教育活動
在宅看護学・老年看護学に求められるもの
冒頭で、在宅看護学および老年看護学は歴史が浅いと述べましたが、看護教育のカリキュラムに加えられたのは老年看護学が1990年、在宅看護学が1997年からで、約25年ということになります。皆さんご存知の高齢化率が14%を超えたのは1994年ですが、2005年に20%、2013年に25%を超え、2023年9月時点で28.9%と発表されました。誰も経験したことのない超高齢社会を迎え、国は介護保険制度をはじめとして医療制度を含む社会保障制度の改革を重ね、団塊の世代が後期高齢者となる2025年を目処に、在宅ケアを要とした地域包括ケアシステムを強化しようとしています。2022年の人口動態調査による死亡場所割合は、医療機関が65.9%、老人ホーム・老人保健施設14.9%、自宅17.4%であり、2013年に医療機関での死亡が約78%であったことを考えると、コロナ禍の影響もあるのか、医療機関以外の場所での死亡割合が高まっている印象を受けます。特に2013年に7.2%だった施設での死亡は2倍以上に増加している。今後、ますます進行する高齢化、増加する死亡者数や医療費の高騰など、われわれ老年看護学および在宅看護学教育の現場で何をすべきか、突き詰める必要があります。
さて、2022年度入学生より、新カリキュラム下での教育が始まりました。在宅看護学は、これまで、あらゆる年代のあらゆる疾患を対象とするために、全ての看護領域の統合科目として位置づけられ、どちらかと言えば、学年進行の後半で教育や実習がなされてきました。新しいカリキュラムでは、「地域に住む様々な生活背景をもつ、あらゆる人の多様な場における多様な看護」を早い段階から教育する必要があるとされ、基礎教育と並行して教育されることが強調されています。本学科においても、「在宅看護学」を3年生の後期から2年生の前期に早め、基礎看護学実習のフィールドに訪問看護ステーションを加え、在宅看護学実習の単位数を増やし、訪問看護ステーションだけでなく居宅と呼ばれる事業所でも実習を計画しています。この新しいカリキュラムで育つ学生が、比較的早い時期に老年看護や在宅看護に関心をもって時間をかけて学び、社会で活躍する姿を心から期待しています。
私たちにできること
先述しましたように、看護教育に「在宅看護学」が加わったのは1997年です。それまでは特別な教育はなかったわけです。カリキュラムに「在宅看護学」が加わったことで、座学では、生活の場での生活者への看護(医療)のあり方などを学ぶようになりました。しかし「在宅看護学実習」は、保健所や通所介護事業所での実習に置き換えられ、自宅という生活の場へ出向く実習は、困難な状況が続いていました。
2014年に赴任した山口大学では、現在、13か所の訪問看護ステーションで在宅看護学実習を行っており、既に15年以上の実績があります。スタッフ4人の小規模なステーションから10人を越える大規模なステーション、医師会立から起業した株式会社のステーションもあります。医療的ケア児を受け入れる事業所から、精神特化型、終末期ケアに力を入れる事業所など、学生たちは、様々なステーションで、在宅ケアの実状を目の当たりにし、常時医師がいない中で、たった1人でご利用者の自宅に出向いて看護を提供する訪問看護師の姿に、これまでの大学病院での守られた実習との違いに衝撃を受けます。情報収集する間もなく同行し、初対面のお宅での戸惑いと緊張は予想以上です。中には、正座をしてしびれても、緊張のあまり足を崩すことすらできない学生もいます。そして、求められる的確なフィジカルアセスメントと正確な看護技術など、訪問看護師の高度な専門性を認識させられるのです。それは、時に厳しく重いものでもありますが、看護師としての誇り、あるいは達成感が得られるものでもあります。
訪問看護師になるには、5年ほどの看護師としての臨床経験が必要だとされてきました。現在も臨床経験が必要だとする意見は根強いですし、臨床経験があった方が力になることは明らかです。しかし、どの看護領域でも同様で、本人の意欲の高さによると思います。実際、「在宅看護学」がなかった時代の看護教育を受け、訪問看護の世界に飛び込んだ私自身の臨床経験は2年間です。看護協会と大学が協働しての新卒訪問看護師の育成も始まり、ついに、2021年度の本学の卒業生が、在宅看護の場に足を踏み入れ、2023年度も続いております。今この時、在宅看護の場に皆さま方の力が必要であることを、この場を借りて伝えたいと思います。