スポットライト研究
-No. 5-

酵素を用いる化学反応システム
生体機能は,多様な分子がさまざまな役割を担うことで成立しています。たとえば,酵素は化学反応を触媒する高分子であり,細胞内の空間では,多種の酵素がひしめきあって精緻な化学反応ネットワークを形成しています。細胞で起きている酵素反応が試験管の中の反応と異なる点のひとつとして,後者では分子が比較的低濃度で均一に分散しているのに対して,前者では,微小な空間や界面により酵素の位置や局所濃度が規定され,基質・生成物の移動過程を含めた合理的な反応システムが構築されている点が挙げられます。すなわち,試験管や反応器は,酵素分子にとって不合理な環境です。細胞の中で空間や界面ができる仕組みのひとつとして,水と水を隔てることができる分子集合膜があります。膜の形成は,リン脂質のような両親媒性分子(水に対して親和性のある領域と油のように親和性が低い領域が共存する分子)が担います。
反応器の微小化により顕在化する酵素の機能

脂質を利用すると,例えば,1 mLの溶液中に直径100 nm程度のコロイド小胞体(リポソーム)を1兆個以上,安定に懸濁することができます。私たちは,酵素 α-キモトリプシンを1分子の状態でリポソームに閉じ込めると,遊離状態ではほぼ完全に失活する温度において,熱安定性が著しく増大することを見出しました。1分子の状態で隔離された酵素は,別の分子と不可逆的に凝集する機会がないためです。仮に,試験管の中の酵素溶液を何回も希釈して1分子のみの酵素が入った溶液を調製できたとしても,その中の酵素の活性を検出するのは困難です。リポソームを小さな反応器として利用すると,酵素1分子の機能を比較的容易に分析することができます。リポソーム内における酵素分子数の分布を考慮することにより,微小体積が顕在化させる酵素機能を詳細に解明できると考えられます。一方,リポソームの中に異種の酵素を閉じ込めると,逐次的に反応が進行する機会が生まれます。このような性質を利用して,化学反応網を組み込んだ触媒の開発にもチャレンジしています。複雑な酵素反応の解析や特殊な材料・手法を用いた固定化酵素の開発は,国際共同研究により推進しています。
化学工学を基盤として

酵素反応を工学的に応用するためには,実用的な反応器を使って酵素を機能させる必要があります。また,反応器のスケールや形,操作方式,経済性など,多様な視点からプロセスを構築することが求められます。化学工学は,物質やエネルギーの流れに基づいて,反応や分離といった単位操作を設計して,一連の化学プロセスを構築する方法論を扱います。化学工学の適用範囲は,対象やスケールを問いません。物質移動を伴う酵素反応機構の解明や酵素を利用した反応器の開発にも役立ちます。私たちは,化学工学のうち,「反応工学」を基盤とした研究を行っており,たとえば,気液接触型反応器である気泡塔を用いた酵素反応操作をはじめ,流体や気泡群が酵素や脂質膜の機能に及ぼす効果についても長年研究しています。化学反応は,生命,工業プロセス,地球環境等を考えるうえで共通かつ本質的に重要な要素です。そのような視点から,真に有益な物質生産プロセスや材料の開発を目指しています。化学関連の産業界では,単位操作をはじめとする化学工学の基礎知識や解析能力,プロセス工学的な視点をもったエンジニアの育成が強く求められており,社会人になってから化学工学を学び直す,あるいは新たに学ぶ,という方々もおられます。化学工学を軸として研究を推進することは,このような社会的要請からも重要と考えています。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
科研費・基盤研究 (B) (2020.4~)
科研費・国際共同研究強化・Prof. Peter Walde, ETH-Zürich, スイス (2016.9~2019.3)
科研費・基盤研究 (C) (2016.4~2019.3)
1. Ghéczy et al., RSC Adv., 2020, 10, 18655.
2. Fujie and Yoshimoto, Soft Matter, 2019, 15, 9537.
3. Nagatomo and Yoshimoto, ACS Appl. Bio Mater., 2019, 2, 2453.
4. Yoshimoto and Walde, World. J. Microbiol. Biotechnol., 2018, 34, 151.
5. Maeshima and Yoshimoto, Enzyme Microb. Technol., 2017, 105, 9.
-No. 4-

水と非水溶媒
私たちが生存している地球表面は約7割が海(電解質水溶液)で覆われており、巨大な物質系・反応系と考えることができます。この反応系は、太陽と地殻内部からの熱供給でほぼ一定の温度状態が保持され、太陽光は物質生成のトリガーとして多彩な物質変換の流れを生み出しています。絶え間なく必要な物質が生み出され、一方で不要な物質が除去されていくことが生態系の維持に不可欠ですが、これを理解し、制御するための学問領域の一つとして「溶液化学」があります。自然界には様々な溶存状態の物質があり、その温度・圧力・濃度は時間の経過とともに変動を続け、局所的平衡状態に向かって常に状態変化しています。このダイナミックな物質の動態も溶液化学の力なしには理解することはできません。水溶液中での金属イオンや無機・有機化合物の溶存状態、すなわち、溶質と水(溶媒)がどのように相互作用し、安定化しているのか?が理解の本質を握っており、実際に、自然科学の発展の歴史において溶存状態は古くからの研究の対象でした。
以上のように、自然(水溶液)中において、物質は様々な形態で溶存していますが、私達の知るそれは、熱力学的に水大過剰条件に偏っています。溶存状態に関する私達の認識は、この偏りをあまり意識しておらず、その結果、溶液内反応に関する考え方は「水」の特異性を常識として形作られ、それが私達の観念の中に深く根をおろしています。溶媒としての「水」を考えるとき、その性質は極めて特異的であり、これは多様な性質をもつ溶媒群の一部を代表するものでしかありません。この常識が盲点となって見逃している現象は少なくなく、これを打破することで新規の溶液反応論を構築し、ひいては実用分野で求められる機能を織り込んだ「液体材料」の創成まで見据えたサイエンスを展開するには、水以外の「非水溶媒」に焦点を当てた研究が必須となります。
「溶媒和の化学」で液体材料の機能を自在に設計する
非水溶媒(有機溶媒)に電解質塩を溶かした「有機電解液」は、電気化学デバイス用の電解質として重要な役割を担っています。例えば、携帯電話やノートパソコンに使われているリチウムイオン電池(LIB)の電解質材料には有機電解液が採用されており、水を溶媒とする水系電解液ではこの用途で求められる性能を満足したLIBは成立しません。しかしながら、現行の商用LIBには発火・爆発といった安全面で本質的な課題を抱えており、その原因は有機溶媒の揮発性・引火性に起因しています。したがって、「燃えない電解液」の研究開発が蓄電デバイス分野における世界的なトレンドとなっており、私達のグループではこの課題に対して「溶液化学」、特に、「溶媒和の化学」に着目した研究を推進しています。

溶液中のイオンは複数個の溶媒分子に取り囲まれた集合体「イオン溶媒和クラスター」として存在し、このクラスターの構造/ダイナミクス/エネルギー特性がイオンの反応性を支配しています。私達のグループでは、イオンと溶媒分子の相互作用「溶媒和現象」をイオン反応の素過程と捉え、これを熱力学・構造化学に立脚して解明していくことを研究戦略上の最重要課題と位置付けています。例えば、「燃えない溶媒」であるフッ素化溶媒中にリチウム塩を溶かすと「燃えない電解液」を調整することができます。しかしながら、このままではリチウムイオン電池の電極反応(充放電反応)は全く起こりません。そこで、溶液中のリチウムイオンの溶媒和状態を様々な実験やコンピューターシミュレーションを用いて詳細に調べ、分子レベルで可視化します(右図)。これにより、リチウムイオンが反応するための必要条件を抽出し、電極反応を引き起こすための設計指針を構築することができるようになります。このような「溶媒和の化学」を駆使して、実用分野で求められる「機能」を適切に付加した「電解液」の開発を進めています。

