患者様へ
心臓外科
はじめに
病院における外科の主な仕事は、手術を行い患者さんを治療していくことです。それには当然、内科の先生との連携、助け合いが必要となります。どこか体の調子が悪いといった場合はまず、内科の先生にかかられると思います。そこで全身の診察から始まり、さらに精密検査を行います。治療の必要のある患者さんは、飲み薬やその他の治療などを受けられます。外科が担当する手術は、内科の治療では限界のある、または手術が一番の根本的な治療と判断された場合に行います。心臓外科では主に心臓病(循環器疾患)の手術を行っています。心臓外科の手術が行われるようになったのは1900年代の中頃ですが、それから半世紀の間に心臓外科は飛躍的に進歩し、重症な心臓病の患者さん達も無事に手術を終え、元気に退院されておれらます。
心臓外科の扱う病気
心臓外科では、心臓内科(循環器内科)で治療する病気と基本的に同じ病気を治療しています。病気の程度は様々ですが、まず初めに内科で治療を行い、それでも良くならない、または病気の程度が進んできた場合に手術が治療法の一つとして考えられてきます。
大人の心臓病(後天性心疾患)
人間はだれでも年齢を重ねるごとに体のあちらこちらに調子の悪いところが出てきます。仕事で忙しく十分に休養の取れない人、食生活が不規則で栄養が偏っている人、たばこやお酒をたくさん吸ったり飲んだりする人達は、健康な生活を送っている人たちに比べて病気にかかる確立が高くなります。その中でいわゆる動脈硬化という病気は、動脈(心臓から全身に血液を送り出す血管)の壁にコレステロールの固まりが沈着し、それが原因で動脈の中が狭くなったり詰まったりする病気です。動脈が細くなるとその動脈が通っている組織は血流不足になり、さらに動脈が詰まるとその組織は血流が無くなり壊死(組織が死ぬこと)に陥ります。心臓にも当然心臓に血液を送る動脈があります。この動脈のことを冠動脈といいます。この冠動脈が細くなって心臓に血液が足りなくなる病気を狭心症といい、冠動脈が詰まって心臓に血液が流れず心臓が壊死に陥る病気を心筋梗塞といいます。狭心症や心筋梗塞のことを総じて虚血性心疾患といいます。狭心症、または心筋梗塞の患者さんはまず、内科的に細くなった(詰まった)冠動脈を動脈の中にカテーテルという細い管を入れて動脈を広げる治療を行います。しかし、この治療法も場合によっては難しいことがあり、例えば、冠動脈が細すぎる、動脈硬化が強すぎてカテーテルでは十分な治療が出来ない等の場合、手術でこの病気を治療します。
虚血性心疾患に対する手術治療
狭心症や心筋梗塞の手術は、足りなくなった冠動脈の血流を増やしてあげることです。冠動脈とは別の血管(自分の体の別の所から)を持ってきて、血液の足りない冠動脈に吻合(ふんごう:血管同士をつなぎます)します。
心拍動下冠動脈バイパス術について
以前は心臓の手術といえば、人工心肺という呼吸と循環の肩代わりをしてくれる補助手段を使用し、心臓と呼吸を停止させて手術を行っていました。人工心肺を使うことはほとんどの心臓手術で必要となるのですが、約1%の確立で重大な副作用である、脳梗塞が起こります。この最大の合併症である脳梗塞の発症を出来るだけ回避するのが目的で、人工心肺を使用せず、心臓が動いたままで冠動脈バイパス術が出来るようになりました(心拍動下冠動脈バイパス術)。冠動脈は太さが2-3mm程度のとても細い血管なので、これに切開を加えて別の細い血管を吻合するのはとても高度な技術が要求されます。当科ではこの心拍動下冠動脈バイパス術を積極的に行い、現在ほぼ100%の割合で行っております。心拍動下バイパス術を行うことで脳梗塞の発生頻度はほぼ0%に改善してきました。
【心拍動下冠動脈バイパス術の手術風景】
冠動脈(左前下行枝)に別の動脈(右内胸動脈)を吻合している。
虚血性心疾患に対する新しい治療法(再生治療)
