てんかんQ&A

前文

 脳の電気信号の伝達異常によって、突然意識を失って倒れたり、けいれんを起こすてんかん。発作を起こすと日常生活もままならず、自動車の運転免許も取れず、患者さんの悩みは大きく、非常に負担がかかってしまう病気です。てんかんの治療は薬物療法が主体ですが、最近手術により治せるようになってきました。患者さんの中には手術は危険で、効果が小さいと思い込み、国内に3,000〜4,000人いる患者数にもかかわらず、年間手術数が500件程度にとどまっているのが現状です。

“てんかん (Epilepsy=エピレプシー)“の意昧は?

 Epilepsyという言葉は「征服された」「とりつかれた」あるいは「襲われた」というな意味のギリシャ語から派生したものです。てんかん発作は悪魔によって引き起こされると信じられ「魔病」であるとされていました。こういう過去の誤った認識がてんかんに対する神秘性や恐れのもとになり、てんかんを持つ人が普通の生活をするのを困難にしてきましたが、実際は“Epilepsy(エピレプシー)”という言葉は単に発作を起こし易いということを意昧しているだけなのです。

 わが国では大和時代には「たふれやまい」、「くつち」などとしてのてんかんの記載が古書にあります。日本語のてんかんは漢字で「癲癇」と書き、癲には「狂う、気が違う」、癇には「ひきつけ」といった意味があります。この言葉のルーツは古く中国の医学書「内経」にあり、日本では桃山時代より記されるようになり、江戸時代初期には確立された用語として医書に記載されています言葉の意味としては、あまり好ましいものではく、日本でも古くから誤った認識が持たれているような感じがします。

てんかんは一つの病気ですか?

「てんかん」というのは、単一の病気の名称ではありません。脳機能の不具合を示す一つの症状である発作を繰り返して起こすものをまとめて“てんかん(症候群)”と呼んでいます。症状は千差万別で、それこそピンからキリまでてんかんの患者の数ほどあるといってもいいと思います。

「てんかん発作」とは何ですか?

 てんかん発作というのは、脳卒中の発作とか、心臓麻痺の発作と違って、原則的に一時的なものです。てんかん活動は大脳の皮質にある一部の神経細胞が異常に突発的な電気活動を起こし、それが周囲の神経細胞を巻き込んで、しばらくの間(多くは5分間以内)異常な電気活動が継続されるものです。

 てんかん発作は脳の局地的磁気嵐に例えられます。脳は非常に複雑で繊細な器官で、私達の身体のすべての働き、運動、感覚、思考、感情を調節し、記憶の中枢となり、また自律神経を通して内臓の働きをも調節しています。無数の脳の神経細胞はお互いに電気的信号によって通信し一緒に働いています。そこでたまたま一群の神経細胞から異常な電気信号が発射されると、その大脳皮質の受け持ち区域の機能に局地的磁気嵐のように異常がもたらされ、発作となるのです。

 ですから発作の種類はその異常な電気信号が生じた脳の場所によって当然異なり、患者ごとに違った発作となるのです。

 大脳は大きく、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けられます。それぞれの部位から起こる発作の特徴は次のようなものです。

 前頭葉:眼球および頭が側方を向く。全身性のけいれん発作を起こし易い。一側性に手足が強直またはぴくぴくする。フェンシングをする姿勢をとる。複雑な身振り自動症。発作時間が短く、(長くても1〜2分)、一回発作が起こるとその日のうちに何回か発作を繰り返す。

 側頭葉:吐き気、胸が苦しい感じ、めまい感、頭から血の気がひく感じ、全身の冷感、不安感、恐怖感、既体験感・未経験感、いやな臭いや味覚などの感覚が最初にある。その後意識が混濁し動作の停止と一点凝視、舌打ち、口をもぐもぐさせたりする自動運動、無意識のうちに発語発声、無目的な行動をとるなどの自動症がある。発作時間が約2〜5分間と比較的長く、発作後もうろう状態がある。時に全身性のけいれんをともなう。

 頭頂葉:一側性に手足の感覚異常や異常運動がある。頭頂葉は発作症状として特徴的なものは少なく、そこ以外の領域(前頭葉、側頭葉、後頭葉)に広がって症状として確認されることも多い。

 後頭葉:物が2つに見える、視野が黒ずむ、変な色、光、影が見えるなどの視覚にかかわる異常がある。瞼がびくびくしたり、眼球が一側を向くなど眼にかかわる症状を示す。

オーラ(てんかん前兆症候)とは何ですか?