機能設計を施した電解液を「ゲル」にする

4分岐高分子であるTetra-poly(ethylene glycol), TetraPEGを網目として用いたハイドロゲルは、90%以上が水であるにも関わらず非常に優れた力学特性を示します。我々のグループでは最近、この多分岐高分子を機能性電解液(上記のように機能設計を施した非水系電解液)中で効率よくゲル化する方法論を確立し、燃えない・イオン伝導性が高い・二酸化炭素をよく吸収する等、所望の機能を選択的に付加した高強度ゲル電解質を合成することに成功しました。ゲルネットワークとして用いる高分子は1〜5%と極めて低濃度なので、構成成分の99〜95%以上は電解液です。にも関わらず、人工関節に匹敵する高い機械的強度、ゴムのような高靭性を示し(右図)、「高度な機能化を施した電解液」の性能をほぼそのままゲルに反映することができる点が大きな特長です。実際に、電気化学デバイス用のゲル電解質や二酸化炭素分離膜としての応用研究も進めており、従来材料にはない優れた特性を実証しつつあります。
溶液化学からソフトマターサイエンスへ
溶液化学は、物理化学・無機化学・分析化学を横断する学問分野であり、基礎・応用で分類すると明らかに「基礎研究」に位置づけられます。しかしながら、研究の出口である「応用」を明確に見据えることで、分子論に基づいた「柔らかい材料(ソフトマター)」の開発→応用研究という新しい潮流を生みだすことができると信じています。電解質溶液、高分子溶液、高分子電解質を広い意味での”ソフトマター”として捉え、イオンから高分子まで、様々な溶質の「溶媒和」を自在に操作することで、必要な機能のみを選択的に付加したスマートな材料を開発していきたいと考えています。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
NEDO・革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発(RISING2) (2019~)
1. Fujii* et al., ACS Appl. Polym. Mater., 2020, published online.
2. Fujii* et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 2019, 21, 11435
3. Fujii* et al., J. Phys. Chem. C, 2019, 123, 8699.
4. Fujii* et al., Polymer, 2019, 166, 38
5. Fujii* et al., Chem. Lett., 2019, 48, 704. (Editor’s Choice)

Rotaxane(ロタキサン)とは? / 棒と輪っかの共演
ロタキサンとは、棒状の分子が環状分子の穴を貫き(包接)、その空洞よりも大きな分子で棒の末端をキャッピングした構造をしています。ちょうど鉄アレイがドーナッツの穴を貫通しているイメージです。

ここで、鉄アレイの持手の部分はAxle(Axis, 軸)と、ドーナッツをWheel(環)と呼ばれています。このロタキサンを合成するためには、混ぜて偶然に通すという確率的なやり方では高い収率でロタキサンを得ることができません。従って、AxleとWheelが意図的に引き合うように分子設計させます。このやり方は、ホスト-ゲスト相互作用を利用したものであり、水素結合、疎水性相互作用、静電相互作用などが知られています。1990年代から高収率でのロタキサンの合成が可能となったことから、世界的に研究が精力的に行われています。
これらロタキサンは環分子が軸分子の周りを回転したり、並進したりといった特異的な動きができるため、「分子マシン」や「ナノマシン」として注目を集め、2016年にはノーベル化学賞の研究として一躍脚光を浴びる存在となっています。このように、分子同士を組み合わせることで2次元から3次元の動きが発現する複合体の総称を
『超分子(Supramolecule)』

私の研究では、このような背景に基づいて、機能性材料の観点からもっと実用性が高く、扱い易いものとするべくロタキサンのシート化(フィルム化)の検討を行っています。ロタキサンの最大の特徴は前述したように環分子と軸分子からなる包接構造によって3次元的な動きを生み出すことができる点にあります。これを網目状の高分子ネットワークの架橋点とすることで、強靭で伸長性の高い機能性シートの開発が可能になりました。さらに、煩雑なステップを踏むことなく、軸分子と環分子の2種類を混ぜ合わせてロタキサン構造を有する安定なネットワークをワンポットで合成できることを世界に先駆けて報告しました(K. Yamabuki et al., Polymer Journal, 2008, 40, 205)。
この開発した材料は非常に柔軟性の高いシートを形成することが可能であり、引張試験において3倍以上の長さになっても破断せず、さらに引張応力を開放することで、再び元のサイズに戻るという形状記憶特性を有していることが確認されています。この特徴をさらに展開することで、自己修復性材料、刺激応答性材料などの機能性材料の開発が可能であり、鋭意研究を進めているところです。
国家戦略に基づく革新的電池の開発

ALCAとは、先端的低炭素化技術開発(Advanced Low CArbon Technology Research and Development Program)の略称であり、国(文部科学省)が策定するグリーン・イノベーション研究開発戦略として二酸化炭素削減を目指した研究を推進する国家プロジェクトです。ここでは、現在のリチウムイオン二次電池よりも蓄電量の大きな高エネルギー密度タイプの次世代二次電池の研究も行われており、マグネシウム二次電池用のゲル電解質材料へと応用されています。ロタキサンを組み込んだネットワークポリマーを用いることで、電解液の漏洩を防ぎつつ、マグネシウムイオンの効率的な輸送システムの確立を目指しています。このような新しい原理に基づく電池は、太陽光・風力発電と組合わすことで、地球に負荷をかけないエネルギー循環型社会の構築に貢献できます。
戦国武将・毛利元就から学ぶ山口大学の研究のあり方
山口県をかつて治めていた戦国武将である毛利元就の逸話に「三本の矢」があります。これは、「一人一人の力は小さくとも三人が結束すれば折れない強い力が生まれる」ということをメッセージとして発しています。山口大学のこれからの研究についても、一人でやるのではなく多くの人と連携・結束して行う必要があると思っています。狭い領域に拘らずに、広い視野で自分の研究を見つめ直し様々な技術と融合させていくことが、これからの地方大学が目指す組織体制だと感じています。学生の皆さんにも自分の研究だけでなく周りの研究分野についても積極的に触れ、刺激を受けることで新しい研究の可能性を見つけていってもらいたいと思っています。そういう研究者であり教員でありたいと思っています。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
【論文】
1. Yamabuki et al., Polymer, 2017, 117, 2257.
2. Yamabuki et al., Journal of Power Sources, 2016, 323, 51.
3. Yamabuki et al., Polymer, 2016, 91, 1.
4. Yamabuki et al., Journal of Power Sources, 2015, 297, 323.
1. 山吹一大 他、2013-209430、2018 (権利化)
-No. 3-