大部分の虚血性心疾患の患者さんは、カテーテル治療や冠動脈バイパス術を行うことで治療が可能です。しかし、中には虚血性心筋症といってカテーテル治療もバイパス術も出来ないほど重症な患者さんもいらっしゃいます。今までの治療法では治すことの出来ないこの重症な虚血性心筋症患者さんに対し、当科では世界に先駆けて自己骨髄細胞を用いた再生医療を開発・臨床応用して来ました。これは自分自身の骨髄細胞の中の有効成分(骨髄前駆細胞)を分離して、直接心臓に注射することで心臓の機能を改善することを目的とした治療です。現在、日本中で、そして世界中でこの治療法が研究・開発・そして臨床応用されており、その有効性が証明されています。この自己骨髄細胞を用いた再生医療は今後ともますます発展していく最新の医療といえるでしょう。
【心筋内への骨髄細胞注入(左:術中の様子、右:シェーマ)】
骨髄細胞を心筋内に直接注入している。 |
【核医学検査による心筋血流の評価】
術前と比べ術後は心筋の血流が改善している。
胸部大動脈瘤・急性大動脈解離に対する手術
心臓から始まり全身の細い動脈までに至るまでの太い動脈を大動脈といいます。大動脈はいわゆる動脈の高速道路で、その太さは2-3cmの血管です。心臓外科では胸の中を走っている大動脈、胸部大動脈に起こる病気を扱っています。大動脈の病気のうち、動脈硬化が主な原因で起こる病気に大動脈瘤という病気があります。大動脈の一部が(こぶ)の様に大きくなり、大きさが5cm以上になったものを大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)といいます。大動脈瘤は、風船をふくらませすぎると割れてしまうのと同じように、大きくなりすぎると割れる(破裂)してしまいます。動脈瘤が破裂すると大出血し、命に関わってきます。そのため、動脈瘤が破裂する前に治療を行わなければなりません。残念ながら現在、動脈瘤は薬で治すことが出来ず、手術をすることが憂一の治療法です。また、急性大動脈解離という病気は、胸部大動脈の血管の壁が突然激しい胸の痛みとともに薄く裂け、この薄い動脈の壁が破綻することで大出血し、命に関わる病気です。この病気は緊急で手術を必要とすることがあります。
胸部大動脈瘤や、急性大動脈解離の手術の基本は、病的な大動脈を切除し、人工血管という人工的に作られた血管を移植することです。心臓に近いところにある胸部大動脈の手術を行うときは心臓が動いたままでは手術が出来ず、また胸部大動脈から分岐する動脈、とくに頭(脳)に向かう動脈に血流を特殊な方法を使って流したまま、脳を保護しながら手術を行わなければならないため、手術は非常に複雑なものとなります。やはり大動脈の手術で起こる一番大きな副作用は脳梗塞の発症です。また、体に負担のかかる手術なので、医学の進歩した現在でも手術成績は他の心臓手術には及ばないのが現状です。手術に耐えられず、不幸にも亡くなられる患者さんは全国平均で約10%です。しかし、当科において、胸部大動脈瘤の手術はほぼ100%、急性大動脈解離の手術では約95%の患者さん方が無事退院されており、全国平均以上の手術成績を誇っています。
【急性大動脈解離の発症】 |
【急性大動脈解離に対して上行弓部大動脈人工血管置換術を行ったときの模式図】
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弁膜症に対する手術
心臓は心房、心室という部屋で区切られて、さらにそれぞれが右と左に別れているため合計で四つの部屋があります。この部屋同士を血液が一方向で流れるために、部屋と部屋の間には弁(べん)があり、血液が逆流するのを防いでいます。この弁に異常がおこる病気を弁膜症といいます。弁としての働き、血液の逆流を防ぐことが破綻し、逆流が生じるようになった状態を逆流症(または閉鎖不全症)といいます。また、本来の弁は薄く軟らかく柔軟性に富んでいるのですが、動脈硬化などが原因で弁が硬く動きが悪くなり、血液が弁の中を通過しづらくなる事もあります。これを狭窄症といいます。これら弁膜症は内科的に薬で治療が可能です。しかし、弁に起こった変化そのものは改善することは無く、徐々に変化は進んで薬だけでは治療が難しくなることがあります。この時は弁を修復するための手術が必要になります。
