私は2009年3/2-6の5日間、中国・四国広域がんプロ養成コンソーシアムの海外研修プログラム一環として、Johns Hopkins Singapore International Medical Centerを訪問し、海外におけるがん化学療法の実際を研修させて頂きましたので、ここに研修内容に関してご報告致します。
Johns Hopkins Singapore International Medical Center(以下Johns Hopkins Singaporeと省略)はBaltimoreにあるJohns Hopkins Hospitalの分院です。医師はProf.Chanの他にDr. Lopes、Dr.Bharawani、Dr.Sullivanの3人のconsultantと呼ばれるスタッフがおり、さらにmedical officerと呼ばれる4-5人の本院からの派遣医師から構成されていました。
Johns Hopkins Singaporeは、シンガポール市内にあるTan Tock Seng Hospital 13階のWard CとDの30床と6階のICU内の2床(private patient; 医療費は自己負担)およびTan Tock Seng Hospital内に存在する数床(subsidized patient; 医療費は保険負担)、さらにTan Tock Seng Hospitalに隣接したメディカルモール内にあるクリニック(内部には外来診察室と外来点滴室がある)から構成されていました。 Private patientの医療費は自己負担ですが、UAEがJohns Hopkins Singaporeのスポンサーの為、国が医療費(全部もしくは一部)を負担しているとのことでした。その他の国々の患者の医療費は全額自己負担であるとのことでした。
BaltimoreにあるJohns Hopkins Hospitalの本院は16年連続で、全米でNo.1の病院に選ばれており、診療科別でも泌尿器科はNo.1に選ばれているとのことでした。Johns Hopkins Singaporeの目的は、アジアにおける最良のがん診療の提供にあり、アラブの王族からも感謝状が届けられておりました。
入院患者の国籍はUAEが多く、その他はシンガポールや中国、インドネシア、中東諸国(カタール、クウェート等)、欧米諸国(シンガポール在住)等でした。癌種は肺癌が多く、続いて大腸癌、乳癌が多いとのことでした。また感染隔離の状態ではありましたが、肺結核併発患者も同一病棟内で治療を行っていたことには驚きました。回診は医師,、看護師、通訳が参加して行われていました。病棟内の1室が通訳専用のofficeとなっており、4人のアラビア語の通訳が常駐しており、その他の言語はstuffの誰かが話せる体制にしてあるとのことでした。入院患者はいずれも再発転移を有する高度進行癌症例で、PS不良症例も多かったのですが、積極的に抗がん化学療法を施行していました。Johns Hopkins Singaporeで治療を行う患者は、治療効果が5%にしか認められないと報告されている治療法でも積極的に希望する患者が多いとのことでした。また入院患者の中には、肝転移、肺転移を含む多臓器転移を有している癌終末期状態であるにも関わらず、ICUへ入室の上、気管内挿管まで行って治療を継続しようとしている患者もおり、自由診療では患者や患者家族の希望があれば、どのような医療も行う可能性があると考えられました。
抗がん剤投与レジメンの1例を示します。本邦と同様に、これらのレジメンは院内登録されており、医師が患者毎の投与量を記入して看護師や薬剤師に提出する様になっておりました。
Informed Consentの様式を以下に示します。この様式の特徴は、基本的には本邦におけるInformed Consentの内容と同様ですが、摘出標本や血液等の検体を研究に使用する可能性に関しても言及してあり、これら検体の利用許可も含めてある点です。本邦において可能かどうかは定かではありませんが,、この様に治療に関する承諾書と同時に検体使用に関する許可も得ておく方法も良いのではないかと考えました。
病棟ロビーは清掃が十分に行き届いており、壁には患者さんからの感謝状が多数貼られていました。
また病棟ロビーからの景観も良好で、北東側には住宅街があり、南西側には、シンガポールのメインストリートであるオーチャードロードのある市街地が見えておりました。
病棟の入口はシンプルながら、清掃が十分に行き届いており、さらに不必要なものが全くなく、非常に清潔感あふれる状態でした。
ナースステーションも病棟のエントランスと同様に、不必要なものが全くなく,シンプルかつ清潔感があり、機能的な状態に保たれていました。
病室はほぼ日本と同様でしたが,、個室が多く広さも十分な構造でした。
特室(プレジデンシャル・スイート)は病室に加えて、バリアフリーのシャワー室とトイレが備わっており、またダイニングルームも併設されており,、高級感のある構造になっていました。