究極の電池の実現を目指して

生物は“生きている”という特別な存在ではあるものの,それを構成しているのは原子・分子で,その分子を合成するのは細胞内の化学反応です。いいかえると,生物は化学反応から生み出されています。生物は,外部から得た分子を材料に自分自身を構成する分子を常に合成しています。つまり,自然にある物質を,様々な物質に変換する能力を持っています。この様な生物が持つ一連の化学反応のことを代謝といい,代謝を利用した生産物として,伝統的な発酵食品である日本酒や味噌,醤油が挙げられます。材料の米,大豆や麦に含まれる高分子(タンパク質,デンプン)が分解され,代謝を経てうま味や香りを持つ様々な分子が生成しています。
発酵食品は多くの分子が混在していますが,近代以降,純粋な物質を生産するために発酵が利用されるようになりました。代表例は酵母菌が生産するエタノールで,石油代替燃料として世界中で生産が拡大しています。燃料用エタノールは植物資源~バイオマス~を材料にして生産するのでバイオエタノールと呼ばれますが,発酵という生物~バイオ~の仕組みを使うことも含めて,バイオエタノールと私は考えています。バイオエタノールは炭素資源であり、これが燃焼すると二酸化炭素になります。二酸化炭素は植物に吸収・固定され再びバイオマスとして利用することでバイオエタノールを生産可能です。このように炭素資源が循環することからバイオエタノールは再生可能なエネルギーとして期待されています。飲料や燃料用アルコールは,生物に備わっている基本的な代謝経路で生産することができますが,他の生物に比べて特にこの能力が発達している酵母菌がその生産に適しています。酵母菌は日本酒,ワインからバイオエタノールまで,アルコールの生産に欠かせない微生物です。
エタノール発酵をより経済的に

エタノール発酵の起源は今から3千年以上もさかのぼると言われています。また,発酵は生物の基本的な代謝を利用して進行することから,最初に詳細が明らかになった代謝経路でもあります。エタノールを発酵により生産する技術は、第1次オイルショックのころにブラジルでバイオエタノールの生産技術が大きく発展しましたので,ちょっと古い技術と思われがちです。ところが,2000年ごろからバイオエタノール生産は飛躍的に拡大し,多くの研究者や企業が新しい技術開発を積極的に進めています。再び開発が進められるようになった理由は,化石燃料の使用に伴う大気中の二酸化炭素濃度の増加と枯渇しつつある化石燃料へのエネルギー依存を克服するためです。前者は既に気候変動をもたらしており,放置すると深刻な問題になると危惧されています。後者も,採掘技術の進歩による化石燃料の増産が期待できるとはいえ,いずれゼロになることは明白です。従って,再生可能な材料からエネルギーや物質を合成することは人類の未来に欠かせない技術です。
研究しつくされた感のあるエタノール発酵にどのような工夫ができるか?一つの方法は耐熱性の酵母菌を使うことです。発酵生産中には温度が上昇しますが,通常の酵母は高い温度に強くありません。そのため,発酵槽を常に冷却して,酵母菌の発酵に適した温度に維持する必要があります。バイオマスが豊富な地域はもともと気温が高いので,冷却は不可欠です。これに対して耐熱性のある酵母でエタノール生産できればこの冷却コストを削減することができます。+5℃~10℃程度の高温ですが規模の大きいエタノール発酵ではコスト削減効果は大きくなります。温度を少し高くできると,他の微生物の混入を防ぐ,発酵液の粘度を下げるなどのメリットも生まれます。さらには,デンプンや将来のセルロースやヘミセルロースなどの多糖を原料にしたエタノール発酵の効率化にも効果が期待できます。これらの多糖は分解されて初めて酵母が利用できますが,高温になると分解のための酵素活性が高まるからです。

未利用バイオマスをエタノールに。

Kluyveromyces marxianus (クルイベロマイセスマルキシアヌス)はエタノール発酵に優れている耐熱性の酵母菌です。私は、タイの研究者や企業研究者と協力して,この耐熱性酵母を用いた効率的なエタノール発酵技術の開発を進めてきました。タイで,キャッサバイモからデンプンを抽出した後の廃棄物(バイオマス)を材料として,この中に残るデンプンを効率的にエタノールにできることを,実証しました。
もっと効率的な高温でのエタノール生産技術にするために,耐熱性の強化や耐熱性の仕組みを調べています。実はエタノール発酵は酵母にとって快適な状況ではなく,生産されるエタノールや材料である高濃度の糖は酵母にとってストレスにもなります。ストレスに強い酵母を作ることもエタノール発酵の効率化に貢献します。
さらに,多様な未利用バイオマスを材料として発酵生産するためには耐熱性酵母が様々な種類の糖を上手く細胞内に取込み,発酵に利用できるようにする必要があります。独自に開発したこの耐熱性酵母の遺伝子組換え技術を使って,糖の輸送体や酵素の性質を解析して,様々なバイオマスを効率よく利用できるように能力を高めることも進めています。
もっと多くの物質の生産を

未来に向けては,エタノールだけでなく,社会に必要とされる様々な物質もバイオマスを材料に,耐熱性酵母で生産することが期待されます。化学,生物化学,遺伝子工学に加えて情報技術も駆使しながら価値のある細胞を開発していきたいと考えています。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
JST先端的低酸素化技術開発 (2010.10~)
NEDO国際エネルギー消費効率化等技術普及協力事業(2010.8~2015.2)
1. Hoshida et al, J Biosci Bioeng, 25:676–681 (2018)
2. Hoshida et al, “Biotechnology of Yeasts and Filamentous Fungi”, 39–62 (2017)
3. Varela et al, FEMS Yeast Res, 17:1–13 (2017)
4. Hoshida et al, Appl Microbiol Biotechnol , 101:241–51 (2016)
5. Hoshida et al, Yeast, 31:29–46 (2014)

金属触媒による医薬品、化粧品やフッ素化物の効率合成を目指して。

医薬品などの分子は優れた生理作用を効率的に発現するために、多種多様な分子構造(炭素原子で構成される構造)を有しています。世界的な人口増加は医薬品の潜在的な需要を押し上げており、それらをどのようにして大量かつ安定的に供給するかが大きな課題です。もちろん、それら分子は自然から採取するのではなく、人工的に作らなければなりません。分子を“作る”ことを、専門用語では“合成する”と言い、これを扱う学問が合成化学です。
我々は、金属を触媒として用いる新しい分子合成法の開発に焦点を当てて、1)金属によるラジカルやイオンなどの活性種制御法開発、2)金属触媒反応によるこれまでにない選択性の発現、そして、3)医薬品などの有用分子を金属触媒反応により効率的に合成する方法の確立という3つの研究目標を掲げて研究を行っています。金属による分子合成研究分野は、数年に一度はノーベル化学賞の受賞対象となるような社会的に非常に大きなインパクトを持っています。従って、複雑化する医薬品分子を金属触媒により迅速かつ精密に合成する研究は、この分野を象徴する研究課題でもあります。
銅触媒系によりラジカルやイオン活性種を制御し、革新的アルキル化反応開発に活かす。

合成化学を行う上で重要な化学種は、ラジカル、カチオン、そしてアニオンといった非常に反応性の高い活性種です。これらをどのように発生し、反応性を制御するのかが新しい合成反応開発の鍵となっています。我々の研究室では、活性種制御を実現するために、“銅”という金属の性質に着目しています。銅は古くから人類になじみの深い元素であり、現在においても硬貨や電線など身近に大量に使われています。特に注目している銅の性質は、“一電子移動”というものです。
これは、金属から電子が一つだけ移動する現象であり、有機ハロゲン化物と反応することで、“ラジカル”という非常に活性な化学種を生成することが可能です。さらに、ラジカルが銅により酸化されることでカチオンという化学種も生じます。我々は、銅反応系を使うと多種類の活性種を比較的簡単に使いこなすことができるのではないかと考え研究に取り組んでいます。その結果、数ある合成反応の中でも“アルキル化”という反応に銅触媒が効果的であることを突き止めました。アルキル基は医薬品などの分子を構成する基本骨格の一つであり、鎖状及び環状構造が存在します。我々の開発した銅触媒アルキル化反応は、様々な鎖状及び環状構造を有するアルキル骨格を合成することができるため、この技術を駆使して薬理活性物質などの医薬品を迅速に合成できると期待しています。もちろん、そのためには銅触媒によるアルキル化反応を、活性種と反応形式の相関、及び導入可能なアルキル骨格の観点からもっと深く調べる必要があります。