 てんかん発作が起こる前に、前兆(aura:オーラ)と呼ばれるある種の感覚や感情が引き起こされることがあります。前兆で発作が起こることが予測できるので、前もって怪我をしないように準備できることもあります。

 オーラの種類は脳の部位によってさまざまです。ある人では体温の変化を感じたり、またある人では不安や理由のないパニックを感じることや、幻聴や回転性のめまいを来たすこともあります。異昧・異臭を感覚したり、まれには幻視を体験することもあります。

 正確にオーラの内容を覚えていることができるなら、それを医師にいえば、最初に発作が起こる脳の部位を特定する手がかりになるので、重要な診断上のインフォメーションとなります。特に側頭葉に発作の原因がある場合は、手術で発作を止めることが可能ですので、側頭葉由来のオーラは治療上最も重要な情報と考えられます。発作をともなわずオーラだけで終わることもあります。

どんな人がてんかんになりますか?

 ある条件のもとでは誰もが発作を起こす可能性を持っています。誰にでもそれぞれのいわゆる発作の起こり易さの程度(閾値)があり、その閾値が低ければ発作を起こし易いということになります。

 発作は年齢、性、人種にかかわらず頭部外傷、中毒、脳卒中(脳血管の病気)、脳腫瘍、脳の発生異常(先天的な脳の奇形)など種々の 原因で起こりますが、持続する(慢性の)脳機能障害のために発作が 起こり易くなって、長期にわたり同じ発作を繰り返す場合にてんかんと診断されます。したがって、ただ1回のみ起こった発作では必ずしも「てんかん」の診断は確定しないのです。

どれくらいの人がてんかんを経験しているのですか?

 ある統計によると、全人口のおよそ4〜5%の人は、生きている間に少なくとも一度は発作を経験しているとされています。さらにそのうちの30%程度の人は2回以上の発作を経験し、それによって「てんかん」の素因を持っていると疑われます。別の統計によるとてんかんの診断を受けている人は人口 1000人中8人、新しくてんかんと診断される人は年間人口10万人に対し約20人と報告されており、てんかんは決してまれな病気ではないことがわかると思います。

 さらに「てんかん」の素因を持って発作を反復する人の大部分は、抗てんかん剤によって発作のコントロールを必要とされていますが、そのうちの20%前後は複数の抗てんかん剤の服用によっても奏功せず、背後は複数の抗てんかん剤の服用によっても奏効せず、それを「難治性てんかん」といっています。難治性てんかんに対しては後で述べますように、外科的治療が奏効する場合がありますし、薬剤を変更することで発作が軽くなる場合もありますので、難治だからといって治療をあきらめないで下さい。

どんな種類の「てんかん発作」がありますか?

 てんかん発作にはいろいろな種類があります。その頻度や型は人によって大きく異なります。しかし最近の治療法の進歩によってほとんどの場合発作を抑えることができるようになりました。

 てんかんに関しては非常に多くの用語があり、発作の種類にもいろいろあるので国際抗てんかん連盟(ILAE)によって国際的に共通の分類法が定められています。大発作とか小発作といった古い呼び方は国際分類に沿った名前に次第に置き換わっています。

 新しい分類では、「局在関連性てんかん」(体の一部分の症状を示す)と、「全般てんかん」(全身性の症状を示す)の2つに分けています。

 「局在関連性てんかん」には意識障害のない単純部分発作や意識障害をともなう複雑部分発作、あるいはそれに引き続く強直間代けいれん(二次性全般化発作)を起こすものがあります

 「全般てんかん」には、点頭発作、欠神発作、ミオクロニ一発作、強直間代発作、脱力発作などが含まれます。

 いずれにしても、患者の立場として必ずしも覚えていなければならない言葉ではありませんが、耳にした時はそのような意昧があると理解していて下さい。

「難治性てんかん」とは何ですか?

