通常の性生活を2年間営んでも子供に恵まれない状態を不妊症といいます。通常のカップルのうち約10-15%は不妊症といわれ、そのうち半分は男性側に原因があります。生殖補助医療技術の発展に伴い精子1つでもあれば妊娠できる時代になりまして、顕微受精などが盛んに行われています。しかし男性に原因があれば男性側の治療により自然妊娠またはより軽い不妊治療にて妊娠できるケースが多々あり、我々は男性不妊症の治療を積極的におこなっています。もちろん患者さんの年齢や希望等を考慮し人工授精や顕微受精等を行っている日本全国の産婦人科との医療連携は密に行いベストの治療方針をご提案いたします。
代表的な疾患につき説明いたします。
男性因子として最も頻度の高い疾患です。精巣から体の深くに返る静脈(蔓状静脈叢)に血流が停滞することにより陰嚢の温度が上がったり毒性物質の停滞が生じ精子形成を妨げます。二人目の不妊症においては原因の80%程度を占めます。圧倒的に左側に多く、一般男性の約20%に存在しその中の約20-30%の男性に精液所見の悪化を認めます。触診と超音波で診断します。下半身麻酔または全身麻酔下の顕微鏡下手術にて精索静脈を結紮する手術療法(低位結紮術、高位結紮術)を行います。3-4日の入院と7−10日目に抜糸が必要です。術後6ヶ月で60-70%の患者様に精液所見の改善、術後2年以内に30-40%の方に自然妊娠が認められます。自然妊娠が無理でも精液所見の改善により、奥様側の不妊治療がより軽いものになることも期待できます。他の原因不明の精子形成障害を伴っていることがありますので手術をしても精液所見の改善が得られない方には産婦人科で次のステップの治療を開始します。どのような患者様に手術をすべきか議論のある疾患ではありますが、年齢や精巣容積、ホルモン値、静脈瘤の程度、超音波での逆流の程度、陰嚢深部温の測定などにて手術適応を決定します。酸化ストレスが悪影響を及ぼしていることがわかり、仕事等の関係で手術が行えない方には抗酸化剤による通院内服療法も行っております。
男性因子として2番目に頻度の高い疾患です。精路(精巣上体、精管、射精管)などが閉ざされることにより精子が精液の中に出ない状態です。最も多い原因は精管結紮術後(パイプカット)で顕微鏡下手術にて精管精管吻合術(全身麻酔で約3時間)を行います。パイプカット後10年以内の方では精子出現率は90%程度で自然妊娠率は60%程度です。自然妊娠が無理でも精液中に精子が出てくれば奥様側の不妊治療がより軽いものになることも期待できます。次に精巣上体管での閉塞(精巣上体炎後など)が多いですが、顕微鏡下手術にて更に細い糸を用いて精管精巣上体管吻合術(全身麻酔で約4時間)を行います。原因にもよりますが精子出現率は50%程度で自然妊娠率は30%程度です。
脳下垂体から精子形成や男性ホルモンの分泌を精巣に促すホルモン(LHおよびFSH、まとめてゴナドトロピン)が十分に分泌されないため精子形成のみならず男性ホルモンの欠如(陰毛やあごひげが生えない、声が高い、筋肉がつかない、性欲がない)などの症状を伴います。ホルモン負荷試験などの採血で診断します。先天性のことが多いですが、下垂体腫瘍によることもありますので頭部MRIも撮影することがあります。治療はゴナドトロピン補充(週2-3回の皮下注射)を行いますが最近自己注射が可能となったため通院は1−2ヶ月に1回程度で十分です。男性化はほぼ全例に生じ(アンドロゲンレセプター異常などの特殊なケースは除く)、精子形成も約90%に生じます。
精液1mlあたり9000万から1億の精子が存在しますが、2000万以下を乏精子症といいます。精索静脈瘤がある場合は、まず精索静脈瘤の治療を行いまし、ホルモン異常がある場合には内服や注射でのホルモン療法を行います。しかし原因不明の場合も多く、このような方に対してはビタミン剤や漢方など薬物治療を行い精液所見の改善を図ります。奥様の年齢が高い場合には人工授精や体外受精などと併行して治療することも多いです。
精路の閉塞によらず精液中に精子がない状態を非閉塞性無精子症といいます。顕微受精の進歩により精子1つでもあれば妊娠できますので、精液中に精子がなくても精巣内ではわずかに作っていることがありますので、その精子を使って顕微受精します(testicular sperm extraction; TESE).左右どちらかの陰嚢の付け根に局所麻酔をし1 cm程度陰嚢を切って精巣組織をとります。入院は不要または1泊程度です。それでも精子がない方には顕微鏡下精巣内精子採取術(microdissection-TESE; MD-TESE)を行います。精巣の表面に精子が見つからなくても精巣の別の場所にいる可能性もありますので精巣を大きく切って手術用顕微鏡で内部を観察し、精子を作っていそうな太い精細管を採取します。全身麻酔で約2時間の手術で1-2日入院していただきます。ケースバイケースですがTESEにて精子が見つからなかった方の約30%程度にMD-TESEにて精子が見つかります。それでも精子が見つからない場合は現時点では妊娠をあきらめざるを得ず(2回目のMD-TESEによる精子採取率は非常に低いです)、非配偶者間精子提供(AID)なども考慮しなければなりません。まだ研究レベルですが我々はそのような患者様に対しホルモン療法を行っております。1回目のMD-TESEで精子を認めなくてもホルモン療法後に約10%の方に精子を認め、約30%の方に造精機能の改善を認めました。MD-TESEにて妊娠をあきらめている方には一度試してみる価値のある治療法と考えております。
女性の更年期ははっきりしてますが、一部の男性には中高年を境に「なんとなくだらしい、疲れやすい」「やる気がない」「勃起しない、弱い、性欲がない」などの症状が顕著に出現し、男性ホルモンが低い状態が生じ、これを男性更年期(LOH)と言います。物忘れ、うつ病、睡眠障害などを伴うこともあります。最近では心血管疾患や糖尿病、メタボリック症候群などとの関連も指摘され注意が必要です。様々な質問票を用いて症状の把握し、採血にて男性ホルモンと数種類のホルモン値を測定します。男性ホルモン値が低い場合には注射にて男性ホルモンの補充を6ヶ月を目途に行います。勃起障害についてはPDE5阻害剤(バイアグラ、レビトラ、シアリス)などで対処し、これらの薬が使えない場合や無効な場合には陰圧式勃起補助具を用います。
陰茎に硬結が生じ、勃起時に陰茎が曲がるため性交渉が不可能になったり、排尿に障害が生じることもあります。原因は不明ですが、中年以降に発症することが多いです。ビタミン剤などで曲がりの悪化を遅くすることは可能ですが、基本的には手術により陰茎をまっすぐにします。我々はshaving併用plication法により良好な成績を治めています。欠点として陰茎がやや短くなります。
2013年 | 2014年 | 2015年 | |
精索静脈結紮術 | 153 | 142 | 108 |
顕微鏡下精巣内精子採取術 | 43 | 50 | 48 |
精管−精管吻合 | 6 | 5 | 6 |
精管―精巣上体吻合 | 11 | 11 | 10 |
経尿道的射精管切開術 | 1 | 0 | 0 |
ペロニー病手術 | 2 | 2 | 3 |
陰茎形成術 | 1 | 0 | 0 |