アルキル化反応は課題が山積み。
アルキル化反応は、多くの研究例がありますが、意外にも遷移金属触媒を用いた系ではうまくいかないことが知られています。アルキル基には、その骨格によって1、2、及び3級と分類されており、 数字が大きいほど立体的な大きさが増していきます。骨格が大きくなると金属が反応しにくくなるため、アルキル基の反応性をうまく引き出すことができません。また、アルキル基には沢山の水素が骨格上に存在するため、金属による脱水素化が進行することでアルキル基が分解してしまうことも問題です。これらを解決可能なのが、“アルキルラジカル”の化学だと期待しています。しかし、アルキルラジカルは反応性が高く、その挙動を制御することは大変難しいです。そこで我々はこの問題を銅の優れた一電子移動機能を使うことにより解決を試みています。現在のところ、銅と多座窒素配位子を組み合わせた錯体を触媒として用いることで、ラジカル種とイオン種や有機金属種を混在した新しいアルキル化反応が進行することを見出しています。

これにより、一つの活性種のみでは達成し得なかった末端アルケンへの新しい3級アルキル化法を報告しました。すなわち、反応させにくかった3級アルキル基をラジカル反応で制御し、続くイオン反応で全体の反応形成を制御するというものです。これにより、3級アルキル基を有するE及びZ置換アルケン、そしてアリル化合物を合成することができました。まだまだ満足のいくアルキル化反応は確立できていませんが、異なる活性種を一つの反応系に混在させるという斬新なアイデアで、有用分子合成にブレークスルーをもたらしたいと日々研究に励んでいます。
新手法開発には、膨大な時間がかかります。苦労して新現象を発見する瞬間が、基礎研究の醍醐味。

金属錯体を使う合成化学は大変面白い学問です。分子レベルの現象を制御し、望みの化合物を作り上げることができる反応を誰でも見つけることができます。
しかし、そのためには実験台に沢山の反応容器を並べて、試薬の効果をひとつずつ試さなければなりません。おそらく、他の分野に比べて倍の手間や時間がかかると思います。その分、身に着けることができる技術も桁違いに多く、例えば、反応一つを仕込むだけでも、試薬知識、蒸留技術、有機溶媒効果、実験器具の取り扱い、分子反応論、そして、分析技術が必要になります。学部4年生にとっては、覚えることが多く非常に大変です。一方で、苦労して身に着けた技術を使って自分自身の手で新たな自然現象を見出せたときには、努力の甲斐があったな、と強く実感することができます。自分の発見が教科書の新たな1ページになる可能性もあるのです。
そうして苦労して仕上げた実験データを論文としてまとめあげたときのうれしさは、格別です。また、論文に掲載された内容が優れている場合には、その雑誌の表紙を飾ることも可能です。表紙に選ばれた場合には、自分たちの研究内容のイメージ画像を作ることになります(左図:本研究室の成果が表紙に採択された雑誌[Angewante Chemie誌、ACS Catalysis誌])。自分らが発見した自然科学を画像イメージにすることはなかなか難しいですが、これもまた楽しい瞬間でもあります。ぜひ、我々と一緒に電子材料、医薬品や化粧品などの分子造形研究をしましょう!

教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
科研費新学術領域研究(2018-2019)
JST戦略的創造研究推進事業(2018-2023)
1. Nishikata* et al., ACS Catal., 2018, 8, 6791.
2. Nishikata* et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2017, 56, 11610.
3. Nishikata* et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2016, 55, 10008.
4. Nishikata* et al., J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 16372.
1. 2017年度 第36回有機合成化学奨励賞(有機合成化学協会)
2. 2015年度 第30回若い世代の特別講演証(日本化学会)
3. 2014年度 優秀論文賞(有機合成化学協会九州山口支部)
-No. 2-

究極の電池の実現を目指して

今、皆さんの生活の中で使用されている様々な機器の中には、電池(バッテリー)が入っています。変わったところでは、皆さんの家の外にあるガスメーター(ガスの使用量を測定記録する装置)の中には、10年近くの寿命を持つ電池が入っています。電池には、大きく分けて、1回だけ使える電池(一次電池)と充電して再び使える電池(二次電池)があります。この二次電池は、スマホやタブレット、ノート型パソコンにも使われており、皆さんも何個か(あるいは十数個以上かも)知らず知らずのうちに使っています。
スマホを毎日、毎日充電しないと困る、あるいは、途中でバッテリーが切れて困った、という経験を持つ人も多いかと思います。長持ちする二次電池をどうやって実現するか、それを可能にする材料の開発を私達は研究しています。
硫黄や硫黄から作られる新しい化合物を使ってたくさん電気が蓄えられる二次電池を造ろう!

スマホに使われている二次電池の高容量化から、さらには、より大型の二次電池の実用化も社会からの要望が高くなっています。このような大型二次電池は、太陽光や風力で発電した電気を安定に供給するために一時的に蓄えることや、電気自動車に搭載することを目指しています。この大型二次電池に使用される材料が備えるべき条件としては、
(1)単位重量あたり、より多くの電気を蓄えられること、
(2)大量の材料が簡単に安く入手可能なこと、
(3)安全性が高いこと、
などが挙げられます。この(1) ~(3)を実現可能な材料として、硫黄が注目されています。
硫黄は、(1)今までの材料の約5倍から10倍の電気が蓄えられること、(2)石油の精製工程の副産物として大量に生成していること、(3)室温付近では、固体であるため電池容器などを簡素化できること、などの特徴を持つため、次世代二次電池の材料として注目されています。
しかしながら、問題点もいくつかあり、それらを化学の力を使って解決すること(硫黄を含む新しい化合物を合成する等の方法)で、たくさん電気が蓄えられる二次電池を造り出すことを目指しています。
電極そのものの構造も工夫しています。

電池に用いる材料そのものを、今までのものと違う材料として、たくさんの電気を蓄える電池を実現する方法の他に、電極そのものの構造を工夫することで、たくさんの電気を蓄えたり、一度にたくさんの電気を使えたりする電池を実現することも目指しています。
今までの電極は、電気を蓄える材料(電極活物質)粉末に炭素材料(電気を流れやすくするため)とある種のポリマー(糊の役割をして、電極の形に成形しやすくする材料)をよく混ぜて造っていました。このようにして造った電極は、電極活物質以外の材料(言い換えると電気を蓄えることに直接関与しない材料)を含んでいるため、出来上がった電極の単位重量あたりに蓄えられる電気が目減りしてしまうことが問題になっていました。
私達は、電極活物質だけで電池用電極を造るために、電極活物質を極めて細い繊維(太さが髪の毛の50分の1~100分の1以下)を電界紡糸法という方法で造り、この極細繊維からなる布(不織布とも言います。)を電池用電極に用いる研究も行っています。
この電界紡糸法は、極細繊維を簡単な装置で造り出す方法として、注目されており、私達のような電極への応用の他、ウィルスなどをキャッチできる極めて目の細かいフィルター、大量の環境汚染物質を吸着できる布、皮膚の代わりになる人工皮膚材料などとしての応用を目指した研究も行われています。