Tumor Boardも数多く開催されておりました。泌尿器科のTumor Boardは2週間毎の開催とのことで、ちょうど私が研修した週は、開催されない週であったため非常に残念でしたが、いくつかのTumor Boardに参加させて頂きました。Breast tumor boardは、外科医が症例提示と進行を行う形式で、病理医、腫瘍内科医、腫瘍放射線科医が参加して、カンファレンスが行われていました。症例提示の方法は、年齢、性別、疾患名(病理組織所見を含む)、病期の後に、これまでの治療歴とその治療効果を提示し、その後の治療方針の決定をその場で行っていたのが印象的でした。General surgery tumor boardは、外科医が症例提示と進行を行う形式で、腫瘍内科医、腫瘍放射線科医が参加して、カンファレンスを行っていました。Radiation therapy tumor boardは、腫瘍放射線科医が症例提示と進行を行う形式で、腫瘍内科医が参加して、カンファレンスが行われていました。治療方針の決定には有意義なカンファレンスと考えられました。Hepatocellular carcinoma tumor boardは、消化器内科医が症例提示を行い、放射線科医が進行を行う形式で、腫瘍内科医が参加して(腫瘍放射線科医の出欠は不明)カンファレンスが行われていました。癌腫は肝臓癌と転移性肝癌および良悪不明の肝腫瘍で、手術が勧められる症例が多かったように思われました。
次に入院治療費を示しますが、当然のことながら入院費や医療費は高額であると考えられました。
外来診察室(医師のofficeでもある)、外来点滴室,調剤室、外来受付、事務室、スタッフ休憩室は、全てが1つのclinic内にコンパクトに集約されており、患者、スタッフともに利用しやすいように設計されていました。点滴用ベッド数は10床程度で、当院とほぼ同等の設備でしたが、人的配置は当院より充実しており、患者急変時の医師・看護師の集合は容易であると考えられ、点滴室には抗がん剤の血管外溢流発生時の対応マニュアルおよび処置用のキットが準備されており、患者の急変時の対応も整えられている様子でした。
臨床研究も盛んに行われており,国内および海外の病院と一緒になってclinical trial groupを作り,共同研究を行っておりました.今後は国の内外を問わず,このような多施設共同研究に参加する必要があると考えられました。
今回の研修で学んだことですが,1点目は,治療に関連する他科とのカンファレンスの重要性 です。Johns Hopkins Singaporeでは、癌腫により、基本的抗がん化学療法レジメン(1st? line,2nd line程度)は決定されているとのことでしたが、その後の治療法は、患者の状態(合併症の有無等)を含めて、腫瘍内科医が、外科、放射線科、病理医等の関連医師とカンファレンス(Tumor Board)を行って決定していました。数多くのTumor Boardが開催されており、参加する医師も多領域に亘っており、今後このようなTumor Boardの開催により、治療選択肢が広がる可能性があると考えられました。2点目は、自由診療における抗がん化学療法レジメンの選択肢の多様性です。治療に用いられていた薬剤には、本邦未承認もしくは保険未承認の多くの新規抗がん剤や分子標的治療薬が含まれておりました。このような海外と本邦の間の、いわゆるdrug lag(ドラッグ・ラグ)を解消するためにも、これら薬剤を使用した臨床研究の重要性を認識しました。3点目は、化学療法剤の血管外漏出時の対応マニュアルの必要性で、臨床現場において役立つマニュアルであると考えられました。4点目は患者および患者家族とのコミュニケーションの重要性です。今更ながらですが、コミュニケーション・スキルの向上と時間の確保が重要であると考えられました。
今後、これら研修内容をどう実践してゆくかという点に関してですが、1点目は、癌種別のtumor boardの企画・開催です。当科では現在定期的に放射線科との放射線治療ミーティングを開催しておりますが、今後その他の領域に関しても、病理の先生や放射線治療専門医の先生を交えたtumor boardの企画・開催が重要であると考えられました。2点目は、単施設もしくは多施設臨床研究の実施の推進です。今後は全国規模の臨床研究への参加による新規抗がん剤や分子標的治療薬を用いた治療の実施により、医療の向上に努める必要があると考えられました。3点目は、がん薬物療法の教育です。泌尿器癌を専門分野とする泌尿器科医に対して、日本癌治療学会教育セミナー用のテキスト等を用い、がん治療認定医を養成し、また認定医に対しては、腫瘍内科学のテキスト等を用いた、がん薬物療法の教育を行う必要があると考えられました。さらにその後には、臨床研究実施計画書の作成および実施を目指すことが重要であると考えられました。4点目は、化学療法剤の血管外漏出時対応マニュアルの作成と実践、5点目は、十分な時間を確保して病状説明を行う癌薬物療法専門の外来設置の必要性が挙げられました。
今回の研修の評価ですが、欧米型の自由診療制度下の優れた医療の現状を体験し、本邦の医療制度と日常診療における問題点を認識できた点と、現在の日常診療における問題点の認識、さらには今後の改善点が理解出来た様に思われました。また問題点は、研修内容が多岐に亘っていたため、研修が視察旅行に近いものになってしまったことが挙げられます。研修期間は2週間まで延長可能であるとのことでしたが、どうしても研修期間が短期間しか確保できないため、研修内容をもっと絞り込んで、研修日程を作成する方が良いと考えられました。さらに今後は、多くの良質な臨床研究の考案や多施設臨床研究への参加を積極的に行いたいと考えます。
以上、全研修日程を振り返りましたが、私にとっては非常に楽しく、興味深く、刺激的な研修で、自由診療制の医療の貴重な経験でした。