私たちは、当教室の一貫したテーマとして「尿路性器悪性腫瘍における遺伝子異常とその臨床的意義」について、主に臨床検体を用いた検討を行ってきました。
腎細胞がん・尿路上皮がん・前立腺がんを対象に、蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(Fluorescence in situ Hybridization: FISH)やマイクロサテライト解析を用いてゲノムの構造異常を系統的に可視化し、腫瘍の再発・進展・生存にどう関わるかを明らかにしてきました。特に「染色体コピー数異常の背景にある中心体複製異常」に着目し、膀胱がん臨床検体で中心体異常が再発や進展の予測に有用であることを示した知見は、以後の分子病理学的リスク層別化の基盤となりました。
こうした“細胞-ゲノム-臨床”をつなぐ発想を受け継ぎ、近年はマイクロRNA(microRNA)、長鎖非コードRNA(long non-coding RNA: lncRNA)、腫瘍免疫、微生物叢、さらには実臨床データを用いたリスクモデル研究へと広げ、新たなバイオマーカーの特定や個別化医療に資する指標づくりを進めています。
以下に、当教室における最近の基礎研究および多施設共同研究の概要を疾患ごとにご紹介します。
尿路上皮がんの患者さんの治療成績を向上させるため、腫瘍の分子背景や周囲環境との関わりを明らかにし、新たな診断マーカーや治療効果予測因子の探索に取り組んでいます。
CD44は多様なスプライシングバリアントを持つ細胞接着分子で、その一つであるCD44バリアント9(CD44v9)は、がん幹細胞のマーカーとして知られています。膀胱がん組織を免疫染色し臨床経過との関連を調べたところ、CD44v9高発現例は低発現例に比べて予後が不良であり、上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition: EMT)関連マーカーや“basal型”指標(細胞角化ケラチン5/6など)との相関も確認されました。CD44v9は腫瘍の悪性形質を反映する層別化マーカーとして、治療強度の調整や術後サーベイランス設計に有用である可能性が示されています。
がん治療において、腸内細菌叢が免疫療法の効果に影響を与えることが近年示されています。私たちは尿路上皮がん患者さんの口腔および腸内細菌叢を解析し、健康な人と比較しました。その結果、患者さんではベイロネラ科(Veillonellaceae)とプレボテラ科(Prevotellaceae)が増加しており、特に便中のベイロネラ科が少ない患者さんでは全生存期間および無増悪生存期間が有意に長いことが分かりました。唾液や便といった非侵襲サンプルから得られる細菌叢が、免疫チェックポイント阻害薬(Immune Checkpoint Inhibitor: ICI)を含む治療効果の予測因子となる可能性を示した研究です。
腎細胞がんの患者さんの予後を改善するため、疾患の分子メカニズムを深く理解し、診断や治療につながる研究を行っています。
・血中エクソソーム microRNA-224(miR-224):淡明細胞型腎細胞がんでは、血液中のmiR-224が高く発現している患者さんは生存期間が短く、予後が悪いことが分かりました。この傾向は多変量解析でも独立した因子として確認されており、miR-224は信頼できる予後予測マーカーと考えられます。血液検査という負担の少ない方法で測定できるため、診断時や治療経過のモニタリングに役立ち、今後の個別化医療に応用できる可能性があります。
・長鎖非コードRNA LRRC75A-AS1:免疫チェックポイント阻害薬治療を受けて効果に差がみられた症例の網羅的解析により同定されました。212例の臨床検体において高発現は予後不良と相関しており、さらにmiR-370-5p/ADAMTS5経路を介して腫瘍の悪性化に関与することが示されました。これらの知見から、LRRC75A-AS1は腎細胞がんにおける予後予測や新たな治療標的の候補となる可能性があります。
乳頭状腎細胞がんは分子標的薬でも治療に難渋するサブタイプであり、c-Met高発現が特徴です。そこで私たちはc-Metを標的としたヒト抗c-Met CAR-T細胞を開発しました。動物モデルではがん組織への集積と強力な抗腫瘍効果が確認され、乳頭状腎細胞がんに対する新たな治療選択肢としての可能性を示しました。
前立腺がんの患者さんの予後をより正確に評価し、最適な治療につなげるため、がんの悪性化メカニズムを解明し、予後予測や新規治療法の開発に力を入れています。
Rho GTPase活性化タンパク質29(ARHGAP29)は、前立腺がん細胞の増殖や浸潤に関わる分子であることが分かりました。臨床検体の解析では、発現が高い症例ほど再発リスクが高く、予後が悪い傾向がありました。そのため、ARHGAP29は腫瘍の悪性度を反映するマーカーとして、術後のリスク層別化や治療方針の検討に役立つ可能性があります。
去勢抵抗性前立腺がん(Castration-Resistant Prostate Cancer: CRPC)は、アンドロゲン除去療法に抵抗性を示し、骨転移を伴いやすい難治性のがんです。私たちはキトサン繊維マトリックスと骨芽細胞を用いて、骨転移微小環境を再現した新しいモデルを開発しました。このモデルにより、がん細胞と骨細胞の相互作用を詳細に観察でき、転移の機序解明や新規治療薬の探索に役立つことが期待されます。
当研究室は、山口大学医学部附属病院およびその関連施設で構成される「山口ウロオンコロジーグループ」を中心に、患者さんの予後改善に直結する多施設共同研究を積極的に進めてきました。また、全国の大学やJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)、中四国腫瘍グループとも連携し、質の高い臨床研究も多数行っています。 ここでは、最近の山口ウロオンコロジーグループでの研究成果をご紹介いたします。
プラチナ製剤を含む化学療法後に病状が安定した患者さんで、アベルマブ維持療法と、病勢進行後のペンブロリズマブ投与を比較しました。傾向スコアマッチングを用いた解析では無増悪生存期間に有意差はありませんでしたが、アベルマブ維持療法は高用量ステロイド治療の必要性が少ない傾向がありました。また、全身状態(ECOG PS)、内臓転移の有無、血小板・リンパ球比、乳酸脱水素酵素(LDH)を組み合わせた新しいリスクスコアを開発し、既存スコアより高い予測精度を示しました。
日本人患者を対象に、従来のリスク分類を補完する新しいモデルを開発しました。診断時のグリソングレードグループ、LDH、アルブミン値を統合することで予後を正確に層別化でき、特に高腫瘍量の患者さんで予後が良いグループと悪いグループを識別し、治療強度の選択に有用であることが示されました。
(参考文献)
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