電界紡糸法を応用すると、こんなこともできます。

電界紡糸法で造ることのできる極細繊維の面白い応用を1つ紹介しましょう。
電界紡糸法で造った極細繊維に無電解めっき法を用いて、極細繊維の表面に金属の薄膜を均一に付けることができます(高校の化学で習う銀鏡反応と似た反応)。ちょうど、竹輪を作るときに、竹の棒のまわりに、魚肉を表面に均一に付けるようなイメージです。この状態から、極細繊維(竹輪で言えば竹の棒)を取り除くことで、金属でできた極めて細い竹輪(金属からできている中空繊維)を作ることもできます。この材料については、有害な有機化合物を素早く分解する触媒としての応用や電極材料への応用を目指した研究を行っています。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究B
(2016.4~2020.3)
1. Tsutsumi* et al., PCCP, 2017, 19, 5185.
2. Tsutsumi* et al., Polymer, 2016, 91, 1.
3. Tsutsumi* et al., J. Power Sources, 2015, 297, 323.
Tsutsumi* et al., Material Letters, 2014, 136, 26.
電気化学協会(現 電気化学会)進歩賞・佐野賞

水素の持続的な製造と光触媒による水分解反応

水素(H2) は化成品の重要な基本原料であるのみならず、燃焼させると高いエネルギーを発生させ排出されるのは水(H2O)のみです。このことからH2は、次世代のクリーンエネルギーを支える物質として注目されています。一方、H2の製造法に目を向けますと、一般的には石油などの化石資源を用いた水蒸気改質法が主流でありH2O由来のH2が生成する反面、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を副生します。そこで化石資源の枯渇や温室効果ガス削減の観点から新しい持続的なH2製造法の開発が期待されています。常温・常圧は化学的に非常に安定なH2Oの直接分解によるH2の製造はその一つです。
しかし、H2Oを分解してH2と酸素(O2)にする反応は非自発過程であるため、この反応を起こすためには大きなエネルギーが必要です。例えば、このエネルギーに電気を用いるとH2Oの“電気分解”が進行します。H2Oにエネルギーを与えて分解することで与えたエネルギーと同等のエネルギーを含有する物質H2とO2が生成します。すなわち、反応に加えられた電気エネルギーが物質の含有するエネルギー(化学エネルギー)へ変換されたことになります。このエネルギーが太陽光などの自然エネルギーであれば、この反応で得られるH2は持続可能な化学エネルギーとなり得ます。
光触媒は光のエネルギーを利用して化学反応を媒介する物質です
光触媒には様々な状態の化合物が用いられています、特に固体の光触媒は酸化チタン(TiO2)などの化合物半導体です。半導体光触媒によるH2O分解反応は、その原点が半導体電極を用い光電気化学的にH2Oを分解するプロセスで1960年代後半に発表された本多-藤嶋効果に由来します。半導体光触媒は本多-藤嶋効果での半導体電極を備えた光電池を半導体の微粉末で再現した構造をとります(その模式図を下図に示す)。図に示すように光触媒粒子は0.1~10μm程度の微粒子の半導体化合物でその表面上にカソードに見立てた金属微粒子の助触媒を分散させた構造を持ち、光が照射されると半導体中に伝導電子(電子:e-)と電子の抜けた穴(正孔(ホール):h+)が生成し、e-は助触媒にh+は半導体表面に移動してそれぞれ、還元反応、酸化反応に関与します。H2O分解反応の場合はH2Oが助触媒上で還元されH2が、光触媒自身の表面上で酸化されO2が生成します。半導体光触媒によるH2O分解反応は、H2Oの酸化・還元反応に光照射で生成したe-とh+がそれぞれ直接反応に関与する基本的な光触媒反応です。

また、先に挙げたように光エネルギーで反応を駆動させるため光エネルギーを化学エネルギーへ直接変換できる魅力ある反応系でもあります。太陽光照射の下でこの反応が高効率で進行させることのできる光触媒が開発できれば持続的にH2OからH2を製造するプロセスを構築することが出来ます。このような観点から半導体光触媒を用いたH2O分解反応の研究は広く行われてきました。しかし、この反応に作用できる光触媒の効率は不十分で、さらに可視光域の光を利用してこの反応進行させることのできる光触媒は限られています。このよう状況下で我々の研究の方向性は次の二点に絞られています。
I. H2O分解反応を非常に高い効率で進行させることのできる光触媒の開発
II. 太陽光有効利用の観点から可視光を利用してH2O分解反応を高効率で進行させることのできる光触媒の開発
我々は上記の項目Iに注目して光触媒の開発を検討しています。
我々は上記の項目Iに注目して光触媒の開発を検討しています。
H2O分解反応に超高活性で作用できる光触媒の開発
H2O分解反応に対して有効に作用できる光触媒の研究は1970年代後半から盛んに行われています。しかし、この反応を進行させることが出来ても効率は非常に低く、高いものでも見かけの量子収率(照射した光のうちH2に変換できた光の割合)が5%程度でした。2000年代になってNiOを助触媒としたLaイオンドープNaTaO3(NiO/NaTaO3-La)がH2O分解反応に対して見かけの量子収率が56%と言う非常に高い効率でH2O分解反応を媒介できる光触媒が開発されました。しかし、これに続く高い効率の光触媒は開発の報告はありませんでした。我々は2004年にGa2O3がH2O完全分解反応に光触媒活性を示す酸化物半導体光触媒の一つであることを見出しました。このGa2O3は波長が300 nmよりも短い紫外光照射が光触媒反応を駆動させるために必要ですが、H2O分解反応を進行させるための十分な熱力学条件を満たしています。それにもかかわらず、この光触媒反応を進行させるためにはNiO等の助触媒の組み合わせが必要不可欠であり、その活性は低いものでありました。そこで、Ga2O3光触媒のH2O分解反応に対する活性向上を目指した検討を行いました。
光触媒によるH2O分解反応の活性を向上させるためには光照射により光触媒中に生成した電子・正孔の再結合や光触媒上で生成した反応中間体の逆過程のような自発的に進行する逆過程を抑制すること必要となります。そこで光触媒活性向上のために必要な事項は次に挙げる2点にまとめることが出来ます。
1. 光照射で生成した電子・正孔の効率的な分離と反応物との反応性向上
2.表面上で進行する化学過程の逆過程の抑制

