TTF-1 という分子を糸口に、成体肺に潜在する再生能力を人為的に誘導する有用な治療法を確立すべく解析を進めている。

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