目次
@ はじめに
A 前立腺がんとは?
B 前立腺癌の診断
C 前立腺癌の治療
D 当科での取り組み
@はじめに
前立腺がんは近年著名人の方も罹る方が多くなってきており、一般の方にも少しずつ認知されてきていると思いますが、みなさまには正確な知識を持っていただくことで、病気への理解を深め、早期発見や治療に積極的にかかわっていただくことが前立腺がんの不安と苦痛を取り除く唯一の近道と思います。こちらではみなさんに一人でも多く前立腺がんについて知っていただくと共に、当科での治療をご紹介します。
A前立腺がんとは?
前立腺がんは、中高年男性に多くみられるがんです。近年の高齢化、食生活の欧米化と検査精度の向上による正確な診断により、日本人の前立腺がん患者数は増えています。厚生労働省の調査(平成17年度)では、男性がんの中で患者数がすでに第1位となっており、年齢別では50歳代前半では第7番目、60歳代前半では第2番目、60歳代後半以降では1番多いがんです。2020年には肺がんに次いで2番目に多い男子のがんとなり、死亡率も2000年の2.8倍になると推定されています(図1)。
前立腺は(図2)のように男性の骨盤の一番底に位置し、膀胱の下にあるクルミ大の臓器で尿道を取り囲むように位置しています。精子が受精しやすくするための精液の一部である前立腺液を作っている臓器です。そこにできるがんが前立腺がんです。前立腺がんの特徴として他のがんと比較して一般的に進行が緩やかで、比較的おとなしいがんです。人によってはラテントがんと言って、がんができてもほかの原因で亡くなるまで死因とならないこともあります。また、早期発見ができれば手術や放射線療法、薬物療法によって完治や病気を抑え込むことができるようになって来ました。ほかのがんと同様に前立腺がんも早期発見がもっとも重要です。
前立腺がんは初期にはほとんど症状がなく、「おしっこが出にくい」「オシッコに血が混じる」などの自覚症状が出現したときは進行していることが多いです。さらに進行し骨に転移すると「腰が痛い」などの症状が現れます。
B前立腺癌の診断
前立腺がんになると早期から前立腺で作られるタンパクの一種であるPSA(前立腺特異抗原)が血液中に出てきます。そこで現時点では血液中のPSAを測定するのが最も良い方法といえます。しかしPSAは前立腺肥大症や前立腺の炎症や高齢者でも高くなるため、どれだけ上がれば前立腺がんだというはっきりした基準はありません。大雑把に言えば2.5〜4 ng/mlの範囲では5人に1人、4.1〜10 ng/mlの範囲では5人に2人、10.1〜20 ng/mlの範囲では5人に3人、20.1 ng/ml以上では5人に4人の割合で前立腺がんが発見されます。(図3)
PSA検査の基準値は4.0ng/mL、あるいは年齢階層別PSA基準値(64歳以下:0.0-3.0 ng/mL、65-69歳:0.0-3.5ng/mL、70歳以上:0.0-4.0ng/mL)を用います。現在わが国での前立腺がん罹患率、死亡率増加を受けて各市町村ごとにPSA検診が行われるようになりつつありますが、まだまだ米国の検診率に比べ格段に低いのが実情です。PSA検診がきちんと行われている地域では実際に前立腺がんの死亡率低下が報告されており、50歳から70歳までの男性は特にPSA検診をしっかり受けることが大変重要です。
PSAが高値の場合、がんの確定診断には前立腺生検が必要です。この検査はエコーを使い、シャープペンシルの芯くらいの太さの前立腺組織を6〜12本取り、顕微鏡でがん細胞の有無を調べます。検査は15分程度で済みます。(図4)
また、最近の画像診断機器の進歩により、2つの異なった画像を融合させて前立腺癌が疑われる領域をより精密に狙撃生検ができるようになりました。当科では2016年1月より従来のエコーガイド下に加え、MRI画像とエコー画像の融合画像にて狙撃生検ができる機種を採用し前立腺癌診断率の向上を目指しています。(図5)
生検で前立腺がんと診断された場合、CTやMRIや骨シンチグラフィなどの検査で1.限局がん(がんが前立腺の中にとどまる)2.局所進行がん(がんが前立腺を超えて周りの組織に進んでいる)3.転移がん(さらに進行し、リンパ腺や骨や他の臓器に転移している)に分けられます。図6にPSA検査から診断までの流れを示します。
C前立腺がんの治療
前立腺がんの治療法は(1)薬物療法 (2)放射線治療 (3)外科治療 (4)PSA監視療法(アクティブサーベイランス)に大別できます。
(1)薬物療法
1.ホルモン療法(男性ホルモン除去療法)
前立腺がんは男性ホルモンを源に大きくなります。そこで栄養源である男性ホルモンを遮断することにより、がんを小さくすることが出来ます。局所進行がんや転移がんの患者さんに使用されたり、後に述べる放射線治療と組み合わせて使います。長所は入院の必要がなく、手軽であること、短所は平均3−5年で効かなくなり、去勢抵抗性前立腺がんになること、男性ホルモンが遮断されることにより様々な男性の更年期症状(のぼせ、発汗、骨粗しょう症など)や人によっては肝機能障害、高血糖、体重増加が現れることがあることなどです。
具体的には視床下部からの性腺刺激ホルモンの分泌命令を抑える目的でLHRHアゴニストやアンタゴニストといった注射薬と男性ホルモンが前立腺がん細胞に結合するのを阻害する薬を内服します。(図7)