第1番目を目的とした光触媒の修飾では、光触媒粒子の高結晶化、微粒子化を目指した調製法、調製条件の制御や金属イオンの添加によるバルクの状態制御が挙げられます。第2番目を目的とした光触媒の修飾では、光触媒表面上でのH2Oの還元・酸化に対する反応場の分離に有効に働く助触媒の組み合わせが挙げられます。これらの効果を相乗させることでH2O分解反応に対する光触媒の高活性化が実現できます。Ga2O3の場合、第一番目の修飾として、調製法制御による微粒子化及びZnイオンの添加、更に第二番目の修飾として表面上での逆過程を有効に制御できる助触媒RhyCr2-yO3を組み合わせで条件を最適化することにより、修飾の効果が相乗することで高活性化が実現しました。
ここで、最適条件で調製されたRh0.5Cr1.5O3/Ga2O3-Zn光触媒のH2O分解活性は、H2O分解に光触媒活性を見出した当初のNiO/Ga2O3と比較して200倍以上向上し、見かけの量子収率は57%となりました。この光触媒による水分解反応はNHK放送大学の“現代化学”の教材に採用され水分解反応の動画が放映されています。左図にはこの動画中の写真を示します。光触媒の反応容器からH2O分解に伴う絶え間ない気体発生の様子が観測できます。
次に、この光触媒の更なる高活性化に挑戦しました。その結果、Ga2O3調製に希薄Caイオン水溶液を使用して調製したGa2O3 (Ga2O3(UP-Ca))を光触媒に用いて同様にZnイオンを添加しRh0.5Cr1.5O3助触媒を組み合わせた光触媒がH2O分解反応に対して更に高い光触媒活性を示すことが観測され、その見かけの量子収率は70%を超えました。紫外線照射下ですが、この見かけの量子収率の値は光触媒によるH2O分解反応ではこれまで報告された値の中で最高の値です。このように光触媒によるH2O分解反応は自発的な逆過程を如何に抑えるかが鍵になります。そこで、Ga2O3以外の半導体光触媒でも高活性化に挑戦しました。
SrTiO3光触媒のH2O分解反応に対する高活性化の取り組み

SrTiO3は、光触媒によるH2O完全分解反応が初めて見出された1980年代初頭からこの反応に光触媒活性を示す光触媒の一つとして知られていた酸化物半導体です。このSrTiO3は地上に降り注ぐ太陽光の約5%に相当する近紫外域ほぼ全域の光を吸収して光触媒作用を発現できますが、その光触媒活性は低いものでありました。我々の研究室ではGa2O3光触媒によるH2O分解反応の高活性化のプロセスに基づいてSrTiO3に金属イオンを添加し助触媒としてRh0.3Cr1.7O3を用いSrTiO3への金属イオン添加の光触媒活性に与える影響について検討しました。その結果、用いるSrTiO3は純度の高いものが良いこと、SrまたはTiと置換可能な低原子価な金属イオンの添加が有効なことが判明しました。ここで調製された最適な光触媒Rh0.3Cr1.7O3/SrTiO3-NaのH2O分解反応に対する近紫外線照射下での見かけの量子収率は16%でありました。
一方、この研究は東京大学と共同で進めており、そちらの方ではフラックス法を応用して調製したAlイオンを添加したSrTiO3がH2O分解反応に非常に高い活性を示し、その見かけの量子収率は30%を超えました。
また、この調製方法と条件を改良することで更に効率の良いSrTiO3光触媒の開発に成功し、その見かけの量子収率は50%を超えました。このような光触媒が開発されたことは光触媒によるH2O分解反応の研究が始められた当初の1980年代にかけて“夢”とされていた光触媒の開発が実現したことにもなります。 SrTiO3を光触媒とすると太陽光の照射下でも光触媒反応を進行させることが可能です。右上図には、高活性化されたSrTiO3(Rh0.3Cr1.7O3/SrTiO3-Al)をガラス平板上に薄く塗布し、水中に沈めた後に、太陽光を照射したときの光触媒からH2O分解に基づく気体発生の様子です。太陽光照射下でも光触媒からH2O分解反応に基づく気体発生が観測できます。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
基盤研究C (2014.4~2017.3)
基盤研究B (2016.4~2019.3) (分担)
特別推進研究 (2013.4~2016.3)(分担)
1. Y. Sakata, Appl. Catal. A, 2016, 521, 227.
2. Y. Sakata, J. Mater. Chem. A, 2016, 4, 3027.
3. Y. Sakata, Chem. Commun., 2015, 51, 12935.
4. Y. Sakata, Catal. Today, 2015, 246, 172.
・酒多喜久 “第5章 酸化物半導体光触媒による紫外線照射下でのH2O完全分解反応の現状”,光触媒/光半導体を利用した人工光合成,堂免一成、瀬戸山亨 監修 NTS, 2017
-No. 1-

すばらしいプラスチックもいずれは・・・

現在の生活を支える素材のプラスチック。軽くて強くてそして安くて、今やそれなしにはどんな製品も考えられないくらい幅広く使われています。おかげで我々の生活もこの50年で一変。重たくて堅い金属や木製品に替わってあらゆる場所で使われています。そうしたプラスチックも、製品寿命が20−30年と短いのが困りもの。そしてひとたび「廃棄物」となってしまったら、今度はその処理が「やっかい」なことに。これまでプラスチックの「軽い・堅い・安い」の利点は、「かさ高い・こわしにくい・コストの回収ができない」といった「欠点」としてそっくり跳ね返ってきます。金属でしたらリサイクルして新しい製品によみがえることもできますし、自動車などその90%がリサイクルに回されていると言われています。
しかしプラスチックの場合、これまでは埋め立てか焼却が主流であり、リサイクルに回されているのはごくわずかありませんでした。プラスチックだって限りある資源です。何とかリサイクルしたいものですね。

プラスチックのリサイクルにはいくつかの手法があり、大きく分けて、マテリアルリサイクル(プラスチックを物理的にリサイクルする方法)、エネルギーリサイクル(プラスチックを燃やしてエネルギーを取り出すリサイクル法)、そして化学リサイクル(プラスチックを化学処理して新しいプラスチックなどに生まれ変わらせる方法)の3つがあります。このうち最も理想的なのは化学リサイクルですが、なかなかその実現は困難でした。
プラスチックだって化学原料です。

リサイクルが困難であったのには大きく分けて2つの理由があります。1つは化学的な理由。プラスチックは多種多様。ポリエチレンもあればアクリル樹脂もある。ナイロンだってPETだってある。たくさんの種類があるということは、たくさんの種類の「化学物質」がある。これらを、化学リサイクルするためには、原料のモノマー(プラスチックの単位となる化学物質)に変換しなければなりませんが、「もの」が違えば「反応」も「性質」も違う。どうやったら効率的に変換ができるのか?そこで有機化学の出番です。プラスチックだって有機物。有機反応をしないはずがありません。ただ、固体で固まっていますから、液体の状態よりは反応しにくい。そこで超臨界アルコールを使って高温にして少し柔らかくして反応しやすくします。あとは普通の有機化学で起こせる反応をすればいい。幸いにも最近の有機化学はとてもよい反応をたくさん開発していますから、最新の優れた反応条件を駆使してやればきれいにモノマーに変換できる。
そうやって最新の有機化学を駆使することでこれまでに不飽和ポリエステル由来のFRPやポリアミドを高効率で対応するモノマーに変換する新しい方法を開発してきました。

しかし、もう一つの問題があります。それは経済性の問題。プラスチックの再生には、どうしてもコストがかかります。ところが今のように石油が安ければ、石油から作った方がはるかに安いし、クオリティーも高い。となると売れないし結果的にコスト面で行き詰まってしまいます。どうしましょう。そこでまたまた有機化学の出番です。プラスチックからプラスチックに変換するのではなく、廃棄プラスチックからより価値の高い物質を生み出せばいい。そうすれば高く売れて、コスト回収も何のその。きっとビジネスも十分できる。そこで私たちはグリコール酸を触媒にしてポリアミドプラスチックを処理し同時にモノマーを変換して、モノマーよりも数倍の価格を持つより高価な化学原料(ヒドロキシカルボン酸)に変換する方法を開発することに成功しました。そして反応のメカニズムを考えることで、その方法の効率を80%以上に高めることにも成功しました。これこそ有機化学の強み。反応の中身を理解することで、新しい方法を開発でき、プラスチックは今や宝の山になるところまできたのです。まさに有機化学の力、面目躍如といったところです。
イオン液体を使えばバイオマスだって

