アジアの国際美術展(一)
光州ビエンナーレ2010
◆授業の目標
政治的な美術について考察する。
光州ビエンナーレの歴史について理解する。
1. 光州ビエンナーレ2010
・光州市
1-1. サーニャ・イヴェコヴィッチ(クロアチア)《バリケードについて》 2010年、(別画像)、(部分)
◆光州事件
光州市で1980年5月18日から27日にかけて起こった、活動家、市民、学生らによる民主化運動と韓国軍の衝突。
5月18日、戒厳司令部が金大中ら26人を逮捕、金泳三を自宅軟禁。政治活動の停止、言論・出版・放送などの事前検閲、大学の休校など戒厳布告が発表される。
5月25日 第三次市民大会(5万人)。「金大中の釈放」「戒厳令撤廃」を要求。
5月27日 韓国軍が市内全域を制圧。市民に多数の死傷者が出る。
・韓国映画「光州5.18」(2007年制作)
1-2. フランコ・ヴァッカリ(イタリア)《あなたのつかの間の訪問の記しを写真で壁に残してください》 1972/2010年、(部分1)、(部分2)1-3. ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイス(スイス)《可視世界》 1986-2001年、(部分1)、(部分2)
1-4. 大竹伸朗(日本)《スクラップブック》展示風景、(部分1)、(部分2)
1-5. ハンス=ペーター・フェルドマン(ドイツ)《9月12日の一面記事》 2001年、(部分1)、(部分2)
1-6. 趙樹同(チャオ・シュートン)、王廣義(ワン・グァンイー)ほか(中国)《収租院》 1974-78年、(部分1)、(部分2)、(部分3)
1-7. チェ・ビュンス(韓国)《李韓烈(イ・ハンニョル) の肖像》 1987年、(部分)
1-8. トゥール・スレン収容所写真(カンボジア) 1975-79年、(部分)
1-9. イデッサ・ヘンデレス(ドイツ)《パートナーたち(テディ・ベア・プロジェクト)》 2002年、(部分1)、(部分2)
2. 光州ビエンナーレの歴史
テーマの変遷
2010年 万人譜/10000 Lives
2008年 年次報告/Annual Report
2006年 熱風変奏曲/Fever Variations
2004年 一塵一滴/A Grain of Dust A Drop of Water
2002年 _止_ /P_A_U_S_E
2000年 人+間/Man + Space
1997年 地球の余白/ Unmapping the Earth
1995年 境界を越えて/ Byond the Borders
第8回展 総合監督 マッシミリアーノ・ジオーニ
(1973 - )
◆マッシミリアーノ・ジオーニ「万人譜」
「私たちは、顔やイメージで溢れかえった、過剰に形象化された世界に生きている。イメージの生産と消費が、私たちの時代に最も広範に浸透した活動であり、また最も儲かっている産業であると言うことは誇張ではない。次のような数字について考えてみて欲しい。日々、数10億のイメージが生み出され、消費されている。1秒あたり50万以上のイメージが、あるウェブサイト上で公開され続けており、平均2億2千万枚の写真が毎週、フェイスブックに投稿されている。同サービスには、2009年4月だけで150億のイメージが掲載された。アメリカ人だけで、1秒につき平均550枚のスナップショット写真を撮影している。そして1千4百万ドルが1枚の写真の使用料として支払われている。」(pp. 426-427.)
第7回展 総合監督 オクウィ・エンウェゾー (1963 - )
3. まとめ
・美術と政治
―表現の自由と規制の多い既存メディア
―現代美術≒世界情勢を知る手段
―個人の「肉声」、社会に対する憤り
―PC Art(政治的に正しいアート)cf. マイノリティの表現
・光州ビエンナーレの歴史
―1980年 光州事件
―1995年 光州ビエンナーレ開始 ※東アジア最大のビエンナーレ
―世界主義と地域主義
―総合監督に海外のキュレーターを抜擢(2008年から)
―展覧会のテーマや出品作品に、光州事件と関わりを持たせる(=海外へ「民主主義運動の聖地」をアピール)
◆過去の講義ノートへのリンク
二〇〇九年前期 <第六講> 事例研究(五)光州ビエンナーレ
二〇〇八年前期 <第五講> 事例研究(三)光州ビエンナーレ
二〇〇七年前期 <第二講> 国際美術展の歴史(二)アジア
二〇〇五年前期 <第三講> 光州ビエンナーレ:参加観客制度の試み/<第 四講> 光州ビエンナーレ:グローバリゼーションとアートの民主化