ホルモン療法の副作用対策としては適正な食事や運動で肥満を避けること、骨粗しょう症の予防にカルシウムやビタミンDの補給を行います。また更年期症状の緩和としては漢方薬や安定剤を処方させていただいています。また肝機能障害や高血糖が問題になるときは抗男性ホルモン薬を処方せず、LHRHアゴニストやアンタゴニスト単独で治療を行います。
2.新規治療薬
従来のホルモン療法で再燃してきた状態を去勢抵抗性前立腺癌と言います。去勢抵抗性前立腺癌には2013年よりわが国でも続々と新しい新規男性ホルモン受容体阻害薬が発売され今まで治療の難しかった患者さんにも効果が認められ、治療成績の向上が期待されています。2016年4月現在で使用できる薬剤はエンザルタミド(イクスタンジ)、アビラテロン(ザイティガ)があり、今後も続々と登場する予定です。また、骨転移に標的を絞ったラジウム223(ゾーフィゴ)も使用できます。この新しい放射性同位元素の薬剤は副作用が少なく、骨転移を有する去勢抵抗性前立腺癌の方の生命予後を有意に延長することが期待されています。さらに、自分や癌の微小環境での免疫機構を調節する薬剤が注目されており、肺がんでわが国でも使用可能となったオプジーボなどに代表される*免疫チェックポイント阻害剤なども泌尿器科癌の新しい治療薬として研究が進んでいます。
(*癌が自分のリンパ球やマクロファージなどの免疫担当細胞の攻撃から逃れようとする機構を阻害する薬剤)
3.抗がん剤
主に去勢抵抗性前立腺癌に行います。具体的には女性ホルモンと抗がん剤の合剤の内服薬やドセタキセルという薬の点滴を行い、がんの進行を抑制します。また、抗癌剤にも新規薬剤が登場しており、ドセタキセルが無効となった方でも有効性が期待されているカバジタキセル(ジェブタナ)が使用可能となり生命予後を改善することが期待されています。また、がんを直接攻撃するのではなく、骨の環境を整えることで骨転移の増悪や合併症を減らす薬や放射性同位元素を用いることがあります。
4.治験(臨床治療薬開発試験)
新規のお薬として様々な臨床試験を行うことがあります。当院でも積極的に国際共同試験に参加し、条件の合う方に新薬を使用する臨床治験に参加していただいています。(詳しくは山口大学医学部付属病院臨床試験支援センター
http://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~crc-di/patient/patient.htmlを参照)
当科としてもエンザルタミド(男性ホルモン受容体を阻害する薬)や、アビラテロン(体内やがん細胞内での男性ホルモン産生を強く抑制する薬)などの治験に参加していただいた方々のおかげで新薬開発にかかわってきました。現在も様々な新薬の開発治験の募集を行っていますので、ご興味のある方は是非当院にお問い合わせください。
(2)放射線治療
放射線で前立腺がんを焼き殺す治療法で、前立腺内に少量の放射線を出す小さな針を埋め込む密封小線源埋め込み治療(ブラキーセラピー)と前立腺の外から放射線を照射する外照射に大別されます。最近の外照射は放射線がコンピュータにより制御され、前立腺に集中的に放射線を照射する強度変調放射線治療(IMRT)の有用性が注目されています。限局がんや局所進行がんの患者さんが対象になります。長所はおなかを切らなくて治療ができること、短所は治療に2ヶ月程度の期間がかかること(外照射の場合)、直腸、膀胱、尿道に放射線が当たると障害が残ることなどです。
当院でも2005年よりIMRTを導入し、当科では放射線照射まえに前立腺に金のマーカーを刺入してより精度の高い放射線照射を行い、治療効果のアップと副作用の軽減を図っています。
(3)外科治療
前立腺とその付属器である精嚢を手術で取ってしまう治療です。最も根治的な(完全に治る可能性が高い)治療法です。1.限局がんや一部の局所進行がんの患者さん(75歳以下)が対象になります。長所は根治的であること、短所は2〜3週間の入院が必要なこと、術後尿失禁(約10人に1人)や男性機能障害(勃起障害)が起こりやすいことなどです。
開腹手術が一般的ですが、2012年9月より当院でもロボット支援下の内視鏡手術を開始し正確な手術と患者さんへの負担軽減を目指して治療を行っています。(ダヴィンチ手術の貢参照)
(4)PSA監視療法
がんが見つかった後も治療をせずに定期的な検査をおこなう方法で、限局がんのなかでも限られた患者さんが対象になります。長所として治療による合併症がないこと、短所としてがんが進行し、転移をおこしてしまう危険性があること、がんと分かっていながら治療をおこなわないことに対する心理的な負担などです。現在当科では国際比較共同研究としてPRIASスタディー
(https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&recptno=R000003506&type=summary&language=J)に参加しています。これはある一定の条件を満たす悪性度の低いと思われる限局がんの患者さんが対象で、定期的にPSAを測定し病気の悪化の傾向が見られた場合に積極的治療を行うというものです。中間解析の結果からは、はじめから手術療法などを選択した方と比較して治療が手遅れになることはなく、不必要な治療が回避できる可能性が示されています。
図9. 当院での治療実績
最後に
前立腺がんの治療法はさまざまですが患者さんの年齢、病気の進み具合、生活環境を考え、患者さんと一緒に選択します。前立腺がんは早期に発見し、適切に治療すれば完治が期待できる病気ですから早期発見に努めましょう。