再生医療とは?
「再生」と聞くと、切断された腕がにょきにょきと生えてくる、或いはクローン人間のようなものを思い浮かべる方もいるかもしれませんが、実際、「再生医療」あるいは「再生医学」の基本的な考え方は、「失われた組織の機能を回復させる方法を研究する分野」の事を意味します。再生医療は21世紀の新しい医療として,またパーキンソン病等の難病治療の切り札として注目されていますが、その実現にあたっては神経生物学、幹細胞生物学、組織工学を中心に,基礎科学の広い領域と臨床医学がうまく融合することが必要です。
神経再生領域で注目されている研究は「幹細胞による神経の再生」です。「幹細胞」とは様々な細胞に分化する事が出来る、未熟な細胞の事を意味します。白血病などに対する骨髄幹細胞移植は有名ですが、これまでの研究で幹細胞は体中のいろんな臓器、骨、筋肉さらには皮膚にも存在する事が分かってきました。もちろん神経にも幹細胞の存在が確認され、これを利用した神経難病に対する研究が盛んに行われています。 神経幹細胞以外に、胚性幹細胞(ES細胞)、骨髄幹細胞を使った研究ガなされていますが、私はこの中でも特にES細胞について研究を進めています。
ES細胞とは受精卵から樹立される細胞株で、半永久的に増殖しかつ様々な体中の細胞・組織に分化する事が出来ます。もちろん神経に分化する事も可能で、この分野での研究報告は多数見られます。
私はこのES細胞を使った研究の中でも特に二つの点で興味を持って取り組んでいます。
- ES細胞から神経へ分化していく過程における体の免疫系の関連。
- 神経細胞を脳へ移植した後、神経線維連絡を再構築させる事。
1.に関して。臓器移植医療では移植後の拒絶反応を抑えるために、強力な免疫抑制剤が開発され、その成績は劇的に改善していきました。幹細胞移植でも基本的には自分のものではない細胞なので「免疫」の関与を避けて通るわけにはいきません。拒絶反応を抑える事はもちろんですが、私は「免疫と神経分化の新しい関係」の解明に興味を持ち、研究を進めています。これまでの研究から、未熟な神経幹細胞を移植した時に、免疫反応(つまり白血球などがあつまってくる)がおきると、成熟した神経細胞への分化が邪魔される事が分かりました。つまり免疫反応を抑える事によって、移植した未熟な細胞が成熟した神経細胞へ分化する過程を助ける事ができるのです。
◎免疫反応が起きると・・・ ⇒神経になる細胞の数が減る。 赤が神経です。 |
◎免疫反応を抑えると・・・・ ⇒神経になる細胞の数が増える。 |
またこの作用は神経細胞の中の特殊なタイプの細胞、例えばパーキンソン病の治療に応用可能なドーパミン細胞へ分化する細胞の数も、免疫反応を抑える事によって増やす事が出来るのです。炎症反応自体がパーキンソン病の原因のひとつとも考えられており、免疫反応のコントロールはパーキンソン病治療の新しいアプローチの1つとなるかもしれません(Ideguchi et al., 2008; Shinoyama et al., 2011)。
◎下の写真はマウスの脳へ移植した細胞集団です。移植した細胞は緑に光っています。
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2.に関して。これまで神経幹細胞移植実験は数多くなされてきています。ES細胞から様々な神経へ分化して、かつ脳内で生着したという報告も多数見られます。しかしながら、移植した細胞と移植された側の脳細胞が神経線維(専門的には軸索、樹状突起といいます)を介して結合し、脳内の正確な神経ネットワークを形成できる事を証明したものは未だにありません。 そこで私はES細胞から神経を誘導し、脳へ移植後、脳内で新しくそして正確な神経ネットワークを再構築させる事を目的として研究を進めております。この研究により、細胞療法が脳卒中はもちろんのこと、将来的には脳性麻痺などの分娩時脳損傷の新しい治療法となる事を目指しています。
話しがややそれますが、生まれたばかりの赤ちゃんの脳は非常に柔軟で発達のスピードは想像を絶しています。つまり未熟な神経細胞が、急激に発達していく環境が自然に整えられている訳です。それでも尚、分娩時脳損傷が起きるのは脳の損傷の修復過程で、その材料となる自分の中にある神経幹細胞の数が絶対的に不足している事も1つの原因と考えられます。そこでES細胞から誘導した未熟な神経細胞を移植してあげれば脳損傷の修復、正常な発達に十分な数を満たす事が出来るのではないかと考えています。一方、大人の脳は成熟しており、脳損傷の修復、神経ネットワークの再構築に必要な脳内環境はもはや十分ではありません。つまり赤ちゃんの方が大人よりも細胞療法が適しているのではないかと考えています。以下に1つの実験結果の写真をお見せします。
これは生まれて数日のマウスの脳にES細胞から誘導した神経細胞を移植した後の写真です。
移植した部分(大脳の運動領域、青の矢印)から神経線維(軸索)が下へ伸びてゆき、脊髄まで伸びています(右側の写真が脊髄です)。つまり赤ちゃんの脳は移植した細胞に対してもこのように自分の細胞と同じように脳の中の神経ネットワークの形成に参加させる事が出来るのです。私はこの結果から、細胞療法の脳損傷に対する可能性、特に赤ちゃんの脳損傷に対する治療の可能性に着目しています(Ideguchi
et al., 2010)。
(参考文献)
Ideguchi M, Palmer TD, Recht LD, Weimann JM (2010) Murine embryonic stem
cell-derived
pyramidal neurons integrate into the cerebral cortex and appropriately
project
axons to subcortical targets. J Neurosci 30:894-904.
Ideguchi M, Shinoyama M, Gomi M, Hayashi H, Hashimoto N, Takahashi J (2008) Immune or
inflammatory response by the host brain suppresses neuronal differentiation
of
transplanted ES cell-derived neural precursor cells. J Neurosci Res
86:1936-1943.
Shinoyama M, Ideguchi M, Hayashi H, Doi D, Hashimoto N, Suzuki M, Takahashi
J (2011)
CTLA4-Ig promotes neuronal differentiation from transplanted embryonic stem
cell-derived neural precursor cells. Neuroscience:in press.