イオン液体は一言でいえば「常温で液体になる塩」のことです。塩化ナトリウムも塩ですが融点は800℃。しかし、プラスイオン(カチオン)とマイナスイオン(アニオン)をいろいろ工夫してそのコンビネーションを変えていくと、室温で液体になるのが出てきます。これをイオン液体といいます。イオン液体はこれまでの普通の液体(例えば水やガソリン)と比べてまったく異なる性質を示すので第3の液体として大変注目を集めています。私たちはこれにも着目し、化学リサイクルに使えないか考えました。注目した性質は「高沸点」と「難燃性」。イオン液体は種類にもよりますがいくら高温にしても沸騰しないものがあります。これは300℃ぐらいに加熱しなければならないこの目的には好都合です。また「難燃性」も、高温の有機溶剤が簡単に燃えてしまうことを考えると、安全に反応操作ができる点で有利です。イオン液体は回収再利用も可能なので、高価ではあるもののこの利点で何とか乗り切れそうです。

そこで、プラスチックのモノマーへの分解に使ってみました。すると予想通りポリアミドが対応するモノマー原料のカプロラクタムにうまく変換できることがわかりました。これはイオン液体を世界で初めてこのような用途に使えることを示した論文として、発表当時には国外からもとても大きな注目を集めました。さらにうれしかったことに、現在大量に存在しているセルロースなどのバイオマスも簡単にグルコースに変換できることも見つけることができました。
私たちの方法では疎水性(油に溶け易い)イオン液体を使うので、得られたグルコース(水によく溶ける)を、イオン液体の混じりなしにきれいな形で捕まえることができ、その後の用途に容易に使うことができます。実際、私たちの方法で得たグルコースは発酵させてエタノールに変換できることも先駆的な研究からわかっています。

セルロース以外のバイオマスとしてソルビトールのイソソルビド(バイオプラスチックの原料ばかりでなく医薬品でもあります)高効率変換も達成しました。この方法では、イオン液体とソルビトールに触媒を加えて電子レンジで10分ほど加熱するだけで反応完了します。まるで、インスタント食品を作る感覚で役立つ有機反応を開発することができました。夢のようですね。
驚きの連続が新しい反応を見つけるモチベーションを与えます。

こういった反応の開発は常に驚きの連続です。予想したことと違うことが起こるからおもしろい。最初にFRPを分解する反応を見つけたときも、思いつきで加えた有機触媒(ジメチルアミノピリジン)が、こんなにも完璧にFRPを分解し、さらには成分ごとに分別してくれるとは夢にも思いませんでした。この実験をしてくれた人の、あの興奮に満ちた喜びようが今も忘れられません。超臨界アルコールの反応でも、それまできれいに反応が行かなかったのに、イソプロパノールを使ったとたんに完全に生成物が1成分のとてもクリーンな反応になりました。また超臨界メタノールを使って反応したときも、予想していた生成物ではなく考えもしなかったヒドロキシカルボン酸ができていることを注意深く見つけてくれたのも、実験をしていた学生さんでした。このように反応をやっていると考えもしなかったことがしょっちゅう起こってくれます。そのたびに、何が起こったのか、フラスコを注意深くみて考えてくれる学生や院生の見つけてくれた新しい発見が、この化学を大きく発展させてくれたおかげでここまで来ることができました。有機化学は、やっぱりやってみないとわからない。やってみた先に真に新しい化学が生まれてくる。そこにおもしろさがある。基礎的なことの積み重ねからこそ、新しい応用分野は進歩するのだと言うことを、毎日毎日勉強させてもらっています。化学は無限。今日もまた、新しい驚きが来る、そんなわくわく感が、この研究を支え続けてくれましたし、これからもそのように続いていくことと思います。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究A (2012.4~2017.3)
1. Kamimura, A. et. al. ChemSusChem 2014, 7, 3257.
2. Kamimura, A. et. al. ChemSusChem 2014, 7, 2473.
3. Kamimura, A. et. al. Green Chem. 2012, 14, 2816.
4. Kamimura, A. et. al. Green Chem. 2011, 13, 2055.
5. Kamimura, A. et. al. ChemSusChem 2011, 4, 644.
1. 2009年度 進歩賞(プラスチックリサイクル化学研究会)
2. 2008年度 学術奨励大賞(宇部興産学術振興財団)
3. 1995年度 奨励賞(有機合成化学協会九州山口支部)

ミルフィーユ構造をもつマンガン酸化物の合成

マンガン(Mn)は鉄に次いで資源量の多い重金属であり,世界各地で産出され,コスト,環境適合性という点で優位な元素です。バーネサイトは海底マンガン団塊を構成している鉱物の一種で,MnO6正八面体が稜を共有することでシート構造を形成しています。Mnは主に4価で存在しますが,一部が3価に置換されることで負に帯電しており,この負電荷を電気的に中和するために陽イオン(一般にはアルカリ金属イオンなど)がサンドイッチされています。その結果,上図に示すミルフィーユのような構造をしています。
“ミルフィーユ型”マンガン酸化物(鉱物名バーネサイト)は様々な化学的手法によって合成が試みられてきましたが,私たちは1Vで進行する電気化学反応を使って,この物質の透明薄膜化に世界で初めて成功しました(特許第4547495号「層状マンガン酸化物薄膜を製造する方法」他,Inorg. Chem. 2004, Langmuir 2005他)。私たちの方法を使えば,大小様々なサイズや特徴をもった陽イオンをサンドイッチでき,世の中に無かったナノコンポジット(異なる分子やポリマーがナノレベルで複合化した物質)の作製が可能になります。このような構造は,層間化合物あるいはホスト-ゲスト化合物とも呼ばれます。どちらかの機能だけでなく,両者のシナジー(相乗効果)を引き出すことが理想です。電気化学法は導電性さえあればどんな形状の基板にも均一な薄膜が形成されるため,工学的応用においても有利だと言えます。
オルガノマンガン酸化物の環境応用

カチオン性界面活性剤をサンドイッチすればマンガン酸化物層間に有機相,すなわち疎水な環境を組み込むことができます(右図参照)。このとき,シート間隔は界面活性剤の分子サイズによってサブナノメートルオーダーで調整できます。一方,マンガン酸化物シートは酸化還元活性を有しているので,外部回路から層間に電子を受け渡すことができます。したがって,このコンポジットは有機溶媒で満たされたナノサイズの電気化学セルと見なせます。
私たちは,こうした有機-無機複合体を“オルガノマンガン酸化物”と呼んでいます。以下,マンガン酸化物と層間有機相のシナジー(相乗効果)が現れた研究例を紹介します。
ヨウ素は甲状腺ホルモンの成分として人にとって必須元素であると同時に,工業原料,医薬品,殺菌剤として幅広く利用されています。一方,コンブなど藻類はヨウ素を選択的に濃縮する機能をもっていることが知られています。コンブの働きを学べば,海水からヨウ素を資源として回収したり,放射性ヨウ素(例えば,長寿命I-129)を環境から除去することができます。

