山口大学医学部附属病院泌尿器科は包括的腎不全医療(慢性腎臓病の病期全般にわたる医療)を単独で行える、全国でも比較的まれな診療科です。具体的には検尿異常(血尿・蛋白尿)などが認められる慢性腎臓病初期症例に対する経皮的腎生検を含む各種腎臓の精密検査から、慢性糸球体腎炎,糖尿病性腎症,急速進行性糸球体腎炎等による慢性腎臓病中期症例に対する薬物治療、さらには、慢性腎臓病末期腎症例に対する血液透析、腹膜透析、腎移植などの腎代替療法までを施行しています。
腎臓は後腹膜腔に存在する一対の臓器で、長さ約10 cm、幅約5 cm、厚さ約3 cmの大きさで、重さは約130〜150 gのソラマメ状の臓器です。主な働きは血液を濾過し、尿を産生し体内の不要物質を体外に排泄することです。また、尿の産生、排泄に伴い体液の量、浸透圧、電解質濃度なども調節します。その他、腎臓自体に代謝内分泌機能があり、造血ホルモン(エリスロポエチン)による貧血改善、ビタミンD3を活性化することによるカルシウム・リン代謝の調節、レニン,プロスタグランデイン分泌での血圧の調節を担っています。
さまざまな検査(尿検査,血液検査,画像検査など)にて腎臓の異常が認められるかGFR(糸球体濾過量:1分間に腎臓の糸球体で産生される尿量)が60ml未満となって状態が3ヶ月以上にわたる場合(表1)、慢性腎臓病(CKD: chronic kidney disease)と診断されます。慢性腎臓病は原因疾患,糸球体濾過量,蛋白尿の程度により重症度分類がされます(表2)。
腎臓の機能低下による症状は驚く程遅くにしか出現しないため検尿検査や採血検査による早期発見が重要とされています。
腎臓機能が正常の60%程度まで低下するまで(重症度分類G1, G2)は、代償機能が働くため、ほとんど症状が認められる事はありません。これ以上に腎機能が低下した場合(重症度分類G3a)は軽度の貧血や尿量増加が出現します。さらに腎機能が低下すると(重症度分類G3b, G4)貧血の進行による倦怠感や高血圧による頭痛,電解質異常,酸血症が出現します。心血管系合併症(心筋梗塞,心不全,脳血管障害)が合併しやすいのはこの時期以降です。腎不全の末期の状態(重症度分類G5)となると、体液異常によるむくみの悪化,肺水腫による呼吸困難が出現し、食欲低下、嘔気、嘔吐、全身の倦怠感など尿毒症症状が強くなってきます。ここまで進行すると腎代替療法(透析・腎移植)が必要になります。
血液検査や尿検査により腎臓の働きがどの程度低下しているかを、簡単に調べることができます。しかし、重要なのは腎臓の働きが低下している原因を調べることです。このためには各種画像検査(超音波検査,尿路造影検査,RI検査等)に加え、必要時には腎生検(腎臓の組織を一部採取し、顕微鏡で腎臓ないで発生して微細な変化を観察する)が必要となります。当科では通常、短期入院(2?3日)で経皮的腎生検を行っています。特別な場合(幼小児や高齢者,抗凝固療法中の方)は全身麻酔下に開腹直視下もしくは腹腔鏡視下腎生検を行っています。
様々な原因で腎臓の働きは低下します。現在、日本で末期腎不全の原因として最も多いのは糖尿病性腎症です。このほか慢性糸球体腎炎(IgA腎症,膜性腎症等)、高血圧による腎硬化症、遺伝性疾患の嚢胞腎などがあります。なかには短期間に急速に腎機能が低下し末期腎不全に至る急速進行性糸球体腎炎などもあるため腎機能異常や検尿異常を指摘された場合腎臓専門医への早期受診が必要と考えられます。受診後、上記に記載された専門検査を受け診断を受けた後、かかりつけ医での加療を行う場合、当科で継続治療を行う場合があります。
@慢性腎臓病重症度G1〜G4の治療
まず慢性腎臓病の原因となっている疾患を診断しこの治療を優先します。平行して腎機能低下の原因となる高血圧症,脂質異常症,高尿酸血症などにも食事療法,運動療法,薬物療法を併せて治療を行います。腎機能低下による貧血(腎性貧血)も比較的早期からエリスロポエチンを用いた治療を開始し腎機能の低下を抑制します。腎機能が低下するにつれ出現する酸血症、低カルシウム血症、高尿素血症には薬物治療を開始します。
人は加齢とともに腎臓機能は低下するものですが、腎臓病の方の低下速度は通常より速いものです。当科では受診時の重症度に関係なく的確な診断・治療により、安全に可能な限りの腎機能の保持期間の延長を目指しています。
A慢性腎臓病重症度G5の治療
上記治療を行っているにもかかわらず、さらに腎臓病が進行した方には腎代替療法(血液透析,腹膜透析,腎移植)を行います。当科ではGFR(糸球体濾過量)が15未満となった時点で、腎代替療法の説明を受けていただき、6未満となる前に腎代替療法を施行するようにしています。
B腎移植・透析療法相談外来(週2回;月木 14:00〜16:00,1名約1時間)
腎代替療法の説明には専任の看護師スタッフによる腎移植・透析療法相談外来を週2日設け、最大1時間をかけて相談に乗っています。希望されれば、ここから栄養治療部での食事指導,薬剤部での服薬指導,ソーシャルワーカーによる福祉相談にも紹介が可能です(写真1)。過去3年間この外来を受診された患者様は計名であり、選択された腎代替療法は血液透析が67%、腹膜透析が25%、腎移植が5%でした(図1)。本外来で早期に十分な説明を受けたことにより、腎移植を選択された3例中2例は透析を経ずに腎移植に至る先行的腎移植を受けることが可能でした。本外来受診後はその複合的な効果により、腎機能低下が緩やかになることも特徴です(図2)。末期腎不全で腎代替療法が必要と言われた方は、ご自分に合った治療法を見つけるため、この外来を受診されることをお勧めします。 腎移植・透析療法相談外来受診希望の方は、まず木曜日の午前中に泌尿器科外来を受診されてください。