弁膜症の手術には大きく分けて二つあります。一つは変化の起こった弁を切り取り、人工弁という、人工的に作られた弁を移植するものです(人工弁置換術)。もう一つは変化の起こった弁を残す形(温存)で弁を修繕・形成する手術です(弁形成術)。弁膜症の状態、逆流症であるか、狭窄症であるか、また四つある弁のうち、どの弁を治療するかで人工弁置換術を行うか、弁形成術を行うかが変わってきます。当科では大動脈弁に対しては弁置換術を行っており、僧帽弁逆流症に対してはほぼ100%の割合で弁形成術を行っています。弁形成術は弁置換術より技術的に難しいのですが、自分の弁を温存でき、心臓の機能を保てるということと、手術後の合併症を少なくできるということから弁置換術より望ましいと考えられています。
写真右側の金属製の細いフックがかかっている部位が、僧帽弁逆流のみられるところ。 |
僧帽弁閉鎖不全症に対して僧帽弁形成術を行ったところ。 これにより逆流は全く無くなりました。 |
【その他の手術】
その他、当科では不整脈(心房細動)に対する手術、心臓腫瘍の摘出手術など、様々な心臓外科の手術を行っています。
子供の心臓病(先天性心疾患)
子供の心臓病は生まれつきのものがほとんどで、様々なものがあります。当科では主に、心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、動脈菅開存症といった生まれつきの心臓病の中でも比較的複雑でない病気の手術を行っています。
当科での手術件数の割合と年次推移
グラフは当科における手術症例数の推移を示しています。手術数は年々増加し、2005年には153件に達しました。しかし、この年に起こったカテーテル治療の劇的な進歩のため、それ以降の虚血性心疾患に対する手術数が減少してきています。しかし、最近では手術の有用性も見直され再び増加しています。また、弁膜症は高齢化社会により動脈硬化性の弁膜疾患が増加し、症例数は増加を続けています。また、大動脈疾患に関しても最近はステント治療が一般的になっており、人工心肺を用いた大動脈疾患の症例数はあまり変化しておりませんが、全体的な数は増加しています。
(ステントグラフト治療については第一外科ホームページ内、
血管外科ホームページをご参照下さい。)
心臓血管外科の特徴
心臓血管外科は動く心臓を手術します。しかし多くの場合、心臓が動いたままでは手術ができず、だからといって補助手段無しでは呼吸と循環を止めることはできません。人工心肺は心臓の手術を行うため、一時的に呼吸と循環の肩代わりをしてくれる補助手段です。人工心肺を使用している間は呼吸と心臓が停止した状態でも生命を維持することが出来ます。心臓に流入する大静脈から血液を人工心肺に導きだし、人工心肺を通った血液は上行大動脈から全身に送り出されます。この人工心肺を使用して手術を行うということが、他の手術とは大きく違う心臓外科手術の特徴といえるでしょう。
【人工心肺装置】
人工心肺は、心臓のポンプの働きをするローラーポンプ(もしくは遠心ポンプ)と呼吸の代わりをする人工肺から成り立っています。さらにこれらが患者さんとつながる複雑な回路と、それらを操作するたくさんのコントローラーがあります。
【濱野教授による、大動脈弁置換術と上行大動脈人工血管置換術の同時手術】
我々は、手術を受けられる患者さんに、納得して頂くまで時間をかけて十分にご説明させて頂きます。手術を前にされて誰でも非常に不安なものです。どうぞ、遠慮なく何でもご相談下さいますようよろしくお願いします。