私たちは界面活性剤(ヘキサデシルピリジニウム,歯磨き粉に入っている)の分子層をサンドイッチしたオルガノマンガン酸化物薄膜が,海水成分の中からヨウ化物イオンだけを選択的に吸着できることを見出しました。これはヨウ化物イオンが他の海水成分に比べ,水和安定化エネルギーが小さく,層間の疎水場を好むためです。さらに,吸着後のフィルムを外部回路を使って酸化すると,ヨウ素が放出され,元の状態に戻ることが明らかになりました。一般的な吸着剤は薬剤によって元の状態に戻すのに対して,薬剤を使わない“セルフクリーニング”が可能です。さらに,酸化時の電流を計測すれば,吸着量が分かるのでセンサーとしての応用が期待されます。
エネルギー材料としての応用

スーパーキャパシタは急速充放電が可能,環境に優しいといった特徴をもつ新しい蓄電デバイスです。現在市販されているスーパーキャパシタは炭素/有機電解液界面でのイオンの物理的な吸脱着によって電気エネルギーを蓄えます。これに対して,遷移金属酸化物や導電性ポリマーは,速く可逆なレドックス反応と電荷補償のためのイオン移動によって大きな擬似キャパシタンスを発現することが分かっており,大容量の次世代キャパシタとして注目されています。中でもマンガン酸化物は,安価,安全,低環境負荷であることに加え,理論容量が大きいという利点があります。私たちは,上に述べてきたマンガン系層間化合物の合成技術を活かして,マンガン酸化物を被覆した炭素繊維を作製し,水系電解液で動作可能なウエアラブル電源としての応用を目ざしています。
山大オリジナルであるために

バーネサイト(層状マンガン酸化物)フィルムは山口大学で生まれ,私たちが大事に育ててきた研究です。その構造はカチオンの種類や電気化学パラメータなどの組合せによって無数に変えることができます。一方,その機能を引き出すには,生成物の特性を正しく理解し,私たちにしかできないことをやるのが理想的です。時には目的を捨て,頭を空っぽにして,並べたデータを眺めることによって新たなオリジナリティが生まれることもあります。オリジナルと言ってもその源泉は研究のごく一部分にしか存在せず,残りの大部分は既存の科学と研究室で目にする現象から学ぶべきだと考えます。ですから,私たちは研究室での多くの時を謙虚に過ごす必要があります。
教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究B (2012.4~2015.3)
1. Nakayama* et al., RSC Adv., 2016, 6, 23377.
2. Nakayama* et al., Anal. Chim. Acta, 2015, 877, 64.
3. Nakayama* et al., J. Mater. Chem. A, 2015, 3, 6470.
4. Nakayama* et al., J. Electrochem. Soc., 2015, 162, A1952.
5. Kamimura, A. et. al. ChemSusChem 2011, 4, 644.
Outstanding Reviewers Award (J. Power Sources; Electrochim. Acta)

応用化学で宇宙事業!

夜空を見上げると簡単に見える月には、今まで12人の人間だけが足跡を残しました。また火星には人類の誰も到達しては居ません。最近この月・火星の探査が活発化し、日本でも大きな研究が動き始めています。既に地球の周回軌道上には宇宙ステーションが人類の基地として活躍しており、金属、有機材料や繊維などが人の居住空間を維持する密閉空間を構成し、様々な実験及び観測等を行っています。一方、将来的には月面や火星地表面に基地を作ることもロードマップに掲載されています。月及び火星基地では、宇宙ステーションより広くかつ安全な構造体を建築しなければなりません。その為には必要な物資を地球から運搬せずに、月さらには火星に存在している原料から製造する方法を開発する必要があります。
月そして火星への巨大プロジェクトがいよいよ発動

米国が2030年代以降に有人火星探査を目指し、その前にも月面基地建設を行う計画です。日本も2020年には月面探査機を打ち上げて、月面探査を行う予定です(日本人はまだ誰も月面には降りていません)。その目的は、資源開発、宇宙の起源、火星探査の足掛かり等ですが、世界全体で月面基地材料の研究が活発化しています。日本の宇宙開発の中心である宇宙航空研究開発機構(JAXA)でも、月・火星での探査等をめざし、平成27年「太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・活動領域拡大に向けたオープンイノベーションハブ」の大型研究が初めて立ち上がり、企業、大学の研究提案を公募しました。
我々も、10年位前から月面でのセメント等の基礎的研究をJAXAの宇宙環境利用プロジェクトで研究を開始し実績もあるので、今回のこの公募に様々な会社と共同で応募し、「月面における建設資材の現地生産技術」に採択されました。
月レゴリスの固化法を発見。

山口大学の研究は、月面の土壌であるレゴリスに着目し、それを珪酸塩と混ぜ合わせて、ジオポリマー法と呼ばれる方法で、固化体を作ることが主な研究です。元々研究室の前任者の池田教授がこのジオポリマー法を長く研究し、また私もJAXA等と共同でレゴリスからの酸素抽出等の研究を行い、レゴリスを構成している鉱物について調べてきました。月面レゴリス中にはガラス成分が多く、このガラス含有レゴリスに珪酸塩と水を添加して混合すると、室温でも容易に固化体(ルナポリマー固化体)が作製出来ることを見出しました。この成果は、研究室の学生の皆さんの勤勉のおかげだと思っています。
ケイ素が重要。

ケイ酸ガラスはアルカリ溶液中では溶解しますが、この溶液に金属イオンが存在すると溶けたケイ酸が重合し、重合すると難溶化し固化体が作製出来ます。この無機ポリマーについては、Davidovitsが1982年に特許を出願して以来、研究がすすめられています。
無機ポリマーとしては、火力発電所等で脱硫過程で発生するフライアッシュ等で固化体を作製していますが、今回我々は、月面のレゴリス中にはガラスが多いことに着目し、レゴリス組成のレゴリスシミュラントから固化体が作製出来ることを見出し、簡単で高強度な固化体作製法を開発しました。
宇宙での実用化へ向けて。

月レゴリスを用いる固化体作製については、まだ詳細は明らかに出来ませんが、通常のセメントより強度がある固化体を簡便に作ることが出来ます。また従来の月面基地材料研究では、月面のレゴリスを加熱しセメントを製造する、または溶かしてガラス化する等が主なものでしたが、我々の研究は加熱も殆ど不要であり、レゴリスをそのまま加熱無しに固化できる点で大変有利です。この成果は、2011年にドイツでのISPS (international space physics symposium ) に初めて発表しました。その後本方法での固化体製造が有効であることが明らかになり、欧州宇宙機関(European Space Agency, ESA)、NASA等でも同様な研究が発表され、新しい知見も蓄積されつつあります。我々もJAXAのイノベーションハブ研究でのメンバー企業と共同で研究を推進し、山口大学工学部応用化学科発の月面基地製造法を確立したいと考えています。

教員紹介

山口大学応用化学科
大学院創成科学研究科
JAXA宇宙探査イノベーションハブ
(2016~2018)
1. R. Komatsu et al., Can. Mineralogist (in press) 2016.
2. R. Komatsu et al., J. Crystal Growth 401 (2014) 359.
3. R. Komatsu et al., J. Crystal Growth 401 (2014) 748.
4. R. Komatsu et al., J. Crystal Growth 401 (2014) 772.
5. 特許登録、特許第5875529号「シリコン融液接触部材、その製法、および結晶シリコンの製造方法」PCT出願
2014年度応用物理学会中国四国支部学術講演会発表奨励賞