C腎代替療法
当科は腎代替療法(血液透析,腹膜透析,腎移植)のすべてを行っており
、精査の結果適応がある場合、すべての療法の導入が可能です(図3)。
血液透析
準備として短期入院にて内シャントと言われる表在性で血流の良い血管を作成します。通常は局所麻酔で行い、前腕にて末梢動静脈を吻合します。手術時間は約1時間です。血液透析は週3回(月水金もしくは火木土)1回4時間以上行います。
内シャントに抜血用と返血用の針を1本ずつ刺し、血液を体外に導き出し、人工腎臓で浄化した後、体内に返します(図4)。
利点としては安定して十分な透析が受けられるうえ、医療機関に頻回に受診するため安心感が得られる点です。欠点としては遠方であったとしても血液透析施設への通院が必要であること、高度の心不全がある場合治療が不可能であることなどがあります。
腹膜透析
準備として短期入院にて腹膜透析カテーテルを留置する手術を行います。通常は全身麻酔で行い、腹膜透析液を注排液するための医療用シリコン製カテーテルを腹壁に留置します。手術時間は約1時間の手術です。
24時間の間、持続して腹腔内に透析液を貯留し1日3〜4回液交換を
行うCAPD、夜間のみ腹腔内に透析液を貯留し、機械で自動交換を行う
NIPDなどがあります。利点としては病院への通院回数が月1?2回でと少ないこと、また就寝中の治療が可能であり、ライフスタイルに合わせた治療が可能であること、透析導入後長期間尿が出ることなどが挙げられます。欠点としては生体膜である腹膜を使用するため個人差はありますが7年を越えての治療は困難であることです。
日本における維持透析治療の治療成績は5年生存率で約60%です。
一方、腎移植の治療成績は5年生着率が生体腎移植で90%、献腎移植で78%です(図5)。
当科ではいずれの透析方法を選択された場合も適応がありドナー(提供者)が存在する方には生体腎移植を、ドナーが存在しない方には献腎移植希望登録をお勧めしています。
腎移植
亡くなられた方から腎臓提供を受ける献腎移植と親族から腎臓提供を受ける生体腎移植の2通りあります。日本では年間約1500例行われる腎移植のうち約1300例は生体腎移植で親子間、兄弟間、夫婦間で行われています。最近では血液型が異なってもあまり問題なく移植できますが、腎臓を提供される方に糖尿病、コントロール不良な高血圧、胃癌などの悪性疾患がある場合などは提供ができません。腎移植後は免疫抑制剤を服用し続ける必要がありますが、移植された腎臓の機能が保持されている限り、血液透析や腹膜透析に比べると合併症が少なく、生活の質が改善されます(食事制限や透析にかかる時間的制約から解放されます)。
当科では過去に約240例の腎移植を施行しており、現在でも年15?20例の腎移植を施行しています。過去10年間の生体腎移植の5年生存率は96%(図6)5年生着率は89%(図7)と全国平均と同等でした。また当科は山口県内における唯一の献腎摘出チームを擁しており日本臓器移植ネットワークおよびやまぐち移植医療推進財団と連携し献腎移植推進にも努力しています。
* 最近のトピックス
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)について
【常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)とは】
ADPKDは、遺伝子の変異により両方の腎臓に嚢胞(液体が詰まった袋)が無数にできて腎臓が何倍にも大きくなり、腎機能が徐々に低下していく遺伝性の病気です。両親のいずれかがADPKDの場合、50%の確率で子供に遺伝します。多くの場合は30?40歳代以降に症状が現れ、血尿,腹痛,腰背部痛,腹部膨満感などが見られます。また、腎機能が低下する前から高血圧を合併することが多く、脳動脈瘤や肝嚢胞なども高い頻度で合併します。腎機能が低下してくると、腎移植または透析が必要(透析の原因疾患の第4位がADPKD)となり、70歳までに約半数の患者さんが末期腎不全に至ると言われています。ADPKDは遺伝性の疾患のなかでも発症頻度が高く約4,000人に1人が患っていると推定され日本での患者数は約3万人と言われています。
【常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の治療について】
ADPKDは根本的な治療法は確立されておらず、従来は有効な治療薬もなかったため、ADPKDを正確に診断して対症療法を行うしかありませんでした。しかし、2014年より日本でもADPKDに対して、経口薬剤であるバソプレッシンV2受容体拮抗薬が処方できるようになりました。 この薬剤は、これまで治療薬のなかったADPKDの進行を抑制する初めての治療薬で、病気の進行を抑える効果(腎嚢胞の増大,腎機能低下,血尿,嚢胞感染など)のある薬剤です。この薬剤を継続して服用することで、腎臓の働きが低下して腎不全(人工透析)となる時期を延ばすことが期待できます(図8)。当科においてもこの薬剤による治療を行っています。
ADPKDによる末期腎不全にて透析治療を開始されているが、嚢胞増
大による腹部膨満感や食指不振で悩まれている症例に対して、当科では経皮的両側腎動脈塞栓術(TAE)や外科的両側腎摘除術を施行しています。経皮的両側腎動脈塞栓術(TAE)を施行すると、約半年後に腫大した腎臓が縮小(約40%縮小)するとされています。
また、当科ではADPKD症例に対する腎移植術も行っています。
上記治療を希望される場合はお気軽にご相談下さい。