 難治性てんかんというのは、適切な抗てんかん剤投与による治療をしても、てんかん頻度が減らないもののことです。我々は便宜上「てんかんが1カ月当たり2度以上繰り返すもの」を難治性てんかんとしています。

 てんかんが「難治」である理由は、1)薬の処方量が足りない、2)患者が薬のスケジュールを守っていないため十分な量が吸収されていない、3)その薬がそもそもその患者の場合には無効なので、異なる 薬剤に取りかえる必要がある、4)てんかんをもたらしている脳の病変が薬剤のみではコントロールされない、などのような理由が考えられます。

 いくつかの薬剤を最善に試して無効な場合には、てんかんの外科治療が検討されることがあります。

「てんかん重積」とは?

 何回もの発作が引き続いて起こり、長時間(通常30分以上)にわたり発作状態が持続する場合、または発作が通常の時間内に終了しても、意識が回復する前に次の発作が反復し、そのような状態が30分以上続く場合をてんかん重積といいます。てんかん重積発作はてんかんの既往のある人に限らず、急性の脳障害(脳炎、脳出血、脳梗塞、窒息後の脳症など)、アルコールや薬物中毒などでも起こります。

 この状態が続くと脳の不可逆的な損傷が起こって、時には生命を危険にさらします。緊急治療処置が必要となりますので、救急車を呼び、早めに病院へ運ぶようにしましょう。

何がてんかんを起こすのですか?

 てんかんの発生原因はいろいろありますが、総じて、てんかんのある方で全体の 40% が原因不明です。知ることのできるてんかん発作の原因となる疾患は次のようなものです。

  • 脳・頭部外傷
  • 出生時の酸素欠乏症や外傷
  • 脳卒中(脳出血、脳梗塞)
  • 脳腫瘍
  • 脳の血管奇形
  • 脳の感染症
  • 脳の発生異常
  • 高熱
  • アルコール乱用
  • 薬物乱用

てんかんは遺伝しますか?

 一部の少数のてんかん症候群を除き、多くの場合てんかんは遺伝しません。一部で、てんかんになり易さは遺伝するかもしれませんが、この場合でも別のてんかんを引き起こす原因があって初めててんかんが発症すると考えられます。

 ただ、結節性硬化症、常染色体優性夜間前頭葉てんかんや良性家族性新生児けいれんなどの一部の特別な種類のてんかん(てんかん患者の2~3%)で遺伝要因が大きいと考えられているものがあります。また、もっとも基本的なことですが、脳外傷、アルコール、脳卒中などが起こしたてんかんは絶対に遺伝しません。ですから、脳外傷を負った親からたまたま生まれた子供がてんかんになったとしても遺伝によるのではないのです。不必要に自責の念にとらわれる必要はありません。

てんかんはどのように診断されるのでしょうか

 てんかんの診断と評価には、その発作がいつ始まったのか、発作の前、発作中と発作後の症状など多くの情報が必要です。患者と家族の健康(病気)に関する記録も診断をサポートする有益な情報として役に立ちます。

 脳波検査が発作の分類と診断の役に立ちます。発作中の脳波を記録することができれば確定診断に役立ちますが、必ずしもそのような幸運に恵まれるとは限りません。そこで通常は、非発作時の脳波を見て発作の原因となる異常がないかを調べることになります。これには経験が必要です。最近では脳波と発作時のビデオを同時に記録できるシステムが開発され診断に利用されています。

 さらに脳の中の様子を調べることのできるMRI検査やCI検査が必要です。これらの検査により脳のどの部分から発作が起こるのかが分かる場合があり、もし腫瘍や血管の奇形などが発見できれば、該当箇所の限定切除によりてんかんを治すことが可能です。

 また低濃度の放射線源を用いて非侵襲的に脳内の血の流れを見る検査(SPECT 検査ースペクト)や脳の代謝を見る検査(PET-ペット)も病院によっては利用されています。放射線源を使いますが被爆する放射線量は、そのあたりの温泉入浴時に受ける量よりも少ないので、全然心配はいりません。そのほかに一部の施設では脳内の磁場変化を捕らえる脳磁図(MEG)を診断に利用しています。

検査機器「PET」の威力とは?

 最近癌の検診で用いられるPET検査もてんかんの診断に有用です。PET検査により脳の代謝をみることができ、MRIなどの検査で出てこない異常な部位を見つけることができます。てんかんの患者さんでは、てんかんの源の代謝が低下していることをこの検査で発見することができます。特に側頭葉てんかんの診断には有用で、手術の手助けとなるすぐれた検査です。

MRIとPET

     MRI            PET

どんな治療法がありますか?

 医師がてんかんと診断すれば特別の治療を勧めます。医師によって処方される治療は、発作を抑制して健康で、普通の日常生活を過ごせるように計画されています。

 抗てんかん薬による内科的治療と手術による外科的治療の2つがあります。特に後者は抗てんかん剤による内科的治療に十分な反応がない場合積極的に拐され、欧米ではきわめて一般化した治療選択肢となっており、日本でも見直されてきています。

薬はどれくらい効果がありますか?

 大部分のてんかん発作は医師によって処方される抗てんかん薬で抑えられます。約50%の人で発作が完全に消失し、30%で普通に生活し働けるレベルまで発作の強さや頻度が減少します。残りの20%では発作が薬物に抵抗性を示したり、副作用のため抗てんかん剤の増量に耐えられず、ほかの薬剤に切り替えなければならないことがあります(難治てんかん)。

薬の副作用はありますか?

 多くの抗てんかん薬には副作用があります。その程度は、薬開の種類や量によって軽いものから重篤なものまで、いろいろです。多く見られる副作用は、眠気、めまい、吐き気、イライラ感、多動などです。てんかんの薬の副作用でほかの病気にかかり易くなることがあります。たとえばフェニトインによる歯肉増殖(歯ぐきの腫れ)はよく知られていますが予防可能なものです。ほかに、皮膚の炎症、肝機能障害、白血球減少や軽度の欝状態を引き起こすものも知られています。さらに2〜3種類の抗てんかん薬を一緒に飲んでいる人は、 薬の組み合わせによっては相互作用により副作用が増強される場合があるので、注意が必要です。薬を飲んでいて体調が悪くなったら医師に相談して下さい。

 また長期間薬を飲むことで副作用がでないかと不安になられるでしょうが、定期的に血液検査を行い適切に薬を飲めば、長期に飲んでいても心配はいりません。時に軽度の肝機能障害や白血球減少が認められることがありますが、それ自体は治療の必要がなく、定期的に血液検査を受けるだけで良いと思います。

外科手術のタイミングは?

 一般的には、抗てんかん薬による内科的治療で発作が抑えられない時で(月に2 回以上発作がある難治性てんかん)、発作を起こしている脳の場所が容易に決定され、かつ人格や機能に影響を与えないで、安全にその部分を取り除けると判断される場合に、外科手術が考慮されます。

てんかん手術にはどんな種類がありますか?

 大きく分けて、てんかん発作を引き起こす異常脳組織(てんかん焦点といいます) を取り除く切除手術と、てんかん焦点から起きた異常な興奮が脳全体に広がらないように神経線維を切断する遮断手術とがあります。図は手術の1例で、側頭葉てんかんの手術後のMRI画像を示しております。右側の側頭葉が一部切除されています(*)。この手術により合併症なく発作は完全に消失しました。最近は診断機器および手術法の進歩により、てんかん手術が安全に行われるようになってきています。難治な発作で、困っておられる方は、治療をお勧めします。

側頭葉切除術後

      側頭葉切除術後